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第四章 親友と剣を交わす日
16.帰還と開戦
エルド王国へ帰還した日、空は不自然なほど澄んでいた。
雲一つない青が広がり、まるで何も起こらないかのような顔をしている。
それはまるで、現実味のない世界のようで。
王都正門をくぐった瞬間から、空気が変わる。
街は静かだが、平時のそれではない。
人々は声を潜め、行き交う兵の数は明らかに増えていた。
誰もが察している。
帝国との交渉が、決裂したのだと。
城へ向かう回廊を進む中、俺は一度も足を止めなかった。
足取りは速く、しかし乱れてはいない。
王国第一王子としての仮面が、自然と顔に貼り付く。
王座の間には、すでに主要な重臣と将軍たちが揃っていた。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
「――報告いたします」
俺の声に、全員の視線が集まる。
期待も、希望もない。
ただ結果を受け取るための目。
「帝国との交渉は、決裂しました」
ざわめきは起きない。
「帝国第一皇子アルトリウスは、王国を敵と見做すことを宣言。近く、再侵攻が行われる見込みです」
短く、簡潔に。
余計な感情は削ぎ落した。
「――以上です」
沈黙。
しかしそれは、すぐに動きへと変わった。
「――全軍、即時戦時体制へ移行!」
「結界出力、最大値へ変更」
「魔導師団は、詠唱短縮術式を優先展開せよ!」
「補給線の再確認を――……!」
次々に飛び交う命令。
王国は、迷わなかった。
俺は王座の脇に立ち、その光景を見詰めていた。
これが、自分の国だ。
守る場所だ。
守る、信念だ。
そして、脳裏に過ぎるのは、赤褐色の瞳。
ノア。
あの別れ際の笑顔を思い出し、胸の奥が鈍く軋む。
次に会う時は戦場だと、分かっていた。
分かっていても、それでも。
それでもまだ、共に生きたいと、思ってしまう。
「……帝国は、どうであった」
王座に座す父が、俺に問う。
俺は前を見ながら答える。
「ルベド王統の兵器化を、宣言しました」
「やはり……それが狙いか」
一つの沈黙。
そして王は、続けた。
「……お前は、戦えるか」
「はい」
「彼の者を、殺せるか」
息を、詰まらせる。
ここは王子として、即答しなければならなかったのに。
父はそんな俺を、横目で見る。
そして静かに告げた。
「お前はそれで、良いのかもしれぬ」
「……え……」
「諦めるな、レオン。最後まで。お前はお前の思う、王となれ」
そう言って、父は口を開くことはなかった。
じわじわと、その言葉が沁みていく。
俺は俺が思う、王に。
ぐ、と、俺は誰に気付かれることなく、拳を握った。
準備は、早かった。
それだけ王国は、この日を想定してきたのだ。
城外では兵が整列し、魔道装置が起動され、空を覆う結界が淡く光り始める。
王都全体が、一つの巨大な戦場へと変貌していく。
そして。
それは、突然だった。
――――ゴォォォ……
低く、腹の底を揺らすような音。
遠雷にも似た、不穏な振動。
誰かが、息を呑む。
「……来た」
俺は、ゆっくりと空を見上げた。
雲一つない青空の向こう。
その上から、確実に近付いてくる異物の気配。
帝国艦隊。
空が、割れた。
正確には、そう錯覚するほどの異物感だった。
澄み切っていた青の中に、黒い影が滲むように現れる。
「……艦影、確認!!」
見張りの声が、張り裂けるように響いた。
幾重にも重なる魔導戦艦が、隊列を崩さぬまま王都上空へと滑り込んでくる。
船体を覆う重厚な装甲、その随所に刻まれた帝国紋章。
ただ存在するだけで、圧迫感を与える威容だった。
「全軍、迎撃態勢!」
号令と同時に、王国側の結界が一段階明度を上げる。
淡い光が幾何学的に重なり、空と地を隔てた。
次の瞬間。
轟音。
帝国艦から放たれた魔道砲が、空気を引き裂いて飛来する。
王国結界に直撃し、光が弾けた。
「第一結界、耐えています!」
「魔導師団、反撃開始!」
王国側も黙ってはいない。
詠唱短縮を施された攻撃魔法が、矢の雨のように空へ放たれる。
空中で炸裂する、光と炎。
衝撃波が、地上にまで届く。
戦争だ、と。
誰もが理解した瞬間だった。
地上では歩兵と騎士団が布陣を完成させ、飛来する帝国兵を迎え撃つ。
魔法と剣が交錯し、悲鳴と怒号が入り混じる。
「押し返せ! 王都を下げるな!」
「治療班、負傷兵を即時治癒せよ!」
混戦。
しかし、戦況は拮抗していた。
帝国は数と火力で押す。
王国は地の利と連携で耐える。
五分。
どちらにも、決定打はない。
俺は前線指揮に立ち、戦場全体を見渡していた。
剣はまだ抜かない。
王子として、まず全体を把握する。
「……妙だ」
胸の奥に、微かな違和感が引っ掛かる。
帝国の動きが、どこか抑制されているように見える。
本気で王都を焼き払うなら、もっと苛烈な攻撃が来るはずだ。
それなのに。
「……何かを、待っている?」
その答えは、ほどなく示された。
帝国艦隊の中央。
ひときわ大きな旗艦の底部が、静かに開く。
「――降下物、確認!!」
誰かの叫び。
次の瞬間。
一点の影が、空から切り落とされた。
人影だ。
魔力の尾を引きながら、真っ直ぐに地上へと落ちてくる。
落下、ではない。
制御された、降下。
「馬鹿な、あの高度から……ッ!?」
常識的な人間なら、肉塊になる速度。
しかしその影は、迷いなく真下へ。
俺の心臓が、嫌な音を立てる。
理由は分からない。
だが、確信だけがあった。
来る。
影は、戦場の中央へ。
――――ダァァァアンッッ!!
大地が、爆ぜた。
土煙が舞い上がり、衝撃波が周囲の兵を吹き飛ばす。
数瞬遅れて、耳鳴り。
煙の向こうに、一人の男が立っていた。
黒衣、軽装。
剣を携え、その姿はあまりにも見慣れたもので。
「……っ」
俺は無意識に、一歩を踏み出していた。
赤褐色の瞳が、こちらを捉える。
戦場の喧騒が、一瞬遠退いた気がした。
――ノア。
帝国の第二皇子が、戦地に降り立った。
雲一つない青が広がり、まるで何も起こらないかのような顔をしている。
それはまるで、現実味のない世界のようで。
王都正門をくぐった瞬間から、空気が変わる。
街は静かだが、平時のそれではない。
人々は声を潜め、行き交う兵の数は明らかに増えていた。
誰もが察している。
帝国との交渉が、決裂したのだと。
城へ向かう回廊を進む中、俺は一度も足を止めなかった。
足取りは速く、しかし乱れてはいない。
王国第一王子としての仮面が、自然と顔に貼り付く。
王座の間には、すでに主要な重臣と将軍たちが揃っていた。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
「――報告いたします」
俺の声に、全員の視線が集まる。
期待も、希望もない。
ただ結果を受け取るための目。
「帝国との交渉は、決裂しました」
ざわめきは起きない。
「帝国第一皇子アルトリウスは、王国を敵と見做すことを宣言。近く、再侵攻が行われる見込みです」
短く、簡潔に。
余計な感情は削ぎ落した。
「――以上です」
沈黙。
しかしそれは、すぐに動きへと変わった。
「――全軍、即時戦時体制へ移行!」
「結界出力、最大値へ変更」
「魔導師団は、詠唱短縮術式を優先展開せよ!」
「補給線の再確認を――……!」
次々に飛び交う命令。
王国は、迷わなかった。
俺は王座の脇に立ち、その光景を見詰めていた。
これが、自分の国だ。
守る場所だ。
守る、信念だ。
そして、脳裏に過ぎるのは、赤褐色の瞳。
ノア。
あの別れ際の笑顔を思い出し、胸の奥が鈍く軋む。
次に会う時は戦場だと、分かっていた。
分かっていても、それでも。
それでもまだ、共に生きたいと、思ってしまう。
「……帝国は、どうであった」
王座に座す父が、俺に問う。
俺は前を見ながら答える。
「ルベド王統の兵器化を、宣言しました」
「やはり……それが狙いか」
一つの沈黙。
そして王は、続けた。
「……お前は、戦えるか」
「はい」
「彼の者を、殺せるか」
息を、詰まらせる。
ここは王子として、即答しなければならなかったのに。
父はそんな俺を、横目で見る。
そして静かに告げた。
「お前はそれで、良いのかもしれぬ」
「……え……」
「諦めるな、レオン。最後まで。お前はお前の思う、王となれ」
そう言って、父は口を開くことはなかった。
じわじわと、その言葉が沁みていく。
俺は俺が思う、王に。
ぐ、と、俺は誰に気付かれることなく、拳を握った。
準備は、早かった。
それだけ王国は、この日を想定してきたのだ。
城外では兵が整列し、魔道装置が起動され、空を覆う結界が淡く光り始める。
王都全体が、一つの巨大な戦場へと変貌していく。
そして。
それは、突然だった。
――――ゴォォォ……
低く、腹の底を揺らすような音。
遠雷にも似た、不穏な振動。
誰かが、息を呑む。
「……来た」
俺は、ゆっくりと空を見上げた。
雲一つない青空の向こう。
その上から、確実に近付いてくる異物の気配。
帝国艦隊。
空が、割れた。
正確には、そう錯覚するほどの異物感だった。
澄み切っていた青の中に、黒い影が滲むように現れる。
「……艦影、確認!!」
見張りの声が、張り裂けるように響いた。
幾重にも重なる魔導戦艦が、隊列を崩さぬまま王都上空へと滑り込んでくる。
船体を覆う重厚な装甲、その随所に刻まれた帝国紋章。
ただ存在するだけで、圧迫感を与える威容だった。
「全軍、迎撃態勢!」
号令と同時に、王国側の結界が一段階明度を上げる。
淡い光が幾何学的に重なり、空と地を隔てた。
次の瞬間。
轟音。
帝国艦から放たれた魔道砲が、空気を引き裂いて飛来する。
王国結界に直撃し、光が弾けた。
「第一結界、耐えています!」
「魔導師団、反撃開始!」
王国側も黙ってはいない。
詠唱短縮を施された攻撃魔法が、矢の雨のように空へ放たれる。
空中で炸裂する、光と炎。
衝撃波が、地上にまで届く。
戦争だ、と。
誰もが理解した瞬間だった。
地上では歩兵と騎士団が布陣を完成させ、飛来する帝国兵を迎え撃つ。
魔法と剣が交錯し、悲鳴と怒号が入り混じる。
「押し返せ! 王都を下げるな!」
「治療班、負傷兵を即時治癒せよ!」
混戦。
しかし、戦況は拮抗していた。
帝国は数と火力で押す。
王国は地の利と連携で耐える。
五分。
どちらにも、決定打はない。
俺は前線指揮に立ち、戦場全体を見渡していた。
剣はまだ抜かない。
王子として、まず全体を把握する。
「……妙だ」
胸の奥に、微かな違和感が引っ掛かる。
帝国の動きが、どこか抑制されているように見える。
本気で王都を焼き払うなら、もっと苛烈な攻撃が来るはずだ。
それなのに。
「……何かを、待っている?」
その答えは、ほどなく示された。
帝国艦隊の中央。
ひときわ大きな旗艦の底部が、静かに開く。
「――降下物、確認!!」
誰かの叫び。
次の瞬間。
一点の影が、空から切り落とされた。
人影だ。
魔力の尾を引きながら、真っ直ぐに地上へと落ちてくる。
落下、ではない。
制御された、降下。
「馬鹿な、あの高度から……ッ!?」
常識的な人間なら、肉塊になる速度。
しかしその影は、迷いなく真下へ。
俺の心臓が、嫌な音を立てる。
理由は分からない。
だが、確信だけがあった。
来る。
影は、戦場の中央へ。
――――ダァァァアンッッ!!
大地が、爆ぜた。
土煙が舞い上がり、衝撃波が周囲の兵を吹き飛ばす。
数瞬遅れて、耳鳴り。
煙の向こうに、一人の男が立っていた。
黒衣、軽装。
剣を携え、その姿はあまりにも見慣れたもので。
「……っ」
俺は無意識に、一歩を踏み出していた。
赤褐色の瞳が、こちらを捉える。
戦場の喧騒が、一瞬遠退いた気がした。
――ノア。
帝国の第二皇子が、戦地に降り立った。
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