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第5章 過去回想~こうしてこの男はゲスと呼ばれるようになった~

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「平民の識字率は他の領より著しく低く、領の富は貴族が独占……」

 紅輔が領になって数ヶ月。
 赴任した領は戦争とその前から続く前領主の圧政で、土地は勿論人の心も激しく荒廃していた。
 何としてでもその状況をそれを改善にしたかったが、いという気持ちは強い。だが、戦いばかりしてきた彼には、その為に具体的になにをすれば良いのかが分からなかった。

「一番酷いのは異種族差別ですよ。どこでもある事ですが、この領では酷すぎます」

 そこで、法制度や財政に精通した知人ののデミトリウスに助けを求め、共にこの領に来てもらった。


「でもヴェルデが失脚させるまで、ここの前領主は王家より強い権力持ってたんだろ? どうしてなんだ?」
「ここはヴィヒレアの中で一番肥沃な土地ですからね。それに平民から搾取している分、領主や貴族が自由に使える資金が多かったんです。それと勇者様、もう女王陛下を呼び捨てにするのは、やめた方が」
「女王陛下って呼んだら、これからはヴェディって呼んで欲しいって言われたんだ。でもその呼び方はさすがに気安すぎるから、今まで通りの呼び方で妥協してもらったんだよ」

 雑談の後、再び書類を見てため息をつく。
 ゲルメズ領には大きな問題が余りにも多かった。
 加えて既得権益を守ろうとする者たちの抵抗も激しい。
 これらをどうする事もできないまま、話し合っては頭を抱えて終わる毎日だった。

「俺、城下見て来るよ。息抜きにはこれが一番だ」
「遊びたいだけではないですか」
「ダメか?」
「いえ、この腐りきった領の改革をするためには、それが一番の活力になりますからね。お供します」


 
 視察と言う名目で紅輔とデミトリウスは城下を散策した。
 街行く平民たちは、よそよそしく道を開けていく。
 2人は領民たちにとって味方であるのだが……。
 だが、この反応は仕方が無い物だった。
 領民たちは教育水準が低いため、2人がしようとしていることが理解できていない。
 さらに貴族たちからも根も葉もない悪評を刷り込まれていた。
 仕方がない事だと頭では分かっていた。
 しかしそう理解していても、胸は痛む心は痛い。
 内心でため息を吐きながらも機械的に足を進めていると、そんな思いをしながらようやく目的の場所に到着したする。

「あー! 紅輔こうすけが来たあ!」
「ねえ、一緒に遊ぼ」

 沢山の子供たちが嬉しそうにコチラに寄ってきた。

「ハハハ。今日は何して遊びたいんだ?」
「チャンバラごっこ」
「良いぞ! まとめてかかってこい!」
「えい!」
「あ~やられた~」

 子供たちの笑顔を見るたびに、疲れが癒え、彼らの未来のために前に進む勇気が湧いてくる。

(勇者である俺が子供たちから勇気をもらうとかお笑いだな。でも、戦場とは違う新たな戦いに立ち向かう力を、こいつらはくれる)

「ん?」
 
 ドワーフの男の子が、輪に入りたそうな目でコチラを見ている。

「いいぞ。一緒に遊ぼうぜ」
「でも、紅輔、ママはチビ髭と遊んだらダメだって……」

 チビ髭とはドワーフの差別用語だ。こういう教育を子供にする親をちょっと前なら嫌悪しただろう。だが、この子達の親も、この領で長年行われた差別政策の犠牲者だ。

「ママは、どうしてそんな事を言ったんだろうな?」
「それは……」
「領の偉い奴らにずっとそう吹き込まれてきたからだよ。でも、もうそんな時代じゃない。だからドワーフとも友達になって欲しい。頼む」
「……うん」
「よし! 入ってきてくれ! 木剣より木斧の方がキミは良いかな?」

 ドワーフの子も輪の中に入れてチャンバラごっこを続けようとした時、

「離してよ! 私はソイツ話があるの!」

 怒りに満ちた女性の声が響き渡った。

「いくら何でも無礼だろ!」

 声がした方を向くとデミトリウスとオレンジ色の髪の女性が、激しい揉み合いをしていたる。
 理由は分からないが、ただならぬ雰囲気を察し慌てて止めに入るった。

「どうしたんだ?」
「アンタのせいで私は奉公してたところが潰れて、もう1ヶ月以上無職なのよ!」

 話しを聞くと彼女は、貴族が経営する大商店で働いていたようだ。
 だが、紅輔が平民の商人にも商会設立を許可し、経済活動の自由化を推進した結果、彼女が働いていた商店は経営が厳しくなり、ついには閉店してしまったという。

「分かった、もし良ければ俺が次の仕事を」
「そういう問題じゃないでしょ! アンタのせいで職が無くなった人で、そこら中あふれてるじゃない! 邪神殺しの勇者だかなんだか知らないけど……」

「うわーん!」

 先ほどまで遊んでいた子供の泣き声が耳に入る。
話しを途中で止めて振り向くと、子供達の1人が頭から血を流していた。

「おい、俺以外の人は木剣で叩いたらダメだってあれほど……」
「ちょっと見せて」

 女性は紅輔の言葉を遮り、怪我をした子供に近寄って行く。
 そしてポケットから小さなスティックを取り出し、傷口に向けた。
 スティックの先端が光るなり、子供の頭の傷が瞬く間に塞がっていく。
 
「これでよし!」
「き、君、治癒魔法が使えるのかい!?」

 治癒魔法は、魔力が強く、術式を知っていても適性が無ければ使えるものではない。

「だから何? まだ話の続きは……」
「直ぐにでも職を紹介できるよ! 貴重な治癒魔法の使い手だから厚遇は約束する!」
「せっかくだけど貴族の治療に専念するの相手なんて、まっぴらゴメンだわ」

 この領では、病院の様なものは存在せず、治癒魔法を使えてもそれで生計を立てることはできない。個人で治療や診察を行う自由はあったが、貴族以外からお礼として、金銭を得ることは厳罰の対象となっていた。
 その為、平民を治してもなんの対価を得られないので、自ら進んで怪我や病気を治したいというものは滅多に現れず、平民の医療状況は悲惨な状態だった散々なものだった。

「そんな事しなくていいよ! 身分に関係なく誰でも治療できる病院を作りたかったんだ!  俸給は公金から出す!」
「ちょっと病院ってなに? それに俸給って……」
「何が治せるの!? あと他に治癒魔法を使える人は知り合いに誰かいたりするの?」
「け、怪我は凄い重症じゃなければ一通り。あとは軽い虫歯……一応、何人かは使える人知っているけど……」
「ありがとう! 本当にありがとう! そう言えば君の名前聞いて無かったよね? 俺は緋赤紅輔ひせきこうすけ。君は?」
「ナ、ナランハ」

 これが紅輔と、後に妻となるナランハとの最初の出会いだった。
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