cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第二十一話 偽りの『絆』

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道具。ユーガとトビから聞いた話によれば、四大幻将の『無垢のレイ』は自分の事をそう言ったらしい。ネロはそれを思い出し、前を歩くトビに声をかけた。
「トビ。レイはさ、自分は道具だって言ってたんだよな?」
「・・・ああ」
「じゃあ、レイは自分の意思で俺達と戦っているわけではない、という事なのかな?」
「知るかよ。俺にそんな事聞くんじゃねぇよ」
トビはそう言って顔を背けた。ーが。
「・・・お前も、人に使われて生きてきたんだろ」
ネロのその言葉に、トビは驚いてネロに顔を向けた。
「悪いな。前にフォルトでユーガと夜話してるの、聞いてたんだよ」
気が付かなかった。確かにあの時、ユーガに意識を集中させてはいたが、ネロに気付けなかったとは。
「・・・だから、何だ」
「いや?ただ、そういうのを味わってるお前なら何かわかんのかなって思っただけさ」
まったく、嫌な事を思い出させてくれる、とトビは内心舌打ちをした。ユーガもそうだが、ケインシルヴァ人は嫌な事を思い出させる天才なのかもしれない、と思う。
「・・・ネロ。余計な事言うんじゃねぇ」
トビはそう言い捨て、踵を返して下へと続く通路へ足を踏み出した。暗い闇が、トビの瞳と同じように怪しく影を深めていった。
(・・・うぜぇったらねぇぜ)
トビが頭をがしがしと掻いて、ちっ、と舌打ちをした、その時。
「おーい、トビ!」
後ろから小走りをする足音が聞こえて、もはや聞き慣れてしまった明るい声が耳に届いた。
「・・・何だよ」
「ネロの固有能力(スキル)の事なんだけどさ、何か知らないか?ネロに聞いても教えてくれねぇんだよな」
そんな事か、とトビは嘆息する。
「・・・知るかよ。ルインにでも聞けば良いじゃねぇか」
「それがさ、ルインも教えてくれなくてさ・・・何なのか気になるんだよな」
「気になるなら、ガイアの教会で聞けよ」
トビは腕を組んで、ユーガを見た。ーと、トビは不意に『何か』の気配を感じ、後ろを振り向いた。闇に紛れているが、確かに『何か』はいた。
「・・・気付きましたか、トビ」
ルインがそう言って、目をつぶりながらそう言った。恐らく、ルインの固有能力である『元素探知』を使用しているのだろう、とユーガは思った。
「・・・ああ。何かいやがる」
「え・・・」
ユーガはそれを聞いて、やっぱり、と剣に手をかけた。先程、ユーガが感じた妙な気配をトビ達も感じ取っているのかもしれない。魔物だろうか?それとも、人だろうかー?
「・・・隠れてねぇで出てこいよ」
トビが闇に向かってそう言い放った。すぐに足音と共に、ふふ、と笑い声が闇の中に響き渡った。ユーガの横に立つミナが、その声に肩をすくませているのをユーガは見た。
「あーららら・・・バレちゃったかぁー。そこの『緋眼』の君は、さっきちょっと気付いてたみたいだけどねぇ」
その暗闇の中から現れた姿に、全員が唖然とする。ルインが震える口を、ゆっくりと開いた。
「・・・あなたは・・・まさか・・・!」

ユーガ達は、暗闇を裂いて現れた『彼女』の姿を見て、その場に立ち尽くした。見た感じの年齢は、ユーガよりもかなり幼く見え、紫のマントから黒い羽と尻尾を現している。それが、ユーガ達と同じ『人間』ではない事を物語っていた。
「・・・てめぇ・・・『魔族』か?」
トビはそう言って、銃を引き抜いた。『彼女』は事もなげに、
「そうだよ?」
と首を傾げた。トビはそれを聞いて、さらに警戒心を高めた。今回ばかりは、ユーガも警戒して剣に手をかけたまま、『彼女』に尋ねた。
「・・・君は、何者なんだ?」
「・・・ふふん、知りたいかい?」
『彼女』は怪しげな笑みを浮かべて、マントを靡かせてその場で一回転した。
「アタシはリフィア・ブラッドって言うんだ。そこの『蒼眼』の少年の言う通り、アタシは確かに『魔族』のサキュバスさ」
『彼女』ーリフィアは、にへっ、と笑って八重歯を見せた。
「サキュバス・・・本当に実在していたとは・・・」
ルインが驚きを隠せない様子で呟く。それは、ユーガも同じだった。
「・・・って事は、君がガイアの人達を攫ったのか⁉︎」
「ガイア・・・ああ、もしかしてキミ達はその事を調べに来たのかい?」
リフィアはマントの中で腕を組み、ユーガ達に尋ねた。
「それだけってわけじゃないけど・・・」
「知ってるなら」とトビが眼を細めて言った。「さっさと吐け。こっちも急いでるんだよ」
「おーおー、物騒だねぇ。・・・残念ながら、アタシは噂しか知らないよ。サキュバスの村ってのがあるんだけど、そこで噂が流れててね。ガイアの人達を攫ったとか何とか、ってね」
「では」とシノ。「その村へ案内してください」
「んー、今はちょっと無理だね。ここから近いけど遠いところにあるから、さ」
近くて遠い?ユーガとトビは顔を見合わせて怪訝そうな顔をした。トビはそれに怒りを覚えたようで、これ見よがしに舌打ちをした。
「お前・・・何なんだ。どうして俺達の後をつけていた?それに、どうしてお前が『緋眼』と『蒼眼』の事を知っている」
「それはね、アタシの目的に関係している事なんだ。どうして『緋眼』と『蒼眼』を知ってるかと言えば、アタシが『魔族』だからだよ。アタシは人の様々な負の感情から産まれた存在だから、色々な人の情報を得る事ができるんだ」
「・・・情報が豊富なのはわかった。なら、お前の目的とは何だ」
そのトビの言葉を聞いたリフィアは、どん、と大きなー何が、とは言わないがー胸を拳で叩いて笑みを浮かべた。
「アタシの目的はね、キミ達と同じ存在ー『人間』になる事さ」
「に、『人間』になる・・・?」
ネロは剣から手を離さず、確かにそう言ったリフィアを見た。
「サキュバスの世界ってのも中々大変でねぇ・・・アタシの妹も『人間』になったって聞いてさ、アタシもなりたくなっちゃったんだよね。『人間』にさ」
そんな事ができるのか?とユーガは首を傾げた。サキュバスというのは、ルインから聞いた話によると人の心の闇から産まれたと言っていた。その存在が、『人間』として生まれ変わる事はできるのだろうかー?
「できる、という話だけどね。その方法は、自分で探さないと意味がないと言う話なんだよ。だから、アタシはその方法を求めて旅をしてるんだ」
リフィアはユーガの心を読んだかのように頷いた。トビは視線を動かして、ユーガを見た。今回の相手は『魔族』だ。こんなどう考えてもやばい奴を、流石に信じる事はできないだろう、と思う。今、自分が一人なら手に持っている銃でリフィアとかいう奴を撃ち抜いているだろう、と嘆息した。ユーガがこの状況でどう動くのか、こんな場でもまだ、『絆』とやらを信じるのか。それを見たかった、というのがトビの思惑だった。
「リフィア・・・だっけか」
その声にユーガ達は首を巡らせると、その声の主はネロだった。
「あんた、『魔族』なんだろ?なのに、どうして俺達と普通に話したりしてんだ?」
「キミ達、『魔族』は人を襲うものだって勘違いしてないかい?残念ながら、そういうわけではないんだ」
違うんですか、とミナが言い、リフィアは明るく頷く。
「どっちかと言えば、アタシ達サキュバスは人間に協力的だからね。他の『魔族』はわかんないけど、少なくともアタシはキミ達に危害を加えるつもりはないよ」
「では、あなたは敵ではない、と?」
ルインが尋ねると、リフィアは八重歯を見せて頷く。ーが、トビは変わらず銃を下ろそうとしなかった。まだ、信じるわけにはいかない。そう言って近付き、裏切るつもりなのだ。そんな事、わかりきっている。
「リフィアさん」
その時、ユーガがリフィアの名を呼び、剣を収めてリフィアの前に立った。
「『人間』になるって事・・・俺にも手伝わせてくれないか?」
「ユーガ・・・⁉︎」
ユーガの言葉に、トビは驚いた。まさか、本当にこの得体の知れない『魔族』を信じようと言うのかー⁉︎
「お前、正気か・・・?何されるかわかんねぇんだぞ?裏切られる可能性だって考えられる」
「けど、裏切らないかもしれないだろ?それに、もし本当に俺達を裏切るのなら、目的とか『魔族』の事についても教えてくれなかったと思うよ」
「まぁ」とルインが首を振った。「そうですね。罠だとするなら、回りくどすぎる。私達が気付かない間に奇襲を仕掛ければ終わりでしたからね」
そうだな、とネロも頷く。
「・・・完全に信じるわけではないが、その『人間』になる方法ってのも興味があるしな。しばらくは一緒に行動するさ」
「ええ・・・それに、ユーガさんが信じたのなら私も信じます」
と、ミナも。
「私は研究をしたいので。『魔族』について、色々知りたいこともありますから」
シノも言って、頷く。
「おやおや、良いのかい?そこの『蒼眼』のキミの言う通り、アタシはキミ達を裏切るかもよ?」
「『キミ』じゃねぇ。トビだ」
「ああ、ごめんごめん。トビ君。・・・で、ホントに良いのかな?」
リフィアの言葉に、ユーガは頷いた。それは、自信に満ちた、『絆』を信じると言わんばかりの顔だ。トビはそれを見て大きく嘆息し、銃を下ろした。こうなったら、ユーガは何を言っても聞きはしないのだ、という事くらいはわかるほどにはなっていた。
「よろしく、リフィアさん」
「呼び捨てでいいよ。キミ達は?」
リフィアが尋ね、ユーガ達はそれぞれ簡潔に自己紹介を済ませたー結局、トビは一言も話さず、ユーガが紹介したー。
「ん、わかった。ところで・・・ネロ君、だっけ?」
リフィアはネロの名を呼び、ネロは首を傾げた。
「な、何だよ?」
「キミ、ルーオス家の子爵だって聞いたけど・・・ぶっちゃけ、お金持ち・・・なのかな?」
ニヤリ、とリフィアは笑みを浮かべてネロの肩を組んだ。ーその時、ネロの腕に柔らかい感触があり、ネロが眼を向けると大きくはないが『それ』がネロの腕に押し付けられていてネロは思わず、うぉ、と小さく叫んで後ろに飛び退いた。
「な、な、なん・・・」
ネロは回らない呂律を感じながら赤面した。リフィアは、あらら、と銀の髪をくるくるといじりながら微笑んだ。
「ふふ、ネロ君はウブだねぇ・・・」
「か、からかうんじゃねぇよ!」
ネロは叫び、リフィアは、ひゃー、とおどけた。
「・・・ユーガ」
それを黙ってぽかんと見ていたユーガに、ルインが声をかけた。
「ん?」
「あなたの行動・・・私は良いと思いますが、それでも世の中にはあなたを騙す行動をする人物がいる可能性も捨てきれないんです。ですから、警戒は怠らずに」
「あ、ああ。わかった」
ユーガは答えて、騒ぐネロとリフィアの方へ歩いて笑顔を見せた。
「おーい、俺も混ぜてくれよ!」
「・・・本当にわかったんでしょうかね」
ルインの呟きに、ミナとシノは首を振った。恐らく、こんな警告をしてもまたユーガは他人を信じるのだろう。
「おーい、トビ!」
ユーガの声に視線を上げると、ユーガは一人離れたところで腕を組むトビに声をかけていた。
「トビも来いよ!」
「・・・今は急がないとだろうが」
「いーからいーから!ほらほら!」
ユーガはそう言ってトビの腕を引っ張った。トビは、は?とユーガを睨んだが、ユーガは力を緩めようとはせずトビをネロとリフィアのところへ引っ張っていった。
「・・・珍しいです」
その様子を見て、シノがそう言った。何がですか、とミナが尋ねる。
「あんなにトビさんに絡もうと、何度冷たくあしらわれても、している・・・」
「ユーガの」とルインは腕を組んだ。「『絆』を信じる想いは・・・とても強いものなのでしょう」
ミナは二人のその言葉を聞いて、眼を細めて呆れるトビと楽しそうに絡むユーガを見て、微かに微笑んだ。

茶番はここまで、と言わんばかりにトビは嘆息した。いい加減奥に進んで調査を調べないといけないという事をユーガも思い出し、行こう、と全員に声をかけた。全員は歩き出すが、それでも変わらずネロをからかうリフィアを横眼で見ながら、トビはユーガを呼んだ。
「俺はどうなっても知らねえぞ」
「リフィアは悪い人・・・あ、人じゃないんだっけ、悪い『魔族』じゃないって言ってたし、大丈夫だって!」
「・・・それが嘘の可能性だってあるだろうが」
「その時はその時!細かい事は考えすぎんなって!」
「お前とはかなり考え方が違うらしいな」
「そりゃそうだって!俺とトビは違う人間だろ?」
ユーガは微笑み、トビを見た。
「・・・」
「それに、俺には皆が・・・トビがいるからな。もしそうなったら、皆で話を聞こう。きっと何か理由がある筈だよ」
ユーガのその言葉に、トビは呆れた。裏切る奴に理由?そんな物があるわけがない。そんな奴にろくな奴はいない。
「大丈夫だって!リフィアは敵じゃないよ!」
ユーガはトビの表情を察しているのかいないのか、笑顔を収めず言葉を重ねた。
「・・・勝手にしろ」
トビは呟いて、歩みを早めた。どうして。どうしてユーガは、見ず知らずの『魔族』を信じているのか?どうして、何も疑わないのか?どうして、自分を信じているのかー?
「・・・理解できねぇな」
トビは頭を掻いて呟き、舌を打った。ーと、トビの頬を、つん、と誰かが突いた。何だ?と思いその方向に視線を向けると、シノが立っていた。相変わらず無表情だが、どこか猫を彷彿とさせる顔だった。
「・・・シノ・・・?」
「ユーガさんの事、信じられませんか」
「・・・・・・」
トビは黙った。信じられないわけではない、というのが本音だったからだ。事実、ユーガをここまで来た。あの馬鹿がいたからこそ、切り抜けられた部分もなくはなかった。ーが、認めたくない、というのも本音だったのだ。これまで散々利用されて、今更人を信じろ、と言われても難しい話なのだ。
「私は、ユーガさんは信じても良いと思います」
「・・・何でだよ」
「ユーガさんは強い想いがあって、それを信じようと必死にもがいている。その姿は、誰かを騙そうとしているようには見えないんです」
「・・・くだらねぇ。ただ馬鹿なだけだろうが。お前もユーガに影響されたか」
トビはさらに苛立った。どうして、シノもユーガを信じるのだろうか。なぜ軽々と、人を信じられるのだろうか。それが、どうしてもわからなかった。
「なぁ、あれは・・・?」
ユーガの声に顔を向けると、そこには巨大な機械ータンクのような物ーがある。
「何だ?これ」
ユーガが指をその機械に向けた。それは、様々な色に発光して怪しく光っている。その機械の下部分には、操作盤のような物もある。それ以上下に降りる道も無い為、ここが最深部なのだろう、とユーガは思った。
「この操作盤・・・何でしょうか?」
ミナが機械に近寄った、その時。
「ミナ‼︎上です‼︎」
ルインが叫び、ユーガも気付いた。咄嗟に走り、ミナを背中に剣を構えて庇う。その直後、凄まじい轟音と共に何かが降ってきた。激しい揺れが地面を走り、ユーガの後ろのミナが、きゃ、と小さい悲鳴を上げて体制を崩した。それをユーガは咄嗟に剣を持っていない左手で受け止めた。
「ミナ、大丈夫か⁉︎」
「は、はい・・・大丈夫、です・・・あ、ありがとうございます・・・」
かなりの近距離でユーガの顔をまじまじと見てしまい、ミナは体温が一気に上昇するのを感じた。しかし、ユーガはそれに気付かず落ちてきた『何か』に眼を向けた。『何か』は機械の動作音と共に煙の中から現れた。楕円形の顔に、可愛らしくも見える瞳と一直線の口の模様、体はがっちりとした、まさしくロボットのようだった。
「こ、こいつは・・・⁉︎」
ユーガが剣を握りしめ、そう呟くとリフィアがネロの後ろから顔を出して、
「そいつはゴーレムだよ!アタシ達を侵入者と判断してるんだよ!」
「何だって⁉︎」
ユーガが言い終わると同時に、ピッ、という音がして、そのゴーレムは顔をユーガ達に向けた。
『・・・シン・・・ニュウシャ・・・ハッケン』
「っ!」
『ハイジョ・・・カイシスル。ハイジョセヨ』
「ユーガ!来ますよ!」
ルインの声と同時に、ゴーレムはユーガとミナに向けて巨大な腕を振り下ろした。間一髪でそれを避け、ユーガ、トビ、ミナ、シノ、リフィアが戦闘体制に入る。その他はタンクのような機械に危害が及ばないような位置に着いた。操作盤が壊れてはどうしようもない、とルインとネロは判断したのかもしれない。
「緋龍爪閃破‼︎」
「紫空裂刃‼︎」
ユーガの剣技とミナの短剣技がゴーレムを襲う。一瞬ゴーレムの動きが止まり、トビとシノがすかさず魔法の詠唱を始めた。
「闇よ、悪しきを呑み込め・・・ナイトメアセルド」
「黒狼の咆哮、響いて締めよ。ハウリングブレック」
魔法が完成すると同時に、リフィアが即座にゴーレムに向かって走った。マントの中から腕を出し、その手に装備している爪でゴーレムの足を易々と引き裂いた。ゴーレムは体制を崩しかけるが、腕で何とか耐えてもう片方の手でリフィアに拳を振り下ろす。爪で引き裂いたリフィアは体制を整えられず、咄嗟に腕で防御の構えを取った。ユーガはリフィアを助けようと走るが、間に合わない!
「まずいかもねぇ・・・」
リフィアは、にっ、と笑い、汗を流して眼をつぶった直後、鈍い音が響いた。ーが、リフィアの体はそのままそこにあり、特に怪我も見えない。
「!」
ユーガ達は驚いた。ゴーレムの拳を今にも押しつぶされそうになりながら支えていたのはー!
「ネロ⁉︎」
そこには確かにネロが、剣で拳を支えていた。ルインと一緒にいた筈だが、危険を察知してリフィアを庇ったのだろう。
「・・・何やってんだ、さっさとやってくれ!」
ネロはリフィアに叫び、顔を顰めた。リフィアは防御の構えを解いて、ゴーレムの後ろに回り込み、爪を背中に突き立てて一気に振り下ろした。
「ヘルクロウ‼︎」
ゴーレムはそれを受けて、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。それと同時に、ネロも膝を地面に着いて肩で呼吸をした。舌打ちをして、トビがネロに回復魔法をかける。
「ネロ君・・・どうしてアタシを庇ったのか教えてよ」
リフィアはネロに怪訝そうな顔を向けた。そんなの、とネロは息を吐きながら言う。
「危なかったからに決まってんだろ。それに、ユーガなら同じ事してただろうしな・・・」
ユーガはネロの言葉を聞いて、ああ、と笑顔で頷いた。それに、とネロは言葉を続ける。
「眼の前で困ってる奴がいて、それを助けないなんて俺の流儀に反するからな」
リフィアはそれを聞いて、ふーん、と笑みを浮かべた。
「まぁ、とにかく助かったのは事実だからね。ありがとう、ネロ君」
「ま、まぁ・・・無事なら良かったよ」
ネロが顔を赤らめて頬を掻いた。 

その時、ピッ、という機械音が響き、その音の方へ顔を向けるとシノが無言で操作盤を操作していた。
「シノ、どうだ」
トビがシノの横に立ち、操作盤を覗き込んだ。淡い光がトビの顔を照らし、トビは少し眼を細めた。
「・・・今のところ、作られていると思われる『人工精霊』は・・・風、氷、炎、闇の四体だと思われます。ここの元素(フィーア)の値が、非常に大きくなっていますから、間違いないと思います」
「・・・と、すると」とルインが腕を組んだ。「作られた『人工精霊』は、シルフ、セルシウス、イフリート、シャドウ、ということになりますね」
「・・・もしかして、これって四大幻将全員に『人工精霊』がいるのかな?」
ユーガはそう言って首を傾げた。なるほど、とネロもふらつきながらも頷いた。
「『絶雹のキアル』にはセルシウス、『煉獄のフィム』にはシルフ、他の『無垢のレイ』や『鬼将のローム』にもそれぞれ『人工精霊』がいると考えれば妥当だな・・・。その力を手始めに使うために、四大幻将達に分け与えたとすれば四体だけ生成したのも頷ける」
リフィアは、なるほどね、と腕を組み、尻尾をゆらゆらと揺らした。
「そうだとしたら、これ以上の『人工精霊』とやらの生成を止めなきゃいけないね」
ええ、とミナも頷く。
「これ以上は、世界が危険になってしまいます」
ユーガは改めて仲間達を見回し、あ、と頭を掻いた。
「リフィア、頼みがあるんだけど・・・」
「ん、どうしたんだい?」
「あのさ、サキュバスの村・・・だっけ?そこに俺達を連れてってくれないか?」
「・・・行方不明の人を探す、だっけか」
「ああ、うん。ガイアの人がどこに行っちまったのか調べないといけないんだ」
「良いけど・・・危険も多いよ?それでも行く?」
ユーガは胸の前で拳を握って力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。・・・皆はどうだ?」
ユーガは仲間達にそう尋ねると、仲間達は頷いたートビ以外はー。
「・・・トビは・・・」
ユーガがトビに向かって尋ねる。ーと。
「俺は降りる」
トビはそう言った。確かに、はっきりと。
「・・・トビ・・・⁉︎」
「俺の目的を忘れたか。俺がログシオン陛下から頼まれてんのは『元素の不安定化』を調べる事だ。そして、元素を不安定にしているのはスウォーやスウォーが作り出した『人工精霊』だ。つまりそれを陛下に報告すれば俺の仕事は終わる。これまでお前らの茶番に付き合ってきたが、もうここまでだ。それに・・・俺は『魔族』と一緒に行動する事を良しとするほどお人好しじゃないんだよ」
「待てよ!」とネロ。「お前、自分の住んでる世界が危ないんだぞ・・・⁉︎それを、自分は無関係みたいに・・・!」
「知るかよ。スウォーが気に入らないならお前らで倒せ。俺は仕事を終わらせるだけだからな」
トビの言葉に、ネロは言葉を失った。
「じ、じゃあ、俺達もシレーフォまで一緒に行くよ!その後、一緒にサキュバスの村に・・・‼︎」
「まだわからねぇか」
ユーガの言葉を、トビの言葉が遮った。その声は今まで聞いたどんな声よりも低く、鳥肌が立った。
「俺はクィーリアの人間だ。目的は果たされた今、お前達と一緒にいてやる義理はねえんだよ。挙句、お前の考えやらなんやらを押し付けられ、『絆』とかいう物を信じさせられて・・・もううんざりなんだよ。わかったか。俺達の・・・」
トビは言いながら、立ち尽くすユーガの横を通り過ぎてユーガの右後ろで一度立ち止まり、
「道は、違えていたんだ」
とだけ言って、制下の門の出口へと一人で歩き出した。ユーガは何も言わずー何も言えず、その場に立ち尽くした。ユーガの周りでトビを何度も呼び止める声が聞こえたが、それはユーガの頭の中では意味を為さなかった。今回は、いつものように冷たくあしらわれた、というものではない。自分の考え方も、生き方も、全てを否定されたのだ。ユーガは激しい虚脱感を覚え、周囲の音が遠くなっていくのを感じた。

ネロ達はトビを追いかけて姿を探すが、一向に見当たらない。周りを探していた、ルイン、シノ、リフィアと合流したが、トビの姿は無かった。
「・・・くそ、トビの奴・・・!あんな奴だとは思わなかったぜ・・・!」
ネロが掌に拳を打ちつけ、怒りを露わにした。
「しかし」とルインが呟く。「ユーガがあんなに落ち込むとは・・・今はミナが見てくれていますが、一人にしたら・・・」
「ユーガ君、本当に仲間を信じてるみたいだね。まだ少ししか一緒にいないけど、本当にそう思うよ」
リフィアはそう言ったが、シノはどこか納得いかない表情を浮かべていた。
「シノ、どうしました?」
ルインが尋ねると、シノは少し腕を組んだ。
「・・・トビさんが露骨にあんな態度を取るなんて、珍しいなと思いまして」
「そうなのか?」
とネロが尋ねる。ええ、とシノは頷く。
「冷たくあしらう事はあっても、あのように完全に突き放す事はしないのですが・・・」
何なんだ、とネロのトビに対する苛立ちは収まるどころか、増していく一方だった。

「・・・ユーガさん、大丈夫ですか・・・?」
立ち尽くすユーガの肩に、ミナが手をそっと添えていた。
「・・・ミナ・・・俺は・・・俺は・・・」
「ユーガさん・・・」
ユーガは眼の前がぼやけるのをどうにもできなかった。今まで信じてきた物。それを否定されたユーガは、道を見失った。『絆を信じる』と言う道が。『トビに認めてもらう』という目標が、完全に砕かれてしまったのだ。
「・・・俺が信じた『絆』は・・・俺が俺の思いを押し付ける事、だったのか・・・?」
ユーガの声が震え、自分の手を強く握った。ユーガの頬を涙が落ち、ミナはユーガをそっと、優しく抱きしめた。
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