500年眠りについた元賢者がスローライフを送っていたら、公爵閣下に気に入られた件について

ペンギン

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500年後の世界でスローライフ

ありがとうの思いを君へ

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 シルフィードはミューゼリアの手記の案内に従い、地下2階から階段を上って寝室のある地上2階までやって来る。案内によれば寝室と廊下を挟んで向かい側は仕事部屋らしく、ドアを開けて部屋の入り口近くには簡易的な水回りと食器棚があった。部屋の奥側の日当たりのよい窓辺に大きな机と椅子、その後ろの壁に大きな書棚が置かれていて、全体的にサッパリとした印象だ。
 仕事部屋を出ると、向かいの寝室の隣に鍵のかかった小さな部屋があることに気が付く。他の部屋とは違いずいぶんと存在感のあるドアは、明らかに特注の魔道具で、専用の鍵以外では容易に空きそうにないことは明白だった。

『寝室の隣の部屋はちょっと特殊なのよね。サイドテーブルに置いてあった鍵でないと開かないの。その部屋の説明をするのは3階の説明をした後にしてくれる?』

 と、手記には書かれており、シルフィードは不思議に思いながらもその言葉に従って、3階へと階段を上った。



 3階は一応ゲストルームということで必要最低限の家具が置かれた一室と、それ以外はルーフバルコニーになっていた。バルコニーはかなりの広さを誇り、日当たりも抜群によく、洗濯物を干すのに最適であると言える。また手記によると倉庫の中に植木鉢や植物の種といったものもあるらしく、ガーデニングをすることがおすすめとあった。なんとも至れり尽くせりで、頭が下がる思いである。
 シルフィードはバルコニーの中央で大きく深呼吸し、暖かな日差しと澄んだ空気を胸いっぱいに取り込んだ。身体を思いきり伸ばして軽く体操をすると、何だか自分が悩んでいることが小さなことであるかのように錯覚してくる。



 思えば、寝たきりになって眠りにつくまでの数か月間、身体を動かすこともままならず、常にだれかの介助を必要としていた。本を読むことも食事をすることも自力でできなくなって、そのことに仕方のないこととはいえ自尊心が傷ついていくのがわかった。ずっと部屋でおとなしく過ごしている日々というのはそれだけでも鬱屈とした感情をため込む原因となり、感覚を失っていったことでそれは諦めに変わったのだ。それがこれからは誰に頼らずとも自分で歩いて家の中を行き来し、こうして外へ出て気持ち良さを甘受することができる。おなか一杯おいしいものを食べて、好きな本を読んで、疲れたら昼寝をする。前触れもなく襲ってくる激痛に苦しむことも、何もかもが分からなくなっていく恐怖に夜眠れなくなることもない。そんな当たり前な日々がこの上もなく素敵なことに思えて、それを自分へくれた大切な人たちに心の底からの感謝を送りたくなった。



―――その大切な人たちが、今はもうどこにもいないという事を理解していても。



 シルフィードは喜びと悲しみが交錯し生じた胸の痛みを、ゆっくりした深呼吸で鎮めると、室内へと戻って、2階の寝室へ向かった。







 カチャリ、と魔道具である鍵から音がしたのを聞いて、シルフィードは鍵穴から鍵をとりだす。すると2階の小部屋へと続くドアはひとりでにスライドしていき、ぽっかりと口を開けた。

 なかなかに仰々しい出だしに不安感が高まるが、胸元をぎゅっとつかんで押し殺し、部屋へと入る。



 その部屋は、ぱっと見どこにでもある物置部屋のようであった。

 部屋の左右に何本か柱が立っており、その一つ一つに立派な木の板を取り付けて、備え付けの収納スペースになっている。収納スペースには各段ごとに何が入ってるのかわからない大きな革袋が置かれていて、それがすべての収納スペースに置かれているせいで、どれから中身を確認したらよいか迷ってしまうほどだ。



『この部屋で貴方が最初に確認するべきは、革袋の方じゃないわよ、シルフィ。部屋の奥にある大きなトランク。それを開けてみて』



 手記の指示に従い部屋の奥に進むと、そこには大人数人くらいなら余裕をもって入りそうなほど、大きなトランクが置かれてある。全体的に焦げ茶色で、魔物の皮でできているだろうそれは、それだけでも結構な値打ちが付きそうな、豪華なトランクであった。



―――はやる気持ちを抑えてトランクの留め具を外し、開ける。そこにあったのは…。



「手紙…………。これっ……て……、はっ!!」



 手紙の宛名には「親愛なるシルフィードへ」の文字。そしてその上には、18、と書かれている。



 シルフィードはトランクにいっぱいに並べられた手紙を、一つずつ確認する。間違いない。それらはすべて、17歳で呪いにかかり年を取らなくなったシルフィードに対する、バースデーカードだった。



「こんなにたくさん……。じゃあ手紙の隣にある、たくさんの包みは……。収納スペースの革袋は……!!」



 シルフィードは何かに急かされる様に、ミューゼリアの手記を手に取って、ページをめくった。



























『貴方が呪いにかかった17歳のときから、心の底から誕生日を祝うことができなくなったでしょう?そのことを気にしていたのは私だけじゃなかったのよ。それに、もう直接伝える機会がなくなっちゃったから、年々増えていった誕生日祝いをこのトランクに入れてしまっていたの。

そしたらおかしいわよね、みんな私と同じことを考えていたらしくて、だったらもう誕生日祝い専用の部屋をつくるか!!って話になったのよ。



それとね、みんなと話し合った結果、私が代表で伝える係になったんだけど。

貴方が戦闘の最後に障壁を張って黒竜のカウンターマジックを防いでくれた時、それでもどうにももたないからって、ことなんて、みんなとっくに気が付いてたのよ?貴方、自分が嘘つくの苦手なの気付いてないでしょう。

…全く。主人にまで嘘をつく従者がありますか。いつか文句を言ってやろうと思ってたから、やっと言えてすっきりしたわ。ほんとはみんな貴方に謝りたかったのに、龍災を鎮めた後、貴方が自分以外のパーティメンバーの無事を聞いて、あまりにも嬉しそうにしていたもんだから、言えなかったそうよ。あの「氷獄」ですら、気を遣って知らないふりしていたなんて、驚きでしょ?

 ただその代わりに、この部屋の荷物が増えることになったわけだけれど』







「……そうだったんですね。それは申し訳ありませんでした。でも、仕方ないじゃないですか。あの時は魔力切れぎりぎりで、無我夢中だったんです。そんな状況でみんなを守ることができたことが、本当に嬉しかったんですよ」



 零れ落ちる雫が雨になって、手記帳を濡らしてゆく。かつてのパーティメンバーたちと過ごした日々は、せいぜい二年くらいであった。それが、こんなにも大切にされて、思われていたことを彼女だけが知らなかった。自分が龍災時に成した事。その本当の価値に気が付いていなかったのは、シルフィードだけであったから。

 そして護られた者たちが、護ってくれた者に対して、どのような感情を抱くのか。護られた者たちのその後の人生に、どれほどの影響をもたらすのかを、シルフィードは知らなかった。







『もう十分、わかったでしょ。貴方は私たちを護った分、自分の人生を生きる権利がある。幸せになる資格がある。でなければ、ここにあるすべての思いが報われないわ。私たちは貴方と共に生きてはいけないけれど、ここに置いていった思いは、きっとあなたと一緒に生きていくから。



だから、これからもよろしくね、シルフィード。



                ―――――そして、さようなら』







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