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第3話 VS 吸血鬼
③ 宴の始まり
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アレン王との“密談”を終えて。
「吸血鬼かぁ。
やっぱり“おまけ”付だったんだな、今回の話」
「まあ、そういうことだ」
私はルカと雑談を交わしていた。
場所は、我が屋敷の大広間。
今夜、クレアス御一行の歓迎パーティーを開く予定だった場所だ。
……いや、パーティー自体は実のところ開催しているのだが。
魔物に狙われている非常時いったい何をしているのかと呆れられるかもしれないが、これで貴族は顔を売る商売。
余り臆病に立ち回り過ぎて、周囲から舐められるわけにもいかないのだ。
とはいえ、参加者は必要最小限――私やルカを含めヴァルファス帝国側の貴族は数人だけ――とし、警備兵の配置を倍に増やしてはいる。
「しっかし『ドラキュラ伯爵』とはね。
吸血鬼ってのは気障な奴が多いって話だが、こいつは極め付けだな。
竜の子を名乗るなんて」
「……全くだな」
実際は、元々“竜の子”と呼ばれていた王様が、後世の人に吸血鬼として仕立てあげられたのだが。
しかも呼ばれ始めた理由も、その人の父親が竜と言われていたことが所以だったりする。
魔物を弁護する気は無いが、その名前を理由に中二病扱いは少々可哀そうかもしれない。
「んで、そんなことよりもさ。
噂のお姫様はどこだい?
さっきから探してるのに、どこにも姿が見えないのだけれど」
私と会話しながらそんなことしてたのかコイツ。
「ディアナ王女なら、人前に出る“用意”をしっかり整えてからこちらへ来るそうだ」
「ああ、なるほどね」
一国の姫という立場上、下手な格好では姿を現せない。
何せ私は、元敵国であり、今は身売り先である国の侯爵なのだ。
一部の隙も無い装いを準備しているのだろう。
「――と、噂をすれば」
「お! 来たか!」
広間の大扉が開く。
そこには、一人の女性が立っていた――おまけで、隣にでっぷり太ったアレン王も居たが。
彼等は真っ直ぐに私の方へ向けて歩を進めてきた。
「おお……」
周囲の人々――主に男が、感嘆の声を自然と漏らしていた。
私もまた、心の中で喝采を上げる
その女性――ディアナ姫であろう、間違いなく――は、見事に美しかった。
まずその出で立ちから目を惹かれる。
黒い長髪を後ろでシニヨンに纏め、大陸東部に伝わる伝統衣装を纏った姿は実にエキゾチック。
この伝統衣装、はっきり言ってしまえば日本の和服に仕様が非常に似ており、とても“和風”な雰囲気を醸し出している。
日本人が慣れ親しんだ容姿というと分かりやすいだろうか。
前を行くアレン王に楚々とした所作で着いてくるのも奥ゆかしさを感じさせ、男心をくすぐる。
そしてまあ、当然のように美人である。
顔立ちはキリっとした“東洋系”。
“欧州系”のセシリアやルカとはまたタイプの異なる美形であり、だからこそ前述の“着物”と親和性が非常に高い。
もし日本で出会ってもそう違和感を感じないだろう。
ただ赤みがかった瞳の色が、彼女が日本人ではなにことを如実に示していた。
比較的ゆったりとした衣装であり肌の露出も少ないため、スタイルが分かりにくいのが難点か。
……まあ、それは後のお楽しみにとっておこう。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、私がここに来て、そう時間は経っておりませんよ、陛下」
「ははは、お気遣い、感謝いたします」
まずアレン王が深々とお辞儀をして挨拶してきた。
実は彼もまた和服によく似た衣装を着ているのだが、それはどうでもいい。
太った中年の容姿に関する説明が必要か?――そんなわけないだろう。
「と、申し遅れました。
後ろに居ますのが私の娘、ディアナ・リーヤ・クレアスです。
……さ、ウィンシュタット卿へ挨拶なさい」
そう言って、後ろの女性――やはり王女だった――を促す。
彼女は優雅な動作で頭を下げてから、ゆっくりと、しかしこちらを待たせ過ぎない歩調で前に出てきた。
「…………!」
と、何故かそこで硬直。
「…………」
挨拶するでもなく、じろじろと私の顔を見てくる。
なんだ、どうした?
疑問に思ってこちらから声をかけようとしたところ、それに先んじて王女が口を開いた。
「……あの、貴女がウィンシュタット卿?」
「ええ、その通り。
私がウィンシュタット家現当主、エイル・ウィンシュタットです」
出てきたのは挨拶ではなく質問であったが。
彼女は私の回答を聞くと、驚いたように目を見開き、
「こ、こんなに可愛い子が!?」
「おいディアナ!?」
王女の言葉に、アレン王が慌てた声をあげる。
「あ、ああ、ごめんなさいお父様。
まさかこんな子が侯爵だなんて――」
「おぉおおぅい!?」
「あ、あ、ごめんごめん」
失言を咎めら、大分軽い感じで頭を下げる。
……おや? “お淑やか”という触れ込みはどこいった?
「いやでもホント、面食らっちゃったんだって。
あたしてっきり、でっぷりと太ったおっさんが出てくるものとばかり――」
「ディアナぁああっ!!
打合せ!! 打合せの通りに動いてぇっ!!!」
アレン王の目に、ちょっと涙が浮かんでいる。
ああ、うん、何となく分かってしまったよ。
こういう子なわけね。
とりあえずいつまでも待っているのもアレなので、こちらから挨拶するか。
「あー、お初にお目にかかります、ディアナ王女。
お噂通りの美貌にお目にかかれ、光栄の限りです」
「ええ、初めまして、エイル卿。
美しいだなんだの誉め言葉は聞き飽きてるけど、貴女みたいな綺麗な子に言われるのは新鮮ね」
私の言葉に、にっこりと微笑んで応じてくれた。
……口調が場にそぐわぬほどフランクなのは如何なものかと思うのだが。
アレン王も同意見のようで、
「ディアナぁ!! 言葉遣い!! 言葉遣いがおかしいだろう!!」
「うっさいわね! もう手遅れなんだからいいでしょ!!」
「ええぇぇぇええ――」
あっさりと自分の父親を撃沈させた。
パワフルなお嬢様のようだ。
「ま、今ので分かったと思うけど、あたしってこんな奴だから。
なんで、貴女もいちいち畏まった言葉遣いしなくて結構よ?」
あっけらかんと言い放つ。
王女としてあるまじき失礼な言動ではあるが、不思議と悪い気はしない。
この場に居る他の面々も同じなようで、彼女に呆れる者こそ居れど、怒り出す者は一人も居なかった。
逆にほとんどが好意的な、親しみやすさを感じ取っている様に見受けられる。
これは姫のカリスマがなせる業なのか。
「……そういうことであれば。
私としても、普通に喋れる方が助かる」
「あら意外。
口調は結構男っぽいのね」
「いや、私は男だぞ?」
いきなり何を言い出すか、このお嬢様は。
「男?――ああ、ああ、そういうこと?
オーケー、オーケー、理解理解。
侯爵ともなると、色々苦労があるわけね」
しかもなんだか勝手に納得してる。
まあ、面倒そうなので――“男らしくない”とはよく指摘される――これ以上の言及はしないが。
そんな少々複雑な心境の私に対し、王女が微笑みかけてきた。
「じゃ、改めて。
これからよろしくね、エイル卿。
できれば末永くお付き合いしたいものだわ」
すっとこちらに手を差し伸べてくる。
私はその手を握りながら、
「ああ、こちらこそよろしく。
それと、魔物については心配しなくていい。
引き受けた以上、私が君の身柄を保証する」
「ふふ、期待してるわ」
満面の笑み。
そういう表情をされると、男としてどうしても心臓の鼓動が早くなってしまう。
顔が少し熱い。
ひょっとしたら、赤くなってしまっているかもしれない。
王女相手なのだから手の甲にキスでもした方が良いのかと一瞬迷ったが、この対応に満足頂けたようだ。
「ところで、そっちの子は?」
ひとしきり話をしたところで、今度は彼女、私の後ろに居るルカに興味を持ったらしい。
「ああ、こいつは――」
「――ルカ・アシュフィールドさ、お姫様」
紹介途中で、口を挟んできた。
「アシュフィールド!? まさか、かの三公爵家の!?」
蚊帳の外にいるアレン王が驚きつつも説明台詞を吐いてくれる。
ルカは朗らかに笑いながらそれへ応えて曰く、
「はっはっは、まあその通り。
僕はそのアシュフィールド家の生まれだよ。
以後、お見知りおきを」
華麗に一礼するルカ。
外見の整いっぷりが極まっているため、そういう動作がとてつもなく様になっている。
そして一連の流れを見るに、どうやらディアナ王女はルカのお眼鏡にかなったらしい。
かなりの勢いでモーションかけにいっている。
「ええ、こちらこそ。
ルカ殿下――で、いいのかしら?」
「ああ、それで構わないよ、ディアナ姫」
ふぁさっと髪をかき上げながら、ルカは頷いた。
本人、おそらくカッコよく決めてるつもりなんだろうが、外見のせいで美少女がモデルポーズをとっているようにしか見えない。
「す、凄いわね、こんな綺麗どころが一度に2人も。
……帝国侮りがたし」
姫も同じ感想のようだ。
2人――と言っているのは、やや離れた場所に控えているセシリアを指してのことだろう。
会話に参加していない彼女にまで目を付けるとは、なかなか目敏い。
「お褒めに預かり光栄の至り。
でも姫だって相当の美しさだよ。
――ま、流石に僕ほどじゃないにしても」
「…………あ?」
ピシッと場が固まった。
――ルカの悪い癖が出てきたな。
「あらあら、殿下?
いきなり何を言っているのかしら?」
「何って――?
ああ、気にしないでいいよ!
貴女の容姿が僕に劣っているからといって、それを気にするほど僕は狭量じゃないから!」
「――ッ!!」
ディアナ姫のこめかみに青筋が浮かぶ。
……質の悪いことに、ルカはこれでも彼女を口説いているつもりなのだ。
基本、自分の容貌が至上のものだと見做しているのだ、こいつは――まあ、然程間違いではないのだが。
顔良し家柄良しのルカ公子に、これまで恋人ができなかった理由がよく分かるだろう。
「僕を基準にしたら、あらゆる女性が“醜い”ってことになっちゃうからね。
大丈夫、ディアナ姫の美麗さは他ならぬ僕自身が保証しよう!
単に、僕の容姿がさらに整ってしまっているだけでね」
「――ッ!!
い、言ってくれるじゃないの……!!」
おお、青筋の数が増えた!
もう喧嘩売ってるとしか思えない口説き文句(本当か?)に、王女の我慢は限界のようだ。
ディアナ王女は平静に努めて、ルカへ話しかける。
「と、ところで殿下?
そういえば貴女、ここに居るということは、エイル卿の下で働いてるのかしら?」
「うん?
ああ、僕はエイルが持ってる大隊の隊長で――」
「あらあらぁ!?」
にんまりと笑みを浮かべ、大声を出すディアナ王女。
「あのアシュフィールド公爵家の!! 御子息様が!!
侯爵家が持つ軍の、それも大隊風情の隊長なわけ!?」
「――ッ!?!?」
今度はルカが目を白黒させる番だった。
だが彼は彼で、なんとかそれを押し留め、
「い、いやぁ、ちょっと誤解させちゃったかな?
僕が指揮する大隊は、他の軍と違ってだね――」
「大隊は大隊でしょ?
所詮、兵隊1000人程度の部隊じゃない。
っていうかアシュフィールド家で他に大隊長以下の職に就いてる人、いるの?」
「はぅぅうううっ!?」
居ない(断言)。
まあ、ルカは大勢を率いるより、自分が前に出て戦う方が得意だから……(弁護)
「い、言ったな! 言ってしまったな!
こっちが下手に出てれば、トラウマを抉りまくる失礼極まりない台詞吐きやがって!!」
いや、最初に言い出したのは間違いなくお前なわけだけど。
「ああん!?
何が失礼ってのよ!!
人の容貌をアレコレ貶しといて!!」
「そりゃ君に自信がないからだよ!
本当に自分が綺麗だと自覚しているなら、何言われても狼狽えないもんさ!
図星指されたから、怒りだしたんだろ!!」
「あたしの美しさは国中が認めてるっつうの!!
吸血鬼ですらあたしに惚れ込んで求愛してきたんだから!!」
「ははは、じゃあ僕がクレアスに行ったら、喝采を浴びてしまうな!!
その吸血鬼だって、僕に会ったら対象を変えるんじゃないか!?
ま、軽くお断りしてやるがね!!」
「大した自信ね、侯爵に尻尾振ってる能無し殿下が!!
大隊長の立場にしたって、自分の力で勝ち取ったわけじゃないんじゃない!?」
「なななな、なんだとう!?」
ディアナ姫、正解。
初めて会うというのに、的確にルカの弱点を突いている。
実は相性良いんじゃなかろうか。
さて、見ていて面白いやりとりではあるが、いい加減止めよう。
横に居るアレン王の顔が、真っ青を通り越して土気色になりかけている。
「そこまでだ、ルカ。
今回は君が悪い」
「え、えー!?」
私の仲裁に、不満そうな顔をするルカ。
「ふん、ほら見なさい!
良かったわー、エイル卿が公正な判断をしてくれる人で。
どっかの馬鹿殿下に爪の垢を飲ませてあげたいくらい」
そして勝ち誇るディアナ王女。
分かりやすくルカに見下す視線を送る。
まあ、気持ちは分かるが。
「……うぅぅ、だってエイルってば彼女の容姿見て凄いドキマギしてるみたいだったし……僕の複雑な気持ちを汲んでくれても……」
一方でぶつくさ愚痴を零す公子もいるが、無視。
男が女に嫉妬するな、みっともない。
「いいか、ルカ。
私達はこれからディアナ王女を守らなければならない。
護衛対象の機嫌を損ねる真似をしてどうする」
「うっ――それは、その」
「私は仕事に私情を持ち込む人間が大嫌いだ。
君が彼女をどう思おうと、任務はしっかりこなして貰うぞ」
「わ、分かってるよ」
しゅんとなったルカは、ディアナ姫に向かって頭を下げ、
「……すまない。
なんというか、つい、舞い上がってしまって」
「エイル卿に免じて許してあげるわ。
……いい百合っぷりも見れたしね」
王女は不問にしてくれるようだ。
最後のはちょっと意味不明だが。
「仲直りは済んだようだな。
では気を取り直して、パーティーを始めようじゃないか」
「――それは無理じゃないか?」
「ん?」
何でまた君は水を差すんだ――そうルカに言いかけて、口をつぐむ。
彼の目は、真剣だった。
「……どうした?」
「いや、だってさ。
あんなのが居たら、楽しいパーティーなんて開けないだろ?」
「――!?」
ルカの指さすその先。
いったい何時からそこに居たのか。
会場の片隅――その天井に、一匹の蝙蝠が留まっていた。
『ハハハ、見つけられたか』
“蝙蝠”が喋る。
低い、男の声だ。
くぐもっているのだが、妙に耳に残る声色。
『もう少し微笑ましいやり取りを見守っていたかったが。
バレてしまったのなら仕方ない』
言いながら、その“蝙蝠”は天井から離れ――同時に姿を変えていく。
身体がみるみると膨れ上がり、床に降り立つころには一人の男性へと変貌していた。
タキシードを纏った、黒髪の美丈夫。
異様に白い肌や発達した犬歯に目を瞑れば、どこぞの貴公子と言われても納得できる容姿だ。
「ごきげんよう、諸君。
まずは自己紹介からかな?」
男がエレガントな所作で私達を見まわす。
まるで獲物を見定めているかのように。
そして一言、告げた。
「――ワタシが、ドラキュラだ」
「吸血鬼かぁ。
やっぱり“おまけ”付だったんだな、今回の話」
「まあ、そういうことだ」
私はルカと雑談を交わしていた。
場所は、我が屋敷の大広間。
今夜、クレアス御一行の歓迎パーティーを開く予定だった場所だ。
……いや、パーティー自体は実のところ開催しているのだが。
魔物に狙われている非常時いったい何をしているのかと呆れられるかもしれないが、これで貴族は顔を売る商売。
余り臆病に立ち回り過ぎて、周囲から舐められるわけにもいかないのだ。
とはいえ、参加者は必要最小限――私やルカを含めヴァルファス帝国側の貴族は数人だけ――とし、警備兵の配置を倍に増やしてはいる。
「しっかし『ドラキュラ伯爵』とはね。
吸血鬼ってのは気障な奴が多いって話だが、こいつは極め付けだな。
竜の子を名乗るなんて」
「……全くだな」
実際は、元々“竜の子”と呼ばれていた王様が、後世の人に吸血鬼として仕立てあげられたのだが。
しかも呼ばれ始めた理由も、その人の父親が竜と言われていたことが所以だったりする。
魔物を弁護する気は無いが、その名前を理由に中二病扱いは少々可哀そうかもしれない。
「んで、そんなことよりもさ。
噂のお姫様はどこだい?
さっきから探してるのに、どこにも姿が見えないのだけれど」
私と会話しながらそんなことしてたのかコイツ。
「ディアナ王女なら、人前に出る“用意”をしっかり整えてからこちらへ来るそうだ」
「ああ、なるほどね」
一国の姫という立場上、下手な格好では姿を現せない。
何せ私は、元敵国であり、今は身売り先である国の侯爵なのだ。
一部の隙も無い装いを準備しているのだろう。
「――と、噂をすれば」
「お! 来たか!」
広間の大扉が開く。
そこには、一人の女性が立っていた――おまけで、隣にでっぷり太ったアレン王も居たが。
彼等は真っ直ぐに私の方へ向けて歩を進めてきた。
「おお……」
周囲の人々――主に男が、感嘆の声を自然と漏らしていた。
私もまた、心の中で喝采を上げる
その女性――ディアナ姫であろう、間違いなく――は、見事に美しかった。
まずその出で立ちから目を惹かれる。
黒い長髪を後ろでシニヨンに纏め、大陸東部に伝わる伝統衣装を纏った姿は実にエキゾチック。
この伝統衣装、はっきり言ってしまえば日本の和服に仕様が非常に似ており、とても“和風”な雰囲気を醸し出している。
日本人が慣れ親しんだ容姿というと分かりやすいだろうか。
前を行くアレン王に楚々とした所作で着いてくるのも奥ゆかしさを感じさせ、男心をくすぐる。
そしてまあ、当然のように美人である。
顔立ちはキリっとした“東洋系”。
“欧州系”のセシリアやルカとはまたタイプの異なる美形であり、だからこそ前述の“着物”と親和性が非常に高い。
もし日本で出会ってもそう違和感を感じないだろう。
ただ赤みがかった瞳の色が、彼女が日本人ではなにことを如実に示していた。
比較的ゆったりとした衣装であり肌の露出も少ないため、スタイルが分かりにくいのが難点か。
……まあ、それは後のお楽しみにとっておこう。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、私がここに来て、そう時間は経っておりませんよ、陛下」
「ははは、お気遣い、感謝いたします」
まずアレン王が深々とお辞儀をして挨拶してきた。
実は彼もまた和服によく似た衣装を着ているのだが、それはどうでもいい。
太った中年の容姿に関する説明が必要か?――そんなわけないだろう。
「と、申し遅れました。
後ろに居ますのが私の娘、ディアナ・リーヤ・クレアスです。
……さ、ウィンシュタット卿へ挨拶なさい」
そう言って、後ろの女性――やはり王女だった――を促す。
彼女は優雅な動作で頭を下げてから、ゆっくりと、しかしこちらを待たせ過ぎない歩調で前に出てきた。
「…………!」
と、何故かそこで硬直。
「…………」
挨拶するでもなく、じろじろと私の顔を見てくる。
なんだ、どうした?
疑問に思ってこちらから声をかけようとしたところ、それに先んじて王女が口を開いた。
「……あの、貴女がウィンシュタット卿?」
「ええ、その通り。
私がウィンシュタット家現当主、エイル・ウィンシュタットです」
出てきたのは挨拶ではなく質問であったが。
彼女は私の回答を聞くと、驚いたように目を見開き、
「こ、こんなに可愛い子が!?」
「おいディアナ!?」
王女の言葉に、アレン王が慌てた声をあげる。
「あ、ああ、ごめんなさいお父様。
まさかこんな子が侯爵だなんて――」
「おぉおおぅい!?」
「あ、あ、ごめんごめん」
失言を咎めら、大分軽い感じで頭を下げる。
……おや? “お淑やか”という触れ込みはどこいった?
「いやでもホント、面食らっちゃったんだって。
あたしてっきり、でっぷりと太ったおっさんが出てくるものとばかり――」
「ディアナぁああっ!!
打合せ!! 打合せの通りに動いてぇっ!!!」
アレン王の目に、ちょっと涙が浮かんでいる。
ああ、うん、何となく分かってしまったよ。
こういう子なわけね。
とりあえずいつまでも待っているのもアレなので、こちらから挨拶するか。
「あー、お初にお目にかかります、ディアナ王女。
お噂通りの美貌にお目にかかれ、光栄の限りです」
「ええ、初めまして、エイル卿。
美しいだなんだの誉め言葉は聞き飽きてるけど、貴女みたいな綺麗な子に言われるのは新鮮ね」
私の言葉に、にっこりと微笑んで応じてくれた。
……口調が場にそぐわぬほどフランクなのは如何なものかと思うのだが。
アレン王も同意見のようで、
「ディアナぁ!! 言葉遣い!! 言葉遣いがおかしいだろう!!」
「うっさいわね! もう手遅れなんだからいいでしょ!!」
「ええぇぇぇええ――」
あっさりと自分の父親を撃沈させた。
パワフルなお嬢様のようだ。
「ま、今ので分かったと思うけど、あたしってこんな奴だから。
なんで、貴女もいちいち畏まった言葉遣いしなくて結構よ?」
あっけらかんと言い放つ。
王女としてあるまじき失礼な言動ではあるが、不思議と悪い気はしない。
この場に居る他の面々も同じなようで、彼女に呆れる者こそ居れど、怒り出す者は一人も居なかった。
逆にほとんどが好意的な、親しみやすさを感じ取っている様に見受けられる。
これは姫のカリスマがなせる業なのか。
「……そういうことであれば。
私としても、普通に喋れる方が助かる」
「あら意外。
口調は結構男っぽいのね」
「いや、私は男だぞ?」
いきなり何を言い出すか、このお嬢様は。
「男?――ああ、ああ、そういうこと?
オーケー、オーケー、理解理解。
侯爵ともなると、色々苦労があるわけね」
しかもなんだか勝手に納得してる。
まあ、面倒そうなので――“男らしくない”とはよく指摘される――これ以上の言及はしないが。
そんな少々複雑な心境の私に対し、王女が微笑みかけてきた。
「じゃ、改めて。
これからよろしくね、エイル卿。
できれば末永くお付き合いしたいものだわ」
すっとこちらに手を差し伸べてくる。
私はその手を握りながら、
「ああ、こちらこそよろしく。
それと、魔物については心配しなくていい。
引き受けた以上、私が君の身柄を保証する」
「ふふ、期待してるわ」
満面の笑み。
そういう表情をされると、男としてどうしても心臓の鼓動が早くなってしまう。
顔が少し熱い。
ひょっとしたら、赤くなってしまっているかもしれない。
王女相手なのだから手の甲にキスでもした方が良いのかと一瞬迷ったが、この対応に満足頂けたようだ。
「ところで、そっちの子は?」
ひとしきり話をしたところで、今度は彼女、私の後ろに居るルカに興味を持ったらしい。
「ああ、こいつは――」
「――ルカ・アシュフィールドさ、お姫様」
紹介途中で、口を挟んできた。
「アシュフィールド!? まさか、かの三公爵家の!?」
蚊帳の外にいるアレン王が驚きつつも説明台詞を吐いてくれる。
ルカは朗らかに笑いながらそれへ応えて曰く、
「はっはっは、まあその通り。
僕はそのアシュフィールド家の生まれだよ。
以後、お見知りおきを」
華麗に一礼するルカ。
外見の整いっぷりが極まっているため、そういう動作がとてつもなく様になっている。
そして一連の流れを見るに、どうやらディアナ王女はルカのお眼鏡にかなったらしい。
かなりの勢いでモーションかけにいっている。
「ええ、こちらこそ。
ルカ殿下――で、いいのかしら?」
「ああ、それで構わないよ、ディアナ姫」
ふぁさっと髪をかき上げながら、ルカは頷いた。
本人、おそらくカッコよく決めてるつもりなんだろうが、外見のせいで美少女がモデルポーズをとっているようにしか見えない。
「す、凄いわね、こんな綺麗どころが一度に2人も。
……帝国侮りがたし」
姫も同じ感想のようだ。
2人――と言っているのは、やや離れた場所に控えているセシリアを指してのことだろう。
会話に参加していない彼女にまで目を付けるとは、なかなか目敏い。
「お褒めに預かり光栄の至り。
でも姫だって相当の美しさだよ。
――ま、流石に僕ほどじゃないにしても」
「…………あ?」
ピシッと場が固まった。
――ルカの悪い癖が出てきたな。
「あらあら、殿下?
いきなり何を言っているのかしら?」
「何って――?
ああ、気にしないでいいよ!
貴女の容姿が僕に劣っているからといって、それを気にするほど僕は狭量じゃないから!」
「――ッ!!」
ディアナ姫のこめかみに青筋が浮かぶ。
……質の悪いことに、ルカはこれでも彼女を口説いているつもりなのだ。
基本、自分の容貌が至上のものだと見做しているのだ、こいつは――まあ、然程間違いではないのだが。
顔良し家柄良しのルカ公子に、これまで恋人ができなかった理由がよく分かるだろう。
「僕を基準にしたら、あらゆる女性が“醜い”ってことになっちゃうからね。
大丈夫、ディアナ姫の美麗さは他ならぬ僕自身が保証しよう!
単に、僕の容姿がさらに整ってしまっているだけでね」
「――ッ!!
い、言ってくれるじゃないの……!!」
おお、青筋の数が増えた!
もう喧嘩売ってるとしか思えない口説き文句(本当か?)に、王女の我慢は限界のようだ。
ディアナ王女は平静に努めて、ルカへ話しかける。
「と、ところで殿下?
そういえば貴女、ここに居るということは、エイル卿の下で働いてるのかしら?」
「うん?
ああ、僕はエイルが持ってる大隊の隊長で――」
「あらあらぁ!?」
にんまりと笑みを浮かべ、大声を出すディアナ王女。
「あのアシュフィールド公爵家の!! 御子息様が!!
侯爵家が持つ軍の、それも大隊風情の隊長なわけ!?」
「――ッ!?!?」
今度はルカが目を白黒させる番だった。
だが彼は彼で、なんとかそれを押し留め、
「い、いやぁ、ちょっと誤解させちゃったかな?
僕が指揮する大隊は、他の軍と違ってだね――」
「大隊は大隊でしょ?
所詮、兵隊1000人程度の部隊じゃない。
っていうかアシュフィールド家で他に大隊長以下の職に就いてる人、いるの?」
「はぅぅうううっ!?」
居ない(断言)。
まあ、ルカは大勢を率いるより、自分が前に出て戦う方が得意だから……(弁護)
「い、言ったな! 言ってしまったな!
こっちが下手に出てれば、トラウマを抉りまくる失礼極まりない台詞吐きやがって!!」
いや、最初に言い出したのは間違いなくお前なわけだけど。
「ああん!?
何が失礼ってのよ!!
人の容貌をアレコレ貶しといて!!」
「そりゃ君に自信がないからだよ!
本当に自分が綺麗だと自覚しているなら、何言われても狼狽えないもんさ!
図星指されたから、怒りだしたんだろ!!」
「あたしの美しさは国中が認めてるっつうの!!
吸血鬼ですらあたしに惚れ込んで求愛してきたんだから!!」
「ははは、じゃあ僕がクレアスに行ったら、喝采を浴びてしまうな!!
その吸血鬼だって、僕に会ったら対象を変えるんじゃないか!?
ま、軽くお断りしてやるがね!!」
「大した自信ね、侯爵に尻尾振ってる能無し殿下が!!
大隊長の立場にしたって、自分の力で勝ち取ったわけじゃないんじゃない!?」
「なななな、なんだとう!?」
ディアナ姫、正解。
初めて会うというのに、的確にルカの弱点を突いている。
実は相性良いんじゃなかろうか。
さて、見ていて面白いやりとりではあるが、いい加減止めよう。
横に居るアレン王の顔が、真っ青を通り越して土気色になりかけている。
「そこまでだ、ルカ。
今回は君が悪い」
「え、えー!?」
私の仲裁に、不満そうな顔をするルカ。
「ふん、ほら見なさい!
良かったわー、エイル卿が公正な判断をしてくれる人で。
どっかの馬鹿殿下に爪の垢を飲ませてあげたいくらい」
そして勝ち誇るディアナ王女。
分かりやすくルカに見下す視線を送る。
まあ、気持ちは分かるが。
「……うぅぅ、だってエイルってば彼女の容姿見て凄いドキマギしてるみたいだったし……僕の複雑な気持ちを汲んでくれても……」
一方でぶつくさ愚痴を零す公子もいるが、無視。
男が女に嫉妬するな、みっともない。
「いいか、ルカ。
私達はこれからディアナ王女を守らなければならない。
護衛対象の機嫌を損ねる真似をしてどうする」
「うっ――それは、その」
「私は仕事に私情を持ち込む人間が大嫌いだ。
君が彼女をどう思おうと、任務はしっかりこなして貰うぞ」
「わ、分かってるよ」
しゅんとなったルカは、ディアナ姫に向かって頭を下げ、
「……すまない。
なんというか、つい、舞い上がってしまって」
「エイル卿に免じて許してあげるわ。
……いい百合っぷりも見れたしね」
王女は不問にしてくれるようだ。
最後のはちょっと意味不明だが。
「仲直りは済んだようだな。
では気を取り直して、パーティーを始めようじゃないか」
「――それは無理じゃないか?」
「ん?」
何でまた君は水を差すんだ――そうルカに言いかけて、口をつぐむ。
彼の目は、真剣だった。
「……どうした?」
「いや、だってさ。
あんなのが居たら、楽しいパーティーなんて開けないだろ?」
「――!?」
ルカの指さすその先。
いったい何時からそこに居たのか。
会場の片隅――その天井に、一匹の蝙蝠が留まっていた。
『ハハハ、見つけられたか』
“蝙蝠”が喋る。
低い、男の声だ。
くぐもっているのだが、妙に耳に残る声色。
『もう少し微笑ましいやり取りを見守っていたかったが。
バレてしまったのなら仕方ない』
言いながら、その“蝙蝠”は天井から離れ――同時に姿を変えていく。
身体がみるみると膨れ上がり、床に降り立つころには一人の男性へと変貌していた。
タキシードを纏った、黒髪の美丈夫。
異様に白い肌や発達した犬歯に目を瞑れば、どこぞの貴公子と言われても納得できる容姿だ。
「ごきげんよう、諸君。
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