怪訝のガラス

yorika

文字の大きさ
1 / 1

悲劇の始まり

しおりを挟む
東京で一人暮らしを始めて5年。
みさなは働きづめの毎日を送っていた。
この日は出張で茨城県(いばらきけん)に向かっていた。
時刻は朝の7時。通勤ラッシュで駅の中は混雑していた。
「次は宍戸(ししど)駅。次は宍戸駅です。」とアナウンスと共に電車は駅に停車した。
カバンを片手に電車を降りた直ぐのこと、見知らぬ男性と肩をぶつける。
みさなは咄嗟に「あ、すいません!!」と言葉がこぼれた。
男は静かに振り向き笑を零した。
みさなはホッとした様子で微笑み返すと、男の表情が徐々に青ざめ、
苦しげに胸元を手で押さえ始めた。
みさなは胸元から染み出る紅血(こうけつ)を見て、思わずカバンを地面に落とす。
現状を理解出来ないまま、動揺(どうよう)に押され、みさなはその場を動くことが出来なかった。
倒れた男が唸っている。
力なく藻掻(もが)く男が、顔を上げ訴願(そがん)するかのように、みさなに言った。
「逃げろ・・・。逃げてく・・・れ・・・。」
そのまま男の眼はみさなを見つめ、動かなくなった。
次第に周りも事態に気づき、ざわめき始める。
みさなも慌てて逃げるが「あれ?」と、足元にあったはずのカバンが、消えている事に気づいた。
あたりを見渡しても混乱した人々でカバンは見当たらない。
周囲の動揺に押される様に、みさなは改札口を出てしまった。
不意に細道へ入っていく男が視界に入った。
手にはみさなのカバンを持っている。
みさなは慌てて後を追った。


一方、カバンを盗んだ男は駅から離れたコインロッカーで電話を片手に話していた。

男「俺だ。裏切り者の始末は計画通りすんだ。チップも手に入った。」

“よくやった。チップをロッカーに入れて鍵を持ってこい。30分後に落ち合おう。”

男「おい。待て。約束はどうなった!!」

“格上げの話ならもう既にすんでいる。お前がこっちに戻って来る頃には、同期はもうお前の部下だよ”

電話の相手は高笑いしながら言った。

男「ふっ、ならいい。これから向かう。」

男が電話を切ると、誰かの気配を感じ、
廃墟と化した工場跡地で男は腰を掛け、煙草を一本吸い始めた。
そこに女性が一人、入ってきた。
それは後を付けてきたみさなだった。
男は徐に立ち上がると、みさなへと近づき始めた。
男「誰の差し金だ。答えろ。」
みさなは怯えた様子で「わ、私は・・・カバンを返してもらいに来ただけです!!」と言い返した。
男は足を止め、髪をかき分けると、勢いよく煙草の煙を吐いた。
男の鋭く尖った細い目が、みさなの視界を覆ったように感じた。
みさなは恐怖のあまり竦むように一歩、足を引いた。
男「正直に吐け。お前。ショーの仲間だろう」
男の放った低い声が、みさなの脳内を震わせた。
みさなは訳も分からず、「え、だ、だれ、・・・ショー?、何の話をしているんですか??私はカバンを返して欲しいだけです!!!」と、怯えながらも強気で言い返す。
男「とぼけるのもいい加減にしろよ。」
男はドスの利いた声で話し、咥えていた煙草を地面に落とした。
煙草が地面に触れた瞬間、男は右足で思い切り煙草を踏み潰す。
''メキメキ''と地面が砕ける音がみさなの全身を震わせ、一瞬にして、死を予感させた。
’’ジャリッ’’’’ジャリッ’’と男が一歩づつ、みさなへと歩みを縮める。
みさなは本能的に二歩、下がった拍子(ひょうし)に’’カラン’’と丸い堅い棒のような物に足を取られ、後ろへ転げ落ちた。
両手を付き、身体を起こした目の前に男が立ちはだかり、みさなを見下ろしていた。
みさなは、恐怖から逃れるかのように、汗を滴り落としながら這いつくばり男から逃げた。
這いつくばり逃げ惑うみさなに、男は腹を抱えて嘲笑った。
男「ブッッハハハッ!!醜い、醜い、醜い!!殺し屋の末路(まつろ)も落ちたもんだな!!」
男はみさなの踝(くるぶし)に掴みかかると、自身の方へ引き寄せる。
みさなは没(ぼっ)する恐怖から、思わず泣き叫んだ。
みさな「イヤァァァァァ!!!」
手や足を無我夢中でバタつかせる。
男はみさなの反応を楽しむかのように、はにかみながら、胸ポケットから折りたたまれた刃物を取り出した。
男「これは仲間を裏切った報いだ!!」
みさなは振り向き様に、男が振り下ろす大きく長い刃物が踝に突き刺さるのを見つめた。
突き刺さる感覚。引き抜かれた触感。鈍い激痛。深潭(しんたん)とした畏怖(いふ)と共に壊れる心から絶叫した。
みさな「っあぁあぁぁぁぁ!!!」
唇を噛み締めるみさな。
みさな「・・・なっんで・・わたっし、が・・・何を・・・したって・・言うの・・・」
思わず溢れた言葉は涙に混じれ、絞り出されたようにか弱く、人文字が震えていた。
男は踝に刺し付けた傷口を指で抉(えぐ)りながら、クスクスと笑い、凶器に付いた紅血を舐め上げながら言った。
男「殺し屋の命乞いとは滑稽(こっけい)だな!!」
みさなは顔を上げ、男を強く睨みつけると、震えた声で必死に怒鳴った。
みさな「私は殺し屋じゃない!!あんたみたいな人殺しと一緒にしないで!!」
みさなの反抗的な言葉に、男は目を細め、「・・・調子に、乗んじゃねーよ!!」と単価を切ると、握る刃物を、みさなの腹部目がけ、振り下ろし始めた。
みさなは一心不乱に地面の土を握りしめ、男の顔面目がけ、投げつけた。
男が一瞬、怯(ひる)んだ瞬間、踝を掴んでいた力が緩んだ。
みさなは慌てて起き上がり、男から離れる。
男は顔面に血管を浮き立たせ、「クソガキがぁぁぁ!!!」と怒鳴り、みさなへと踏み込んだ。
男「組織の内部機密情報(チップ)を盗み、芝居がかった嘘まで付いたあげく、こんな小賢しい真似を!!!この俺を侮辱(ぶじょく)するにも程があるぞ!!
ぶ!!ぶっ殺してやるよ!!!!」
男の一歩一歩に重々しい揺れをみさなは自身の足で通関する。

みさな「・・・逃げなきゃ」
そう思うみさなの足はガクガクと震え、立っているのでやっとの状況だった。

みさな「う・・・うごかない・・・!!」
震えを押さえつけるように、みさなは自身の足に掴みかかった。

男がまじまじと近づいてくる。

みさな「ねぇっ・・いゃ・・・う、動いてよ!!!!」
みさなの叫びとは裏腹に、力無く、崩れるように地面へと膝から落ちた。

みさな「し・・・にたく・・ない・・・よ」

みさなの目の前に男が立ちはだかり、殺気を放って見下ろした。
みさなには微かに、はにかむ男の白い歯が見えた。

みさなは咄嗟に言った。
みさな「まっ待って!!私はあなたたちが知らない情報を知ってる!!!」
みさなは震えた声で、死にたくない一心(いっしん)から、知りもしないウソをついた。

男はみさなの言葉に「そうか・・・、やっぱり、お前はショーの仲間だったんだな!!」と叫び散らすと、続けて「その情報と共に死ねー!!!!」と叫び散らした。

男が振り上げる刃が天高くで光った瞬間だった。
みさな「・・・ころ・・され・・・――」

みさなの脳裏に今朝の出来事が蘇る。
「みさな!!あたし、出張なんて聞いてないよ!!」
家の中で叶笑(かなえ)が私に怒っていた。

みさなはこんな時に何を思い出しているんだと、思わず言葉が零れた。
みさな「・・・こんな時に、なにを・・・思い出して・・・」


玄関近くまで後を付いてきた叶笑(かなえ)が「ちょっと、聞いてるの!?みさな!!」と、私の腕を掴んだ。
振り返って私が「これが仕事だって何回言ったら分かるの!!」と強く怒鳴った。
叶笑は悲しげな顔をして私に話した。
「行かないで・・・。」
叶笑の震えた肩に手をかざし、「・・・ごめん、叶笑。でも大丈夫だから。一週間で帰ってこれる仕事だから。」と、私が明るく言った。

叶笑は私に強く抱きつき、俯(うつむ)かせた顔を左右に振った。
「嫌な・・・予感がするの・・、とても嫌な予感・・・!!」
叶笑は顔を上げ、私に訴えた。
「行かないで!お願い!行ったら・・・っ!!」
叶笑は言葉を詰まらせ、顔を手で覆った。
私は叶笑の頬を両手で触れると、「叶笑。よく聞いて。私はお父さんみたいにはならない。必ず帰ってくるから。私が帰ってくるって言って、約束を破った事、無いでしょ?」
私はそう言って、叶笑のおでこを軽く叩いた。

叶笑はおでこを摩り(さす)ながらうるっとさせた目で私を見つめて「・・・うん」と言った。

私は玄関の扉を開けて、叶笑に笑顔を振りまき、「じゃ、行ってきます!」と手を振った。
叶笑が「約束だからねーー!!!」と声を張っている。
玄関の扉が閉まりかける間際、私が言った。「お土産、楽しみにしててね」と。
―――。

叶笑のぎこちない笑顔が、みさなの目に残る。
みさなは掠(かす)れた声で呟いた。
みさな「・・・叶笑。そうだね・・・。約束・・・守らなきゃ・・・ね。」

男が高揚感に浸りながら「死ねぇぇ!!!」と高々と叫んだ。
振り下ろされた穂先(ほさき)は、目と鼻の先。

みさなは目を見開いて力強く言い放った。
みさな「・・・私は!!、帰るんだ!!!!」
みさなの叫びと共に”ガァァァァァン”と地雷音が空(くう)を揺らし、瞬く間に男の振り下ろされた刃(やいば)が地面を叩き割った。

砂埃が季節の風に吹(ふ)かれ、男の視界を鮮明にさせ、そして驚愕(きょうがく)した。
男「ウソだろ・・・、あり得ねぇ!!・・・何処行きやがった!!」
男が動揺するのも無理は無かった。
目の前に居たはずの人間が忽然(こつぜん)と姿を消したのだから。

男はみさなが消えた場所を見つめて呟いた。
男「あのスピードで、脳天にぶち込んだんだぞ!!避(よ)けるなら兎も角(ともかく)、消えるなんてっ・・・!!」
男は屈辱(くつじょく)のあまり歯軋(はぎし)りし「あってたまるか!!!」と喚(わめ)き散らした。

不意に離れた場所から声が聞こえた。
みさな「無様ね。」

男は振り向き様、みさなを凝視(ぎょうし)した。
10mほど離れた場所でみさなは立っていた。

男「ッチ!!ほざくな!!!下っ端の殺し屋無勢(ぶぜい)が」
男の言葉にみさなは無言のまま微笑み返した。

みさなの余裕そうな顔が男の逆鱗(げきりん)に触れる。
男「たかが一度、俺の攻撃を交わせたからって図に乗ってんじゃねーぞ!!
次は容赦(ようしゃ)しねぇー!!」
男はそう言って、みさなへと踏み出した瞬間。

男の目の前で、みさなの姿が一瞬消えたかに移った。
そして瞬時に男の目と鼻の先に、みさなは現れた。

みさなは男の目の前に立ち、顔を上げて言った。
みさな「まるで、さっきのは手を抜いていた、って聞こえる。」
そう言うと、みさなは別人になったかのように、不気味に微笑んで見せた。

男「こいつっ!!いつの間に!!!」
男は慌てて三歩下がった。

男「ど・・・どう言うことだ!!さっきまであんな離れた場所に居た奴が、一瞬で目の前にっ!!」
目を泳がせながら、心の声を口に出してしまうほど、男は動揺していた。
平常心を取り返すかのように、幅足り約30㎝もあろう刃物を強く握りしめ、「調子に乗んのも大概(たいがい)にしろ!!!」と、みさな目がけ力強く、刃物を振り下ろした。

音も無く静かに、風が二人の間を擦(す)り抜け、みさなの長い髪が、しなやかに揺れた。

男「・・・う、そだろっ・・・。」
男は唖然としたように呟いた。

人差し指と中指のたった二本。
その二本で、男の振り下ろされる刃物を挟み、みさなは止めたのだった。

男「馬・・・鹿な・・。」

男は思った。
そして感じた。いや、感じてしまったと言うべきだろ。
男を見つめるみさなの眼が、そして面影が、野獣染みた殺気と共に、快事(かいじ)をその目に移していたからだ。

そして、
それらは決して、気づいてはいけなかった事だと・・・ーー。


男は見つめた。
二本の指に挟まれた刃(やいば)が”バキッ”と音を立てて折れ落ちるのを。

気づくとみさなが目の前から消えていた。
男は背後に陰を感じ、「二度も同じ手に引っかかるかよ!!」と、握りしめた拳を身体を捻(ひね)りながら真後ろに振った。

同時に、横腹に激痛が走る。
男は状況を激痛と共に理解した。

みさなは背後に回った後、男の攻撃を交わし、右足で男の横腹を蹴り飛ばしたのだった。
男は蹴り飛ばされ、5m程吹き飛ばされる。

男が咽(むせ)せながら起き上がろうと手をつき、顔を上げた直前、
みさなは男の上に馬乗りになり、男の頭上に手を添えるともう一方の手を顎に回した。

みさな「・・・殺す。」

みさながぽつりと呟いた。

男はみさなの言葉に先ほどとは打って変わった穏やかな顔で、「・・・殺せ。」と言ったのだった。

みさなの脳裏にある言葉が過ぎった。

「みさなは優しいね。お父さん、嬉しいよ。」

みさなの頬に無情に涙が流れた。
みさな「・・・わ・・わたし・・今・・・何を・・・っ!!」
我に返ったみさなが、先ほど自身が放った言葉を思い出し、男に回していた手を咄嗟に離した。

『殺す』
そう確かに言った事を、みさなは激しく困惑した。

みさな「ち・・・ちが・・、私は・・ただ・・・」
止めどなく涙が流れた。

男はみさなの行動に冷静なまでに言い放った。

男「お前・・・何で殺(や)らなかった。」
男の冷静な言葉に、見透かされたように、みさなは現実を突きつけられ、全身に弥立つ(よだつ)恐怖を感じた。

何故ならあの時、確かに“殺せる”と自負した自分がいたからだ。

みさなは「な・・・!!何を言って・・・!!」と事実を誤魔化(ごまか)すように、言葉を濁(にご)して見せたが、男はみさなの言葉を遮(さえぎ)るように被せて、言い放った。

男「お前は今、俺を殺せると思った。なのにお前は・・・。」
男は何故か言葉を詰まらせ、両手の拳を強く握りしめた。

みさなはその拳が、微かに震えているように見えた。
男は少しの沈黙の後、重い舌打ちをして、言葉を続けた。
男「・・・チッ!!・・・くだらねぇ!!てめーはそれでも殺し屋かよ!!
名を汚してんのが分かんねーのかよ!!!!」
男の言葉には、どこか悔しさが滲み出ているようだった。

みさなは男の言葉に目を見開いた。
みさな「・・・名?、名って・・・何よそれ・・・」

みさなの訴えに、男は呆れたように言った。
男「早く殺(や)れ。もたもたしてんじゃねーよ」
男は拳を強く地面に叩きつけ「早く!!!殺れっていってんだろーが!!死にてーのかテメーは!!!」と、怒鳴った。

男は叩きつけた拳を地面に強く擦(こす)りつける。
みさなはその光景を見て、男の服を強く掴んだ。

みさな「・・・殺さない。」

その言葉に男はピクリと頭を動かした。
男「今・・・な・・んて」

みさな再度同じ言葉を繰り返した。
みさな「だから殺さない!!そう言ったの。」

みさなの言葉に、男はまたも拳に力を加え、地面を叩きながら「ふざけんなぁぁ!!!」と叫び怒鳴った。
男「てめーに生かされる筋合いなんかねー!!御託(ごたく)並べてねーでさっさと、てめーは俺を始末すればいいんだよ!!!名が汚れるってのが分かんねーのか!!!」

みさなは男から勢いよく降りると、躊躇(ちゅうちょ)なく男の胸ぐらを掴み、右手で思い切り、男の頬を打った。
”パァン”と音だけがこだまし、みさなは思いきり男を突き飛ばして怒鳴った。
みさな「い、いい加減にしなさい!!!」

男は打たれた頬を抱え、みさなを見上げた。

みさなは顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙を流し、男を黙って見つめた。
視線を合わせて男は思った。
生気のある暖かい目をしていると。
そして感じた。
見なければ良かったと。

みさなは両手の拳を強く握りしめると訴えるように男に話した。
みさな「・・・世の・・中は、・・・世の中ってのは、明日が来ることが当然で・・・、そう思ってて、ッ・・・今日死んでる人がたくさんいるのよ!!
死にたくもないくせに、簡単に思ってもいないこと・・・、言わないで!!」

みさなは「はぁ・・・はぁ・・・」と息を切らしながら男を見つめる。
男はみさなのぐちゃぐちゃになった顔を見て、「何で・・・てめーがそんな必死に何だよ」と頭を掻(か)いた。

みさなは呆れたように「あんたが素直に言わないから悪いんでしょが!!」と単価(たんか)を切った。

男はみさなの言葉に「あ~ぁ」とため息混じりの声を放ち、空を見上げて言った。
男「あ~ぁ、ほんと・・・調子狂うわー」

みさなは眉をハの字にさせる。
同時に、踝に激痛を感じ、みさなは倒れ込むように地面にしゃがみ込んだ。
男がゆっくり立ち上がると、みさなの足に触れる。

みさな「ちょっと!!何する気!!」
みさなは男を警戒するように、男の腕を掴んだ。

男「傷口見せろ!」
男はそう言って上着を脱ぐと、中に着ていたTシャツの袖を破った。

みさなの足に優しく手をかざすと、破った袖(そで)をみさなの傷口に巻き、介補した。
男「とりあえず、今はこれくらいしか出来ねー。」

男の行動に、みさなは呆気にとられ、ぎこちなく「あ、ありがとう」と口にする。

男はみさなの言葉に「なにてめー意味の分かんねーこと言ってんだよ!!敵に礼する奴がいっかよ!!」と言いながらも、何処となしか顔を赤らめている。

みさなは男の言葉に「それを言うなら、あなただってそうじゃない。」と微笑んだが、「でも、・・・ありがと。」と優しく言った。

みさなの言葉に男は、ある男の事を思い出し「・・・お前も。あいつと同じような顔をするんだな」と呟いて見せた後、徐にポケットから鍵を取り出し「カバンは返すよ。」と穏やかに言った。

男「近くのコインロッカーにあんたのカバンとチップが入れてある。」
みさなは男が差し出した鍵を受け取り、「あなたって本当はいい人なのね」とクスリと笑い、鍵を受け取った。

男はみさなの表情を見て「コロコロ表情の変わる変な奴だなぁ」と言って見せたが、男は拍子抜け(ひょうしぬけ)したように笑みを浮かべた。

みさなは一般人と変わらない笑みを浮かべた男に「あなたも・・・そんな顔をする人なのね。」と、驚いたように言った。

男は呆れたように眉を潜(ひそ)め「あのなぁー!俺だって、鬼じゃねーんだから」とみさなを見つめ言って見せたが、「はぁ・・でもまぁ・・・、」と言葉を詰まらせると「・・・あんたを見てるからかもな」と、どこか嬉しそうに、でも、何故か儚そうに俯(うつむ)きながら呟いた。

男の面影をみさなは見つめ、言葉が漏れる寸前、口をつぐんだ。
一時(いっとき)の沈黙が二人を包み、先ほどとは打って変わって暖かい風が砂埃を纏いながら、髪を揺らした。
男が髪をかき分け、徐に話し始めた。

男「俺は・・・、十代の頃、頭(かしら)に拾われてから、この仕事をはじめた。いろんな人間をそれまで殺してきたし、それを悔いたこともねー。それが俺の恩返しだったから。
18になった頃だった。移動(いどう)してきた奴が、やたら俺に説教たれる奴で、俺は毛嫌いしてたんだけど、ある任務で俺が囮(おとり)を任されて、死にかけたことがあった。その時、命令に歯向(はむ)かってまで、そいつは俺を助けに来てさ。俺に一発かました後、言ったんだよ。
“「お前は強い。だからこそ弱いってのがまだ分かんねーのか」”って、何言ってんだこいつって思ったけど、その人、俺見て泣いててさ。
それでも言うんだよ。”「生きてちゃんと、お前は守れ」”って。だから何をだよって、言いたかったけど、目が覚めた時には、もうそいつは消えてた。
今となっちゃ分からず仕舞い(じまい)だけどさ、なんか・・・、あんたを見てると・・・、そいつをやたらと思い出すんだよ。あんたみたいにコロコロ表情の変わる、変な奴だった・・・。」

男の話にみさなは黙って耳を傾けた。

話し終えた男がみさなの顔をチラリと見て、みさなが幸せそうな顔をして微笑んでいる。
男が慌てて、「何に、ニヤニヤしてんだよ気持ちわりー!!」と恥ずかしそうに言った。
みさんは「いい人だったんですね」と微笑んだ。

男は「あぁ!!」と髪をぐしゃぐしゃにしながら「余計なこと、話過ぎた!!」と、嫌気がさしたように言った。

男が煙草を吸おうとポケットから、ライターを取り出そうとした瞬間、背後から何かを感じ、「危ねー!!!」と、みさなに覆(おお)い被(かぶ)さった。

不意に”バンッ”と何かが閉まる音が聞こえたと思うと、“ブゥゥゥ”とエンジン音と共に遠ざかっていくのを感じた。

みさなは男を退(ど)けて思わず叫んだ。
みさな「だっ大丈夫ですか!!!!」

男の横腹には長い矢が刺さっていた。
男はうめき声を上げている。

みさな「出血が酷い・・・!!い・・・今救急車を呼びますから!!」
みさなが咄嗟に携帯を取り出した瞬間、男が激しく携帯を弾いた。

男「死にてーのかテメーは!!」
男の徒(ただ)ならぬ激怒に、みさなは怯えた。

男「黒のベンツ・・・」
男がそう口にする。

みさなは何を言っているか分からず、「・・・え?」と微かな声を上げた。

男「お・・・まえ、知らねーのかよ!」
男は息を切らしながら、呆れたように言った。

男「と・・・にかく、ここは危険だ・・・!!
医師免許は持ってねーが、腕には自信のある奴を知ってる・・・」

男はそう言うと、「わりーが、肩を貸してくれ、お前も直してもらえる・・・」と手を付きながら言った。
みさなは飛ばされた携帯を放置したまま、問答無用で「任せて!」と肩を貸した。

男は切れ切れの声で、「恩に・・・着る・・・」と言ったが、みさなは「そう言う事は治ってから言って」と深刻(しんこく)そうに言い返した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...