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第1章 すっごく嫌だけど我慢して一緒に住んであげる

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 時刻は昼間、場所は王都ヴェルジュの有名な広場。にぎやかな露店がつらなるなか、コウスケも星のマークが描かれた石を並べてその中に加わっていた。

「さあさあ、よってらっしゃい! 見てらっしゃい! 今日はお前らに特別に良いものを売ってやる」

 領主の座を追われてから10数年。様々な居住地や職を転々としたコウスケは王都に流れ着き自警団の団員職になんとか就くことができた。
 自警団の仕事内容は市民同士のトラブルの解決や犯罪者の拘束など王都の治安維持。
 俸給は基本給に犯罪者を捕まえた歩合給で支払われる。
 だが犯罪者の拘束は運要素も強いので基本給だけの俸給になることも多い。
 基本給は10万G。薄給であるため自警団員は、なにかしらの兼業をしている場合が大半である。
 コウスケもその1人だ。



 威勢よく呼び込みをするコウスケの露店の周囲には沢山の人だかりができていた。
 観衆の中から声を上げる。

「ゲス勇者。今日はどんなインチキなものを売るんだ!?」
「おいおい俺がいつインチキなもんなんて売った!?」
「毎日だろ!」

 笑いながらヤジを飛ばす観衆に、コウスケはまなじりを吊り上げた。

「今回は本物だ! なんとこれは幸運を呼ぶ魔法の石よ」
「魔法の石?」
「おう! これには特殊な魔力が秘められていてな。持ってるだけで強力な幸運が降りかかるってしろものよ!」
「なるほど。それ作るために昨日、河原で石拾ってたんだな」

(しまった見てた奴がいたのか)

 コウスケは激しく焦った。
 しかし引くわけにはいかない。
 大きさがそれっぽい石を選んで集めること。
 それを家まで運ぶこと。
 1つ1つの石に星の絵を描いていくこと。
 どれも結構な手間である。なんとしてでも、元を取らなければ。

「なに言ってんだ。これを作ったのは俺と昔パーティー組んでた今をときめく賢者だぞ。俺だからってことで特別に卸してもらったのよ!」
「おいおい、賢者様の名前勝手に使うのはやべえだろ」
「嘘だと思うなら買って試してみやがれ! 今ならたったの1万Gよ!」
「ギャハハッぼったくりすぎだろ」

 大笑いが響き渡るなか、冷かしの1人が手を上げた。

「俺さっきカジノで勝ったからシャレで買うよ」
「おっしゃ! 毎度ありい! おい、お前らも幸運になりたきゃ買え」

 コウスケが幸運を呼ぶ魔法の石を渡したその時、買った冷かしの頭上に大きな糞が落ちてきた。冷かしの首から上は糞に埋もれる。

「おい! なにがあったんだ!?」

 パニックになりながら空を見る。
 大きな鳥が飛んでいる。
 どうやらあの鳥の糞が落ちてきたようだ。

「うぎゃあああ! 汚ねえ」

 糞に視界をふさがれた視界がふさがれた冷かしが混乱してふらふらで歩く。
 観衆は叫び声をあげながらそれをさけた。

「ふご、ふご……」

 首から上が糞で埋まってしまっているため、冷かしは呼吸ができず苦しそうだ。

「はは……ウンがいっぱいついただろ。だからこれから良いことが……」
「ふぐふぐ! ふぐふぐ!」
「やめろ! くるな! こっちくんな!」

 冷かしの不幸は、これで終わらなかった。
 糞で視界を奪われた、冷かしは、おぼつかない足取りのまま軒下にぶら下がっていた蜂の巣に突っ込んで行ってしまったのだ。

「ふぐううう! ふぐううう!」

 倒れこむ冷かしの身体を、蜂たちは容赦なく刺していった。
 冷かしの体のあちこちは、みるみる真っ赤に腫れあがっていく。

「むご過ぎる……」

 観衆たちは皆、冷かしのあまりの惨状に、言葉を失った。

「お、おめえら……こ、この幸運を呼ぶ魔法の石を買うとだな。しあわせに……」
「なるわけねえだろ!」
「ゲス勇者、これどっかのダンジョンの呪われたアイテムとかじゃねえのか?」
「マジかてめえ、俺らにどんな恨みがあるんだ!?」
「いや、本当に幸せになるんだ。たのむ2000、いや1000Gで良いから買ってくれ!」

 騒ぎ立てる観衆たちに、取り乱しながらコウスケは訴え続けた。

「ごめん、通して」

 そんな中、観衆たちの合間をぬうようにして1人の少女が目の前に現れた。

 背丈と顔つきから考えるに少女の年齢は12歳くらいだろうか。
 髪はオレンジ色で、鎖骨くらいにかかる位の長さだ。
 年頃であるにも関わらずボサボサで手入れがされていない。
額には二本の角が生えている。
 魔族の部族の1つ、オーガ族かと思ったがそれにしては角が小ぶりだ。
 恐らくハーフオーガだろう。
 服装は、女の子が着るものと思えないほど軽装で汚くみすぼらしい。
 スラム街から来たのだろうか。
 アクセサリの様なものはつけていないが、背中に木剣を背負っていた。

「ねえ? アンタがゲス勇者?」

 少女は突然機嫌が悪そうな声色で話しかけてきた。

「あ、ああ」

 少女は鋭い目つきでコウスケを見つめ続けている。

「おめえもしかして……」

 やっと分かったかっと、言いたげな機嫌の悪い表情を少女はコウスケに向けたが、続くコウスケの言葉はあまりに見当違いのものだった。

「幸運を呼ぶ魔法の石を買いてえんだな!」

 だからわざわざ人々をかき分けてまで前にでてきたのだ。
 機嫌が悪そうなのは早く欲しくてイライラしているに違いない。

「いいぞ! まだガキだから特別に安くしてやる。1000Gでどうだ?」

 これ以上不機嫌にさせては商売のチャンスを逃がす。
 そう思って笑顔で石を勧めたコウスケに、少女はさらに憤るばかりだった。

「ふざけるな!」
「んだよお。てめえも冷かしか」

(めんどくせえ、なにキレてんだコイツ)

 心の中でそうつぶやきながらどうやってこのガキを追っ払おうか、考え始める。
 しかし次の瞬間少女が口にしたのは、思いもつかない言葉だった。

「私はアンタの娘だ!」
「はあ!?」


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