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第一章 膨らむ疑問と気付かぬ現実
嘯き悪魔の囁き
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楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。彼らにとってもそれは例外ではなく――。
「あー、喋った喋った!」
満足そうにカケルは笑い、宙に視線を向けた。
まるで窓から空の色を確かめるような仕草があまりにも自然で、ミユはその目にないはずの窓が見えたような錯覚に一瞬、捕らわれた。
「結構時間経ったし。もうそろそろお開きにする?」
カケルの提案に元気よく同意を唱える彼女と、空腹を訴える彼女。そして「しょうがない」と首を左右に振る少年。それぞれ形は違うが、賛成を唱える。
「このオレ様の武勇伝の続きはまた明日聞かせてやるよ!」
胸を張ったナオキの言葉に双子は顔をしかめてみせるが、ミユは是非、と嬉しそうに微笑んだ。
ここに至るまでもナオキの一方的な発表会という名の武勇伝語りは真面目に聞いていたのはミユだけであった。所々皮肉が入るも、やはり自分の話を聞いてもらえるのが嬉しいのか今も尚、小さな暴君様はご満悦の表情である。
双子に何故付き合えるのかとこっそり尋ねられることもあったが、ミユは元から子供好きで、自身の意見をはっきり言えない気弱な態度から同年代から頼られることが少ない。その分、こうやって頼られることは彼女にとって喜びでしかなく、なんの苦でもないのだ。例え皮肉が混じっていようと、火を見るより明らかなほど歳の離れた子供に言われてすぐ怒るような狭い心の持ち主でもない。それになにより、口にする本人から悪意を感じない以上、いくら表向きは負の台詞だとしてもぶつけられて悲しく思うことはないのだ。
話を聞いていれば、とても可愛らしい子供以外の何者でもない。しかし、ナオキと年の近い双子に話したところでこの考えは共有できないだろうと踏んだミユはそれぞれの頭を撫でることでこの会話を終わらせたのだった。
家族以外で、こんなに喋ったのはいつ以来だろう。思えば、こんなに笑ったり、慌てたり、驚いたり忙しいのも久しぶりのような気がする。
楽しく、幸せな出会いを噛みしめたミユの顔は始終綻んでいた。
この出会いは、ミユにとって一生忘れられない物になりそうだ。そして、彼女は願う。できることなら彼らにとっても自分との出会いがそうなりますように、と。
そうして、翌日も再び同じ場所で会うことを約束した彼らはその場で解散したのであった。
「じゃあ、また明日!」
各自が違う方向へ足を運ばせながら、手を振り、別れを告げる。
真っ直ぐ足を進ませるマモルの背、揃って大きく手を振った後に進行方向へ向き直る2つのサイドテール。手を振り続けるも不安定な足場に躓き、慌てて進路へと集中した小さな影。そして、いつまでも手を振り続けるカケルの姿。千切れんばかりに手を振るその姿に、ミユは思わず笑みを零した。
見送る姿が遠くなり、とうとうカケルも前を向いたところでミユはゲームセンターから一歩踏み出す。そして、ふと我に返った。
別れを告げ、次の約束も取り付けた。解散したところまではいい。だが、これから自分はどこへ向かうというのだろう。
ここがどこかも分からず、帰り道も分からない。
それなのに今から自分はどこを目指せばいいのだろうか――……。
(とりあえず、ここを出よう)
楽しい時間に気を取られ、失念していた。せめて現在地の詳細ぐらいは聞いておくべきだったのだ。先程まで言葉を交えていた人物は誰一人残っていない。皆、帰るべき場所へ帰ったのだろう。
その場に一人だと思い知った途端、すっかり頭から抜けていた恐怖がじわじわと彼女の胸を食い荒らしてゆく。
ここは、こんなに暗かっただろうか。
ここはこんなに寒かっただろうか。
こんなにも静かで、怖い場所だっただろうか。
さっきまで何にも思わなかったのが不思議なぐらいだ。まるで、別の場所に立っているような。
聞きそびれたことは今更後悔しても仕方がない。外に出ればなんとかなるかもしれないし、もしかしたら今なら誰かに追いつけるかもしれない。そうだ、全員必ず外には出ているはず。なら今急げば間に合うはずなのだ。
刹那、何かが焦がれた。頭か、胸か。
どこかは分からないがミユの身体のどこかが痺れるように、彼女に何かを知らせるように焦がれた。
しかし、一瞬のことだったので異変に気付きはしたが、その正体を見抜くことは適わなかった。
首を傾げ、目的を思い出した彼女は慌ててエレベーターの開閉ボタンへ手を伸ばす。
――こんな廃墟に電気なんて通っているのだろうか。
そんな不安が胸を過り、瞬間、延びた指が躊躇うように動きを止める。
仮に、ここに電気が通っていなくて、その結果エレベーターが動かなかったとしよう。しかしボタンを押すだけ押してみても別に何かが減るわけではないものではない。初めから諦めては何も得はしないが試すことで損はしないだろう。
決意したミユは、本来なら“開”と書かれていたであろう磨り減ったボタンへ指を這わした。
刹那、視界がぐにゃりと歪む。
「え、」
ミユの口から驚愕が漏れた。
今、自分の身に何が起こっているのか。結局エレベーターは動いたのか動かなかったのか。
目蓋は重くなり、世界が霞む。どうやら現状の確認は難しいようだ。
睡魔に襲われた身体は重くなり、膝から崩れ落ちた。
起き上がるのは酷く困難で、今まで当たり前のようにしていたのに、どうやって自分の身体を支えていたのか身体が忘れてしまったようだった。
霞み、ぼやけて滲んで歪んでは入り混じる視界。
奇妙な世界に対して既視感を覚えながらも働かない脳では何も思い出せない。
ついにミユは意識を手放す。
耳元で「思い出さなくともいいんだよ」と悪魔が囁いた気がした。
「あー、喋った喋った!」
満足そうにカケルは笑い、宙に視線を向けた。
まるで窓から空の色を確かめるような仕草があまりにも自然で、ミユはその目にないはずの窓が見えたような錯覚に一瞬、捕らわれた。
「結構時間経ったし。もうそろそろお開きにする?」
カケルの提案に元気よく同意を唱える彼女と、空腹を訴える彼女。そして「しょうがない」と首を左右に振る少年。それぞれ形は違うが、賛成を唱える。
「このオレ様の武勇伝の続きはまた明日聞かせてやるよ!」
胸を張ったナオキの言葉に双子は顔をしかめてみせるが、ミユは是非、と嬉しそうに微笑んだ。
ここに至るまでもナオキの一方的な発表会という名の武勇伝語りは真面目に聞いていたのはミユだけであった。所々皮肉が入るも、やはり自分の話を聞いてもらえるのが嬉しいのか今も尚、小さな暴君様はご満悦の表情である。
双子に何故付き合えるのかとこっそり尋ねられることもあったが、ミユは元から子供好きで、自身の意見をはっきり言えない気弱な態度から同年代から頼られることが少ない。その分、こうやって頼られることは彼女にとって喜びでしかなく、なんの苦でもないのだ。例え皮肉が混じっていようと、火を見るより明らかなほど歳の離れた子供に言われてすぐ怒るような狭い心の持ち主でもない。それになにより、口にする本人から悪意を感じない以上、いくら表向きは負の台詞だとしてもぶつけられて悲しく思うことはないのだ。
話を聞いていれば、とても可愛らしい子供以外の何者でもない。しかし、ナオキと年の近い双子に話したところでこの考えは共有できないだろうと踏んだミユはそれぞれの頭を撫でることでこの会話を終わらせたのだった。
家族以外で、こんなに喋ったのはいつ以来だろう。思えば、こんなに笑ったり、慌てたり、驚いたり忙しいのも久しぶりのような気がする。
楽しく、幸せな出会いを噛みしめたミユの顔は始終綻んでいた。
この出会いは、ミユにとって一生忘れられない物になりそうだ。そして、彼女は願う。できることなら彼らにとっても自分との出会いがそうなりますように、と。
そうして、翌日も再び同じ場所で会うことを約束した彼らはその場で解散したのであった。
「じゃあ、また明日!」
各自が違う方向へ足を運ばせながら、手を振り、別れを告げる。
真っ直ぐ足を進ませるマモルの背、揃って大きく手を振った後に進行方向へ向き直る2つのサイドテール。手を振り続けるも不安定な足場に躓き、慌てて進路へと集中した小さな影。そして、いつまでも手を振り続けるカケルの姿。千切れんばかりに手を振るその姿に、ミユは思わず笑みを零した。
見送る姿が遠くなり、とうとうカケルも前を向いたところでミユはゲームセンターから一歩踏み出す。そして、ふと我に返った。
別れを告げ、次の約束も取り付けた。解散したところまではいい。だが、これから自分はどこへ向かうというのだろう。
ここがどこかも分からず、帰り道も分からない。
それなのに今から自分はどこを目指せばいいのだろうか――……。
(とりあえず、ここを出よう)
楽しい時間に気を取られ、失念していた。せめて現在地の詳細ぐらいは聞いておくべきだったのだ。先程まで言葉を交えていた人物は誰一人残っていない。皆、帰るべき場所へ帰ったのだろう。
その場に一人だと思い知った途端、すっかり頭から抜けていた恐怖がじわじわと彼女の胸を食い荒らしてゆく。
ここは、こんなに暗かっただろうか。
ここはこんなに寒かっただろうか。
こんなにも静かで、怖い場所だっただろうか。
さっきまで何にも思わなかったのが不思議なぐらいだ。まるで、別の場所に立っているような。
聞きそびれたことは今更後悔しても仕方がない。外に出ればなんとかなるかもしれないし、もしかしたら今なら誰かに追いつけるかもしれない。そうだ、全員必ず外には出ているはず。なら今急げば間に合うはずなのだ。
刹那、何かが焦がれた。頭か、胸か。
どこかは分からないがミユの身体のどこかが痺れるように、彼女に何かを知らせるように焦がれた。
しかし、一瞬のことだったので異変に気付きはしたが、その正体を見抜くことは適わなかった。
首を傾げ、目的を思い出した彼女は慌ててエレベーターの開閉ボタンへ手を伸ばす。
――こんな廃墟に電気なんて通っているのだろうか。
そんな不安が胸を過り、瞬間、延びた指が躊躇うように動きを止める。
仮に、ここに電気が通っていなくて、その結果エレベーターが動かなかったとしよう。しかしボタンを押すだけ押してみても別に何かが減るわけではないものではない。初めから諦めては何も得はしないが試すことで損はしないだろう。
決意したミユは、本来なら“開”と書かれていたであろう磨り減ったボタンへ指を這わした。
刹那、視界がぐにゃりと歪む。
「え、」
ミユの口から驚愕が漏れた。
今、自分の身に何が起こっているのか。結局エレベーターは動いたのか動かなかったのか。
目蓋は重くなり、世界が霞む。どうやら現状の確認は難しいようだ。
睡魔に襲われた身体は重くなり、膝から崩れ落ちた。
起き上がるのは酷く困難で、今まで当たり前のようにしていたのに、どうやって自分の身体を支えていたのか身体が忘れてしまったようだった。
霞み、ぼやけて滲んで歪んでは入り混じる視界。
奇妙な世界に対して既視感を覚えながらも働かない脳では何も思い出せない。
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