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第八話・過去が分からないことは怖い?
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七補士は表情を生徒と同僚の間で使い分けることはしない。
誰に対しても平等に、自然に話しかける。
それは養護教諭だからというわけではなく、素がその状態だからである。
カウンセリング行為をするときも、格別に意識をしていない。
七補士がどこにも邪推のない存在だからこそ、人は深層を言いやすくなる。
善悪に関しても、彼女は断定することがないのだ。
人へも、人の心理へも興味もある七補士にとって、勉学というところから少しだけ離れて多感な人たちに出会えるこの職は天職だった。
だから今、昭隅に対しても全くその質問に他意が含まれない状態で話しかけている。
昭隅は口を付けていたカップをひざ元に乗せて、少々俯いて静かに横に首を振った。
「…何にも。何にも特段変わったことはないんです」
目はやや伏していて、思い出せないことに疲れたとも、思い出せない自分に対する皮肉を込めているようにも見える。
「生徒たちも、私がぽんこつなのに見守ってくれて。勉強に関しても、私の言葉に対しても真面目に考えてくれて。
とっても恵まれているし、幸せの中にいるのは確かなんです。でも、その幸せの中にいて、私は本当にいいのか、時々分からなくなるんです…」
『ないのは、記憶だけなんです』と昭隅はため息を小さくついた。
「ふと、思うことがあるんです。私はこの幸せの中にいていい人間だったのか」
「貴方は今を真っ当に生きている。真摯に周囲に向き合っているし、これからも向き合っていこうとしている。周りも認めてくれている。それでも…怖いと思ってしまうのね」
彼女は今を生きている。過去にそんなに囚われる必要もないくらい、充実しているのは本人も認めている。
それでも、真面目な昭隅は靄かかっている過去に諦めがつかないでいる。
「逆夢先生に七補士先生を紹介していただいて、七補士先生にもこの学校に連れてきていただいて。満ちた生活をしているのに…。私も強欲ですよね」
「過去を気にすることは何も悪いことじゃないでしょう。世の中に知らなくていいことはいっぱいあっても、知りたいと思う気持ちを止めきることだってよくないことだと思うけど?
結果的にそれは人の生きる気力にも、未来にもなっていくでしょ?
それは強欲なのではなくて、人がそれぞれ選んでいくその人だけの道筋ですよ。昭隅先生」
「道筋…」
「分からない過去を追うときは誰にでもありますから。何も変な話じゃないんです」
七補士は表情は無に近くても、柔らかい口調で昭隅に伝えた。
「記憶に関しては、また気が付いたら教えてください。…後はいつものようにゆっくりしていって」
昭隅と話すときは、記憶に関する話をした後はフリータイムだ。
お互いにその日の出来事やらを話す時間なのだ。
「ありがとう、七さん。今日も一日早かった…」
昭隅は口調をやっと変えて、またふにゃッとなるのであった。
誰に対しても平等に、自然に話しかける。
それは養護教諭だからというわけではなく、素がその状態だからである。
カウンセリング行為をするときも、格別に意識をしていない。
七補士がどこにも邪推のない存在だからこそ、人は深層を言いやすくなる。
善悪に関しても、彼女は断定することがないのだ。
人へも、人の心理へも興味もある七補士にとって、勉学というところから少しだけ離れて多感な人たちに出会えるこの職は天職だった。
だから今、昭隅に対しても全くその質問に他意が含まれない状態で話しかけている。
昭隅は口を付けていたカップをひざ元に乗せて、少々俯いて静かに横に首を振った。
「…何にも。何にも特段変わったことはないんです」
目はやや伏していて、思い出せないことに疲れたとも、思い出せない自分に対する皮肉を込めているようにも見える。
「生徒たちも、私がぽんこつなのに見守ってくれて。勉強に関しても、私の言葉に対しても真面目に考えてくれて。
とっても恵まれているし、幸せの中にいるのは確かなんです。でも、その幸せの中にいて、私は本当にいいのか、時々分からなくなるんです…」
『ないのは、記憶だけなんです』と昭隅はため息を小さくついた。
「ふと、思うことがあるんです。私はこの幸せの中にいていい人間だったのか」
「貴方は今を真っ当に生きている。真摯に周囲に向き合っているし、これからも向き合っていこうとしている。周りも認めてくれている。それでも…怖いと思ってしまうのね」
彼女は今を生きている。過去にそんなに囚われる必要もないくらい、充実しているのは本人も認めている。
それでも、真面目な昭隅は靄かかっている過去に諦めがつかないでいる。
「逆夢先生に七補士先生を紹介していただいて、七補士先生にもこの学校に連れてきていただいて。満ちた生活をしているのに…。私も強欲ですよね」
「過去を気にすることは何も悪いことじゃないでしょう。世の中に知らなくていいことはいっぱいあっても、知りたいと思う気持ちを止めきることだってよくないことだと思うけど?
結果的にそれは人の生きる気力にも、未来にもなっていくでしょ?
それは強欲なのではなくて、人がそれぞれ選んでいくその人だけの道筋ですよ。昭隅先生」
「道筋…」
「分からない過去を追うときは誰にでもありますから。何も変な話じゃないんです」
七補士は表情は無に近くても、柔らかい口調で昭隅に伝えた。
「記憶に関しては、また気が付いたら教えてください。…後はいつものようにゆっくりしていって」
昭隅と話すときは、記憶に関する話をした後はフリータイムだ。
お互いにその日の出来事やらを話す時間なのだ。
「ありがとう、七さん。今日も一日早かった…」
昭隅は口調をやっと変えて、またふにゃッとなるのであった。
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