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第2話 いざ、帝都へ
⑦ 皇帝への挨拶
しおりを挟む「儂がぁっ!! ヴァルファス帝国皇帝!!
ヴァーガード・リューシュ・ヴァルファスであぁるっ!!」
響き渡る大音量。
耳がキーンとする。
どんだけ声量でかいだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そして訪れる沈黙。
その場にいる誰もが、どう反応していいか分からなかった。
「なんじゃい、ノリ悪いな」
一人、不服そうにしているのは先の発言の主。
老人といって差支えの無い、白髪の男性だ。
確か御年73歳のはず。
しかしその身体には活力が漲っている。
皺こそあるものの、その顔は精悍。
中肉中背の体格に備えられた筋肉には、まるで衰えがみられなかった。
彼こそが誰あろう、我が帝国の皇帝、ヴァーガード・リューシュ・ヴァルファスである。
……私が紹介する前に自分で名乗ってしまったが。
「あー、陛下?
御戯れも程々に。
皆、戸惑ってしまっております」
恐る恐る、という形で発言したのは、陛下の隣に立つ宰相――クライブ先生。
流石に今日は、いつものぼさぼさ髪ではなくしっかりと頭を整えていた。
ここまで説明すれば現在がどういう状況なのか察しがつくだろう。
そう、ここは王城のちょうど中央部に設けられた、謁見の間。
私は今、皇帝陛下に爵位継承の報告をしにきている――はずなのだが、のっけから最初の発言で場が乱されてしまった。
「どうにも固っ苦しい空気じゃったから解してやったんじゃわい。
うむ、エイル卿よ、よくぞ参った」
「ご配慮、勿体のうございます。
本来であれば早期にご報告に参らねばならぬところ、本日まで遅れてしまったこと、平にご容赦ください」
敬礼し、挨拶を述べる。
一発目からアレだったのでどうなることかと思ったが、それらしくなってきた。
「よいよい、気にするな。
ウィンシュタットからの旅となれば、なかなかに骨が折れたじゃろう」
「いえ、天馬の馬車を使いましたので。
寧ろ、快適な空の旅を堪能できました」
「うむうむ、天馬を使ってシュタっと帝都へ来れたわけじゃな!」
…………。
「…………」
「…………」
「…………」
再び訪れる沈黙。
どう対処しろというのだ、この親父ギャグに。
「……なんか固いのぅ。
もう一発いくか?」
「お止め下さい陛下。
いい加減、話を進めて頂けませんかね?」
つまらなそうにする皇帝を宰相が窘める。
少し苛立っているのか、クライブ先生の語尾に怒気を感じた。
「分かった、分ぁかった。
いやぁ、すまんのぉ、エイル卿。
日々公務に身を費やしとると、たまにはこうやってゆるーい対応をしてみたくなってのぉ」
「……陛下はいつもこうでしょうが」
「ん? 何か言ったか、宰相?」
「いえ? 何も?」
すっとぼけるクライブ先生。
なかなか心臓が強い。
陛下は陛下でこのやり取りをさらっと流し、
「しかしなんじゃな、フェデルの奴め、一人しか息子を作らんとは。
昔のあいつは儂を差し置いて春街の帝王などとよばれておったというのに。
探せば隠し子の一人や二人おるのではないかな?」
え?
「陛下ぁっ!!」
「うぉうっ! どうしたんじゃ!?」
「ここは! そのようなプライベートのお話をする場ではないかと」
「おいおい、声が震えとるぞ。
何をそんなに怒っとるんじゃ――さては、“あの日”か?」
いや陛下、そんな台詞でドヤ顔されても。
「“あの日”でも“この日”でも構いませんから、職務を全うして下さい」
「つまらん返しじゃなぁ。
そこはもっとこう、トークを広げていかんと」
「広げません、閉じます」
「ぬぅ、芸人根性の無い男め」
「宰相なもので」
コント一歩手前のやり取りを繰り広げる陛下と宰相。
おかしいな、私はいったい何時から“笑ってはいけない皇帝面会24時”に参加してしまったのだろう。
……これだけ陛下がフランクな態度をとっていると、私と皇帝が顔見知りなのではないかと勘違いされるかもしれないが然に非ず。
一応、侯爵嫡男という立場上顔を見る機会は何度もあったが、こうして個人で会うのは今日が初めてだ。
だというのに、この対応。
凄いな、皇帝になるとこんなフリーダムに振る舞っていいものなのか。
「ところでエイル卿よ」
「はっ」
急に話をふられた。
いや、この場は私の挨拶の場であるからして、私と話をするのは正常なことではあるのだが。
「そこのヴェイク――ここの出入口を警護しておる近衛兵なんじゃがな。
今日でちょうど勤続5年になる」
「――はい?」
急に何言い出すんだ。
「務めとる間、儂の下へ不届き者を近寄らせなかった孝行者よ。
一つ、お主からも功績を労ってやってくれんかのぅ」
「……は、はぁ」
つまり後ろに居る兵士に挨拶しろということか。
しかしそうなると――
「ああ、気にするな。
儂に背を向けることを許す」
私が逡巡する理由をすぐさま見抜いてくる陛下。
こういうところ、さり気無いが相当に聡い。
「――では、失礼いたします」
一言おいてから、私は後ろを振り返る。
そこには私同様――いや、私以上に戸惑いの表情を浮かべる2人の兵士がいた。
中でも右側の兵は特に混乱しているようだ。
おそらく彼が件の近衛兵ヴェイクなのだろう。
……予想していたことだが、やはりこれは陛下の思いつきによるものなのか。
だからといって拒否できるものでもあないが。
私はヴェイクと思しき青年に向かってお辞儀しながら、
「本日までのお勤め、ご苦労でした。
これよりもなお公務に勤しみ、陛下へお守り頂けますよう、宜しくお願いいたします」
「じ、自分にそのようなお言葉を頂けるとは!
光栄であります、エイル卿!!」
ピンと背筋を伸ばし、軍隊式の敬礼をとるヴェイク。
いきなりこんなことに巻き込まれ、恥じらいでもあるのだろう――彼の顔は赤く染まっていた。
皇帝の傍仕えというのも、難儀なものである。
ともあれこれで命は果たした――と考えたのだが。
「うーむ、ちと形がなっとらんな。
もう少し深く頭を下げた方が良いぞ」
「……そ、そうですか?」
陛下はお気に召さないようだ。
一応身分上はヴェイクの方が下であり、こういう間柄でそこまで頭を低くするのは貴族として如何なものかと思うが……
まあ、私はそういう事に抵抗が無いけれども。
「――こんな、感じでしょうか?」
ぐっと前屈みになる。
「うむ、悪くないが――もう一声!」
「分かりました」
指示通り、さらに上半身を曲げる。
なんだか立位体前屈でもしているみたいだ。
膝の関節が少し痛い。
しかし何というか、このポーズ思い切り皇帝に尻を突き出しているのだが、不敬罪になったりしないよな?
と、そんな心配をしていたところへ――
「うむ、ナイスけつ!」
「ひゃんっ!?」
――いつの間にか背後へ忍び寄っていた陛下が、私の尻をパァンッと叩いた。
えっ!?
いきなり何すんだ、この爺は!!
「なっ――なっ――なっ――なっ――!!」
意味の無い単語が無意識に漏れ出た。
余りに予想外のことに、口が上手く動かなくなっている。
いかん、落ち着け。
この場にはクライブ伯爵や幾人もの近衛兵が居る。
彼等の前で、不様を働くわけには――
「……ぶち殺すぞジジイ」
「調子に乗んのもいい加減にして貰いたいものですな、セクハラ野郎!」
「お灸をすえられたいのですか、この色ボケ頭が!!」
――と、思ったら周りの方がエキサイトしていた。
宰相もヴェイクを始めとした近衛兵達も、怒りを露わにしている。
ちなみに一番最初の、静かに殺意を込めた台詞がクライブ先生ものだ。
……君達、陛下相手にそんな言葉使っていいのか?
「何を言うか!?
こんな見事なけつが目の前にあったら、拝まずにはいられんじゃろ!!」
「そういうことは、然るべき場所で然るべき対価を払ってやって下さいませんかね!!」
「バッカ宰相お前、儂は妻一筋50年じゃっつうの!!
そんなことしたら笑い話で済まんじゃろが!!
だいたいじゃなぁ――」
ここで陛下はびしっと先程の近衛兵を指さした。
「ヴェイク!!
お主だってエイル卿が挨拶しとる最中、けつをジロジロ見とったろう!!
本人に気付かれていないと思って、延々と不躾に!!」
え、そうなの?
「ななな、何を仰いますか、陛下!!
自分がそのような失礼極まりない真似をするわけがないでしょう!!」
「いいや、やったね!!
やっておったね!!
けつをガン見して、そしてズボンから透けて見える下着まで確認しとったじゃろ!!
エイル卿の黒いパンティーを!!」
え?
「いや、エイル卿の下着は黒でなく白ですよ!!
うっすらぼんやりはっきりと見えましたから!!――――あ」
え?
「……騎士ヴェイク。
後で話があります、逃げないように」
「ち、違うのです宰相、これは――!!」
「はっはっは、宰相よ、許してやれい。
ヴェイクめはここ最近女日照りが続いておるらしくての。
我慢できなくなっちまったんじゃろ――ん?」
陛下が私の方を見て、首を傾げた。
「これこれ、エイル卿よ。
何故にそんな端の方へ移動しとるんじゃ?
今日の主役はお主なんじゃから、もっと真ん中に来なさい」
「いえ、私にはここで十分です」
「そんなこと言わんと。
ほれほれ、もっと近くに。
お主の立派なけつ――じゃなくて顔を儂によく見せてくれんかのぅ?」
「それ以上近づかないで貰えますか」
このホモ野郎が。
いつから謁見の間はハッテン場に姿を変えたんだ。
もう、私帰っていいかな?
ダメか?
この状態でまだ面会続けろとか、罰ゲーム以外の何物でもないんだが?
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