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第三章 親友との企てられた再会
13.ノアの小さな願い
あぁ……交渉決裂になってしまった。
やはり戦争は避けられないか。
決められていた未来だとしても、どうにかしたいと思って、臨んだんだけどな。
しかしもう、再侵攻が確定してしまった。
準備をしておくと良いという、アルトリウスの言葉。
こうなればもう、帝国との戦争への準備を、するしかない。
「……なんで」
「ん?」
ぽつりと、声が零れ落ちる。
それは、ノアの声だった。
聞いたこともないくらいの、弱々しい声。
「なんで、ルベド王統を見捨てなかったんだ。見捨てれば、王国は無事だったかもしれないのに」
「ノア……」
「お前は、王国の王子だろ。周辺諸国が帝国の次の狙いになったとしても、王国を守る選択を、取るべきだった」
なのに、どうして。
そう疑問を呈するノア。
確かに、そうかもしれない。
ここで王国がルベド王統から手を引けば、少なくとも王国は帝国に侵攻される理由がなくなる。
帝国が他の国を狙いに行ったとしても、それはもう王国が直接手を下されるわけではない。
王国を守るための最善は、きっとノアの言うとおりだった。
でも。
「ノア。さっきも言っただろ」
「……?」
「これは、――人を、人として扱うかどうかの話だ、って」
ヒュッ、と、ノアが息を呑む。
そう、これは、ルベド王統を、どう扱うかの話。
「兵器だとか、よく分かんねぇ力がある一族だとか、そういう大雑把な括りの話じゃない」
「……レオン」
「ルベド王統も、一族の民、一人ひとりが存在している、人の集団だ」
だから。
「俺は、エルド王国は、その一人ひとりが、尊重され、守られるべきだと思っている」
「……っ」
「そもそも外野がどうのこうのいう話ですらない。ルベド王統は関係なく、きっと帝国は王国をいつか攻めていただろ」
だから、と俺はノアに笑う。
「お前は気にしなくて良い、ノア」
「なんで……」
「よく知らねぇけど、お前、ルベド王統に何か思い入れがあるんじゃないか?」
今日のこの様子だけでも分かる。
それに。
「お前の血統魔法史のレポート、公的文書が少ない中であの完成度。相当思い入れがないと書けねぇよ」
あのレポート、勉強になったよ、ノア。
ようやく、感謝を伝えられた。
あれのおかげで、この場に立っていられるのだ。
そう言われたノアは。
泣きそうな顔を、していた。
「レオン」
「ん?」
「レオン……レオン……っ」
俺の名を何回も呼んで、ノアは片手で顔を抑える。
俺は、その続きを、静かに待つ。
「……願いを、聞いてほしい」
「なんだ?」
「……お前を、抱き締めさせてほしい」
少しで、良いから。
こんなことを言える立場じゃないのは、分かってるけど。
小さな、小さな、ノアの願い。
俺は。
「いつでもどうぞ?」
ん、と、両腕を広げた。
ノアは目を細めて、そんな俺の腕の中へと入ってきた。
「……、っ」
俺の胸に顔を埋め、その両腕が俺の背に回る。
俺はそんなノアの身体を、包み込むように抱き締めた。
縋りつくように、ノアは俺の背を搔き抱く。
俺は、ノアの髪に、顔を埋める。
「……ノア、ノア」
「……」
「親愛なるノア。俺の、唯一無二の、大事な親友」
その呼び声に、ノアは胸の中で顔を上げる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
赤褐色の瞳が、揺れていた。
「ようやく返せた、レポートの、手紙の返事」
「あれ、は……」
「『親愛なるレオンへ』――ちゃんと受け取ったぞ、ノア」
ノアの額へ、唇を落とす。
ノアは、拒まない。
涙はないのに、揺れる瞳。
瞼へも、唇を落とす。
これが、親友としての行動なのか。
そんなこと、考える余裕も、なかった。
「ノア……」
「……っ」
首筋に、唇を当てる。
強く吸うと、痕が残った。
鬱血痕。
唇を、そっと離す。
俺の親友は、こんなに小さかっただろうか。
訓練所で俺に勝ち続け。
勉強では、俺は教わる日々。
憧れていた、ずっと。
お前と対等になりたいと。
追いかけていたのは、俺だったんだ。
「レオン……俺を、許さないでくれ」
「ノア……」
「騙されたと。許せないと。恨んでほしい。そうでもないと……」
そうでもないと、お前ともう、繋がれない。
そう懺悔をするかのように告げるノアに、俺は苦笑する。
「そんな馬鹿なこと言う口、塞ぎたくなるから止めろ」
「……塞ぐか?」
「塞がねぇよ馬鹿」
ノアに一瞬の落胆の色が見えた。
しかし俺はノアの唇を、つ、と指でなぞる。
「もっと違う時に、違う場所で、違う気持ちで、お前に触れたい」
「……レオ、ン」
「もしいつか、そんな時が来たら、許してくれるか? ノア」
この感情がなんなのか、分からない。
いつからこうだったのかも、分からない。
でももう、止められないんだ。
今の、帝国が王国への侵攻を確定した状況で、そんな懇願。
そんな未来は来ないと、お互い分かっているけれど。
ノアがようやく、笑った。
「もちろん、お前は俺の、親友だから」
「それは良かったよ」
「でも――」
ノアが俺の口元を、手で覆った。
そして。
ノアの唇が、そっと触れる。
俺の唇を隔てる、ノア自身の手に。
ちゅっ…という小さなリップ音。
長い睫毛が、俺の頬に触れそうで。
その音と共に、ノアの顔が離れていく。
「俺は今したいけど、これで譲歩しておくよ」
「っ、お、前……我慢してる俺に向かってその所業かよ!」
「許してくれよ、親友だろ?」
軽口を叩きながら、ノアの身体が俺から離れる。
腕の中の熱が、消えた。
「レオン、俺が見送る。安全に、お前を王国へ送り届ける」
「ノア」
「嘘じゃない」
「疑ってねぇよ」
部屋を出て、ノアは俺の隣を歩く。
その姿は紛れもなく、第二皇子のもの。
王国の使節団へと送り届けられた俺は、艦に乗る。
その窓から、俺はノアを見た。
ノアはあの時と変わらず、笑っていた。
じゃあな、という、口の動き。
親友として会えるのは、これが最後だと、分かっていた。
ノア、ノア。
俺の親友、大事なノア。
次に会うのは戦場で。
どちらかが、どちらかを、殺すだろう。
「……ッノア……」
歯を喰いしばる。
何故、俺は王国の第一王子で。
アイツは、帝国の第二皇子なんだ。
ただの学生じゃ、駄目だったのか。
どうして。
答えのない自問自答。
それでも俺は、そうせざるを得なかったのだ。
やはり戦争は避けられないか。
決められていた未来だとしても、どうにかしたいと思って、臨んだんだけどな。
しかしもう、再侵攻が確定してしまった。
準備をしておくと良いという、アルトリウスの言葉。
こうなればもう、帝国との戦争への準備を、するしかない。
「……なんで」
「ん?」
ぽつりと、声が零れ落ちる。
それは、ノアの声だった。
聞いたこともないくらいの、弱々しい声。
「なんで、ルベド王統を見捨てなかったんだ。見捨てれば、王国は無事だったかもしれないのに」
「ノア……」
「お前は、王国の王子だろ。周辺諸国が帝国の次の狙いになったとしても、王国を守る選択を、取るべきだった」
なのに、どうして。
そう疑問を呈するノア。
確かに、そうかもしれない。
ここで王国がルベド王統から手を引けば、少なくとも王国は帝国に侵攻される理由がなくなる。
帝国が他の国を狙いに行ったとしても、それはもう王国が直接手を下されるわけではない。
王国を守るための最善は、きっとノアの言うとおりだった。
でも。
「ノア。さっきも言っただろ」
「……?」
「これは、――人を、人として扱うかどうかの話だ、って」
ヒュッ、と、ノアが息を呑む。
そう、これは、ルベド王統を、どう扱うかの話。
「兵器だとか、よく分かんねぇ力がある一族だとか、そういう大雑把な括りの話じゃない」
「……レオン」
「ルベド王統も、一族の民、一人ひとりが存在している、人の集団だ」
だから。
「俺は、エルド王国は、その一人ひとりが、尊重され、守られるべきだと思っている」
「……っ」
「そもそも外野がどうのこうのいう話ですらない。ルベド王統は関係なく、きっと帝国は王国をいつか攻めていただろ」
だから、と俺はノアに笑う。
「お前は気にしなくて良い、ノア」
「なんで……」
「よく知らねぇけど、お前、ルベド王統に何か思い入れがあるんじゃないか?」
今日のこの様子だけでも分かる。
それに。
「お前の血統魔法史のレポート、公的文書が少ない中であの完成度。相当思い入れがないと書けねぇよ」
あのレポート、勉強になったよ、ノア。
ようやく、感謝を伝えられた。
あれのおかげで、この場に立っていられるのだ。
そう言われたノアは。
泣きそうな顔を、していた。
「レオン」
「ん?」
「レオン……レオン……っ」
俺の名を何回も呼んで、ノアは片手で顔を抑える。
俺は、その続きを、静かに待つ。
「……願いを、聞いてほしい」
「なんだ?」
「……お前を、抱き締めさせてほしい」
少しで、良いから。
こんなことを言える立場じゃないのは、分かってるけど。
小さな、小さな、ノアの願い。
俺は。
「いつでもどうぞ?」
ん、と、両腕を広げた。
ノアは目を細めて、そんな俺の腕の中へと入ってきた。
「……、っ」
俺の胸に顔を埋め、その両腕が俺の背に回る。
俺はそんなノアの身体を、包み込むように抱き締めた。
縋りつくように、ノアは俺の背を搔き抱く。
俺は、ノアの髪に、顔を埋める。
「……ノア、ノア」
「……」
「親愛なるノア。俺の、唯一無二の、大事な親友」
その呼び声に、ノアは胸の中で顔を上げる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
赤褐色の瞳が、揺れていた。
「ようやく返せた、レポートの、手紙の返事」
「あれ、は……」
「『親愛なるレオンへ』――ちゃんと受け取ったぞ、ノア」
ノアの額へ、唇を落とす。
ノアは、拒まない。
涙はないのに、揺れる瞳。
瞼へも、唇を落とす。
これが、親友としての行動なのか。
そんなこと、考える余裕も、なかった。
「ノア……」
「……っ」
首筋に、唇を当てる。
強く吸うと、痕が残った。
鬱血痕。
唇を、そっと離す。
俺の親友は、こんなに小さかっただろうか。
訓練所で俺に勝ち続け。
勉強では、俺は教わる日々。
憧れていた、ずっと。
お前と対等になりたいと。
追いかけていたのは、俺だったんだ。
「レオン……俺を、許さないでくれ」
「ノア……」
「騙されたと。許せないと。恨んでほしい。そうでもないと……」
そうでもないと、お前ともう、繋がれない。
そう懺悔をするかのように告げるノアに、俺は苦笑する。
「そんな馬鹿なこと言う口、塞ぎたくなるから止めろ」
「……塞ぐか?」
「塞がねぇよ馬鹿」
ノアに一瞬の落胆の色が見えた。
しかし俺はノアの唇を、つ、と指でなぞる。
「もっと違う時に、違う場所で、違う気持ちで、お前に触れたい」
「……レオ、ン」
「もしいつか、そんな時が来たら、許してくれるか? ノア」
この感情がなんなのか、分からない。
いつからこうだったのかも、分からない。
でももう、止められないんだ。
今の、帝国が王国への侵攻を確定した状況で、そんな懇願。
そんな未来は来ないと、お互い分かっているけれど。
ノアがようやく、笑った。
「もちろん、お前は俺の、親友だから」
「それは良かったよ」
「でも――」
ノアが俺の口元を、手で覆った。
そして。
ノアの唇が、そっと触れる。
俺の唇を隔てる、ノア自身の手に。
ちゅっ…という小さなリップ音。
長い睫毛が、俺の頬に触れそうで。
その音と共に、ノアの顔が離れていく。
「俺は今したいけど、これで譲歩しておくよ」
「っ、お、前……我慢してる俺に向かってその所業かよ!」
「許してくれよ、親友だろ?」
軽口を叩きながら、ノアの身体が俺から離れる。
腕の中の熱が、消えた。
「レオン、俺が見送る。安全に、お前を王国へ送り届ける」
「ノア」
「嘘じゃない」
「疑ってねぇよ」
部屋を出て、ノアは俺の隣を歩く。
その姿は紛れもなく、第二皇子のもの。
王国の使節団へと送り届けられた俺は、艦に乗る。
その窓から、俺はノアを見た。
ノアはあの時と変わらず、笑っていた。
じゃあな、という、口の動き。
親友として会えるのは、これが最後だと、分かっていた。
ノア、ノア。
俺の親友、大事なノア。
次に会うのは戦場で。
どちらかが、どちらかを、殺すだろう。
「……ッノア……」
歯を喰いしばる。
何故、俺は王国の第一王子で。
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どうして。
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