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第1章
第九話 ⑬ ~波乱の一日・夜~ 前編 悠斗視点
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第九話 ⑬
悠斗視点
「いらっしゃいませー」
「ありがとうございましたー」
汚物まみれのトイレ掃除から始まった本日の業務だったが、その後は特に何事もなく時間が過ぎていった。
十八時。十九時。二十時。
そろそろいつもなら、黒瀬さんがご飯を買いに来る時間だった。
今日のこともあってか、俺は少し彼女を警戒していたのだが、いつもの時間を過ぎても来店することが無かった。
そういう日もあるのかな?と思って、いつも通りの業務をしていると、客足が引いた二十一時過ぎ頃に司さんが俺に話しかけてきた。
「なぁ少年。ライブに興味はあるか?」
「ライブですか?まぁ、一度も体験した事がないので、興味はあります」
そう言うと司さんはニヤリと笑い、二枚のチケットを出てきた。
「私がやってるガールズバンドのプラチナチケットだ。これを君に売ってあげよう」
「……あげよう。ではなく売ってあげよう。なんですね」
と、俺がジト目で言うと、司さんは笑う。
「少年はこのチケットの価値がわかってないんだな?これは発売と同時に売り切れて、私たちは全く許してないが転売すらされている」
「それはすごいですね。興味が出てきました。いくらですか?」
一枚千円だ。
と、司さんは言う。
「二枚買います。朱里さんと一緒に見に行きますよ」
チケットの日付を見ると、来週の日曜日だった。
「そう言ってくれると思ったよ。ではチケットは君に上げよう。お金はいつでもいいさ」
そう言って、司さんはチケットを俺に渡す。
俺はそれを胸のポケットに大切にしまった。
時刻はもうすぐ二十二時。あがりの時間だな。
そんなことを考えていた。
そう、俺が油断していた時間だった。
深夜のアルバイトがやってくる以外にほとんど開かない自動ドアが、今日は珍しく開く。
「いらっしゃいま……」
「ふふふ。少し遅くなってしまいましたが、今日も夕飯を買いに来ました。」
黒瀬さんが俺が上がる間近の時間にやってきた。
お風呂にでも入ってきたのだろうか、少しだけ髪の毛がしっとりとしているような気がした。
「やぁ、いらっしゃい。今日はもう来ないのかと思ってたけどこんな時間に来るとは珍しいね?」
と、司さんが黒瀬さんに話しかける。
店員がお客にこんなフレンドリーに話しかけるなんて、普通は無いけど、まぁ相手を選んでいるのだろう。
「いえ、今日は学校で色々ありまして、少し汗をかいてしまいました。せっかく悠斗くんと会えるのに、汚れた格好は嫌だと思ったのでお風呂で身を清めてから来ました」
「……へぇ」
司さんはそう言うと、黒瀬さんが買い物をしている隙に俺に耳打ちをする。
彼女。かなりやり手だね。
きっとこの後は少年に送って貰うつもりだよ。
どうする?
やっぱりそうだよな。
ただ……送らない。という選択肢を選べない程度には、俺は黒瀬さんを嫌いにはなれていない。
送らない。という行動が取れたなら、俺はもっとうまく生きて行けたんですかね?
司さんは笑う。
そして、
まぁ、私が送ってあげられれば良いんだが。悲しいことに私はこの後バンドメンバーと練習があるんだ。
深夜スタジオを抑えていてね。遅れる訳には行かないんだ。
と、少しだけ申し訳なさそうに言う。
いえ、大丈夫です。
朱里さんにはきちんと話をしておきますので。
と、ここまでヒソヒソと話したところで、黒瀬さんがレジに来た。
やはりカルビ弁当。
「温めは結構です。ですが、店員さんをお持ち帰りでよろしくお願いします」
「店員のデリバリーは行っていないんですがね……」
俺はそう言いながら、レジを打つ。
「送るよ」
「いいのですか?」
「……まぁ、こんな時間に一人で帰宅させる訳には行かないでしょ?」
大丈夫。送っても問題ないはずだ。朱里さんにも話はするし。
俺は心の中でそう結論付ける。
「なるほど。では安心です」
黒瀬さんはそう言うと、店の外に向かう。
時刻は二十二時になった。
「外で待ってます。よろしくお願いしますね、悠斗くん」
俺はため息を吐いて、レジにブレがないかのチェックに入った。
そして、レジに十円のブレがあったので、財布から十円玉をポイっと入れてレジを合わせた。
そんなことをしてたから、俺は忘れてしまっていた。
『買い物に来た黒瀬さんをバイト先から家まで送って帰るね』
という連絡を、朱里さんにすることを。
外で待っている黒瀬さんと合流し、愛車のポチは手押しをしながら帰る。
原付バイクにニケツは出来なくはないが、こんなことで捕まりたくはない。
俺は少しだけ重たいけどバイクを押していた。
「送って頂いてありがとうございます」
「まぁ、そんなに遠くない距離なんだよね?」
「歩いて十分程の距離ですね。自転車を使うよりは、美容と健康のために歩いています」
「毎日カルビ弁当を食べる人が、美容と健康ね」
「あ、悠斗くん。今、私をバカにしましたね?美味しいお肉は健康の秘訣ですよ」
「ははは。まあ、健康はともかくとして、育ちは良くなるのかもしれないね」
やべ、疲れてるのかな。口が滑った……
「……悠斗くんは、えっちですね?」
黒瀬さんは胸を抱きながら、ジト目で睨んでくる。
「いや、そんなことは……あるのか」
「まぁ、他の男の人には絶対に嫌ですが、悠斗くんになら少しなら良いですよ?」
「黒瀬さん……そういうこと言わない」
と笑いながら帰っていた。
嫌いじゃないんだよな。
趣味は合うし。
普通の友達として、なんで居られ無かったのだろうか。
少しだけ思案してると、遠くでカシャリと言う音がした気がした。
「……今、なんか鳴った?」
「……え?悠斗くん……やめてくださいよ。私怖いのダメなんです」
そう言うと、黒瀬さんは俺の腕に擦り寄ってくる。
また、カシャリと言う音が鳴った気がした。
「……はぁ。気のせいかもしれないから、離れてくれる?」
「いえ、悠斗くんのせいで怖くなってしまいました。責任問題ですよ?」
黒瀬さんは頑として離さないつもりだ。
俺は諦めて、そのまま歩くことにした。
そして、それから五分程歩くと、黒瀬さんのマンションの前に着いた。
「ありがとうございます。悠斗くん」
「いや。まぁいいよ」
俺がそう言うと、黒瀬さんは
「少しお茶でも飲んでいきませんか?」
と言うが、俺は家に夕飯があるから。と断る。
その時だった。
俺のスマホに着信を告げる音がする。
「こんな時間に電話?」
俺はスマホを取りだし、宛名を見る。
そこには、
『藤崎朱里』
と出ていた。
黒瀬さんがニタリと笑っていた。
悠斗視点
「いらっしゃいませー」
「ありがとうございましたー」
汚物まみれのトイレ掃除から始まった本日の業務だったが、その後は特に何事もなく時間が過ぎていった。
十八時。十九時。二十時。
そろそろいつもなら、黒瀬さんがご飯を買いに来る時間だった。
今日のこともあってか、俺は少し彼女を警戒していたのだが、いつもの時間を過ぎても来店することが無かった。
そういう日もあるのかな?と思って、いつも通りの業務をしていると、客足が引いた二十一時過ぎ頃に司さんが俺に話しかけてきた。
「なぁ少年。ライブに興味はあるか?」
「ライブですか?まぁ、一度も体験した事がないので、興味はあります」
そう言うと司さんはニヤリと笑い、二枚のチケットを出てきた。
「私がやってるガールズバンドのプラチナチケットだ。これを君に売ってあげよう」
「……あげよう。ではなく売ってあげよう。なんですね」
と、俺がジト目で言うと、司さんは笑う。
「少年はこのチケットの価値がわかってないんだな?これは発売と同時に売り切れて、私たちは全く許してないが転売すらされている」
「それはすごいですね。興味が出てきました。いくらですか?」
一枚千円だ。
と、司さんは言う。
「二枚買います。朱里さんと一緒に見に行きますよ」
チケットの日付を見ると、来週の日曜日だった。
「そう言ってくれると思ったよ。ではチケットは君に上げよう。お金はいつでもいいさ」
そう言って、司さんはチケットを俺に渡す。
俺はそれを胸のポケットに大切にしまった。
時刻はもうすぐ二十二時。あがりの時間だな。
そんなことを考えていた。
そう、俺が油断していた時間だった。
深夜のアルバイトがやってくる以外にほとんど開かない自動ドアが、今日は珍しく開く。
「いらっしゃいま……」
「ふふふ。少し遅くなってしまいましたが、今日も夕飯を買いに来ました。」
黒瀬さんが俺が上がる間近の時間にやってきた。
お風呂にでも入ってきたのだろうか、少しだけ髪の毛がしっとりとしているような気がした。
「やぁ、いらっしゃい。今日はもう来ないのかと思ってたけどこんな時間に来るとは珍しいね?」
と、司さんが黒瀬さんに話しかける。
店員がお客にこんなフレンドリーに話しかけるなんて、普通は無いけど、まぁ相手を選んでいるのだろう。
「いえ、今日は学校で色々ありまして、少し汗をかいてしまいました。せっかく悠斗くんと会えるのに、汚れた格好は嫌だと思ったのでお風呂で身を清めてから来ました」
「……へぇ」
司さんはそう言うと、黒瀬さんが買い物をしている隙に俺に耳打ちをする。
彼女。かなりやり手だね。
きっとこの後は少年に送って貰うつもりだよ。
どうする?
やっぱりそうだよな。
ただ……送らない。という選択肢を選べない程度には、俺は黒瀬さんを嫌いにはなれていない。
送らない。という行動が取れたなら、俺はもっとうまく生きて行けたんですかね?
司さんは笑う。
そして、
まぁ、私が送ってあげられれば良いんだが。悲しいことに私はこの後バンドメンバーと練習があるんだ。
深夜スタジオを抑えていてね。遅れる訳には行かないんだ。
と、少しだけ申し訳なさそうに言う。
いえ、大丈夫です。
朱里さんにはきちんと話をしておきますので。
と、ここまでヒソヒソと話したところで、黒瀬さんがレジに来た。
やはりカルビ弁当。
「温めは結構です。ですが、店員さんをお持ち帰りでよろしくお願いします」
「店員のデリバリーは行っていないんですがね……」
俺はそう言いながら、レジを打つ。
「送るよ」
「いいのですか?」
「……まぁ、こんな時間に一人で帰宅させる訳には行かないでしょ?」
大丈夫。送っても問題ないはずだ。朱里さんにも話はするし。
俺は心の中でそう結論付ける。
「なるほど。では安心です」
黒瀬さんはそう言うと、店の外に向かう。
時刻は二十二時になった。
「外で待ってます。よろしくお願いしますね、悠斗くん」
俺はため息を吐いて、レジにブレがないかのチェックに入った。
そして、レジに十円のブレがあったので、財布から十円玉をポイっと入れてレジを合わせた。
そんなことをしてたから、俺は忘れてしまっていた。
『買い物に来た黒瀬さんをバイト先から家まで送って帰るね』
という連絡を、朱里さんにすることを。
外で待っている黒瀬さんと合流し、愛車のポチは手押しをしながら帰る。
原付バイクにニケツは出来なくはないが、こんなことで捕まりたくはない。
俺は少しだけ重たいけどバイクを押していた。
「送って頂いてありがとうございます」
「まぁ、そんなに遠くない距離なんだよね?」
「歩いて十分程の距離ですね。自転車を使うよりは、美容と健康のために歩いています」
「毎日カルビ弁当を食べる人が、美容と健康ね」
「あ、悠斗くん。今、私をバカにしましたね?美味しいお肉は健康の秘訣ですよ」
「ははは。まあ、健康はともかくとして、育ちは良くなるのかもしれないね」
やべ、疲れてるのかな。口が滑った……
「……悠斗くんは、えっちですね?」
黒瀬さんは胸を抱きながら、ジト目で睨んでくる。
「いや、そんなことは……あるのか」
「まぁ、他の男の人には絶対に嫌ですが、悠斗くんになら少しなら良いですよ?」
「黒瀬さん……そういうこと言わない」
と笑いながら帰っていた。
嫌いじゃないんだよな。
趣味は合うし。
普通の友達として、なんで居られ無かったのだろうか。
少しだけ思案してると、遠くでカシャリと言う音がした気がした。
「……今、なんか鳴った?」
「……え?悠斗くん……やめてくださいよ。私怖いのダメなんです」
そう言うと、黒瀬さんは俺の腕に擦り寄ってくる。
また、カシャリと言う音が鳴った気がした。
「……はぁ。気のせいかもしれないから、離れてくれる?」
「いえ、悠斗くんのせいで怖くなってしまいました。責任問題ですよ?」
黒瀬さんは頑として離さないつもりだ。
俺は諦めて、そのまま歩くことにした。
そして、それから五分程歩くと、黒瀬さんのマンションの前に着いた。
「ありがとうございます。悠斗くん」
「いや。まぁいいよ」
俺がそう言うと、黒瀬さんは
「少しお茶でも飲んでいきませんか?」
と言うが、俺は家に夕飯があるから。と断る。
その時だった。
俺のスマホに着信を告げる音がする。
「こんな時間に電話?」
俺はスマホを取りだし、宛名を見る。
そこには、
『藤崎朱里』
と出ていた。
黒瀬さんがニタリと笑っていた。
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