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32話 最後の試練(3) そして……

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「――――――――――確かに僕は男です。 心は完全に男です。 ……でも、同時に肉体は女でもあります。 それに……、女の子と遊んでいるときに、おもちゃを入れられることもるんですよ? なので、入れられることに対する抵抗感もそれほどないです。 なので僕は……直人がそうしたいって言うのでしたらいいですよ。 命令されたって言うのもありますけど、それはあくまで、ただの命令。 僕自身は、まっすぐな直人のこと、嫌いじゃないです。 ……それに、この世界なら、直人よりもずっとずっと男らしい性格の女の子っていっぱいいっぱい、いーっぱい、いますから」

「………………………………………………………………、早咲」

俺の下で、ただ俺を見上げながら、潤んだ目で口にする早咲。

………………………………………………………………………………………………。

落ちつけ。

理性で、何とかするんだ。

……そうだ、早咲は無理をしているのかもしれない。

嘘をついているのかもしれない。

命令とやらが……この世界の男関係での過激な何かで厳しいのか、それとも……似たような世界から来た、たったひとりの友人な俺のために言っているのかは分からない。

でも。

――前世は、心の中はまちがいなく男で、今でも俺の男の友だちで、絶対に、心の中じゃ嫌がっているはずだっていうのは分かっている。

分かっているんだ。

だけど、……こうして分かっていながらも、俺の心と体と……衝動は、早咲に向かっていて。

「……ごめんなさい、こんなに貧相な体つきで。 特に胸が、小さくて」
「早咲、お前、何を」

「直人のこと、初めから見ていましたから分かりますよ。 直人は胸の大きい女の子が……あのふたりのような女の子が好きですものね。 ええ、あの日わざとケンカをしたときにもそう言っていました」

………………………………ああ。

そんなことも、あったな。

俺を、立ち直させるためにわざと怒らせてきたあのときの。

なのに今は、それがぜんぜん別の文脈で。

「……ごめん、早咲。 でも、俺。 ………………………………ダメだって分かってる。 早咲が、本当は嫌がってるはずだって分かってるんだ。 だけど、……体が、我慢が」

ダメだって分かっていても、俺の理性なんてしょせんはただの……彼女もいたことすらない弱いものだ。

だから俺は、早咲の声に引かれてだんだんと「早咲自身がいいって言っているんだし、もういいか」っていう暗い気持ちに包まれていく。

「直人、いいですよ」
「………………早咲」

「僕なら。 ――男だった僕なら、直人の全部を受け止めてあげられますから。 それがどうしようもない衝動で、……ええ。 出すまでは止められない、抗いがたいものだっていうのは、覚えていますから。 …………大丈夫です、これからのこと、終わったら無かったことにしますから。 ただちょっとだけ困ったことがあった、それだけしか覚えておきませんから。 ――――――――直人がまた、したくなったら相手もしてあげます。 だって僕は、この世界でたったひとり、直人を理解できる人間なんですから」

と。

早咲は……俺の手とその胸を……早咲自身の手で、包み込んで。

「――――――――ですから直人。 おいで?」
「――――――――――――――――――早咲」

俺の中で、何かが千切れかける音が聞こえる。

ダメだという理性と、いいんだという欲望が綱引きをしていたのが、ぷつりと切れかかる音が。

……そして、早咲のことを……目に映っている早咲の柔らかい体を「女」として見てもいいんだって、遠慮しなくなっている、俺が。

………………………………。

1回。

1回、だけなら。

そうだ、俺はここに来てから……その、1回もしていない。

だから、……早咲もこう言っているんだ、1回だけなら。

そう思って、手を動かそうとしたところに、早咲の声が飛び込んできた。

「――――――――けど。 直人。 もし、このまましてしまったら……僕たちは多分、いえ、きっと。 ただの男の友だち……っていう、ついさっきまでの関係はもう取り戻せなくなりますね」

「――――――――、あ」

「しょうがないことなんです。 しょうがないことなんですけど……なんだか寂しいですね。 もう、今日の夕方までみたいな関係には戻ることができないんですから」

「さ、き」

「だって、そうでしょう? 1回でも肉体関係……えっちなことをしちゃったら、それはもう友だちじゃなくなります。 少なくとも、ただの友だちには、ね。 それ以上の、別の。 何かの関係になるんです。 ――――――――そう、例えば今言ったみたいに、次に直人が我慢できなくなって僕に求めてきたりすることだって出てくるでしょう。 そうすると、また……「男同士」じゃなくて、「男女」の関係になっちゃいますから。 ものすごく仲のいい、恋人じゃない……けど、友だちというわけでもないっていう関係に」

「う、……でも、早咲。 さっきは」

「もちろん僕はこのまま……苦しい直人の手伝いをしてもいいんです。 けど。 けどですね? ……この世界で、僕はたくさんの女の子たちと関係を持っています。 だからこそ分かるんです。 仮に肉体が女同士でも、いちどでも関係を持っちゃった子っていうのは、純粋な友だちっていうものからは外れちゃうんです。 だって、お互いにしたくなったらしちゃう、短い間だけでも……恋人になっちゃうんですから」

「………………………………………………………………………………………………」

「……なので、直人と僕は余計に。 肉体的には完全に男と女です。 きっと、これ1回限りだったとしても、それはもう……男の友だちに近い男女の関係っていうものになっちゃうんです。 ですので――――――――直人は。 直人は、どうしたいですか?」

「………………………………っ、俺、は」

「直人は……君は、どうしたいんです? 僕は、どちらでも構いません。 元、男としての友だちのままでも、関係を持ったことのある男女の友だちっていうものでも、どっちでも。 どちらにしても、「普段」なら僕たちは友だちのままなんです。 男の。 ……ただ、1回しちゃうと、少しだけ変わっちゃう。 ただ、それだけ。 そして――――――――僕は選ぶ立場にはありません。 選ぶ立場にあるのは、直人なんです。 この世界ではほとんどいなくて、だからこそこの世界のほとんどの女の人よりも……それこそ、よっぽどのことじゃない限り何でも望みを叶えられる立場の、直人。 ――――――――――直人、君は、どうしたいんですか?」

「………………………………………………………………………………………………」

頭の中がめちゃくちゃだ。

体の中もめちゃくちゃだ。

俺の中で、何もかもがはち切れそうになっている。

だけど。

………………………………。

早咲が。

このまま俺が手を出してしまったら、早咲とはもうただの友人には戻れない。

友人に近い、女の友だち。

――早咲が、今言ったように。

――――――――俺が、俺のいた世界に戻ることができる保証はない。

それどころか、このままずっと……死ぬまで母さんには会えずに残る可能性の方がずっと高い。

だって、そうだ。

この世界に来てまだ大して時間は経っていないけど、でも、俺には何も起きていない。

ただ、あの夜に校庭で目を覚ました――不思議なことは、ただ、それだけ。

なら――俺は、この世界でできる友人、「親友」になりうる人間はただひとり。

目の前にいる、女の体ではあるものの、男な早咲……だけなんだ。

だから。

どうにかして……しびれている腕を、手をなんとかして早咲の手と胸のあいだから離して地面に置き直し、とじくじくと痛んでいる膝を押して、少しだけ早咲と距離を取る。

「………………………………なおと……」

「早咲。 ……俺は、この世界でたったひとりしか見つけられないだろう友だち……ホンモノの、男の友だちってやつを失うわけにはいかない」

「はい」

「だから、我慢する。 止める。 だけどさ、俺自身の意志で……は、なんでだか分からないけどとても難しそうなんだ。 だから、……その、蹴り上げでもしてこの衝動を収めてくれないか? スポーツ万能で鍛えているんだろう? 思い切り膝で俺の腹でも股でも」

「あ、ホントに大丈夫そうですね」
「………………………………ん?」

と、……俺が懸命に意志を絞り出していたから気がつかなかったけど、早咲の顔はいつも通りに戻っていて。

それで……一瞬の後には、俺の真下には誰もいなくて。

「……あれ?」

「あ、ちなみにー、なんですけど。 直人、この際だからもうはっきりと聞いておきたいんですけど。 今、えっちなことしようとしてたじゃないですか。 それって、「婚約者」ってことになってて、そこそこ仲良しに見えますあのふたりとできそうですか?」

「え、あ、……?」

顔を上げると早咲の下半身――が下着で包まれていて、もう少し上げるとさっきまでの胸も、もう見えなくなっている。

慣れているのか、手つきは素早くて……あっという間にシャツを着て、ズボンを履き、上着を羽織っていつもの「男装」へと戻っていく。

「と、………………………………あ」

四つん這いになった姿勢から上を見上げたせいか、バランスを崩して尻餅をつき……手足がしびれて動けない状態で、俺はただ、ぽかんと早咲を見上げていた。

そんな早咲は、タオルで髪の毛をささっと拭くと雑に後ろで縛り……どう見てもいつもの「早咲」に戻っていた。

「どうですか?」
「え?」

「え、じゃないですよ? あのふたり、オッケーそうですか? えっちなことできそうですか?」

「え? ……あ、ま、まあ、そう、だな?」

「ほんとうですか? おーるおっけー?」
「あ……、う、ん。 ま、まあ、多分?」

「あのふたりと、仲良く……卒業してもずっと一緒にやって行けそうですか?」
「え、と……あ、うん、ふたりともいい人だし、優しいし、俺のこと気遣って」

「そ。 ならよかったです。 まー、直人は男ですし? 生理的にムリでもなければどんな女の子としても平気だとは思いますけど、こういうのは当人の意志が大切ですし、なによりこの先ずっと一緒なんです、ハジメテは相性がいい子のほうがいいですもんね。 ……はいっ、ただの確認ですが、大切な確認ですっ」

………………………………ダメだ、状況が分からない。

さっきまで……ほんの1、2分前までは早咲が全裸で、俺が押し倒していて、俺の衝動を受け止める……つまりは男女の関係になるって言う話だったのに、それがいつの間にか早咲は普段の格好になっていて、その相手があのふたりっていうことになっていて?

「――――――――――――あ、もしもし。 僕です。 ……はい、例の件、直人本人からオーケー出ました。 ちょっと……あ、ほんとうです、問題ない程度に盛ったので、今夜「力尽きる」までは大丈夫そうです。 なので……、ええ、ええ。 念のために、もう1回ふたりと実家の方にも確認と念書を取ってもらってから、すぐここに来てもらってください。 僕、彼を見ながら待っていますから。 あ、あのふたりはいいですか。 分かりました、せんせっ」

……と。

早咲が、訳の分からない電話を終える。

「……あ、直人。 直人の直人の調子は――あ、大丈夫そうですね。 さすがはこういうときのためのお薬、効き目はバッチリみたいですっ」

「――――――――――、薬?」

「はいっ」

こてん、と、いつもよりも首を傾けながら……実に良い笑顔という物をしながら俺に向かってしゃがみつつ早咲が言う。

「というのもですね? あと数分……いえ、隣の部屋で待ってくれていましたので1、2分程度でしょうか? 今夜で直人の婚約者からお嫁さんにランクアップするあのふたりがいろいろと準備してきますので」

「………………………………は? 嫁?」

「はい、お嫁さんですっ♥ つまりはカラダの関係も持つ、立派な男女の関係ですね?」

早咲がしゃがんできて、俺の……を、指で軽く叩き、にたりと笑う。

「ああ、いいなぁこの硬さ……もう僕にはないんですよねぇ。 その感覚もすっかり忘れてしまいましたし……と、それはいいとしまして。 ――僕はですね、直人。 直人が、ふたりと……直人となんとなく相性良さそうだって選んであげたあのふたりと、上手いことえっちなことをして無事この世界に適応できるよう、準備してあげたんです」

はぁ、何かの事故で生えませんかねぇ……と、もう2、3回つついてくる早咲。

「……ねぇ? 男ならいい加減覚悟決めましょう? うじうじするのはやめにして。 もう、分かっていますよね? この世界の男子で、その歳で……お嫁さんが一切いないって言うやっばーい現状のままですと、またあんなことが起きかねないって。 だから、覚悟決めていーっぱいしちゃってくださいね? ね? ――――――――――身も心もちょーっと奥手気味な、だけどこうして健全そのものな男子高校生の………………………………榎本直人、くん?」





今回がクライマックスでした。あらすじから続いてきて怪しまれた方もいらっしゃったでしょうが、ご心配なく。私の作品では必ずTSっ子や女装っ子は女の子としかくっつきませんので。というわけで、次回以降がエンディングとなり、直人くんと早咲ちゃんのおはなしは終わりへと近づきます。もう数日のあいだ、お付き合い願えたらと思います。
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