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第3話 VS 吸血鬼
⑮ バケノガワガ、ハガレル(後)▼
しおりを挟む「――あ? え?」
余りに不意を突かれた攻撃に、まともな対応ができない。
一瞬何をされたかも分からず、遅れて全身に痛みが走った。
「う、ぐっ!?」
電流で身体が硬直し、倒れそうになる――のを、どうにか堪えた。
そして今さっき仕掛けてきた相手を睨みつけ、頭を巡らせる。
「――ま、魔法!?
アンタ、魔法使えたの!?」
「そりゃ使えるさ。
セシリアに魔法を教えたのは私なのだから。
――<刺し貫け、雷槍>」
質問への返答と同時に、電撃が走る。
雷光が太ももに突き刺さると、そこを起点に全身へ痺れが回ってきた。
(き、聞いてないわよ、こんなの!?)
完全に、無力な相手だと思い込んでいた。
有能な部下に守られているだけの男だと、信じきっていた。
(今までずっと隠してきたっていうの!?)
しかし考えてもみれば。
公子という身分のルカがあれだけの武術を身につけていたのである。
侯爵であるエイルもまた、相応の戦闘訓練を受けていたとしてもおかしくは無い。
(まさか最後の最後で正攻法な強さを見せつけてくるなんてね!)
だが、それならいっそ好都合だ。
多少は抵抗してくれた方が、“やりがい”がある。
……ちなみに。
「――って、痛っ!?
痛ッ――痛い!?
ちょっと、考え事してる最中に攻撃してこないでくれる!?」
当然と言えば当然だがこうしている間にもエイルは雷撃を繰り出していた。
「戦っている最中に考え事している奴が悪い」
御尤もな指摘だ。
とはいえ、ディアナとて警戒を怠っていたわけでは無い。
慎重に侯爵の出方を伺って、それでもなお避けられなかったのだ。
(……セシリアって子より、魔法の精度が高い)
冷静にそう分析する。
(あのメイドの魔法なら、幾らでもよけられる自信があったんだけど)
勿論、雷を見て回避するなんて芸当、如何にディアナとて不可能だ。
しかし、その雷を操っているのは所詮人間である。
その視線や仕草から、魔法を撃つタイミングや目標としている地点を読むのはそう難しいことではない。
(だっていうのに、コイツは!)
とにもかくにも、精密性が段違いだった。
こちらの動きを読み、正確に当ててくる。
加えて、タイミングの“外し方”も上手い。
(呪文を唱えてる分、魔法が来る瞬間は分かりやすい筈なのに――対応しにくい!)
セシリアの師である、という言葉もあながち法螺ではないようだ。
しかし、納得いかない事柄もある。
「ねぇ! アンタ侯爵でしょ!?
なんでこんなに戦い慣れしてんのよ!」
「ヴァルファス帝国の貴族は、士官学校への就学が義務付けられている。
そこで戦い方のイロハを徹底的に学ばされるんだ」
「え、ひょっとして帝国の貴族って皆こうなの?」
「“力なき者は貴族に非ず”――我が国の標語だ、覚えておけ」
「うっそー!?」
会話しながらも、エイルは手を緩めてない。
幾条もの雷がディアナに襲いかかっていた。
しかし、彼女もやられっ放しではいない。
「……そういう真似もできるのか」
「そりゃ勿論。
なんたって、ドラキュラですから♪」
にんまりと嗤う。
彼女の周りには、雷で形作られた“結界”が現れていた。
無論、ドラキュラの“自然現象を操作する力”によって生み出した代物である。
雷には雷という訳だ。
先程からエイルの攻撃は、全てこの“結界”によって防がれていた。
「バカの一つ覚えみたいに電撃ばっか使われてもねー。
幾らでも対抗策は取れるってわけよ」
まあ、この結界ではセシリアの魔法は防げなかっただろうけれども。
あの侍女が操る雷は、恐ろしいことにドラキュラである自分が操れる限界量を超えていたのだ。
それに比較してしまうと、エイルの魔法は豆鉄砲のようなもの――
「<叩き砕け、雷斧>」
「――へ?」
眼前に現れたるは、巨大な雷塊。
<刺し貫け、雷槍>とかいう魔法とは――いや、自分の張った“結界”と比べても、なお圧倒的な容量の稲妻。
ソレが、ディアナに向かって迫ってきた。
「あぁぁあああああああああっ!!?」
この世界に産まれて初めて、本気の悲鳴を上げた。
(――あ、コレ、やばい)
叩きつけられた稲妻の奔流によって、“結界”は吹き散らされた。
ディアナも無事では済まない。
視界が白く染まる。
肌が、肉が、骨が、雷によって焼かれていく。
激痛が脳を駆け回った。
はっきり言って、死ぬほど痛かった。
いや、死なないけれども。
「……この魔法でもその程度しか傷を負わないのか。
呆れたタフネスだな」
まさに呆れた顔で、エイルが言ってくる。
「いやいや、普通に大怪我したわよ!?
アタシがドラキュラじゃなかったら確実に死んでるからね!?」
と言っても、怪我自体はすぐに完治するのだ――が。
(今のを何回も食らったら危ない、かも)
ドラキュラとて本当に無限に回復ができるわけでは無い。
僅かずつではあるが、ダメージは蓄積されていくのだ。
特に、魔力を伴った攻撃は案外効く。
(まあでも、あのでっかい雷は普通に避けられそう)
<叩き砕け、雷斧>で発生する雷塊は、移動速度が然程早くなかった。
それこそ、“目で見て回避できる”レベルだ。
威力こそ<刺し貫け、雷槍>を大きく引き離すが、命中率は大幅に低下していると見ていい。
(要するに、ちっちゃい雷撃がジャブで、でかい雷の塊がストレートなわけね)
<刺し貫け、雷槍>で牽制し、<叩き砕け、雷斧>で止めを刺す――というのが、あの侯爵の必勝戦法なのだろう。
いや、普通の人間レベルでは、<刺し貫け、雷槍>だけで十分死ねるし、<叩き砕け、雷斧>を避けることも困難だが。
(だけど、そうと分かれば答えは簡単!)
ディアナは、<刺し貫け、雷槍>を無視することに決めた。
“チクチク刺さってうざったい”から防いだものの、根本的にあの魔法で自分は大したダメージを受けない。
危険なのは、<叩き砕け、雷斧>だけだ。
(巨大な雷にだけ注意して、一気に距離を詰める!)
“結界”は作らない。
アレの維持に意識を割くと、動きが鈍ってしまう。
(なんか、結局やってることが“人形”と変わらない気がするけど!!)
デジャブを感じるが、細かいことを気にしてはいけない。
そもそも、エイルの戦法があの侍女に相似している関係上、対策が同じになっても仕方ないのだ。
比喩でなく超人的な脚力で、エイルへと肉薄していくディアナ。
「<刺し貫け、雷槍・全弾掃射>」
一つの呪文で、複数の雷光が発生。
こちらの動きを見て、敵も新たな技を見せてきたようだ――が、ディアナの脚を止めるには至らない。
体のあちこちに被雷するも、絶大な耐久力と回復力にものを言わせ突破する。
「これで!」
腕を振りかぶる。
手の中には、血で作り上げた“刃”が一つ。
後はこれをエイル侯爵へ突き立てれば終了だ。
と、そう思っていたのに。
「<覚醒せよ、我が魂」
ここ数日で、幾度となく聞いた呪文だった。
それが耳に入る度に計画は狂い、ディアナの頭を悩ませることになった、その単語。
今回もそれは変わることなく、
「……アンタ、それも使えたの?」
「一兵卒でも使える魔法を、私が使えないとでも?」
涼しい顔でそう答えるエイル――その両手で、“刃”を挟み込みながら。
その身には蒼色の炎を纏っていた。
「……真剣白刃取りってやつ?
日本人は皆それ使えるのかしら」
顔が勝手に渇いた笑みを浮かべていた。
吸血鬼の膂力で振るった剣を只の人間が素手で受け止めたのだ。
もう笑うしかない。
「まさか」
短い返答。
同時に“刃”が強引に捻られ、ディアナの手から離れる。
「くっ!」
すぐ新たな“刃”を作るが、それを使うより先にエイルが眼前へ迫る。
「ついでだ。
日本の妙技を味わっていけ」
襟元と袖を掴まれ、そのまま流れるような動作で足を払われて腰を浮かされる。
綺麗な形で投げ飛ばされた。
それが“柔道”の“背負い投げ”であるという知識はあったが、だからといってどうなるものでもない。
「ぐっ!?」
床に叩き落された衝撃で、肺から空気が締め出された。
さらに追撃で蹴り飛ばされ、床を転がりまわる。
そして、
「<叩き砕け、雷斧>」
「うあぁあああああああああっ!!!!?」
極大の雷球が直撃する。
感電した身体が、ガクガクと痙攣を起こした。
(……まずい、負ける)
完全に敵のペースで戦いが推移している。
何もかも相手の掌で転がされている気分だ。
見たところ、エイル侯爵は吸血鬼を圧倒できる程の絶大な戦闘力を持っているわけでは決してない。
精度はともかくとして、単純な魔法の威力や展開速度はセシリアに劣る。
ルカ公子に比べれば、動きのキレも鈍い。
総合的に見ても、ディアナと正面から戦える程には強くないはずだったのだ。
(――くそ、この“光”が無ければ!)
些末事とすらみなした事項が、ここで効いてきた。
日光によって能力が制限されたことで、両者の力関係を肉薄させている。
その上、相手はこちらの行動も逐一見切ってきていた。
ドラキュラの特性を把握されているが故か、それともディアナ・リーヤ・クレアスの人間性を把握されているためか。
(こいつの戦術眼おかしすぎない!?)
まるで未来予測でもしているかのようだ。
いや、本当にそのような力を持っていたとしても不思議では無いのだが。
(どちらにせよ、ここでこれ以上戦うのは得策じゃないわ)
良く言えば戦術的撤退。
悪く言えば敵前逃亡。
ここまで戦況を支配されたなら、仕切り直しが必要だ。
まだ勝機が無くなったわけではないが――そんな思い込みこそが、侯爵の撒いた最後の罠かもしれない。
ディアナは大きく跳躍し、エイルとの距離を離す。
「逃げるのか?」
「逃げるわよ。
この場ではアンタに勝てそうに無いし。
でもまぁ、そう遠くないうちに帰ってくるわ。
それまで首を洗って待ってなさい」
自分で言ってて負け犬臭いと思わないでもない台詞を吐く。
実際負け犬なのは事実なので仕方ないが。
「またね、エイル」
挨拶もそこそこに、腕を振るって窓を壊し、そこから身を投げ出す。
一瞬浮遊感に包まれるが、すぐ落下はする。
背中から蝙蝠の羽を生やしたからだ。
高速で飛行しながらちらりと後ろを見れば、窓にはエイルの姿。
(……これだけ離れれば、もう魔法は届かない)
この世界の魔法は射程が短い。
エイルもその例外ではなく、魔力量からしても精々が20メートルといったところか。
そういう意味で、あの部屋は本当に良く設定された戦場であった。
(ある程度距離を置いて戦える程度には広くて、魔法が届かない場所が無い程度には狭かったものね。
ほんっと、抜け目がない)
何から何まで状況が整えられていたわけだ。
全く持ってぞっとしない。
あの男に“準備させる時間”を与えるのは危険だと、心底実感できた。
(癪だけど、“次”は奇襲で勝負をかけるしか――――!?)
ぞくり、とした感触。
背筋に冷たい汗が流れた。
「何っ!?」
慌てて振り向いた。
砦は既に遥か遠く。
しかし人を凌駕した視力で、エイル侯爵の姿を把握する。
こちらに向けて“杭”をかざした、彼の姿を。
(――あ)
ふと、思いついた。
魔法の射程は、確かに短い。
だが、“魔法を使った攻撃”を遠くに届かせる方法はある。
例えば、強化魔法。
射った矢の推力を強化すれば、その矢は通常より遥か先の敵を射貫く。
何故、そんなことが今、頭に浮かんだのか。
それはきっと、彼が“それ”をしようとしているからだ。
(アレは、“杭”じゃなかった……!?)
不思議には思っていたのだ。
これだけドラキュラ対策を忠実に実行していたエイル侯爵が、何故“杭”だけ金属製にしていたのか。
吸血鬼の伝承を考えれば、当然“木製の杭”を用意すべきなのに。
ミス――ではない。
彼は絶対に、そんな失敗をしない。
だとすればアレは最初から“杭”として準備されたものでは無いのだ。
ならば、アレは何なのか。
(……“弾丸”)
漠然と、そんな単語が浮かんだ。。
そして次の瞬間、それは確信に変わる。
エイル侯爵の口が、“呪文”を紡いだのだ。
――<撃ち穿て、電磁魔弾>
彼の前方に、高電圧の稲妻が2本のレール状に出現する。
その中央へ“銀色の弾丸”がセットされた。
「そ、んな――そんな、技まで――!?」
それは、近代科学によって原理確立された技術。
強力な電磁誘導によって物体を超加速させる、最新の軍事兵器。
そんな代物が、異世界の魔法によって再現されていた。
「あ、ははは」
エイルの姿を見ながら、笑う。
ここは空。
身を隠す障害物など無い。
回避は――もう、無理だ。
(……ディアナ・ウィンシュタット、か。
そういうのも、悪く無かったかもね)
白熱した弾丸が超高速で飛来するのを感じながら。
最期に彼女は、浅はかな夢を想った。
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