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第6章 正義? 復讐? そんなもん面倒くせえだけじゃねえか

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「あくまでとぼけますか。勇者様の予想は当たっていますよ。義務教育学校爆破事件の犯人は私です。勿論、ダイヤクラフター商会の会長殺害の濡れ衣を着せたのも私です」

 一瞬の動揺のあと、デミトリウスは再び得意気な表情に戻り雄弁な口調になる。
 なにも知らないふりをして、へりくだってとっ捕まえるつもりだったが、これではその隙が無さそうだ。
 
「動機は嫉妬です。家が継げぬ私にとって、魔族との戦争は出世する為のチャンスでした。その為に必死に鍛錬を積み、その成果も戦場で沢山築いてきました。だが死を覚悟したある戦場で、あなたが現れた。あなたの圧倒的な力と、それを鼻にかけない高潔な精神を見た時、私がしてきた事は全て無駄だったと悟りました。あの屈辱は今でも忘れられません」

 こいつは昔から一度テンションが上がると聞いてもいない事をベラベラと得意気に喋る奴だった。
 話しがとても長くなりそうな事に苛立ち、舌打ちをする。

「しかし、あなたの後方支援をすれば、あなたの功績に便乗して出世できるとも思いました。その見立ては正しかったです。しかし平和が訪れると全てが変わりました。あなたの強さは全く役に立たず、高潔さも物事を成す弊害にしかならなかった。平和な世の中で役に立つ力は、カネ、権力、大衆の扇動力です。私はそれを持っていた旧領主に従っていた馬鹿貴族どもに接近しました」
「動機は逆恨みと出世欲か。予想通りだな。で、ゲロしそうな奴を口封じで殺したと」
「それもありますが、勇者様失脚後に行う領の改革を邪魔されてはかないませんからね」

 話の腰を折るためにチャチャを入れたのだが、まだまだ続きそうだ。
 言っていることを聞き流しながら、大あくびをして鼻くそをほじり始める。
 しかし、デミトリウスは、じょう舌な自分に酔っているようで、それを気に止めない。

「本来の自分と、かけ離れた姿を多くの罵声を浴びながら演じ続けた執念、実に見事です。しかし奥方や子供たちの無念を晴らし、勇者としての正義を成すために行ったそれも――」

 何やら変な決めつけをしているようだ。これ以上は、めんどくさくて付き合いきれないので、話しをぶった切ることにした。

「なに言ってんだお前? 俺はカネが欲しいからお前をパクりに来ただけだぞ」
「……は?」
「生活費が2人分増えたせいで博打もいけねえし、女も買えねえし。そんな時、200人も人殺した奴が身近にいたんだ。換金しねえでどうすんだ」
「調べる前に私が罪人だと気づいていたと。そんな馬鹿な……」
「追放されて2、3年たった頃には気づいてたわ。誰が一番得したか考えりゃ丸わかりじゃねえか」
「見栄を張るのはやめたらどうですか? じゃあなんで……」
「復讐しなかったのかってか。最初はしようとしたんだぜ。でも、めんどくせえからやめた」

 言葉は、かなり端折ったが率直な気持ちを伝えた。
 真相に気づいた時、名声を地に落としてしまったコウスケの話に耳を傾ける者などいなかった。
 そのため、人々の信頼を取り戻すべく生活を改め、様々な事に挑戦した。しかし、どれも勇者らしいキレイ事に心が流されてしまい、結果として全て失敗した。
 それを繰り返す中で、当時の自分の考えや行動はバカなガキの戯言だと気づいてしまったのだ。
 ナランハを初め多くの人々を自分の糞みたいなキレイ事で犠牲にしてしまったかと思うと、正義を振りかざし断罪する事や、無念を晴らす為に復讐することがただ面倒くさく馬鹿らしい事に思えてしまい、再び怠惰な生活をおくることを固く決意して現在に至っている。

「ッふフ。嘘は……」

 また長話をしそうなので鼻くそ丸めてデコピンで飛ばす。

「ゴッホ、ゴッホ……」

 鼻くそは、無事ベディの口の中に入った。
 飲みこんでしまったのか吐き出そうと必死になっている。

「ヒャハハ。きったねええ! そういや余罪もゴロゴロあったよな。調書を書くときに、ついでに、いくつか根も葉もない罪をでっち上げる予定だ。報奨金いくらになるか楽しみでたまんねえわ」

 荒い息を上げながらデミトリウスは、憤怒の表情でコウスケを睨みつけてきた。

「はあ、はあ……貴様の様な低次元な下衆に嫉妬した己が恥ずかしいわ!」
「ヒャハハハ」
「だが、調子に乗っていられるのも――おいどこへ行く!」

 あそこの角を曲がったところに伏兵の気配を5人くらい発見した。
 こいつがこの程度の人数で、自分を倒せると思っているはずがない。
 恐らく人質を抑えていて、何かの合図で動き出すつもりなのだろう。
 そうなったら色々めんどくさい事になりそうなので、合図を出される前に潰すことにする。

(……ガキ共が人質に取られることは予想できてたしな)

 案の定、角を曲がった直後に縛られて口枷をされているスカーレットとヴィオレと、その首元に剣を突き立てている衛兵が2人いたので、

 「おらあ!」

 コウスケと接触して驚いている隙をつき、鼻っ柱をぶん殴り気絶させた。
 後ろにいる残りの奴も片っ端からぶん殴り意識を奪う。

「大丈夫だったか?」
「うわーん!」
「パパ―!」

 ロープと口枷をとると、同時に泣きながら抱きつかれた。
 小っ恥ずかしいので引き剝がしてからデミトリウスの所に向かい、

「と言う訳で、もう人質はおりませ~ん♡」

 そう変な声色で大声を出しながら、変な顔と変なポーズをした。

「ハハハ。それ勝ったつも……」
「うるせえよ!」

 一緒に遊んでいた子供たちをはじめ事件の犠牲なった人々の事。ナランハとお腹の子供の事。スカーレットとヴィオレの事。色んな人々のことを思いながら、力強く握りしめた拳をデミトリウスのみぞおちに叩きこんだ。

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