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一章
五話
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マリエルから借りた本を読み切って、パタリと机に突っ伏す。自分には合わないロマンス小説。なら何故読むのか。言い訳にしたいのだ。自分に対して言い訳をしたいのだ。辿る運命によって結果が違う。前の人生と違ってしまう事への言い訳に、読んでいるのだ。
「リディアが死ななければ、ギルフェデス殿下がユリアを選ぶことはない」
前の人生を思い出すと胸が痛くなる。だが、その結末は悲惨な物だ。
「今の所、前の人生の記憶を持ってるのは私のみ、…テレスペペの怒りを買うとしても、運命を変えてみせる」
あの人生が偽りとは思わない。けれど、二度も辿るのは絶対に嫌だ。不安材料は色々とある。厄介だと頭を抱えていると、ドアがノックされる。
「どうぞ」
返事をすると、マリエルが入って来た。
「お嬢様にお手紙です」
「ありがとう」
受け取り差出人を見れば、リディアだ。
「考えてみれば、直接私に手紙を送るのってリディアくらいしかいないわ」
身内からの手紙は、父親宛の手紙に同封されている。
「そうそう、これ読み切ったから」
そう言ってマリエルに本を渡す。
「どうでしたか?」
「主人公が悲惨すぎる」
運命を変えて幸せになれるのなら、そうなって欲しいと素直に思った。
「そうですね。だから、やり直しの人生で幸せになって行くのを見て安心するんです」
「そうね」
また悲惨な人生を歩まされるなんて、目も当てられない。マリエルは頷き、部屋を出た。アンリエットも、封を開いて手紙を読む。
『アンリエットへ
こうして手紙を書くのも、送るのも初めてだから緊張します。
先日、怖い夢を見ました。列車の事故で、押しつぶされて死んでしまう夢です。
目が覚めて夢だと分かっても、しばらく心臓がバクバクしてました。
すごくリアルな夢だった気がします。
初めて書く手紙が、暗い内容でごめんなさい。近々領地に戻る予定です。
リディア』
何度か読み返し、長い溜息を吐き出す。
「この夢って、前の人生での死だよね?」
何故リディアがと思う。夢で見たという事は、アンリエットとは違うのだろう。
「…あれから見てないと良いんだけど」
どうしたものかと考えるが、良い案は浮かばない。
「当たり障りのない返事にしておこう」
それはただの夢だから、気にするなという返事を送る事にした。
「何度も見るようになったら、気にしないとだけど」
けれど、どうしてそんな夢を見たのか。
「私と関わったから?」
それなら、婚約者のアルバートはどうなのか。自分が死んだあとの夢を見たが、本当にそれはアンリエットが死んだあとの事かは分からない。悲しんで欲しいと思った、自分が見せた夢かもしれない。
「それに、家族や使用人たちも」
巻き戻った自分が関わったのなら、他の人にも何かあるのではないのか不安になる。しかしリディアもあれから同じ夢を見ているとは限らない。ただの偶然の可能性もある。
「考えないようにしよう」
一つため息をついて気付く。
「そう言えば、そろそろだ」
今は王都に居るが、アンリエットたちも領地に戻る予定だ。
「…憂鬱だなぁ」
領地に戻ったら、武術と言うか戦闘訓練を受けさせられることになっている。
「私には魔術があるのに…」
辺境伯爵家の娘としてと言われても、向き不向きがある。体術はそこそこだが、剣術は不得手だ。そもそも今の戦争の道具は銃火器と、戦闘用の魔術が主だ。
「いっそ、戦闘用の魔術を鍛えれば!」
「その前に、魔力の制御の訓練が必要だけど」
聞こえて来た母親の声に、ゆっくりと振り向く。
「お母さま、どうしたんですか?」
「リディアから手紙が来たのでしょう?」
「はい」
「返事を書くのなら、急いだ方が良いと伝えに来たの」
「ありがとうございます」
手紙にも、領地に戻ると書いてあった。手紙が一度王都の屋敷に届けば、そこから領地へ届けなければならない。
「アンリエット」
「はい」
「マリエルが、心配していたわ。時々様子が可笑しいと」
「…」
「私も何がとは言えないけれど、少し前の貴女とは違うと感じる時があるの」
上手く振舞っていても、違和感が出てしまっているのかも知れない。
「それは…、アルバート様という婚約者が出来たからかと。ほら、アルバート様って私よりも五歳も年上じゃないですか。私からしたら、大人に見えて。だから…」
「確かに、十歳と十五歳だと年齢はかなり空いて見えるわね。けど、大人になれば気にならなくなるわ。無理に背伸びをする必要はないの」
「そうですね」
上手く誤魔化せただろうか。
「領地に帰れば、剣術を学ばせようとお父様と話をしているの」
剣術、前の人生もそうだった。だが、自分には不向きだと思った。
「お母さま、剣ではなく銃を扱えるようになりたいです」
前の人生の死因は銃殺。トラウマがないと言えば嘘になるが、掌の大きさの拳銃もある事から、扱いやすさを考えれば銃が向いているかもしれない。
「銃…ね…。相談してみるわ。ただ、見た目よりも扱いが難しいわ」
「それには少し考えがあります」
それならと頷いて、部屋を出て行った。ドアが閉まるのを確認すると、大きく息を吐く。
「十九歳から戻ってるんだから、それっぽく振舞ってても違和感があるか」
仕方がないと思うも、いつか白状した方が楽なのではと思う。信じてもらえるかは別として。
半月後、国境に面している領地に戻って来た。
「明後日から、ライザルに来てもらうから」
「ライザル叔父様ですか?」
「ええ」
「丸一日ゆっくり出来るのは、明日だけですか…」
憂鬱だとため息を吐くアンリエットに、大丈夫よと母親は笑う。
「何か考えてるみたいだけど」
「銃の事ですか?」
「ええ」
言おうかどうか少し考える。
「銃に込めるのを、銃弾ではなくて魔力で作ったものにしようかと」
「魔力を込めた銃弾とかもあるけど」
「普通の銃弾と、魔力で作ったものだと、どっちの反動が大きいのか気になってるんです」
「…まずは、魔力が扱えるようになってからね」
「はい」
今のままは却下だと言い切られてしまう。
「でも、姉さんの考えてるのおもしろい。魔力を送ったら、銃弾が込められた状態に出来たり」
「ノイエのいう事も考えてるよ」
面白いと笑う二人に、母親はやれやれをため息を吐く。
「もう一つ言っておかないといけない事があったわ」
「なんですか?」
「本当は王都にいる時が良かったんだけど、相手の都合で延びてしまって。それで、時間をずらして、魔力鑑定士の方にも来てもらう事になってるの」
その言葉にアンリエットは目を瞬かせる。
「魔力に振り回されてるように見えるから。ちゃんと見てもらった方が良いかと思って」
「そうですね」
アンリエットも少し気になっていた。以前の人生では上手く使えていた簡単な魔術も、何となく使いづらいと感じていた。何か原因が別れば対処が出来る。そうすれば、銃の扱いで自分が考えている事もやりやすい。
「本当に、魔力に振り回されている気がして…」
大きな事故を起こしていないのが、幸いだとため息を吐いた。
「リディアが死ななければ、ギルフェデス殿下がユリアを選ぶことはない」
前の人生を思い出すと胸が痛くなる。だが、その結末は悲惨な物だ。
「今の所、前の人生の記憶を持ってるのは私のみ、…テレスペペの怒りを買うとしても、運命を変えてみせる」
あの人生が偽りとは思わない。けれど、二度も辿るのは絶対に嫌だ。不安材料は色々とある。厄介だと頭を抱えていると、ドアがノックされる。
「どうぞ」
返事をすると、マリエルが入って来た。
「お嬢様にお手紙です」
「ありがとう」
受け取り差出人を見れば、リディアだ。
「考えてみれば、直接私に手紙を送るのってリディアくらいしかいないわ」
身内からの手紙は、父親宛の手紙に同封されている。
「そうそう、これ読み切ったから」
そう言ってマリエルに本を渡す。
「どうでしたか?」
「主人公が悲惨すぎる」
運命を変えて幸せになれるのなら、そうなって欲しいと素直に思った。
「そうですね。だから、やり直しの人生で幸せになって行くのを見て安心するんです」
「そうね」
また悲惨な人生を歩まされるなんて、目も当てられない。マリエルは頷き、部屋を出た。アンリエットも、封を開いて手紙を読む。
『アンリエットへ
こうして手紙を書くのも、送るのも初めてだから緊張します。
先日、怖い夢を見ました。列車の事故で、押しつぶされて死んでしまう夢です。
目が覚めて夢だと分かっても、しばらく心臓がバクバクしてました。
すごくリアルな夢だった気がします。
初めて書く手紙が、暗い内容でごめんなさい。近々領地に戻る予定です。
リディア』
何度か読み返し、長い溜息を吐き出す。
「この夢って、前の人生での死だよね?」
何故リディアがと思う。夢で見たという事は、アンリエットとは違うのだろう。
「…あれから見てないと良いんだけど」
どうしたものかと考えるが、良い案は浮かばない。
「当たり障りのない返事にしておこう」
それはただの夢だから、気にするなという返事を送る事にした。
「何度も見るようになったら、気にしないとだけど」
けれど、どうしてそんな夢を見たのか。
「私と関わったから?」
それなら、婚約者のアルバートはどうなのか。自分が死んだあとの夢を見たが、本当にそれはアンリエットが死んだあとの事かは分からない。悲しんで欲しいと思った、自分が見せた夢かもしれない。
「それに、家族や使用人たちも」
巻き戻った自分が関わったのなら、他の人にも何かあるのではないのか不安になる。しかしリディアもあれから同じ夢を見ているとは限らない。ただの偶然の可能性もある。
「考えないようにしよう」
一つため息をついて気付く。
「そう言えば、そろそろだ」
今は王都に居るが、アンリエットたちも領地に戻る予定だ。
「…憂鬱だなぁ」
領地に戻ったら、武術と言うか戦闘訓練を受けさせられることになっている。
「私には魔術があるのに…」
辺境伯爵家の娘としてと言われても、向き不向きがある。体術はそこそこだが、剣術は不得手だ。そもそも今の戦争の道具は銃火器と、戦闘用の魔術が主だ。
「いっそ、戦闘用の魔術を鍛えれば!」
「その前に、魔力の制御の訓練が必要だけど」
聞こえて来た母親の声に、ゆっくりと振り向く。
「お母さま、どうしたんですか?」
「リディアから手紙が来たのでしょう?」
「はい」
「返事を書くのなら、急いだ方が良いと伝えに来たの」
「ありがとうございます」
手紙にも、領地に戻ると書いてあった。手紙が一度王都の屋敷に届けば、そこから領地へ届けなければならない。
「アンリエット」
「はい」
「マリエルが、心配していたわ。時々様子が可笑しいと」
「…」
「私も何がとは言えないけれど、少し前の貴女とは違うと感じる時があるの」
上手く振舞っていても、違和感が出てしまっているのかも知れない。
「それは…、アルバート様という婚約者が出来たからかと。ほら、アルバート様って私よりも五歳も年上じゃないですか。私からしたら、大人に見えて。だから…」
「確かに、十歳と十五歳だと年齢はかなり空いて見えるわね。けど、大人になれば気にならなくなるわ。無理に背伸びをする必要はないの」
「そうですね」
上手く誤魔化せただろうか。
「領地に帰れば、剣術を学ばせようとお父様と話をしているの」
剣術、前の人生もそうだった。だが、自分には不向きだと思った。
「お母さま、剣ではなく銃を扱えるようになりたいです」
前の人生の死因は銃殺。トラウマがないと言えば嘘になるが、掌の大きさの拳銃もある事から、扱いやすさを考えれば銃が向いているかもしれない。
「銃…ね…。相談してみるわ。ただ、見た目よりも扱いが難しいわ」
「それには少し考えがあります」
それならと頷いて、部屋を出て行った。ドアが閉まるのを確認すると、大きく息を吐く。
「十九歳から戻ってるんだから、それっぽく振舞ってても違和感があるか」
仕方がないと思うも、いつか白状した方が楽なのではと思う。信じてもらえるかは別として。
半月後、国境に面している領地に戻って来た。
「明後日から、ライザルに来てもらうから」
「ライザル叔父様ですか?」
「ええ」
「丸一日ゆっくり出来るのは、明日だけですか…」
憂鬱だとため息を吐くアンリエットに、大丈夫よと母親は笑う。
「何か考えてるみたいだけど」
「銃の事ですか?」
「ええ」
言おうかどうか少し考える。
「銃に込めるのを、銃弾ではなくて魔力で作ったものにしようかと」
「魔力を込めた銃弾とかもあるけど」
「普通の銃弾と、魔力で作ったものだと、どっちの反動が大きいのか気になってるんです」
「…まずは、魔力が扱えるようになってからね」
「はい」
今のままは却下だと言い切られてしまう。
「でも、姉さんの考えてるのおもしろい。魔力を送ったら、銃弾が込められた状態に出来たり」
「ノイエのいう事も考えてるよ」
面白いと笑う二人に、母親はやれやれをため息を吐く。
「もう一つ言っておかないといけない事があったわ」
「なんですか?」
「本当は王都にいる時が良かったんだけど、相手の都合で延びてしまって。それで、時間をずらして、魔力鑑定士の方にも来てもらう事になってるの」
その言葉にアンリエットは目を瞬かせる。
「魔力に振り回されてるように見えるから。ちゃんと見てもらった方が良いかと思って」
「そうですね」
アンリエットも少し気になっていた。以前の人生では上手く使えていた簡単な魔術も、何となく使いづらいと感じていた。何か原因が別れば対処が出来る。そうすれば、銃の扱いで自分が考えている事もやりやすい。
「本当に、魔力に振り回されている気がして…」
大きな事故を起こしていないのが、幸いだとため息を吐いた。
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