フリムの冒険

雷月

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一章

3話 青い髪の男

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 フリムの問いに対してソネは答えに戸惑っていた。もちろん、ソネも好きでフリムをこの街から追い出したいわけではない。ただソネたちの抱える問題はこの街の問題であって他所者であるフリムを巻き込むわけにはいかない。どう答えるべきか悩んでいるうちに酒場の空気が更に重くなっていく。 

「ああ? おいおい、冗談だろ。ここは本当に酒場か? 辛気臭い面したやつばっかり嫌がる。まるで墓場だな」

 重い空気の中、突然酒場の入り口の扉が開かれ、一人の男が入ってきた。酒場中の視線がその男に集められる。しかし、男は周囲の視線など気にする様子も見せず、ズカズカと酒場のど真ん中を歩いていく。深みのある青い髪、獣じみた鋭い目つき、腰に差された二本の刀。男は異様な存在感を放っていた。カウンターに辿り着いた男は椅子に腰を掛けてソネと向かい合う。

「陽気な街オルガノが魔物に支配されたと言う噂を耳にしたが、この酒場の様子を見るにどうやら噂は本当みたいだな」

 男は周りを見渡して、そう告げる。ソネはその言葉を聞き、男をじっと見つめて。

「ふーん、変な噂もあったもんだね。噂といえば、あたしも一つ面白い噂を耳にしたことがあるよ。ある日、一人の冒険者がとある森に入った。その森で冒険者は異様な光景を目にした。森の真ん中に100匹はいるリザードマンの死体が積み上げられていたそうだ。そして、冒険者は見た。二本の刀を腰に差し、鬼のような形相で冒険者を睨みつける青い髪をした男の姿を……」

 ソネの話を聞き、その話のようにソネを睨みつける青い髪の男。男から放たれる威圧に酒場の女性客達にも緊張が走る。フリムだけがその威圧と緊張をもろともせずに食事を口に運んでいた。

「あっはっはっ! ああ、あれは失敗だった。反省してるよ。蜥蜴退治なんてしたとこで、何も生まれやしなかった……」

 青い髪の男は睨みつけるのもやめ、突然笑い出したかと思えば今度は俯く。
 何かを考えるように。何かを思い出すかのように。
 しばらくして、青い髪の男は腰の刀に触れる。そしてその刀を強く握りしめて。

「俺の怒りも、この二本の刀の怒りも、いまだに消えてねえ……」
 
 怒気を含んだ言葉を放つ。しかし、その怒りの向く先はソネにではない。この場に存在しない何か。ぶつけようのない怒りを必死に抑えているように映る。だからこそ、危険。もし、誰かが今この男の地雷を踏めば誰彼構わず斬る。そう思わされるだけの迫力が今の彼にはあった。流石のソネもすぐに口を開くことはしなかった。
 フリムがこの状況を理解できたかは不明だが、何かを感じ取ったのか、食べるのをやめ、じっと青い髪の男を見つめている。
 
「まさか、実在していたとはね、鬼の眼のジーク」

 しばらくして青い髪の男は落ち着いたのか、殺気に満ちていた空気が元に戻り、そのタイミングを見計らっていたかのようにソネが言う。

「え? 鬼の眼のジークってあの?」

 ソネの言葉に反応して、女性客の一人が驚きの声を上げる。

「嘘……ただの噂じゃなかったの?」

 女性客達の間でざわざわと話が繰り広げられていく。

「こんなに知れ渡ってるとは、俺もすっかり有名人だな」

 酒場の客のほとんどが自分のことを知っていることにニヤリと笑うジーク。
 
「それで? なんだい? この街を救いにでもきたのかい?」

「それは俺には関係ない話だ。冷たいことを言うようで悪いが、この街の問題に関わるつもりはない。お人好しになっても自分の身を滅ぼすだけだからな。俺は、ただこの街で酒場を見かけたから酒を飲みにちょいと立ち寄っただけさ」

「全くその通りだ。あんたは何も間違っちゃいない。もしも救いに来たなんて抜かしやがったらあたしがあんたをぶっ飛ばしてたとこさ」

 先程の殺気を味わってもなおソネはジークに噛み付く。しかし、ソネも好きでこんな言動を繰り返しているわけではない。もし、ジークがこの街の問題に関わることによって命を落とすようなことがあれば、真っ先に危険が及ぶのはこの街だ。
 それだけは阻止しなければならないというソネなりの考えあっての事だ。

「へえ、面白いことを言うな。あんたが俺を? できるのか?」

 ジークもそれを分かっているのか、表情は穏やかで怒りや殺気は含まれてはいなかった。

「やってみなくちゃ分からないね」

 仮面を被っただけのやり取りが行われる中、そんな事情をまるで理解していない静寂を貫いていた一人の白い髪の男が口を開いた。

「なんだ、お前強いのに逃げるのか? 強いなら救ってやればいいじゃねえか」

 フリムの言葉にソネと酒場の客が動揺を見せ、問題が大きくならないように祈り始めるものの姿まで現れる。

「あ? 誰だお前?」

 ジークはフリムを睨みつけて、訊ねる。

「俺はフリム。冒険者だ」

 ジークの威圧に全くビビっていないフリムは自信満々に応える。

「そうか、悪いことは言わねえ。命が惜しければすぐにこの街を出た方がいいぜ。俺は他人を助けるために自分の命を落とした馬鹿を一人知ってる。中途半端な覚悟で首を突っ込むと……お前……死ぬぞ?」

 腰から一本の刀を抜き、ジークはフリムの首筋で刀を止めて脅しをかける。
 ジークが刀を抜いたことで悲鳴をあげるものや、腰が抜けて床に座り込むものの姿が見える中、フリムはこれにも怯える様子など一切見せず刀の刀身を握りしめて。

「嫌だ。どいつもこいつも、いきなり街を出ろとか言われて納得できるか。俺はまだ、この街のこと何も知らねえんだ」

 刀を握りしめたことに目を見開くジーク。もし、少しでもジークが刀を動かせばフリムの手はただでは済まない。フリムの手から血が滴り落ちているのも関わらず、フリムはそんなことは気にも触れず、ただただ、ジークを見ていた。 

「あっはっは! 自分の命よりも納得するかどうかが勝つか。世の中には知らない方がいいこともあるんだぜ?」

 ジークは腹を抱えて笑い出し、その様子を見るフリムが握りしめていた刀を解放する。そして、ニヤリと笑って。

「未知を追い求めるのが冒険者だ。死ぬのが怖くて冒険者がやれるか」

「へえ。まだ、そんなことを言える奴が残ってたとはな。勇者か、はたまた世界の過酷さを知らない単なる馬鹿か……」

「どうする? 婆さん。こいつはあんたが話をしない限り、街を出る気はないみたいだぜ」

 刀を鞘へと収め、ソネの方に向きなおすジーク。
 
「ば……ったく、どいつもこいつも、人の事を舐めやがって。あたしにだって美女って呼ばれてた時があったんだからな!」

 蚊帳の外にされていたソネは突如として婆さん呼ばわりされたことに対して異論を唱える。しかし、ジークもフリムも真剣にソネの方を見つめるのみで、話を逸らそうとしているのがバレているらしい。やがて諦めてソネは溜息を吐く。

「いいさ、そこまで聞きたいんなら話してやるさ。この街に起こった悲劇をね……」

「ソネさん! 待って! その話、私にさせてもらえないかな?」

 突如として話に割って入ってきたものの正体に皆が驚く中、フリムだけはその者が口を開くのを待ち侘びていたかのように笑みを浮かべている。今まで話に参加してこなかった栗色の髪の少女ローラの姿がそこにはあった。

「ローラ何を言ってるんだい? 何もあんたが出てくる必要はないんだ!」

 ローラの心の痛みを、辛さを誰よりも見てきたソネは必死にローラを止めようとする。

「フリムをこの街に連れてきたのは私だよ? だからフリムがこの街を無事に出るまで見届ける義務が私にはある。違わない? フリム」

 だが、ローラは止まらない。責任は私にある、と全てを背負おうとする。

「最初から俺はお前から話を聞くつもりだった。なあ、ローラ。なんでお前嵐の夜に浜辺なんかいたんだ?」

 フリムの予想外の発言にローラ以外のものは何が何だかわからず首を傾げる。しかし、ローラだけはフリムの質問の意図を理解して。

「……死のうと思ってたからだよ」

 ローラから放たれた一言は皆を驚愕させるに十分だった。

「なっ!? 嘘だろ? ローラ……」

 ソネもフリムの存在によって、ローラが浜辺にいた理由。それについて気を配ることが出来なかった。

「ローラちゃん……」

 女性客達も心配するようにローラを見つめる。

「そうか。教えろよ! お前をそこまで追い詰めた者の正体を!」

 その中で一人、怒りの感情をあらわにするフリムにその場にいた全員に寒気が走る。先程のジークの威圧と同等。否、それ以上の恐怖が広がる。

「フリムは優しいんだね。分かった。いいよ」

 これから語られる話をきっかけに起こるのは悲劇か、あるいは喜劇か。

 

 



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