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1 正直、かなり参ってます
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高校生活を楽しく過ごす方法。
一、気の合う友をたくさん作る。
二、クラスの女子には分け隔て無く優しくする。
三、部活に入って頑張る。
……は、キャラじゃないので却下。
四、明るく振る舞え。
五、取り敢えず笑顔。
これが要領がいいと絶賛された俺の、学校生活有意義項目全五箇条。昔から無意識のうちにこれを実行していたおかげか、俺は周囲から好感を得ようと努力した事は一度もない。
将来苦労することになろうとも勉強なんて二の次三の次いやいや五箇条圏外、ガリ勉になったって楽しいスクールライフをおくれる保証などどこにもないのだ。教師に目を付けられたってなんのそので、逆にそっちのほうが何かと便利に出来る時のが多い気がしたりなんかしちゃって。
そんなわけで、コミュ力抜群の俺は進学したての高校で初めて顔を合わせたクラスメイトとも、とてもいい関係を築けている。
入学式が終わって早一週間の本日。時は二時間目と三時間目の間にある休み時間に突入していた。
「なぁなぁ哉片、数学のあれやった?」
「んープリント? ばか、俺がやってる訳ねーじゃん」
「マジかつかえね」
「お前もやってないから。はい、ブーメラン」
「あっなりくん。あたし終わってるけど見る?」
「マジ? 美保ちゃん最高」
「答え合ってるか自信ないんだけどね」
「いーよいーよ見せてくれるだけで助かりますナムナム」
「美保ずるーい! なりくんあたしもやったよー」
「俺もう美保ちゃんの見せて貰うもーん」
「えー」
「はい、どうぞ」
「ありがと、美保ちゃん女神」
「もおーなりくん口上手い」
「ーっずりぃぞ哉片! 美保ちゃん俺にも見せて!」
「美保ちゃんは俺にプリント貸したの。君は俺が一生懸命書き写した後のプリント見せて貰う為に俺を崇めてそこらへんで正座待機しとけ」
「はぁーー?! 調子のんじゃねーぞこの女好き!!
誰がてめぇなんか崇めるかっつーの!」
「あはははっうっさー」
「な、なにおぉ!?」
「やれやれ哉片! ソイツのちっさいプライドぼごぼこにしちまえ!」
そう、まさにこれ。
男友達にはバカ騒ぎを。
女の子にはフレンドリーに。
そんな余興を繰り広げる俺は入学式終わって早一週間、既にクラスの人気者…いや、クラスの中心と化していた。クラスの皆と仲良くて、いつも皆でわいわいやっている。もう毎日がお祭り騒ぎと言っても過言じゃない。
古里 哉片15歳。
俺のスクールライフはマジ順調。順調過ぎて逆に怖いくらい。そう、怖すぎるくらい順調なのに、だ。それなのに……
「バーカバーカっ!!」
目の前で悔しそうに真っ赤になる友人の顔を見てあはははと大げさに爆笑していた俺は、笑いの反動で後ろに仰け反った。その影響で前足を浮かした椅子は反動をつけて傾き、あれよあれよと言う間に後方へ引っ張られて
「うわっ!」
何かにぶつかった衝撃と共にガタンと大きな音を立てて停止する。たぶん、いや確実に、後ろにある机にぶつかってしまったようだ。
こんな事普通だったらなんて無いこと。皆仲良し子良しのクラスメイトなら『ごめーん』『いーよー』で済む話。の筈なんだけど……
(や、やっちまった!)
俺の心は今までの楽しい気分から一変、内心冷や汗だらだら状態。如何せん不幸な事に、俺の後ろの席の奴はただ唯一の例外にあたる人物で。
「あ……悪い」
ギギギっと音がしそうな程固まってしまった体にむち打ち、スローで振り返る。視界に写ったのはノートへペン先を付けたまま止まっている、規定通り制服を着こなした真面目そうな同級生の姿だった。ノートには"ゆ"からの展開で、ぐわんと揺れ動いた形跡の残る歪な丸が描かれていて。それもご丁寧に一生懸命書いたであろう前の時間の内容を記した文字の上。
……コイツ、まだ黒板の書き写し終わってなかったのかよ。最悪な条件の重なりに、絶対俺の顔ひきつってる。
けど黙ったままなんて出来る筈がなく、謝罪の言葉を述べてみた俺なわけだが。
「………………」
じっとノートに向けていた視線をのっそり上げた目の前のクラスメイト。ある程度目線が下になるソイツは上向き加減で、強ばって口端をぴくぴくさせながらも取り敢えず微笑んでみる俺に鋭い一瞥をくらわせる。
ギロリと睨まれた……ような気がする。気がするっつーのは、雰囲気だけしか感じ取れないからだ。鬱陶しい前髪とその奥にある黒縁の大きなメガネが邪魔でコイツの目はよく見えない。だから目があったっつーのも不確っちゃー不確か。だが確実に穏やかな空気じゃないのは確か。唯一見える野暮ったい見た目にしては形のいい唇が真一文字に引き固められている。
さっきまで騒いでいた周りの奴らは俺たちの雰囲気を察してか、面白い程しーんと静まりかえっていて、この不機嫌丸出しのクラスメイトと俺とのゆくえを固唾を飲んで見守っている。
すっと目線を外して無言のまま歪んだ"ゆ"のみを消しゴムで消し、書き直してる姿が凄まじい怒りの圧力を生み出していた。静かな所為かその微かな音がいやに耳に響いて、俺を物凄く責めている……ような気がする。
つか何も言わないって事は俺と会話する気はないって事。んで、俺の謝罪を聞き入れないって事。そう言う事。
「……ごめん」
完璧な拒絶を前に俺は成す術なく……というかこれしか言えなくて、再度謝罪の言葉を口にしながらずこずこと情けなくも引き下がり、後ろに振り返っていた体制を元に戻した。そして気落ちした事と周りの静けさにまたバカ騒ぎする気は起きなく、大人しく受け取った有り難いプリントを書き写す事に専念した。
俺はただ1人の人間にだけ、とても手を焼いている。それは入学式終わって間もないこの時期、名簿通りに決められた席順を維持するうちのクラスでの俺の後ろ。名簿では古里の次に名前が来る
小向 最中。
聞く限りじゃ甘ったるくて美味しそうな名前だが、当の本人は名前負けな程塩分濃い目な人物で。
俺はコイツがその…何か苦手だ。ちゃんと話した事はないけど、どうも苦手意識を持ってしまってるみたい。
けど、それにはちゃんと訳がある。最初は俺だってそんな事なかった。
遡る事一週間前。そうあれは朗らかな風に舞い踊りながら始まりを彩る桜吹雪に包まれた四月上旬の入学式当日の事だった。
新しい学校、新しい生活、そして新しい人々と新しい事尽くめのこれからに心躍らせながら校門を潜った大勢の新入生の中の一人に過ぎないこの俺。
だけど一つだけ周りと違うとしたら、俺の心の中には不安なんて微塵も存在していないという事。だって俺はこれまで人に嫌われた事など一度もないから。
なんでかって?
それは俺が素晴らしく要領のいい男だから。俺の周りにはいつも大多数の人間が寄り集まってくる。悪くない見た目……と言うか月何度か告白されるくらいは整っている顔立ちをしている事も一因であるが、最も要因であるのはやっぱりこの人好きする笑顔と性格であると自負している。これを最大限に活用しているのだから好かれすぎる事はあれど、間違っても嫌われる事なんかなくて。
そんな俺は幼稚園の頃から『なりくんはあたしと遊ぶのぉ!』『僕と遊ぶんだもん!ねっなり』と言うように男女入り乱れて俺との遊ぶ時間の取り合いをするくらい引く手数多だったんだ。
友達作りなんて得意中の大得意。怖いことなど何一つない。
そうしてワクワクする気持ちだけを抱え、俺は割り当てられたこのクラスに足を踏み入れた。
黒板にはご丁寧にフルネームと席順が書いてあり、俺の名前は2列目の前から4番目に書いてあった。か行の最後が頭文字の俺には妥当な位置だなとか思いながら黒板から視線を外し、自席だと思われる机に目を向けた俺。まだ指定の登校時間には余裕がある時間帯だった為、教室内にいる人影は疎らな状態だった。
だが、そんな中で俺の席である2列目の前から4番目な席の後ろには既に誰が着席していて。2列目の前から5番目、古里の次にくる人物。それは紛れもない、小向 最中であった。
その時の小向は俺が到着するより先に席に座り、少し距離のある窓の向こうをぼーと見つめていた。
同じ中学から来た奴らとはクラス別々になってしまったから、誰も知り合いがいなかった俺。やっぱ前後の席の奴とは仲良くしとかないと、そう思うのは仕方のない事だった。
だから俺は、颯爽と自席に向かいがてら黒板に書かれたフルネームを確認して、ソイツ……小向に話しかけたんだ。
「はじめまして、俺桜丘中から来た古里 哉片。よろしくね」
と、爽やかな笑顔プラスで俺は小向を見つめた。
きっちりと着込んだ真新しいブレザーに身を包んだ姿は短絡思考の俺には優等生か真面目くんを彷彿とさせる要素があって、見た目だけで無害な奴だと判断していて。無防備に外を眺める様は何となく固定観念に違和感を覚えさせていたけど、それでも俺は深くは考えていなかった。
「えっと君、小向 最中くん……だよね?」
たぶん俺はきっと、この時失敗したんだと思う。
この際ぶっちゃけてしまうと俺はあまり勉強が得意な方じゃない。やれば出来る子だと信じてるけど、昔っから勉強よりも遊びを優先する子だったから必然的に勉学は疎かだった。だからってそれは言い訳でしかないのは分かってるんだ。
俺はこの時、小向の名前を"もなか"ではなく"さいちゅう"って読んでしまっていた事に疑問など持ち合わせていなかった。
よくよく考えれば"さいちゅう"なんてヘンテコな名前、あり得る訳がない……"もなか"も大概普通じゃないけど。"もなか"を"最中"と書くなんて俺の空白だらけな脳内辞書には載っていなかった。
けど、俺が小向の名前を間違ってしまったのは変えようのない事実だった。
誰だって名前を間違えられて良い気はしない。それも『下の名前なんて読むの?』とかの疑問形ではなく、『○○だよね』との断定されれば尚更。
だけど俺はそんな事、気づいてもいなかった。だからこの後の展開など知る由もなく、ただただ自分の当たり障りのない……逆に好ましいくらいのそつない挨拶を勝手に大満足してた。
一、気の合う友をたくさん作る。
二、クラスの女子には分け隔て無く優しくする。
三、部活に入って頑張る。
……は、キャラじゃないので却下。
四、明るく振る舞え。
五、取り敢えず笑顔。
これが要領がいいと絶賛された俺の、学校生活有意義項目全五箇条。昔から無意識のうちにこれを実行していたおかげか、俺は周囲から好感を得ようと努力した事は一度もない。
将来苦労することになろうとも勉強なんて二の次三の次いやいや五箇条圏外、ガリ勉になったって楽しいスクールライフをおくれる保証などどこにもないのだ。教師に目を付けられたってなんのそので、逆にそっちのほうが何かと便利に出来る時のが多い気がしたりなんかしちゃって。
そんなわけで、コミュ力抜群の俺は進学したての高校で初めて顔を合わせたクラスメイトとも、とてもいい関係を築けている。
入学式が終わって早一週間の本日。時は二時間目と三時間目の間にある休み時間に突入していた。
「なぁなぁ哉片、数学のあれやった?」
「んープリント? ばか、俺がやってる訳ねーじゃん」
「マジかつかえね」
「お前もやってないから。はい、ブーメラン」
「あっなりくん。あたし終わってるけど見る?」
「マジ? 美保ちゃん最高」
「答え合ってるか自信ないんだけどね」
「いーよいーよ見せてくれるだけで助かりますナムナム」
「美保ずるーい! なりくんあたしもやったよー」
「俺もう美保ちゃんの見せて貰うもーん」
「えー」
「はい、どうぞ」
「ありがと、美保ちゃん女神」
「もおーなりくん口上手い」
「ーっずりぃぞ哉片! 美保ちゃん俺にも見せて!」
「美保ちゃんは俺にプリント貸したの。君は俺が一生懸命書き写した後のプリント見せて貰う為に俺を崇めてそこらへんで正座待機しとけ」
「はぁーー?! 調子のんじゃねーぞこの女好き!!
誰がてめぇなんか崇めるかっつーの!」
「あはははっうっさー」
「な、なにおぉ!?」
「やれやれ哉片! ソイツのちっさいプライドぼごぼこにしちまえ!」
そう、まさにこれ。
男友達にはバカ騒ぎを。
女の子にはフレンドリーに。
そんな余興を繰り広げる俺は入学式終わって早一週間、既にクラスの人気者…いや、クラスの中心と化していた。クラスの皆と仲良くて、いつも皆でわいわいやっている。もう毎日がお祭り騒ぎと言っても過言じゃない。
古里 哉片15歳。
俺のスクールライフはマジ順調。順調過ぎて逆に怖いくらい。そう、怖すぎるくらい順調なのに、だ。それなのに……
「バーカバーカっ!!」
目の前で悔しそうに真っ赤になる友人の顔を見てあはははと大げさに爆笑していた俺は、笑いの反動で後ろに仰け反った。その影響で前足を浮かした椅子は反動をつけて傾き、あれよあれよと言う間に後方へ引っ張られて
「うわっ!」
何かにぶつかった衝撃と共にガタンと大きな音を立てて停止する。たぶん、いや確実に、後ろにある机にぶつかってしまったようだ。
こんな事普通だったらなんて無いこと。皆仲良し子良しのクラスメイトなら『ごめーん』『いーよー』で済む話。の筈なんだけど……
(や、やっちまった!)
俺の心は今までの楽しい気分から一変、内心冷や汗だらだら状態。如何せん不幸な事に、俺の後ろの席の奴はただ唯一の例外にあたる人物で。
「あ……悪い」
ギギギっと音がしそうな程固まってしまった体にむち打ち、スローで振り返る。視界に写ったのはノートへペン先を付けたまま止まっている、規定通り制服を着こなした真面目そうな同級生の姿だった。ノートには"ゆ"からの展開で、ぐわんと揺れ動いた形跡の残る歪な丸が描かれていて。それもご丁寧に一生懸命書いたであろう前の時間の内容を記した文字の上。
……コイツ、まだ黒板の書き写し終わってなかったのかよ。最悪な条件の重なりに、絶対俺の顔ひきつってる。
けど黙ったままなんて出来る筈がなく、謝罪の言葉を述べてみた俺なわけだが。
「………………」
じっとノートに向けていた視線をのっそり上げた目の前のクラスメイト。ある程度目線が下になるソイツは上向き加減で、強ばって口端をぴくぴくさせながらも取り敢えず微笑んでみる俺に鋭い一瞥をくらわせる。
ギロリと睨まれた……ような気がする。気がするっつーのは、雰囲気だけしか感じ取れないからだ。鬱陶しい前髪とその奥にある黒縁の大きなメガネが邪魔でコイツの目はよく見えない。だから目があったっつーのも不確っちゃー不確か。だが確実に穏やかな空気じゃないのは確か。唯一見える野暮ったい見た目にしては形のいい唇が真一文字に引き固められている。
さっきまで騒いでいた周りの奴らは俺たちの雰囲気を察してか、面白い程しーんと静まりかえっていて、この不機嫌丸出しのクラスメイトと俺とのゆくえを固唾を飲んで見守っている。
すっと目線を外して無言のまま歪んだ"ゆ"のみを消しゴムで消し、書き直してる姿が凄まじい怒りの圧力を生み出していた。静かな所為かその微かな音がいやに耳に響いて、俺を物凄く責めている……ような気がする。
つか何も言わないって事は俺と会話する気はないって事。んで、俺の謝罪を聞き入れないって事。そう言う事。
「……ごめん」
完璧な拒絶を前に俺は成す術なく……というかこれしか言えなくて、再度謝罪の言葉を口にしながらずこずこと情けなくも引き下がり、後ろに振り返っていた体制を元に戻した。そして気落ちした事と周りの静けさにまたバカ騒ぎする気は起きなく、大人しく受け取った有り難いプリントを書き写す事に専念した。
俺はただ1人の人間にだけ、とても手を焼いている。それは入学式終わって間もないこの時期、名簿通りに決められた席順を維持するうちのクラスでの俺の後ろ。名簿では古里の次に名前が来る
小向 最中。
聞く限りじゃ甘ったるくて美味しそうな名前だが、当の本人は名前負けな程塩分濃い目な人物で。
俺はコイツがその…何か苦手だ。ちゃんと話した事はないけど、どうも苦手意識を持ってしまってるみたい。
けど、それにはちゃんと訳がある。最初は俺だってそんな事なかった。
遡る事一週間前。そうあれは朗らかな風に舞い踊りながら始まりを彩る桜吹雪に包まれた四月上旬の入学式当日の事だった。
新しい学校、新しい生活、そして新しい人々と新しい事尽くめのこれからに心躍らせながら校門を潜った大勢の新入生の中の一人に過ぎないこの俺。
だけど一つだけ周りと違うとしたら、俺の心の中には不安なんて微塵も存在していないという事。だって俺はこれまで人に嫌われた事など一度もないから。
なんでかって?
それは俺が素晴らしく要領のいい男だから。俺の周りにはいつも大多数の人間が寄り集まってくる。悪くない見た目……と言うか月何度か告白されるくらいは整っている顔立ちをしている事も一因であるが、最も要因であるのはやっぱりこの人好きする笑顔と性格であると自負している。これを最大限に活用しているのだから好かれすぎる事はあれど、間違っても嫌われる事なんかなくて。
そんな俺は幼稚園の頃から『なりくんはあたしと遊ぶのぉ!』『僕と遊ぶんだもん!ねっなり』と言うように男女入り乱れて俺との遊ぶ時間の取り合いをするくらい引く手数多だったんだ。
友達作りなんて得意中の大得意。怖いことなど何一つない。
そうしてワクワクする気持ちだけを抱え、俺は割り当てられたこのクラスに足を踏み入れた。
黒板にはご丁寧にフルネームと席順が書いてあり、俺の名前は2列目の前から4番目に書いてあった。か行の最後が頭文字の俺には妥当な位置だなとか思いながら黒板から視線を外し、自席だと思われる机に目を向けた俺。まだ指定の登校時間には余裕がある時間帯だった為、教室内にいる人影は疎らな状態だった。
だが、そんな中で俺の席である2列目の前から4番目な席の後ろには既に誰が着席していて。2列目の前から5番目、古里の次にくる人物。それは紛れもない、小向 最中であった。
その時の小向は俺が到着するより先に席に座り、少し距離のある窓の向こうをぼーと見つめていた。
同じ中学から来た奴らとはクラス別々になってしまったから、誰も知り合いがいなかった俺。やっぱ前後の席の奴とは仲良くしとかないと、そう思うのは仕方のない事だった。
だから俺は、颯爽と自席に向かいがてら黒板に書かれたフルネームを確認して、ソイツ……小向に話しかけたんだ。
「はじめまして、俺桜丘中から来た古里 哉片。よろしくね」
と、爽やかな笑顔プラスで俺は小向を見つめた。
きっちりと着込んだ真新しいブレザーに身を包んだ姿は短絡思考の俺には優等生か真面目くんを彷彿とさせる要素があって、見た目だけで無害な奴だと判断していて。無防備に外を眺める様は何となく固定観念に違和感を覚えさせていたけど、それでも俺は深くは考えていなかった。
「えっと君、小向 最中くん……だよね?」
たぶん俺はきっと、この時失敗したんだと思う。
この際ぶっちゃけてしまうと俺はあまり勉強が得意な方じゃない。やれば出来る子だと信じてるけど、昔っから勉強よりも遊びを優先する子だったから必然的に勉学は疎かだった。だからってそれは言い訳でしかないのは分かってるんだ。
俺はこの時、小向の名前を"もなか"ではなく"さいちゅう"って読んでしまっていた事に疑問など持ち合わせていなかった。
よくよく考えれば"さいちゅう"なんてヘンテコな名前、あり得る訳がない……"もなか"も大概普通じゃないけど。"もなか"を"最中"と書くなんて俺の空白だらけな脳内辞書には載っていなかった。
けど、俺が小向の名前を間違ってしまったのは変えようのない事実だった。
誰だって名前を間違えられて良い気はしない。それも『下の名前なんて読むの?』とかの疑問形ではなく、『○○だよね』との断定されれば尚更。
だけど俺はそんな事、気づいてもいなかった。だからこの後の展開など知る由もなく、ただただ自分の当たり障りのない……逆に好ましいくらいのそつない挨拶を勝手に大満足してた。
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