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第3章 ギャハハ、お前らも俺と同じ所まで堕ちてきやがれ!

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 ジュニアチームの費用は確かに高額だった。
 だが、優秀な人材を育成するための、設備や装備、トレーニング方法などを考えれば妥当な金額だ。
 しかし、ジャッロが本来やりたかったのは、そんなエリートの養成ではなく、相棒が触れたような、どんな子供でも気軽に剣術が学べる低予算の道場だった。
 それを言い当てられた気がして、思わず笑いがこみあげてきた。

「ハハハハハ……」

「ハハハハハ!」

 試合を見ている観客や団員たちもジャッロにつられて笑い出した。
 どうして笑っているのか疑問に感じてると笑いに混じって野次が飛んでいる。

「なに言ってんだ! お前アホか!?」
「どうして、お前なんかに剣術教わんなきゃいけねんだ!」
「帰れ! バカ野郎!」

 笑った理由を皆、誤解したようだった。
 ジャッロは激しく焦る。

「ゲス勇者、無知なお前に教えてやる。この費用はな……」

 団員の1人が相棒に笑いながら近づいていく。

(いけない!)

 相棒は、なにかを団員の顔面に投げつけた。

「ゴホゴホ……」

(こしょうと唐辛子で作った目つぶしか)

 むせている隙に、背後に周り込みアームロックをかけている。
 団員は抵抗しているが、完璧に決まっている。
 案の定、しばらくして失神した。

「へへへッ」
「貴様!」
「動くとコイツの首、へし折っちまうぞ♪」
「卑怯な……」
「助けたきゃ全員大人しく、俺にやられろ。それが嫌なら、ジュニアチームの運営に俺も一口乗せろ」
「ふざけるな!」

(素手は本来の戦い方じゃない。それなのに、ここまで動けるなんて……)

 若いころに比べて、相棒は格段に衰えている。
 それでも元が強すぎるし、今も自分が思っていたより遥かに良い動きをした。
 このままでは死人が出てもおかしくない。
 そして、ここには自分しか止めれる人間がいない。
 ジャッロは暴走を止めることを決意する。

 と、同時にワクワクもした。

(久しぶりに戦ってみたいなあ)



(こいつら思った以上に強え)

 しめ落とすのに、思ったより時間がかかってしまった。
 ジャッロに今の自分では、絶対に勝てないことが分かっていたが、他の団員たちも上位冒険者だけあって、全員かなり強い。
 それでも、ジャッロ以外なら不意打ち、だまし討ちを多用すれば、ギリギリなんとかなるかと思ったが……。

(泣きいれるか? いや、もう手遅れだ。どうすりゃいい)

 激しく焦る中、ジャッロが声をかけてきた。

「相棒、こんなのはどうかな? 僕と相棒は今から勝負をする。で、相棒が勝ったら、このお嬢さんの月謝や備品とか、掛かるおカネは全額僕が奢る」
「ジャッロ団長! まだ、その子が優勝とは……」
「あの親子が他の参加者に妨害行為をしていたことは明白じゃないか。だから優勝は、そこのお嬢さんだ」
「ですが、確たる証拠はまだ。それに、この様な、えこひいきは……」
「僕個人のおカネから出すんだから、どう使っても良いじゃないか。どうだろ相棒?」

(悪くはねえが……)

 迷った。
 年間300万Gが無料になるのは、確かにお得だ。
 しかし、カネが自分に入ってくる訳ではない。
 儲けるつもりで来たのに、肩透かしをくらった気がした。

「おし! じゃあ入団後、時間があるとき限定になるけど、お嬢さんは僕が直接指導する。これならどうだろう?」
「団長……」

(ジャッロの直弟子になるってことは、スカーレットにかなり箔がつくよな。で、俺は保護者。イベントに出してギャラを全部もらったり、グッズ作って売ったりできるよな。こりゃ儲かるぞ!)

 ここから勝つ方法を必死に考えた。
 普通なら絶対に無理だ。
 だが、試合形式の1対1なら1つだけ手が浮かんだ。

「勝負せえや、ジャッロ!」

「よし! 誰かツヴァイヘンダーの木剣と、木刀を2本持って来てくれないかな?」
「木刀2本ですか?」
「うん、1本は小太刀っていったかな? 普通の木刀よりちょっと短いやつ」

 やはり、互いが最も力を出せる武器での試合を望んでいるようだった。
 だが、全力が出せる状態で挑まれたならば、策を出す前にやられてしまう。
 平静を装いながら、自分が勝てる条件に誘導する。

「おいおい、木刀なんて煌剣団でもそんなに数ねえだろ。まして小太刀なんて、この辺じゃ、このガキが使ってるのしか多分ねえぞ」
「確かに。どうしようか?」
「普通にロングソードの木剣で良いだろ。1本貸してくれよ」
「仕方ないか。じゃあ僕もそこの木剣を使うよ」

 コウスケは心底安堵した。



 熱の苦しさと、合格したという安堵で、スカーレットは床に倒れ込む。
 立ち上がろうと身体を動かすがピクリとも動かなかった。
 意識も遠のくなか、気が付くとコウスケに抱きかかえられていた。

「……パパ」

 コウスケのおかげで、合格できたという感謝の気持ち。
 大変な状態から助けてもらったことへのお礼。
 抱えられている、ぬくもりの心地よさ。
 色々なことが頭をよぎったが、全て不安が塗りつぶしていった。
 ゲスで卑怯なことばかりやっている弱いコウスケが、剣聖ジャッロに勝てる訳がない。
 普段喧嘩ばかりしているからこそ、母の元では味わえなかった強い愛情を、スカーレットは感じている。
 大好きな父親に、なにかあったらと思うと、怖くて耐えられなかった。


「黙ってろ」

 ヴィオレに視線を移す。
 腕を組んで、拗ねたような目でスカーレットを見ていた。

(どうして?)

 ヴィオレの隣に優しく降ろされた。
 ジェスチャーでヴィオレは、なにかをコウスケにお願いしているようだ。

「いや、今はそれどころじゃねえから。あと、これ飲ませとけ。そうすりゃ熱も治まる」

 水薬を渡し、コウスケは背を向けた。

「おい、クソガキ共。今から俺がどんだけ強えのか、見せてやるからな。その目にしっかり焼き付けとけ」

 ゲスで弱い父親の背中が、何故か大きくたくましく見えた。
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