勇者の処分いたします

はにわ

文字の大きさ
23 / 54

勇者エクスの幸せ

しおりを挟む
ラダーム国王城より遥か離れた田舎村。
行商も決まった人以外あまり通らないのどかな村の一軒家に、二人の若い男女が住んでいた。


「お待たせ。朝ご飯が出来たわよ」


女が呼びかけると、寝室から眠たそうな顔をした男がやってきた。
男の名はエクス。
ひと月と少し前に魔王を倒し、王城で行われた祝賀会から忽然と姿を消した勇者その人である。


「うん、うまい。ビアンの作る料理はいつもおいしいよ」


ビアンと呼ばれた女の作った朝ごはんを食べて慢心の笑みを浮かべながら、エクスは言った。


「もう、ほめ過ぎよ」


そう言いつつも満更でもなさそうなビアンはエクスの対面の椅子に座ると、彼の顔をじっと見つめていた。


「・・・なに?どうしたのビアン」


視線に気づいて問いかけてくるエクスに、ビアンはニコニコ笑いながら


「ううん。エクスと一緒に居られて幸せだなって思っただけ」


などと言うので、エクスはクスッと笑いながら「なんだよそれ」と返していた。

エクスは自分のことを勇者と知らぬほど情報伝達の遅れた田舎村に住んでいた。
近所でもエクスの正体を知る者はなく、エクス達は『最近流れ着いた若夫婦』としか認識されていない。

エクスはビアンと言う幼馴染と結婚していた。
とは言っても教会に届け出ると自分の素性と居場所が知られてしまうため、事実婚状態であった。
エクスは勇者でもなんでもない、一般人としての第二の人生を歩みたかったからである。

ビアンは幼馴染なのでエクスが勇者であることは知っているが、彼の意志を尊重し、こうして正体を隠しながらひっそり生きていく結婚生活にも納得していた。

エクスは魔王討伐の過程でいくつものダンジョンを踏破し、魔王城でも幾多もの宝物を手に入れていたこともあってかなりの財産を持っていた。
しかし、そんなものを持っているだけでもそうだし、派手に使えばすぐに目立つ。それを嫌ってエクスはビアンに断った上で財産を手放した。
今、彼はたまにフリーの冒険者として出稼ぎしてくることで生活していた。
かつて約束されていた王族としての生活を比べればあまりに地味な暮らしであるが、それでも二人は幸せそうに暮らしていた。


「今でも信じられないわ。まさか勇者様であるエクスが私なんかと結婚してくれるなんて」

唐突にビアンが呟いた。


「なんかってなんだよ。俺はビアンがいいからビアンと結婚したの」


「でも、私より綺麗な王族や貴族の人との縁談だってあったでしょう?どうして私なんか・・・」


ビアンはエクスと結ばれたことは嬉しかったが、それでも幼馴染というアドバンテージしかない地味で冴えない田舎娘でしかない自分が、勇者として名を轟かせときめいていたエクスの伴侶として選ばれたことがいまだに半信半疑であるといった感じであった。


「王族でも貴族でもない、ビアンがいいから俺はビアンを選んだんだ。ホッとして落ち着くんだ。やっぱりビアンといると・・・」


しみじみといったように語るエクスに、ビアンは口元を抑えながら目を潤ませた。


「私・・・!私、本当に嬉しい・・・!幸せだわ・・・」


「なんだよ、大袈裟だな」


感涙するビアンの肩をそっと抱きしめるエクス。
二人の間を幸せな空気が流れていた。



コンコン



そんなとき、二人の空気を吹き飛ばすノックの音が部屋に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...