忘れられた怪談

津々木徹也

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プロローグ

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 金曜日。
 
 枝伏木えふすきちょうは、関東某県の郊外にある閑静な中規模都市だ。様々な工業製品や自動車関連の生産工場が誘致されており、そのおかげで都市の財政が豊かという事もあって、学校や図書館などの教育施設も、近隣の都市と比べてかなり充実している。

 駅前には小さな繁華街があり、夜になると穏やかな賑わいがあるが、そこから数分歩いただけで、閑静な住宅街に行き着く。住宅街は規則正しい碁盤目状に設計されていて、道幅も広く、見晴らしも良いので、交通事故は滅多に起きない。

 その安全な住宅街の中でも、さらに安全な道が通学路に指定されていて、その通学路を抜けると、枝伏木町を代表する私立学園「徳丸とくまる学園がくえん」にたどり着く。学園というだけあって、小等部・中等部・高等部を擁している大きな学校である。
 
 この徳丸学園に続く通学路をちょっと外れた所に、枝伏木町に住む人々の憩いの場となっている枝伏木公園がある。

 枝伏木公園はもともと小高い山だったらしく、その小山を三分の二ほど切り崩して造成されている。公園部分はとても広々としていて、子供たちが遊ぶ遊具も多く、さらにベンチも多く、大人も子供も快適に過ごす事ができる空間設計が為されている。

 公園部分の奥の方は小さな林になっており、その林一帯が造成前の小山の部分として残っている。その小山の部分はほぼ自然の状態のままで残されているが、一部分だけ整備され、そこには街の発電網の一端を担う電線用の巨大な鉄塔が建てられていた。その鉄塔のある区画だけはコンクリートとブロック塀で固められ、さらにそれが人間の背丈以上の金網で囲われ、その中に電流の管理室が設置されていた。

 この発電エリアの真横に、鉄塔と負けないくらい巨大な木が生えている。そして、その巨木の脇に、小さな無人のプレハブ小屋があった。
 
 このプレハブ小屋は休憩所だという話だが、枝伏木町の住人の多くは、このプレハブ小屋で休憩なんかした事がなかった。枝伏木公園は枝伏木町の住人の憩いの場ではあるのだが、このプレハブ小屋だけは別枠なのである。
 それというのも、この小屋には出る・・、という噂が昔からまことしやかに流れているからだった。
 
 出る・・。というのは、文字通り、幽霊のことである。
 
 ある噂によれば、枝伏木公園が作られる前、このプレハブ小屋付近には防空壕があり、第二次世界大戦の空襲の際、その防空壕まで辿り着けずに死んでしまった人々の霊が夜な夜な悲鳴をあげながら走りまわっているのだという。
 
 また、ある噂では、かつて枝伏木町で殺人事件があり、その遺体がこのプレハブ小屋に遺棄され、犯人は行方知れずのまま事件は迷宮入りとなってしまった。その殺され遺棄された被害者の霊が、成仏しきれずにプレハブ小屋周辺をさまよい歩いているのだという。
 
 さらに、また別の噂によれば、かつてこのプレハブ小屋で首つり自殺があり、その自殺者の霊が今も小屋の天井からぶら下がっているのだという。
 
 つまり、どんな因縁があって、どんな幽霊が出るのか定かではないが、この枝伏木公園は地元の有名な心霊スポットというわけなのである。
 
 そんな、地元住民が決して夜には近づかない枝伏木公園の奥、巨木のそばにあるプレハブ小屋周辺に、今、数人の人影が集まっていた。
 
 現在時刻、午後十時。
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