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第29話 一緒に練習(中編)

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 ほぼ強引に押し付けられた形のようなもんだけど引き受けた以上はなんとかしないとね。とはいえどうしたものか。

 兄貴の言ってたように私が他の奴らと関係を持てるように赤坂をサポートするなら大前提として私がこいつ距離を縮めないといけないんだけど。親睦を深める方法…

 手っ取り早いのは会話よね。初対面の相手でも適当に会話振って話しを広げてれば気付けば打ち解けてたりするし。けど赤坂とほがらかに会話してるイメージが…うん、全然湧いてこないわね。

 いやいや、ここだけ兄貴を真似てポジティブに。何か楽しくなるような話を…そう、趣味とか!………赤坂の趣味って何?知らないし駄目じゃん。

 いやいやいや、確かに殆どわからない事だらけだけど野球部って事はわかってるんだし、流石に野球には興味あるはず!そこから会話を広げていけば…あれ?そもそもこいつ無口通り越して話せないんじゃなかったっけ?詰んでない?………ああっーもう!!

 ストレスが一定値を超えた事によりイライラした涼夏はストレスの元凶(?)である輝明の方を"キッ"と睨みつけた。

 平然とした顔して!誰のせいでこんなに頭使って悩んでると思ってんのよ!!

(睨まれている、よね?ちゃんとグローブに返球したと思うんだけど何でだろう?)

 怒りをぶつけた事で少しストレス値が軽減された涼夏はいちど輝明に背を向けた後ゆっくりと息を吐き、自身に言い聞かせるように両手で頭を抱えこんだ

 落ち着け私!そうなるとこいつが応答可能な質問。首を縦か横で振るYESかNOで答えられる質問をすればいいってことよ、野球関連で。適当に無難な何か…

「あのさぁあんたって何歳の頃から野球始めたの?小4辺りから?」

 これなら最低限縦か横には振れるでしょ答えられるでしょ

(しょう…よん?しょうよんって何だろう?)

 当然応答があるだろうと踏んでいた涼夏だったが、そもそも輝明が質問の意味を理解できていなかった。

 あれうんともすんとも言わないと言うより動かないんだけど質問の意味がわからないってことないよね?あれよね、きっと聞き取れなかったとかそんなとのよね?

「小4ぐらいから野球始めたの?」

(これだけ大きな声で言えばさすがに聞こえたはずよね。これなら…)

 これなら大丈夫。そう思っていたが予想に反して輝明は動かなかった。

 ちょっと待って、流石に今のは聞こえたはずよね?てことはもしかして本当に質問の意味がわからないの?まってまって、え?何がわからないの?こっちも何がわからないかわからないんだけど…頭がこんがらがってきた。

 もしかして小4?小4がわからないの?まさかそんなこと…いや、一旦赤坂相手に常識は捨てよう。

「あのさ小学生っていうか小学校わかる?」

(小学校って確か中学校よりも下のハイスクール、だよね?)

 "コクコク"

 やっと、やぁっっと返事してくれた!そうか小3の略語を理解できてなかったのね!こっちもやっとそれを理解できた!なんか普段は無い変な疲労感も感じるけど、それ以上に今までに無い妙な達成感が………って、違う!違う!違う!そもそもまだ最初の質問のやり取りすら終えてないっての!

 ようやく輝明が応答してくれた喜びで全てをやり終えたかのような感極まった表情をしていたがすぐに現実的思考に戻った。

「で、野球始めたのって小よ…小学4年生よりも前なの?それとも後?」

(って、この質問だと答えられなくない?)

 そう思っていると輝明は手を前に出して一歩踏み出した。

「えっと、前って事でいいのよね?」

 "コクコク"

「それなら何歳ぐらいの時だったの?」

(さっきの感じだと簡単なジェスチャーなら可能みたいだし、数なら指で伝えてくれるかも)

 涼夏の再びの質問に対して3本指を示した。

「3歳頃!?かなり小さい頃からボール触り始めてたのね」

 なんだかやっと会話が成立してきた気がする!

 今までほぼ一方通行のように話していたやり取りに輝明が返事を示すようになった事で発音は無いが普通のそれとは違う言葉のキャッチボールが彼女と彼の間で成立しだしたのだった。
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