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第三十二話 魔龍討滅戦 青龍ケセド

③! 開戦

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 それから、1時間が過ぎた。

「あーーー……あーーーーーー……」

 空間に、甘ったるい声が響く。
 陽葵の出す喘ぎ声だ。

「あーーーー……きもちいぃーー……あーーー……きもちいぃーーーー」

 彼は全身を弛緩させ、床に倒れていた。
 瞳から光は消え、言葉こそ発するもののそこに理性を感じられない。
 来ていた服は既にビリビリに切り裂かれ、身体を隠す機能を有していなかった。
 鮮やかな色合いの胸も、丸々とした尻肉も、剥き出しになっている。
 一見して男には思えない、艶かしい肢体が惜しげも無く露出していた。
 破かれたのではない。
 悶絶し発狂した陽葵自身が、溢れかえる快感に堪えかねて自ら破いたのだ。

「ああっ……は、ぁぁ……あ、ああああっ」

 そんな有様で、少年はまだ動いていた。
 緩慢な動作で自分のイチモツを握り、上下にしごく。

「あ、ああっ……ああっ……あぁあぁああっ」

 陽葵は自慰し続けていた。
 ケセドの仕掛けた“光線”にはもう照らされていない。
 彼は自分の意思で、あられもない姿でオナニーしているのだ。

「あ、は、あ……きもちいぃーー……あ、あ、あ……きもち、いぃーー…………あっ!」

 ピクッと小さく震える。
 次の瞬間、陽葵の男性器から液体がトロトロと流れた。
 絶頂したのだ。
 しかし精子はもう枯れ果て、透明な汁が出るのみ。
 ……それでも、彼は自慰を止めない。

「あ、あ……け、ケセド……ケセドォ……」

 力ない声で青龍へ呼びかける。

『んー、なんだい?』

 当然のように、ケセドは言葉を返す。
 その返答が聞こえているのかいないのか、陽葵は龍へと喋りかけた。
 まるでおねだりするかのように。

「“アレ”……“アレ”、またやって♡」

『いいよー。欲しいなら幾らでもあげよう』

 ただそれだけで通じたらしい。
 青い龍は陽葵の要望に応え――地獄のような快楽を齎す“光”を降り注がせた。

「お、おほぉおおおおおおおおっ!!!!」

 どこにそんな力が残っていたのか。
 “光”を浴びた少年は、快感に悶え、悦びの声を上げた。
 自分の体液でびちょびちょに濡れた床の上を転がりまわる。

「おおおおっ!! おおぉおおおおっ!! おぉぉおおおおおおっ!! おぉぉおおおおおおおおおっ!!!!」

 亀頭の先から、透明な液がびゅるびゅる噴き出す。
 瞳は白目を剥き、最早何度目なのかも分からぬ絶頂を堪能していた。

「おっ!! おおおっ!!――――はーっ、はーっ、はーっ、はーっ」

 一しきり身体を震わせると、荒く息を吐く。
 今ので体力が尽きたのか、横たわったまま動かなくなる。

『随分と楽しんでくれたようだね。
 用意した甲斐があったよ』

 陽葵はその声に何ら反応しない――できない。
 しかしケセドは気にもせず、

『うーん、でも脳に快感を流すだけ・・だとやっぱり味気なさすぎるかな?
 次は・・、趣向を変えてみよう』

(……次?)

 奴は“次”と言った。
 もう陽葵は“終わった”というのに。
 自分に“ここから先”など無い。

『そんなことは無いさ。
 まだまだ、君は快楽を味わうことができる。
 ほら、頭もだんだんスッキリしてきた・・・・・・・・だろう?』

「……あ」

 言われて、気づく。
 思考が戻っている・・・・・・・・
 つい先ほどまで、理性は崩壊していたというのに。

「ど、どうして……?」

『そりゃ僕は神様だもの。
 その程度のことはできるんだよ。
 というか、この1時間で何度も同じことを・・・・・してあげたのに・・・・・・・、覚えてないのかな?
 まあいいや、目が覚めたところで、新しい催し物だよ』

 その宣告と共に床の一部が開き、中から機械のアームが飛び出してきた。

(ファンタジー世界に機械かよ……とか今更だよな)

 クリアになった頭で、ついどうでもいいことを考えてしまう。
 アームの先端は細い棒状になっており、棒の表面には細かい突起が無数に付いている。

『色々体験してきた君だけど、まだ前の穴・・・は弄られたことが無いんだよね?』

「――っ!!」

 ケセドの声で、気づく。
 コレがナニをしようとしているのかを。
 もっとも、気付いたところで抵抗すること等できないし――

(――つ、突っ込まれる!? あ、あの棒を、ちんこの穴に突っ込まれちゃうのか!?)

 むくむくと、ペニスが勃ち上がってきた。
 今の陽葵には、それに抵抗する気持ちも無いのだ。
 その期待に応えて――というわけでも無いのだろうが、“棒”がキュルキュルと回転しながら彼に近づいてきた。

「あ、あああ――♡」

 その光景をうっとりと・・・・・見つめる少年。
 逃げるようなことはせず、逆に挿入されやすいよう・・・・・・・・・自らの股間をアームへ向ける始末。
 アームはそんな彼の股間へ真っ直ぐ進み、

「――おふっ!!?」

 過たず、陽葵の“尿道”へずぶりと埋まった。
 さらにその“中”を、イボの付いた表面でゴリゴリとかき回す。

「んおふっ!? おふっ!? おふっ!? おふっ!? んおぉおおお、おごぉおおおおおおおおおっ!!!!!?」

 再度、少年が悶え出す。
 男性器へと棒をつき込まれるという余りに異常な事態に対しても、今の彼は快楽を感じているのだ。

「お”、お”お”っ!! ちんこっ!! ちんこスゴイっ!! ちんこゴリゴリされてるぅっ!!!?」

 口から泡を噴きながら、喘ぎ狂う。
 初めての感覚に脳が焼き切れそうになる。
 激痛という表現すら生温い刺激だが、それすらも気持ち良い・・・・・

(壊れてる♡ 壊れちゃってる♡ オレ、絶対壊れてるよぉ♡)

 己の身体が取り返しのつかないところにまで来ていることを、陽葵は受け入れていた。
 仕方ない。
 アナルはおろか、ペニスの穴でも感じてしまう男が、この先どうやってまともな人生を歩めるというのか。
 もう陽葵は、快楽に対して抵抗することができない。
 仮に、もし万一ここから生還できたとしても、彼は雄が持つ情欲の捌け口としてしか生きていけないだろう。

(でもっ! でもっ!! 気持ちいぃぃいいいいいっ♡)

 自分が堕ちてしまったことを後悔する気持ちは、既に摩耗していた。
 気持ち良いこと、快楽が齎されることだけが、少年にとっての全てなのだ。

「んぼぉおおお”お”お”お”お”お”っ!! ちんこっ!! ちんこぉおおおおおおっ!!!!」

 快楽を貪る陽葵。
 尿道を抉る棒によって襲い来る快感が、彼をあっという間に絶頂へと誘う――のだが。

「お”お”お”お”――――お”っ!!?? イ、イケないっ!!? イケないぃいいいいいいっ!! んがぁああああああっ!!!!」

 新たな事実が発覚し、絶叫する。
 膀胱にまで届く“棒”が尿道を完全に塞いでいるため、射精することができない。
 狂おしい程の快感にも関わらず絶頂はできず、陽葵の昂りは限界を超えて高まっていった。

「イグッ!! イグッ!! イカせてっ!! イカせてぇええっ!! あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!」

 棒の埋め込まれたイチモツを自分でも扱きながら、陽葵は激しく苦悶する。
 だがイケないという結果は変わらず、彼はさらに悶えることとなる。

『うんうん、悦んでくれているねぇ』

 その様子を見て、満足げに頷くケセド。
 確かに陽葵は愉しんでいた――常人の感覚では地獄とも形容できる、この現状を。
 しかしここまでやってなお、青龍にとっては物足りないらしく、

『それじゃ、最後の仕上げ・・・といこうか』

 そう告げると、床からまた別のアームが現れる。
 いや、それはアームというよりも、“触手”と呼称した方が良いか。
 メタリックな輝きを放ちながら、ウネウネと滑らかに動く様は生物を想起させる。
 成人男性の腕を超える太さを持つ、機械製の触手だ。
 先程の“棒”よろしく、こちらの表面にはやはり無数の突起が生えていた。

『さあ、これで“終わり”だ。
 存分に感じて欲しい』

 龍の台詞が終わると同時に、“触手”が大きくうねる。
 向かう先は、当然陽葵だ。
 未だ“棒”による尿道責めで悶絶している彼へ、後ろから這い寄っていく。
 そして――

「~~~~っっ!!??!?!!」

 ――声にならない悲鳴。
 極太の触手が、陽葵のアナルに突き刺さったのだ。

「おごっ!!? おごっ!!? おごぉおおおおおおおっ!!?」

 前と後ろの穴を同時に責められる。
 本来、男が体験する筈のない状況へ叩き落された少年は、獣のように吼えた。

「ケツっ!! ケツにキちゃったっ!!? んおぉおお”お”お”お”お”っ!!!
 ケツっ!! ケツぅぅぅうううううううっ!!!!」

 “棒”同様に“触手”もまた、甲高い駆動音を鳴らしながら回転を始めた。。
 表面の突起により、腸壁が抉らる。
 二穴同時責めにより陽葵は昇天へ誘われる、が。

「んぎぃぃいいい”い”い”い”い”い”!!!? イケないぃぃいい”い”い”い”い”い”!!?!?!」

 尿道が詰まっているせいで、変わらず射精は不可能。
 有り余る昂りを解放できず、彼はただ悶えることしかできない。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!! んぎぃいい”い”い”い”い”い”っ!!」

 涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、陽葵は喘ぐ。
 その声と連動するかのように、触手は大きくしなるとその身を少年の中へ埋没させていった。

「あがぁあああ”あ”あ”あ”あ”!!?!!?
 入るっ!!? 入ってくる!!? ぶ、ぶっといのが、オレのケツにっ!!!!
 は、入って、て、え、お、おおぉぉおおお”お”お”お”お”お”!!!?!」

 奥へ。
 さらに奥へ。
 “触手”が陽葵の腸内を駆け上がっていく。

「ぼぉぉおおおおおおっ!?!!?
 やめでっ!!! やめでぇえぇええええっ!!!」

 苦悶の叫び。
 しかし、当然ながらそんなもので止まるわけが無い。
 陽葵の腹は破裂寸前まで膨れ上がり、触手の通った“跡”がありありと浮かんでいた。

「お”、お”、お”、お”、お”、お”、お”、お”、お”!!!!!!」

 腹が張り裂けんばかりの苦しさに、絶叫した。
 内蔵が捻じれ、身体の芯から直接激痛が来る。
 既に陽葵の身体は触手に支えられ、宙に浮かんでいた。

(死ぬっ! 死ぬっ! 死んじゃうっ!!)

 少年は己の終焉を確信した。
 腹はぼこぼこと膨張している。
 体内がどうなっているのか、想像するのも恐ろしい。
 だがしかし。

(――――死んでもいい・・・・・・♡)

 陽葵の中には、この状況を愉しむ気持ちも湧き上がってしまっていた。
 自分が壊れることの恐怖より、新たな刺激が齎す快感が勝っている。
 ……正しくそれこそ、彼が“壊れた”証なのかもしれないが。

「お”! お”! お”! お”! まだ来るっ!! まだ来るぅぅうう”う”う”!!!」

 触手は腸を通過し・・・、なおも突き進む。
 果ては、胃を。
 そして、食道までも。

「キぢゃう”っ!! 貫がれ”る”っ!!! 口まで!! 口までぐ――――う”ぼぉお”お”ぇえ”っ!!!?」

 とうとう。
 尻穴から侵入した触手が、口から顔を覗かせた。
 陽葵の身体は余すところなく、蹂躙されたのである。

「お”っ!――ごっ!――お”っ!――げっ!」

 触手に貫通された少年は、白目を剥いて幾度も痙攣する。
 さらに手足を2,3度バタつかせてから、

「―――――お”」

 全身を弛緩させる。
 四肢がだらりと下がった。
 もう、意識は戻りそうにない。
 室坂陽葵は、その活動を停止した。
 逆に言えばこの悪夢のような宴から、ようやく解放されたとも――

『おまけだ』

 ――ケセドの言葉で、陽葵の肢体へ“光”が降り注ぐ。
 それも、十を超える数だ。

「――――――ごぼっ!!!!」

 突如、少年の鼻から血が噴き出た。
 快感が脳の許容量を遥かに超えたのだ。
 裸に剥かれ、体内を鋼鉄の触手で貫かれ、目は白目を剥き、鼻血を流す。
 その姿は、とても生きているようには見えない。

『いやー、終わった終わった。
 ここまでやれば、君の人生にも悔いは無いことだろう』

 一方、青龍は一仕事を終えたような、清々しい声色。
 ここだけ切り取れば、本当に陽葵のことを思って・・・・・・・・・やったかのようにすら見えかねない。

『さて、名残惜しいがコレも外しておこう』

 少年の“前の穴”を責め続けた棒が、引き抜かれた。
 栓を取り払われた彼のペニスからは、精液とも尿ともつかない、何らかの液体・・・・・・がとろとろと流れ落ちる。
 次いで触手も――信じられない程スムーズに、陽葵の身体から抜け出ていった。
 支えが無くなり床に倒れるも、彼は何の反応も示さない。

『後は魂を替えるだけなんだけれど――』

 と、ここでケセドが初めて困惑した・・・・

『――困るんだよなぁ、そういうの。
 僕がこの結界を創るのに、どれだけ無心したと思っているんだい?』

 誰も居ない部屋――誰も居ない筈の部屋で、ケセドは何かに向かって話しかける。

覗き見・・・は悪趣味だぞ、黒田君・・・

「――お前が約束を果たしていれば、このような真似をする必要は無かったのだ」

 声が響いた。
 同時に、景色が歪む。
 否、空間が歪んだのだ。
 別の場所からの、ゲートが開かれたのである。
 そこから現れたのは――!




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「陽葵さん!」

 叫びながら、私はその階層フロアへと入っていった。
 最終階層の一つであり、ケセドが居を構えるその空間へ。
 随分と無機質、かつ広大な部屋で――近未来的な印象を受ける。

 そんな広間の中央で、陽葵さんが倒れている。
 いったいどれほどの責め苦を受けたのか、見るも無残な状態だった。
 しかし――

「――よし、まだ無事のようですね!」

 胸が上下に動き、息をしている。
 ならば、大丈夫。
 腕でも入れられそうな程に尻穴が拡張されていたり、男性器から汁が垂れ流しになっていたりするものの。
 問題無い。
 陽葵さんはこんなことで壊れるような男では無いのだ。
 これまで苦難の日々(主に性的な意味で)を耐え抜いてきた彼を甘くみてはいけない。
 と、私がそう判断したところへ、

「え、“コレ”セーフ判定なのでござるか!?
 拙者から見ると余裕でアウトなのでござるが!?
 アウト3つでチェンジどころか、ゲームセットな感じなのでござるが!?」

『その辺りの判断が、流石黒田君といったところだねぇ』

 即座にツッコミが来る。
 片方はケセドであり、もう片方は私と共にココへ来た白髪の偉丈夫――六勇者の一人である“鉤狼”ガルムだ。
 いや、“共に来た”というより、

『……いらん差し金をしてくれたもんだ、ガルム。
 君が黒田君を連れてきたんだろう?』

「左様」

『これは、ルール違反にならないかな?』

「なる筈がないでござろう。
 我々五勇者が手出しできないのは、勇者同士の決闘のみ。
 お主は勇者でもその代理でも無く、勇者を媒介にもしておらぬ』

『ま、そうなんだけどねぇ』

 こちらを睨み付けてくる青龍の言葉に、勇者が答えた。
 そう、ケセドによって隔離したこの階層への道を開いてくれたのは、ガルムなのだ。
 もっとも、彼だけの功績という訳でも無く。

『まさかティファレトが・・・・・・・ここまで君達に協力するとは思わなかったよ。
 本当、よく分からないな、あいつの行動基準は。
 陽葵にマーキング・・・・・をしていたとか――媒介である人狼ガルムの側面に引っ張られ過ぎじゃないかなぁ?
 まるで本当の犬みたいじゃないか』

 毒つくケセド。
 こちらがアレコレ説明してやるまでも無く、事態を理解したようだ。

 数日前、ティファレトは陽葵さんを一晩中犯し抜いたいたのだが――その際に彼の身体奥深くへ“目印”を残していたのである。
 例え異界に連れ去られようと探知ができる、強力な“目印”を。
 ガルムはソレを頼りにここまで案内してくれた、という次第で。
 もっとも、結界による妨害が相当に強力だったため、入り込むのにかなり手間取ってしまったのだが。
 連れてこれたのも私一人だけだし。

『まあ、いいか。この件については僕の対策不足だったと反省しておこう。
 それで黒田君、こうしてここに来た以上、君の目的は僕の妨害だと思うんだけど、いいのかい?』

「……いいのか、とは?」

 相手の真意を測りかね、質問に質問で返してしまった。
 ケセドはそれを気にする風も無く、言葉を続ける――相変わらずこの龍はフランクだ。

『君達が見なかったこと・・・・・・・にすれば・・・・、全て丸く収まるってことさ。
 陽葵は“処置”の後も変わらないことはちゃんと保証するよ?
 君との思い出も、君への想いも、全て“再現”する。
 何も変わりはしない』

 それはまあ――そうなのだろう。
 少なくとも私は、そこに疑問を持っていない。
 仮にも神であるケセドがここまで言うのだから。

『そして――君達にとってはここからが重要だと思うんだけど。
 陽葵が六龍の力を問題無く使えるようになれば、何の犠牲も無く・・・・・・・世界を救えるってことだ。
 君達はそのためにアレコレ動いていたと思うんだけどねぇ?』

「…………」

 それは確かに、魅力的だ。
 7年前の勇者と魔王――もとい、勇者と六龍との・・・・戦い。
 その余波で、世界には巨大な穴が開いてしまった。
 魔界へと通じ、放っておけば大量の魔素が流入し世界を破滅させる、“穴”が。
 それを閉じるには、六龍全ての力が必要だ。
 陽葵さんが六龍の力を使えるようになるのであれば、円滑にその件を解決できる。

『僕は限りなくベストな選択肢を提供している筈だよ。
 どんな選択をしても、必ず何かが・・・犠牲になる。
 僕が提案しているエンディングは、その犠牲が最も少ないものだ――分かるだろう?』

「………そう、だな」

 何せ、史上最高の龍適性を持つ『今の魔王』ですら、六龍全ての力を同時には行使できないのだ。
 つまり世界の救済には陽葵さんが不可欠であり、しかし世界を救えば陽葵さんの精神は間違いなく壊される。
 場合によっては、彼以外にも犠牲が出るだろう。
 対してケセドの方法であれば、見かけ上は・・・・・誰も欠けることなく、世界を救うことができるのである。

『――さて。改めて僕に協力し給え。
 なに、そう大したことをして欲しい訳じゃない。
 ただ、“今の出来事”を綺麗さっぱり忘れるだけだ。
 忘却するためのすべも用意できているから、後は僕の指示にほんの少しだけ従うだけでいい。
 どうだい、簡単なことだろう?』

 実に簡単だった。
 ここで何もせずにいれば、私達が喉から手が出る程欲しかった結末に辿り着ける。
 それは余りに甘い誘惑だ。

 ふと、目を横に移す。
 傍らにいる勇者ガルムは、私の視線に気付いて一言零す。

「……拙者、セイイチ殿の判断に異を挟むつもりは無いでござるよ」

 ……有難い。
 彼は、こちらの意思を尊重してくれるようだ。
 ならば、最早迷いはない。
 私は改めて青龍を見据えると、

「――ケセド。
 答えは、Noだ。
 お前の行動を、私は許容できない」

 きっぱりと拒絶の意を表した。

 ……普段の私なら、或いは頷いてしまったかもしれない。
 分の悪い賭けの興じられる程、私は情熱のある人間ではない。
 より安全に、確実な選択をとるのが、黒田誠一という男だ。

 しかし。
 しかし、である。
 今、私はただ黒田誠一としてこの場に居るわけではない。
 私は――私の上司であり勇者でもある境谷美咲の代理としてここに立っている。
 だとするならば、私の判断は元よりただ一つ。

「その行動は――勇者的ではない・・・・・・・
 勇者とは、そのような判断をする人種ではないのだ」

 美咲さんも、きっと同じことをする。
 そんな確信があった。
 あの人は、不条理を見てそれを見逃せる類の人間ではない。
 ……だからこそ、彼女は陽葵さんに必要以上近づかなかったのかもしれないけれど。

「セイイチ殿――!」

『……残念だよ』

 2つの声が重なる。
 一つは称賛、一つは失望。
 その内で失望を表した龍が、言葉を紡ぐ。

『君達は理想を追い過ぎだと思うけどね。
 皆が皆、他人の都合なんてお構いなしに自分にとっての・・・・・・・ベストエンドを追求しちゃうんだから。
 それは――破滅を呼ぶよ?』

 それは、諭すような口調だった。
 まるで私を慮っているかのような言葉。

『何が言いたいかと言うとさ。
 僕はここまで妥協した・・・・んだから、君達も少しは見習わないかってこと』

 妥協。
 そうだ、ケセドは妥協してくれている。
 奴の目的のためなら、別に陽葵さんに全く別の人格を植え付けても良いのだ。
 だというのに、敢えて彼と同じ人格を再現しようとした。
 これは“室坂陽葵さんに関係する人々に対する配慮”ともとれる。

『僕の言っていることを理解して――それでも、考えは変わらないのかい?』

「そうだ」

 この後、私はケセドの指示に従わなかったことを後悔するだろう。
 きっと――間違いなく、死ぬ程に・・・・後悔する。

 それでも。
 それでも今は――

「当方、境谷美咲が代理、黒田誠一。
 ――これより勇者を執行する」

『……そうか。
 やってみたまえ』

 青龍ケセドとの戦いを開始した。



第三十二話④へ続く
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