【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎

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幕間

15.魔力波長の揺らぎ

***

「――魔力波長の、乱れ?」


報告書から顔を上げ、アルトリウスは低く問い返した。


「はい。ここ最近、頻繁に観測されています」
「結界位相のズレも、同時に」
「占術部からは……未来予測が、成立しないと」


淡々と並べられる言葉。
しかし、その内容は一つとして軽くない。


「成立しない、というのは」
「”空白”です。枝先が、白く塗りつぶされたように」


未来視において、それは異常中の異常だった。
可能性の分岐は常に存在する。
しかし、何も見えない枝は、本来有り得ない。


「……のいる枝先だけ、か」


アルトリウスは小さく息を吐く。

彼女が何かをしようとしている? いや、違う。
彼女は自分の行動が周囲に与える影響を、理解している。
だからこそ、無闇に動かない。


「ノアが、何か?」


その可能性も即座に切り捨てる。
ノアは、彼女の居場所を知らない。
生死すら、教えていない。だが。


「……それでも生きていることは、分かっているだろうね」


どんな結界でも断てない繋がりが、彼らには。


「……力が、暴走しつつある、のか?」


その仮説だけが、残った。
長期間、同族のいない環境、精神的な負荷。
揺らぎが生じていても、不思議でない。


「……如何する、アルトリウス」


敬称のない呼び方。
皇帝が、王座からこちらを見下ろしていた。
アルトリウスは一礼する。


「ノアを一目見せるだけで改善する可能性があります」
「しかしそれは、危険ではないのか」
「直接会わせる必要はありません」


アルトリウスは天を指差した。


「例えば遥か上空から、戦場で」
「……エルド王国との戦場に、連れて行くと?」
「こちらの制空権内です。結界も万全に張る」


その時、ノアは。


「エルド王国を蹂躙している最中。彼は何も、出来やしない」


沈黙。
皇帝はしばし考え、やがて頷いた。


「相分かった、許可しよう」
「では、そのように」
「彼女を手放す未来へのリスクを考えれば、妥当か」


皇帝は、重たく続けた。


「決して手放すな。あやつはお前の――」
「分かっています」


アルトリウスは踵を返す。
彼女も自分も。
帝国を存続させるための、機構だ。

それで良い。
それが、帝国第一皇子の役割なのだから。


――なのに。


赤褐色の瞳が、ふと脳裏をよぎる。
剣を振るう時も、書を読む時も。
寝台で、赤みがかった黒髪を散らし、生理的な雫を溜めている時でさえ。


あいつは一度も名を呼ばない。
アルトリウス、と。
あいつはただ、兄上、とだけ。


「……ふん」


夜だけでも名を呼べば、もう少し――。
そう言いかけた自分に気付き、アルトリウスは口元を覆った。
眉間に、深い皺が寄っている。


「……くだらない、合理的じゃない」


ノアは、帝国を、自分の関係を安定させるための一時しのぎの道具でしかない。
そう、理解しているはずなのに。

アルトリウスは回廊を足早に歩きだす。
その歩みは、どこか苛立ちを誤魔化すようだった。


その姿を回廊の影から。
規律正しい沈黙のまま見ていた人物が一人いたことを、誰も気付くことは、なかった。
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