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第四章 親友と剣を交わす日
19.最後の訓練
静かだった。
ほんの一瞬、戦場の喧騒が嘘のように遠退いた。
ノアは、まだ上空を見ている。
剣を下げたまま、帝国のその艦隊を見上げていた。
「……ノア?」
返事はない。
だが、その背中から感じる気配が変わった。
先ほどまでの、どこか諦めた、全てを切り捨てるような冷たさではなかった。
覚悟、だ。
全てを、切り捨てるものではない。
全てを、置いていく、覚悟。
駄目だ、と。
心の中で何かが叫ぶ。
しかし喉に詰まって声が出ない。
ノアは、ゆっくりと視線を下ろした。
俺を見る。
その顔は。
「……これで最後にしよう、レオン」
なんで。
なんでそんな、穏やかな表情を、してるんだよ。
なんで。
”親友”の顔で、笑うんだ。
「何、を――」
「『じゃあ、早速始めるか。息を整える時間をやっても良いがどうする、殿下?』」
ヒュッ、と息が引き攣る。
それは。
武技大会の前の、訓練所に少し遅れてきた俺に、ノアが。
お前が、俺に言った台詞。
「……い、『息を、整えるまでもなく、勝ってやる、よ』」
「いくぞ、レオン!」
ノアが一歩踏み込み剣を振るう。
刹那、俺は体をひねり、剣を受け止める。
だが衝撃が手首に走る。
筋肉が痺れるほどの、力。
なんなんだよ、なんなんだよ、なんだよこれ!!
俺の息が嫌に上がってくる。
だがノアの剣先は、まるで炎のように柔軟に動き捉えどころがなく、攻撃の隙を一切与えない。
華々しい技はない。
ただ最短で最適な角度とタイミングで叩き込まれる。
一合、二合、三合と、剣のぶつかり合う音が、戦場に響いた。
ノアが間合いを詰め、また離す。
俺が踏み込めば、必ず先に剣を交わされる。
俺の剣先を弾き、ノアが半歩踏み込んだ。
咄嗟に防ぐ。
あの時とは違って、剣は落とさない。
ノアの剣先がそっと離れた。
「『いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ』」
それは、武技大会決勝戦で、俺と戦う前に言った台詞。
――剣が、ぶつかる。
金属音が戦場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
他者の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「『動きが固いぞレオン、緊張してるのか?』」
「――いったい、どういうつもりなんだ、ノア……ッ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
――噛み合うに、決まってる。
だって、これは。
俺とノアが訓練所で、武技大会で打ち合った時と。
全く、同じ流れなのだから。
一歩退けば、
追撃。
知ってる。
一歩踏み込めば。
迎撃。
これも知ってる。
お前と、親友と剣を交えた日々の、繰り返しのようで。
「ノア……ッ!!」
何のために。
なんで今、こんな所で。
ノアは、答えない。
でも。
そう、その顔は。
何かを、待っているようで。
「……あぁ、そうかよ、分かったよ」
何も答えねぇなら、付き合ってやるさ。
その時間稼ぎに。
俺は決勝戦と同じように、強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
だが。知っている。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れることを。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
決勝戦と全く同じ。
ノアは、腹を押さえている。
俺は剣を構えたまま問う。
「もう少し必要か? 次はいつの訓練にする、覚えてるぞ全部」
「……いいや、もう大丈夫だ」
ノアは目を閉じて疲れたように笑う。
「あぁ……お前が親友で、良かった」
「ノ……」
「お前に出会えてよかった、レオン」
そして。
「【――紅よ】」
そうノアが口にした瞬間。
ノアの足元から、赤い魔力が滲み出す。
それは炎ではない。光でもない。
血のような色をした、鮮烈な、魔力の奔流。
「【始まりの血、終わりの血、王を王たらしめ、世界を縛る鎖】」
「おい……」
大地が軋む。
結界が、音もなく歪む。
俺は察する。
これは、詠唱だ。
究極魔法、極大魔法に匹敵……いや。
それを、遥かに凌ぐ、魔法詠唱。
「【我が名において命ずる】」
魔力感知能力の高い魔導師たちが、次々と倒れていく。
魔道砲や結界、魔法に関わるものが、制御不能になっていく。
「【罪を断て】」
「待て、ノアッ!!」
撃たせてはいけない、と。
理由などない、こんな魔法知らない。でも。
王子としてでも、剣士としてでもない。
人間としての直感が、そう叫んでいた。
魔力の奔流が、すべて一点に収束する。
音が、消えた。
こんな、こんなものが撃たれれば、王国は。
世界が、息を止める。
「ノア――――ッッ!!!!」
突如少女の声が、止まった世界へ響き渡る。
それが先ほど、ノアが見上げていた帝国艦からだと認識する。
刹那。
ノアが、身体を反転させた。
「――【《紅冠断罪》】」
そう口にしたノアから、膨大な魔力が、放たれた。
帝国艦隊へ。
結界など、意味もなさない。
直撃。
光が爆発し、遅れて轟音。
黒煙を上げ、帝国艦隊が、墜ちていく。
王国兵も、帝国兵も、ただ茫然とその光景を眺める。
ただ一人、ノアだけは、その赤褐色の瞳を爛々と紅く揺らめかせていた。
ほんの一瞬、戦場の喧騒が嘘のように遠退いた。
ノアは、まだ上空を見ている。
剣を下げたまま、帝国のその艦隊を見上げていた。
「……ノア?」
返事はない。
だが、その背中から感じる気配が変わった。
先ほどまでの、どこか諦めた、全てを切り捨てるような冷たさではなかった。
覚悟、だ。
全てを、切り捨てるものではない。
全てを、置いていく、覚悟。
駄目だ、と。
心の中で何かが叫ぶ。
しかし喉に詰まって声が出ない。
ノアは、ゆっくりと視線を下ろした。
俺を見る。
その顔は。
「……これで最後にしよう、レオン」
なんで。
なんでそんな、穏やかな表情を、してるんだよ。
なんで。
”親友”の顔で、笑うんだ。
「何、を――」
「『じゃあ、早速始めるか。息を整える時間をやっても良いがどうする、殿下?』」
ヒュッ、と息が引き攣る。
それは。
武技大会の前の、訓練所に少し遅れてきた俺に、ノアが。
お前が、俺に言った台詞。
「……い、『息を、整えるまでもなく、勝ってやる、よ』」
「いくぞ、レオン!」
ノアが一歩踏み込み剣を振るう。
刹那、俺は体をひねり、剣を受け止める。
だが衝撃が手首に走る。
筋肉が痺れるほどの、力。
なんなんだよ、なんなんだよ、なんだよこれ!!
俺の息が嫌に上がってくる。
だがノアの剣先は、まるで炎のように柔軟に動き捉えどころがなく、攻撃の隙を一切与えない。
華々しい技はない。
ただ最短で最適な角度とタイミングで叩き込まれる。
一合、二合、三合と、剣のぶつかり合う音が、戦場に響いた。
ノアが間合いを詰め、また離す。
俺が踏み込めば、必ず先に剣を交わされる。
俺の剣先を弾き、ノアが半歩踏み込んだ。
咄嗟に防ぐ。
あの時とは違って、剣は落とさない。
ノアの剣先がそっと離れた。
「『いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ』」
それは、武技大会決勝戦で、俺と戦う前に言った台詞。
――剣が、ぶつかる。
金属音が戦場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
他者の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「『動きが固いぞレオン、緊張してるのか?』」
「――いったい、どういうつもりなんだ、ノア……ッ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
――噛み合うに、決まってる。
だって、これは。
俺とノアが訓練所で、武技大会で打ち合った時と。
全く、同じ流れなのだから。
一歩退けば、
追撃。
知ってる。
一歩踏み込めば。
迎撃。
これも知ってる。
お前と、親友と剣を交えた日々の、繰り返しのようで。
「ノア……ッ!!」
何のために。
なんで今、こんな所で。
ノアは、答えない。
でも。
そう、その顔は。
何かを、待っているようで。
「……あぁ、そうかよ、分かったよ」
何も答えねぇなら、付き合ってやるさ。
その時間稼ぎに。
俺は決勝戦と同じように、強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
だが。知っている。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れることを。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
決勝戦と全く同じ。
ノアは、腹を押さえている。
俺は剣を構えたまま問う。
「もう少し必要か? 次はいつの訓練にする、覚えてるぞ全部」
「……いいや、もう大丈夫だ」
ノアは目を閉じて疲れたように笑う。
「あぁ……お前が親友で、良かった」
「ノ……」
「お前に出会えてよかった、レオン」
そして。
「【――紅よ】」
そうノアが口にした瞬間。
ノアの足元から、赤い魔力が滲み出す。
それは炎ではない。光でもない。
血のような色をした、鮮烈な、魔力の奔流。
「【始まりの血、終わりの血、王を王たらしめ、世界を縛る鎖】」
「おい……」
大地が軋む。
結界が、音もなく歪む。
俺は察する。
これは、詠唱だ。
究極魔法、極大魔法に匹敵……いや。
それを、遥かに凌ぐ、魔法詠唱。
「【我が名において命ずる】」
魔力感知能力の高い魔導師たちが、次々と倒れていく。
魔道砲や結界、魔法に関わるものが、制御不能になっていく。
「【罪を断て】」
「待て、ノアッ!!」
撃たせてはいけない、と。
理由などない、こんな魔法知らない。でも。
王子としてでも、剣士としてでもない。
人間としての直感が、そう叫んでいた。
魔力の奔流が、すべて一点に収束する。
音が、消えた。
こんな、こんなものが撃たれれば、王国は。
世界が、息を止める。
「ノア――――ッッ!!!!」
突如少女の声が、止まった世界へ響き渡る。
それが先ほど、ノアが見上げていた帝国艦からだと認識する。
刹那。
ノアが、身体を反転させた。
「――【《紅冠断罪》】」
そう口にしたノアから、膨大な魔力が、放たれた。
帝国艦隊へ。
結界など、意味もなさない。
直撃。
光が爆発し、遅れて轟音。
黒煙を上げ、帝国艦隊が、墜ちていく。
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