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第五章 親友と紅の一族
21.アルトリウスの選択
何らかの膨大な魔力によって何隻か艦隊が墜とされてから。
最初に異変を告げたのは、悲鳴ではなかった。
沈黙。
魔導通信盤に刻まれていた光点が、一つ、また一つと消えていく。
雑音も、断末魔もない。
ただ、途切れる。切断されるように、唐突に。
「……前線、第七艦隊。応答しろ」
アルトリウスは低く告げた。
声は落ち着いている。自分でも驚くほどに。
返答はない。
参謀の一人が唾を飲み、震える指で別の通信回線を繋ぐ。
「第四魔導歩兵団、状況を報告せよ!」
盤面が、沈黙したまま明滅する。
やがて、微かに音が入った。
『――っ……後方、後方から……!』
それきり、音声は掻き消えた。
アルトリウスは、ゆっくりと息を吐いた。
これは、敗走ではない。
混乱でも、想定外の奇襲でもない。
狩りだ。
しかも、帝国が理解できない形で行われている。
「敵影の報告は」
「……ありません」
参謀が、絞り出すように答える。
「索敵魔法、魔力探知、霊波感応――すべて、反応なしです」
アルトリウスは、艦の前方、開かれた観測窓へと歩み寄った。
眼下。
帝国の誇る陣形が、無秩序に崩れていく。
爆炎は上がっている。
だが、それは戦闘の結果ではない。
存在しないものに、斬られている。
兵が倒れる。
魔導兵器が沈黙する。
将校が命令を発するより先に、喉を裂かれる。
そのすべてに、共通するものがあった。
――紅。
血のような、魔力。
個人の魔力とは思えぬ、異質な濃度。
「……なるほど」
アルトリウスは、ようやく理解した。
「これは、反乱ではない。侵攻でもない」
背後で、誰かが息を呑む。
「血を起こしたか」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
思い浮かぶ顔は、一つだけ。
黒髪、赤褐色の瞳。
静かで、愚直で――決して、帝国のために血を流すことを望まなかった男。
「ノア・ルベド・ルビナス……」
本当の名を呼んだ瞬間、胸の奥が、ひどく冷えた。
参謀が声を荒げる。
「殿下! 撤退を! この状況では――」
「撤退?」
アルトリウスは振り返らない。
「どこへ」
言葉に詰まる気配が、背後に広がる。
「退けば助かる、と思っているのか」
ようやく振り向いたアルトリウスの目は、静かだった。
「いいや。退けば、帝国は何に敗れたのかすら理解できずに滅びる」
沈黙。
「それだけは、許容できない」
彼は、腰の剣に手を掛けた。
長年使い込まれた、帝国正統の剣。
これで勝てるとは、思っていない。
それでも。
「ここで、王族が退けば」
剣を抜く音が、艦内に響いた。
「帝国は、何も理解出来ないただの獣になる。……それは合理的じゃない」
アルトリウスは、前に出た。
紅の気配が、艦内に――否、血管の中に侵入してくるのを感じながら。
空気が、歪む。
次の瞬間、床が裂けるように開き、人影が、何の前触れもなく現れた。
紅のオーラを纏う、男女。
その動きは速いという次元ではない。
最初から、そこに”いた”かのようだった。
「……来たか」
アルトリウスは剣を構えた。
一合。剣が、弾かれる。
力ではない。存在の格が違う。
二合目を放つ前に、腕が軋んだ。
紅の一族の一人が、静かに告げる。
「抵抗は、無意味です」
次の瞬間、背後から衝撃。
膝が、床に叩きつけられる。
剣が、指から零れ落ちた。
喉元に、冷たい感触。
数本の刃。――否、血で編まれた拘束。
アルトリウスは、息を整えた。
恐怖は、あった。
だが、不思議と後悔はない。
「……なるほど」
低く、笑う。
「ここまでの血を、よくも今まで抑え込めていたものだ――ノア」
紅の一族が、無言で彼を押さえ込む。
その視線の先。
戦場の向こうに、確かに感じた。
王として立った男の、覚悟を。
アルトリウスは、目を閉じた。
あとは待つだけだ。
罪を断つために、ここまで来る、あの愚弟を。
最初に異変を告げたのは、悲鳴ではなかった。
沈黙。
魔導通信盤に刻まれていた光点が、一つ、また一つと消えていく。
雑音も、断末魔もない。
ただ、途切れる。切断されるように、唐突に。
「……前線、第七艦隊。応答しろ」
アルトリウスは低く告げた。
声は落ち着いている。自分でも驚くほどに。
返答はない。
参謀の一人が唾を飲み、震える指で別の通信回線を繋ぐ。
「第四魔導歩兵団、状況を報告せよ!」
盤面が、沈黙したまま明滅する。
やがて、微かに音が入った。
『――っ……後方、後方から……!』
それきり、音声は掻き消えた。
アルトリウスは、ゆっくりと息を吐いた。
これは、敗走ではない。
混乱でも、想定外の奇襲でもない。
狩りだ。
しかも、帝国が理解できない形で行われている。
「敵影の報告は」
「……ありません」
参謀が、絞り出すように答える。
「索敵魔法、魔力探知、霊波感応――すべて、反応なしです」
アルトリウスは、艦の前方、開かれた観測窓へと歩み寄った。
眼下。
帝国の誇る陣形が、無秩序に崩れていく。
爆炎は上がっている。
だが、それは戦闘の結果ではない。
存在しないものに、斬られている。
兵が倒れる。
魔導兵器が沈黙する。
将校が命令を発するより先に、喉を裂かれる。
そのすべてに、共通するものがあった。
――紅。
血のような、魔力。
個人の魔力とは思えぬ、異質な濃度。
「……なるほど」
アルトリウスは、ようやく理解した。
「これは、反乱ではない。侵攻でもない」
背後で、誰かが息を呑む。
「血を起こしたか」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
思い浮かぶ顔は、一つだけ。
黒髪、赤褐色の瞳。
静かで、愚直で――決して、帝国のために血を流すことを望まなかった男。
「ノア・ルベド・ルビナス……」
本当の名を呼んだ瞬間、胸の奥が、ひどく冷えた。
参謀が声を荒げる。
「殿下! 撤退を! この状況では――」
「撤退?」
アルトリウスは振り返らない。
「どこへ」
言葉に詰まる気配が、背後に広がる。
「退けば助かる、と思っているのか」
ようやく振り向いたアルトリウスの目は、静かだった。
「いいや。退けば、帝国は何に敗れたのかすら理解できずに滅びる」
沈黙。
「それだけは、許容できない」
彼は、腰の剣に手を掛けた。
長年使い込まれた、帝国正統の剣。
これで勝てるとは、思っていない。
それでも。
「ここで、王族が退けば」
剣を抜く音が、艦内に響いた。
「帝国は、何も理解出来ないただの獣になる。……それは合理的じゃない」
アルトリウスは、前に出た。
紅の気配が、艦内に――否、血管の中に侵入してくるのを感じながら。
空気が、歪む。
次の瞬間、床が裂けるように開き、人影が、何の前触れもなく現れた。
紅のオーラを纏う、男女。
その動きは速いという次元ではない。
最初から、そこに”いた”かのようだった。
「……来たか」
アルトリウスは剣を構えた。
一合。剣が、弾かれる。
力ではない。存在の格が違う。
二合目を放つ前に、腕が軋んだ。
紅の一族の一人が、静かに告げる。
「抵抗は、無意味です」
次の瞬間、背後から衝撃。
膝が、床に叩きつけられる。
剣が、指から零れ落ちた。
喉元に、冷たい感触。
数本の刃。――否、血で編まれた拘束。
アルトリウスは、息を整えた。
恐怖は、あった。
だが、不思議と後悔はない。
「……なるほど」
低く、笑う。
「ここまでの血を、よくも今まで抑え込めていたものだ――ノア」
紅の一族が、無言で彼を押さえ込む。
その視線の先。
戦場の向こうに、確かに感じた。
王として立った男の、覚悟を。
アルトリウスは、目を閉じた。
あとは待つだけだ。
罪を断つために、ここまで来る、あの愚弟を。
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