【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎

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第五章 親友と紅の一族

22.秩序の剣

***

ノアの宣言が、世界を震わせた直後だった。
紅の一族から放たれた魔力が、嵐のように戦場を駆け抜ける。
帝国軍へと向かう殺意の奔流――その合間、王国側の陣地に、柔らかな赤が降り注いだ。


「王国の民を、死なせるな」


ノアの声は低く、だが明確だった。


「治癒を優先しろ。戦闘不能者は後送。立てる者は立たせろ。――命令だ」


紅の一族が、一瞬だけ目を伏せる。
次の瞬間、彼らは一斉に動いた。

負傷兵の傷口が、触れられるよりも早く塞がっていく。
裂けた肉が繋がり、折れた骨が元の形へと戻る。
痛みは残る。それでも、生きている。


「な、何が……」
「傷が……消えて……?」


混乱する王国兵の間を、紅の魔力が駆け抜ける。
それは祝福のようであり、同時に――圧倒的な力の誇示でもあった。

ノアは、その光景を背に、ただ一人の男と向き合っていた。
レオン。

剣を手に、王国軍の最前線に立つ王子。
二人の間に、言葉はない。
ノアは口を開き――閉じた。
何度か、それを繰り返す。

今さら、説明して何になる。
弁明など、最初から用意していない。
それでも。


「……力を」


声が、わずかに震えた。


「……」
「力を、貸してほしい。レオン」


あまりにも短い。
一国の王子に向ける言葉としては、最悪だった。

レオンは、瞬きをした。
次いで、ほんの一瞬だけ考え――答えた。


「分かった」


それだけだった。


「何をすればいい?」


その即答に、ノアは目を見開く。
驚きと、信じがたいという感情が、素直に表に出た。

しかし、その空気を破ったのは――怒号だった。


「なにをおっしゃいます、レオン殿下!!」


王国兵の一人が叫ぶ。


「その者は、我が王国の規律監査官を殺害している! そんな得体の知れない者の言うことなど……!!」


周囲もざわめく。当然だ。
誰もが、死んだはずの男を基準にして秩序を語っていた。


「それは……」


その瞬間。


「なるほど」


その声は、冷静だった。


「ならば――私が生きていれば、秩序は守られるということだな」


空が、割れた。
正確には、上空から人影が降りてきた。
重力を無視するように、しかし確かな質量をもって、戦場へ着地する。

一人の男。
暗灰色の短髪、淡い金色の瞳。


「――っ!?」
「ば、馬鹿な……!」


その姿に、王国兵たちが騒然とする。
その男は何事もなかったかのように歩き、ノアの前で膝を折った。


「リヒト・ルベド・ヴェルナー。ノア・ルベド・ルビナス王兄殿下へ、ご挨拶申し上げる」


澄んだ声。


「王兄殿下の命により、女王陛下を奪還し、戻って参りました」


ノアは、一瞬だけ目を閉じ――小さく息を吐いた。


「……あぁ」


それだけで、十分だった。


「ありがとう、リヒト」
「女王陛下は、一族の者たちに守らせています」


簡潔に報告を終え、リヒトは立ち上がる。
そして、ぐるりと王国兵たちを見渡した。
次の瞬間、声が戦場を震わせる。


「私は王国規律監査官、リヒト・エルド・ヴェルナー!!」


その名が、空気を切り裂く。


「戦う意思のある者は――秩序の名のもとに、私に続け!!!」


一瞬の静寂。
次いで。


「うぉぉおおおおおお!!!!」


雄叫びが上がった。
迷いは、消えていた。

秩序は、目の前に立っている。
王国軍は、リヒトを先頭に、帝国軍へと雪崩れ込む。

ノアは、その背を見つめた。
そして、レオンと視線を交わす。

言葉は、もう要らなかった。

紅の王族と、秩序の剣。
その並び立つ姿に、戦場の流れが――完全に変わった。
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