17 / 28
幕間
15.魔力波長の揺らぎ
***
「――魔力波長の、乱れ?」
報告書から顔を上げ、アルトリウスは低く問い返した。
「はい。ここ最近、頻繁に観測されています」
「結界位相のズレも、同時に」
「占術部からは……未来予測が、成立しないと」
淡々と並べられる言葉。
しかし、その内容は一つとして軽くない。
「成立しない、というのは」
「”空白”です。枝先が、白く塗りつぶされたように」
未来視において、それは異常中の異常だった。
可能性の分岐は常に存在する。
しかし、何も見えない枝は、本来有り得ない。
「……彼女のいる枝先だけ、か」
アルトリウスは小さく息を吐く。
彼女が何かをしようとしている? いや、違う。
彼女は自分の行動が周囲に与える影響を、理解している。
だからこそ、無闇に動かない。
「ノアが、何か?」
その可能性も即座に切り捨てる。
ノアは、彼女の居場所を知らない。
生死すら、教えていない。だが。
「……それでも生きていることは、分かっているだろうね」
どんな結界でも断てない繋がりが、彼らには。
「……力が、暴走しつつある、のか?」
その仮説だけが、残った。
長期間、同族のいない環境、精神的な負荷。
揺らぎが生じていても、不思議でない。
「……如何する、アルトリウス」
敬称のない呼び方。
皇帝が、王座からこちらを見下ろしていた。
アルトリウスは一礼する。
「ノアを一目見せるだけで改善する可能性があります」
「しかしそれは、危険ではないのか」
「直接会わせる必要はありません」
アルトリウスは天を指差した。
「例えば遥か上空から、戦場で」
「……エルド王国との戦場に、連れて行くと?」
「こちらの制空権内です。結界も万全に張る」
その時、ノアは。
「エルド王国を蹂躙している最中。彼は何も、出来やしない」
沈黙。
皇帝はしばし考え、やがて頷いた。
「相分かった、許可しよう」
「では、そのように」
「彼女を手放す未来へのリスクを考えれば、妥当か」
皇帝は、重たく続けた。
「決して手放すな。あやつはお前の――」
「分かっています」
アルトリウスは踵を返す。
彼女も自分も。
帝国を存続させるための、機構だ。
それで良い。
それが、帝国第一皇子の役割なのだから。
――なのに。
赤褐色の瞳が、ふと脳裏をよぎる。
剣を振るう時も、書を読む時も。
寝台で、赤みがかった黒髪を散らし、生理的な雫を溜めている時でさえ。
あいつは一度も名を呼ばない。
アルトリウス、と。
あいつはただ、兄上、とだけ。
「……ふん」
夜だけでも名を呼べば、もう少し――。
そう言いかけた自分に気付き、アルトリウスは口元を覆った。
眉間に、深い皺が寄っている。
「……くだらない、合理的じゃない」
ノアは、帝国を、自分の関係を安定させるための一時しのぎの道具でしかない。
そう、理解しているはずなのに。
アルトリウスは回廊を足早に歩きだす。
その歩みは、どこか苛立ちを誤魔化すようだった。
その姿を回廊の影から。
規律正しい沈黙のまま見ていた人物が一人いたことを、誰も気付くことは、なかった。
「――魔力波長の、乱れ?」
報告書から顔を上げ、アルトリウスは低く問い返した。
「はい。ここ最近、頻繁に観測されています」
「結界位相のズレも、同時に」
「占術部からは……未来予測が、成立しないと」
淡々と並べられる言葉。
しかし、その内容は一つとして軽くない。
「成立しない、というのは」
「”空白”です。枝先が、白く塗りつぶされたように」
未来視において、それは異常中の異常だった。
可能性の分岐は常に存在する。
しかし、何も見えない枝は、本来有り得ない。
「……彼女のいる枝先だけ、か」
アルトリウスは小さく息を吐く。
彼女が何かをしようとしている? いや、違う。
彼女は自分の行動が周囲に与える影響を、理解している。
だからこそ、無闇に動かない。
「ノアが、何か?」
その可能性も即座に切り捨てる。
ノアは、彼女の居場所を知らない。
生死すら、教えていない。だが。
「……それでも生きていることは、分かっているだろうね」
どんな結界でも断てない繋がりが、彼らには。
「……力が、暴走しつつある、のか?」
その仮説だけが、残った。
長期間、同族のいない環境、精神的な負荷。
揺らぎが生じていても、不思議でない。
「……如何する、アルトリウス」
敬称のない呼び方。
皇帝が、王座からこちらを見下ろしていた。
アルトリウスは一礼する。
「ノアを一目見せるだけで改善する可能性があります」
「しかしそれは、危険ではないのか」
「直接会わせる必要はありません」
アルトリウスは天を指差した。
「例えば遥か上空から、戦場で」
「……エルド王国との戦場に、連れて行くと?」
「こちらの制空権内です。結界も万全に張る」
その時、ノアは。
「エルド王国を蹂躙している最中。彼は何も、出来やしない」
沈黙。
皇帝はしばし考え、やがて頷いた。
「相分かった、許可しよう」
「では、そのように」
「彼女を手放す未来へのリスクを考えれば、妥当か」
皇帝は、重たく続けた。
「決して手放すな。あやつはお前の――」
「分かっています」
アルトリウスは踵を返す。
彼女も自分も。
帝国を存続させるための、機構だ。
それで良い。
それが、帝国第一皇子の役割なのだから。
――なのに。
赤褐色の瞳が、ふと脳裏をよぎる。
剣を振るう時も、書を読む時も。
寝台で、赤みがかった黒髪を散らし、生理的な雫を溜めている時でさえ。
あいつは一度も名を呼ばない。
アルトリウス、と。
あいつはただ、兄上、とだけ。
「……ふん」
夜だけでも名を呼べば、もう少し――。
そう言いかけた自分に気付き、アルトリウスは口元を覆った。
眉間に、深い皺が寄っている。
「……くだらない、合理的じゃない」
ノアは、帝国を、自分の関係を安定させるための一時しのぎの道具でしかない。
そう、理解しているはずなのに。
アルトリウスは回廊を足早に歩きだす。
その歩みは、どこか苛立ちを誤魔化すようだった。
その姿を回廊の影から。
規律正しい沈黙のまま見ていた人物が一人いたことを、誰も気付くことは、なかった。
あなたにおすすめの小説
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった
花魁童子
BL
配信者である主人公の浅葱は、推しの告白現場に居合わせてしまった。そしてそれと同時に推しには好きな人が⁉ それを知ってしまって、推しとまさかの付き合うことになってしまう。偽りの恋人だけどなぜか嬉しく感じる。高校生活を送っていくうちに芽生える思い‼ 二人の気持ちはどうなるのか⁉
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!
村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!?
前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います!
って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!?
※たまに更新が遅れると思います。
※変更する可能性もあります
※blです ざまぁもあると思う…!
※文章力は大目に見てください
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください