【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎

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第五章 親友と紅の一族

26.ヴェルナー家

***

レオンは、ノアを抱いたまま動けなかった。
腕の中の身体は、もう力を失っている。
血の匂いが、まだ温かい。

アリシアは、兄の胸元に縋りついたまま、 声も出せずに震えている。

戦場は、奇妙な静寂に包まれていた。
王国軍は動けない、紅の一族も動かない。
――誰も、触れてはならない時間だった。

ただ一人を除いて。

瓦礫を踏む、静かな足音。


「失礼します」


リヒト・ルベド・ヴェルナー。
その声音は、戦場と無縁のように整っていた。
レオンが顔を上げる。


「……何をする気だ」


問いではない、縋るような確認だった。
リヒトは答えない。
ただ、ノアの胸に、右手を置く。

その瞬間。
空気が、変わった。


「――魂の座標を固定」


低く、澄んだ詠唱。
ノアの身体の下に、紅と黒が混ざる魔導陣が展開する。
それは王統の紋章ではない。
もっと古く、もっと歪で、血そのものを象徴する陣。

ヴェルナー家の魔法。
それは、王を守るために生まれた家系。
王に殉じるのではない――王を、生かすための一族。

紅い魔力が、空気中に漂う。
血の粒子が逆流するように、ノアの身体へと戻ろうとする。


「こ、れは……っ」


王国軍の魔導士が息を呑む。


「王兄殿下は命じられました」


リヒトは、目を閉じたまま告げる。


「女王陛下と一族を頼む、と」


魔力が膨張する。
ノアの身体が、わずかに浮き上がる。


「その女王陛下は、王兄殿下がいなければ幸せになれないと仰る。ならば」


魔法陣が、もう一段階、展開する。
骨の軋む音、肉が焼ける匂い。

リヒトの口元から、血が一筋、零れ落ちた。

ヴェルナー家の血統魔法。
それは代償を、術者からも奪う。


「王兄殿下を生存させることが、最優先事項と判断しました」


理屈ではない、忠誠でもない。
――判断。
それがヴェルナー。
リヒトの瞳が、アリシアへ向く。


「宜しいですね――女王陛下」


その声音は、艦隊を制圧した時と同じ。 
アリシアは、震える手で涙を拭う。
喉を震わせながらも、顔を上げた。
女王の顔で。


「――はい。よろしく、お願いします」
「御意」


次の瞬間、リヒトの魔力が、爆ぜる。
止まった心臓へ、外部魔力が直接叩き込まれる。
ドン、と鈍い衝撃音。
レオンの腕の中で、ノアの身体が跳ねた。


「……ッ!」


代償によって抜け落ちた魂。
それを、無理やり肉体へ縫い止める。
縫合、それは、自然への反逆。
レオンが叫ぶ。


「治療部隊!! 早く来い!! 全回復術式を重ねろ!! ノアを……ルベド王統の王兄殿下を死なせるな!!」


王子としての命令。
だが声は、震えていた。

王国の治療魔導士たちが駆け寄る。
淡い光が、次々と重なる。
リヒトの魔法陣と干渉し、 空間が軋む。


「魂の固定率、三割……四割……」


リヒトの膝が、震える。


「まだだ……戻れ……王兄殿下」


彼の額から汗が落ちる。
血と汗が、混ざる。
数秒、だが、永遠にも錯覚する時間。

――ドクン。

微かな振動。
レオンの腕に、確かな感触。


「……今」


誰よりも早く、気づいた。
もう一度。
弱い、あまりにも弱い。
だが、鼓動。

治療魔法の光が、わずかに強まる。
リヒトが、ゆっくりと息を吐く。


「……固定、成功」


その瞬間。
ノアの胸が、ほんの僅かに上下する。
完全な蘇生ではない、深い昏睡。
魂は、まだ不安定。
だが。

生きている。

アリシアが崩れ落ちる。
地面に手をつき、泣き笑いのような顔で兄を見つめる。

レオンは、ノアを抱きしめたまま、 額をその髪に押し当てた。
熱は、もう異様ではない、人間の体温だ。
震える声で、低く。


「……勝手に死ぬんじゃねぇよ、馬鹿」


それは叱責ではない、安堵でもない。
ただの、本音。


戦場の空に、朝日が昇り始めていた。
紅い光が、ゆっくりと世界を染める。
ルベドの色。
その中心で、王兄は、まだ生きている。

その傍らに、ヴェルナー家が、静かに立っていた。
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