cross of connect

ユーガ

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絆の邂逅編

第三十七話 決戦は明日

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シレーフォの騒動がひと段落ついたのを見届けたユーガ達は急いでミヨジネアの首都、メレドルへと向かい、近くにある、と言うミナの言葉通りにメレドル周辺にある遺跡を『エアボード』に乗って空の上から探していた。その途中、ユーガは落ち着いた様子で静まり返っているメレドルの街を見下ろした。
「・・・スウォーの兵士達はどこに行ったんだ?」
メレドルの街の結界の前には何もおらず、ただ静寂だけがそこにはある。どうやら元素障壁フィアガドスを使用してメレドル内に立て篭もる作戦はかなり有効らしく、それのおかげでスウォー達の軍勢がいないのだろう、とユーガは思った。
『わかりません・・・が、ユーガとトビ・・・あなた方は大丈夫なのですか?』
ルインから唐突にそう話題を振られて、ユーガとトビは顔を見合わせた。
「ルイン、何がだ?」
『いえ・・・あなた方はヤハルォーツを倒した際にかなりの固有能力スキルを使ったようですが・・・無理はいけませんよ』
ルインの言う通り、ユーガ達ー基本ユーガのみでトビはそうでもなかったがーはヤハルォーツと戦いになった際に怒りに身を囚われてしまい、彼等の固有能力緋眼と蒼眼を解放して戦闘に臨んでいた。それから事態が収束するまでの間休んでいたとはいえ、ただでさえ時間がないというのに休んでる場合ではない、とトビの言葉にユーガ達は頷いてここまで来たのだ。多少なりともの無理はしているがそれを決して顔には出さず、ユーガはルインの言葉に頷いた。
「うん、わかった。ルイン、ありがとう」
『俺はそんなやわじゃねぇ』
相変わらずのトビの毒舌にユーガとルインは苦笑して、そういや、とネロが口を開いたのでネロの方へ視線を向けた。
『ミナは遺跡の場所知らないのか?』
『・・・実は知らなくて・・・話で聞いた事があるだけなんです。そういった名前の遺跡が、メレドル周辺にある、と』
『なるほどねぇ』とリフィアは頷いてネロのエアボードの横に並んで飛んで、視線のみをネロの方へ向けた。『ま、頑張って探そーよ。探せば見つかるんでしょ?』
『はい・・・この近くには必ずあるそうなのですが・・・一度バラバラになって探してみましょう』
ミナの言葉に仲間達は頷いて一度離れて捜索を開始し、ユーガが辺りを見渡しているとユーガのエアボードの横にトビが先程リフィアがそうしたように横に平行に並ぶように飛び、ユーガにだけ聞こえるように設定されたスピーカーに向かって口を開いた。
『・・・ユーガ、お前はスウォー達の軍勢・・・どう思う』
「へ?」トビの質問にユーガは素っ頓狂な声で返し、小さく首を傾げた。「メレドルに立て篭もった人たちはどうしようもないから諦めてどっかに行ったのかな、って思ったけど・・・」
『相変わらず楽観視してるな』
トビは呆れたように、鼻を鳴らしてユーガに髪に隠れていない左眼を蒼色に輝かせてそう呟いた。
「トビはどう思ってるんだ?」
『・・・恐らく、メレドルの警戒心が薄まった直後を攻めるその機会を待ってるだろうな。警戒心が薄まった時が一番攻めるタイミングだ』
トビのその考えを聞いてユーガは、なるほど、と呟いてトビの方へ視線を向けた。
「じゃあ、どっかに隠れてるって事か・・・?」
『多分だがな』
「・・・時間があったら探してみよう、トビ」
『・・・時間があればな』
トビがそう言ったその直後、スピーカーからミナの声が響いてきて、ユーガとトビはそれぞれスピーカーに視線を向けた。
『ユーガさん!トビさん!ありました!』
「わかった!ミナ、ありがとう!」
『行くぞ、ユーガ』
ユーガとトビは顔を見合わせて頷き、ミナ達がいる遺跡に向かってエアボードの操縦桿を傾けると、エアボードはその方向へ向かって移動を始めた。

「ここが・・・シェイド遺跡ですか」
シノが遺跡の入り口で暗闇に包まれている遺跡の内部を見つめながら、起伏の無い声で呟いた。
「こりゃ・・・かなり暗いみたいだねぇ。こんな時は・・・」
リフィアはそこで言葉を区切り、ユーガの両肩を後ろから両手で掴んで、遺跡の内部が見える場所までユーガを無理やりそちらへ促し、そこに立たせた。
「ユーガ君の『緋眼』でしょー!キミの『緋眼』なら何か見えるんじゃない⁉︎」
ユーガはリフィアにそう急かされて暗闇の奥を見ようとしたがなぜかそれは叶わず、あれ?と首を傾げた。
「見えない・・・おかしいな・・・?」
「おいおい、ユーガの視力なら昔はこんくらいの暗闇は楽々見えてなかったか?」
「う、うん・・・あれ・・・?」
ユーガがもう一度見ようと眼を細めると、ユーガの中から突如イフリートが現れ、その直後にルインからはシルフが、シノからはセルシウスが現れて、イフリートはユーガに向かってゆっくり首を振った。
『これはシャドウの能力・・・暗闇を作り出す事ができる奴の力だ。この闇はいくら汝であろうとも見通す事はできぬ』
「・・・そのシャドウってのは随分と性格が悪いんだな」
「お前が言うなよ、お前が」
トビの言葉にネロが即座にそう呟いたが、トビに視線と銃を持った手だけをネロに向けて、それ以上言ったら命はない、と視線の圧のみでネロにそう伝えた。しかしネロはもはや慣れたように、ひゃー、と冗談めかして笑顔を浮かべ、トビからジャンプで僅かに後ろに下がった。トビは舌打ちをして銃をホルダーへと収め、遺跡内部へと続く下に向く階段に足をかけた。
「・・・へぇ」
「トビ?」
ユーガがトビの隣に立って首を傾げると、トビは感心したように遺跡内部へと視線を向けていて、ユーガに視線のみを向けて口を開いた。
「闇の精霊・・・シャドウはどうやらマジにかなり意地悪らしいな」
「何で?」
「・・・てめぇの『緋眼』ですらも見えねぇ闇を生み出すならまだしも、俺の『蒼眼』による聴力でも何も聞き取れねぇ。恐らく、この遺跡の中に入ると固有能力スキルが使えなくなるんだろうな」
ユーガは驚きに眼を見張り、イフリートへ視線を向けるとイフリートは、その通りだ、と言うようにユーガに頷きかけた。
『・・・恐らく、我が主ですらもこの中の元素フィーアは感知できないと思われます』
「・・・ルインさん、やってみていただけますか」
シルフの言葉を聞き終えてからシノがルインに視線を向け、ルインは頷いてユーガとトビの間まで歩いて立ち、元素フィーアを感知するために眼を閉じた。ーが、すぐに眼を開いて首を振った。
「・・・ダメですね、感知できません」
「そうですか・・・」とミナは少し気難しい表情で一度精霊達に視線を向け、その後ルインに視線を向けた。「・・・私達の固有能力スキルが使えないとなると・・・シャドウさんを解放する際に大変なのではないでしょうか・・・?」
『それは恐らく問題ないであろう』
とセルシウスがミナにそう優しい声音で声をかけ、ミナから怪訝そうな表情を向けられてからセルシウスはそれに答えるように更に言葉を継いだ。
『シャドウを解放する際には奴にこの闇をどうにかするように説得してみよう』
「ま、行かないと始まんないし?早めに行こ~よ!」
リフィアの言葉にユーガは頷いて、どこかもやっとしたような空気を感じながら階段を降りていき、ユーガの足が地面に着くとユーガの周りには光は無くなり、辺りはほとんど見えなくなってしまい、ユーガの胸の中には少し怖さが浮かんだが、すぐその後ろに仲間達も着いてきてくれたのでユーガは、ほっ、と安堵した。
「・・・ユーガ」ルインがそんなユーガの肩を指で突っつき、ユーガの視線をルイン自身に向けさせた。「どうやら魔物はいるようです。気配でわかりますが、その数は決して少なくないようですよ」
「わかった。気をつけて進もう」
ユーガはイフリートが自分の中にいる事を確認してから、ぼんやりとではあるが見える仲間達に向かって頷いた。

「・・・あ~!疲れたぁ~!」
もはや見慣れた物となってしまった精霊の祭壇に到着した直後にリフィアがそう言って床に座り込み、そんな声をあげた。
「・・・情けねぇな。こんなんで疲れてるなんて、鍛えが足りねぇんじゃねぇの?」
トビはそう言ったが、気持ちはわかる、とユーガは思った。この遺跡には、侵入者避けなのかはわからないがトラップや遺跡内の仕組みを起動するための様々なスイッチがあり、それらが張り巡らされた三つの通路全ての最深部にあったスイッチの三つ全てを押さなければ精霊の祭壇は開かず、ユーガ達はそれを休憩なしでこなしたのだ。これまでの旅でもそういった物はあったが、今回ほど多くはなかったので、リフィアが疲れた、と言うのも当然であろう。
「だってぇ、あんなにたくさん罠があるなんて思わないよ!ねぇ、ネロ君!」
「・・・そうか?俺はこういう謎解きみたいなの好きだし別に疲れなかったけど?」
「えー⁉︎・・・ユーガ君、二人がいじめるよ⁉︎」
いきなりリフィアが半泣きー恐らく演技だろうが、それはユーガが気付くはずもなくーでユーガに駆け寄ったのを見て、トビはリフィアに呆れた視線を送りながら嘆息した。
「疲れたけど、もう少し頑張ろうぜ?リフィア」
疲れた、と言う気持ちはわかるが、それでもここで立ち止まるわけにはいかない。現在スウォーがどこまで計画を進めているのかわからないユーガ達には、なるべく早くスウォーを倒すのが得策だろう。
「それに」とユーガはリフィアに笑みを浮かべながらリフィアの肩に手を置いた。「リフィアはレイに会うんだろ?あとちょっとだけ頑張って、レイに会おうぜ!」
「・・・ちぇー、それを言われちゃなぁ・・・」
リフィアは渋々とユーガから離れて、頭を掻いて小さくため息をついた。
「わかったよ。ちゃちゃーっとシャドウとやらを倒しますかね」
ユーガはリフィアに頷いてから彼女に向けていた視線を逸らし、祭壇を見つめた。あそこに、シャドウはいる。シャドウを解放すれば、世界の乱れた元素フィーアは均衡を正す事ができ、そうすればスウォーの計画を止める事で世界を救う事ができる。さらに、恐らくだがスウォーを止める事ができればミヨジネアの内乱も止まるかもしれない。
「行こう」
ユーガは仲間達にそう言って、ゆっくりと足を踏み出して祭壇に向かって歩いた。祭壇に近付く度に心なしかユーガのすぐ横を『何か』が通り抜けるような気がしたが、足を止まる事はせずにそのまま歩き、祭壇の目の前でその足を止めた。その直後、ユーガの目の前で真っ黒い何かが祭壇から噴水のように吹き出してきて、ユーガ達は顔を両手で覆った。
「な、何だ⁉︎」
『・・・これは・・・!』
イフリートの声がユーガの頭の中に聞こえ、ユーガはそちらに意識を向けると、イフリートがユーガの中から出てきてまだ吹き出している何かに向かって右手を翳した。
『シャドウ!我だ!』
イフリートが制するようにそう叫ぶと、吹き出していた何かが段々と収まっていき、その中心には『それ』がー顔は細長く体は地の中へ埋まっているようで、両手には鋭い爪があって全身は真っ黒か何かが、そこにはいた。
『・・・・・・・・・』
『シャドウ、まずは我等の話を聞け』
『・・・・・・・・・』
シャドウはイフリートの言葉の直後にシノとルインから出てきたセルシウスとシルフの姿を確認のみして返事はせず、ただ黙ってイフリートの話を聞いていた。イフリートの話が終わると、シャドウはユーガ達の方へ体ごと顔を向けて、地の底から響いてくるような恐ろしく低い声をユーガ達に向ける。
『・・・来い・・・汝等・・・力・・・証明せよ・・・』
「戦えって事か」とトビは銃を引き抜いてシャドウにその先を向けた。「わかりやすくていい。ユーガ、ルイン、シノ。やるぞ」
ユーガ達は頷いてそれぞれ戦闘の構えを取り、シャドウに向かいー異変に気付いて、ハッと眼を見開いた。シャドウの姿はすでにそこには無く、ユーガ達の目の前にはただ暗闇が広がっていた。ーその直後、ユーガ達は腹部に鋭い痛みを感じて、体をくの字に曲げてその場に倒れ込んだ。その痛みに耐えながらユーガは仲間達に視線を向けると、痛みに顔を顰めながらも何とか無事なようで、良かった、とほっと息を吐いた。
(・・・けど、どうする・・・?こんな暗闇の中じゃ、まともにシャドウの姿を見る事もできないんじゃないか・・・?)
ユーガは考えを巡らせながら立ち上がり、剣を床に刺して体を支える。
固有能力スキルも使えないし・・・何とかしてシャドウの姿を捉えないと・・・!)
ユーガはそこまで考えてー何かの気配を感じて横に飛ぶと、ユーガのすぐ真横を闇の球体の魔法が通り抜けていき、それにユーガとトビは見覚えがあり、顔を見合わせた。
「・・・あれは、ヤハルォーツが使ってた・・・⁉︎」
「ダークスフィア、だったか?ヤハルォーツの魔法の何倍もの威力か」
トビは冷静にそう先程の魔法を分析し、ああ、と何かを思い出したようにユーガに向かって左手に持った銃を一旦ホルダーにしまい、左手の人差し指を突きつけた。
「いいか。この暗闇はシャドウが生み出した元素フィーアだ。つまりこの暗闇がある限り、シャドウに勝つ事はできねぇ」
「じゃあ、どうすればいい?このままじゃ・・・」
「うるせぇ、落ち着け。・・・お前らの精霊を使えばいい。精霊の力に対抗できる確率が高いのは精霊の力だ。精霊の力同士に偏りがあるとは思わねぇからな」
トビのその言葉にシノもまた頷き、今度はシノに向かって飛んできたダークスフィアを避けて金色のポニーテールを揺らしながら口を開いた。
「トビさんの言葉に同意。私達の精霊の力をシャドウに与える事で、シャドウに効果的なダメージを与えられると想定します」
「わかりました」とルインも頷いて、いつでも魔法を唱えられるように両手を体の前に出して戦闘体制を取った。「ユーガ、シノ。あなた達は私と精霊の力をシャドウにぶつけましょう。トビ、あなたは私達のサポートをよろしくお願いします」
「・・・死んでも知らねえぞ」
トビはぶっきらぼうに答えたが、恐らくそう言いながらもサポートをしてくれるだろう、とルインは思い、素直じゃありませんね、と小さく呟いて笑みを浮かべた。
「イフリート、行こう!」
「シルフ、行きますよ」
「・・・セルシウス」
ユーガはイフリートの力が体に満ちてくるのを感じながらゆっくりと息を吐いた。恐らく、ルインとシノも同様に精霊の力が満ちているのだろう。ーと、その時不意にシノが魔法の詠唱を始めて、ユーガとルインはシノに視線を向けた。
「シノ?何やってんだ?」
「・・・剛刃に更なる力を・・・シャープネス」
シノの唱えた魔法はユーガの握っている剣に元素フィーアを纏わせ、その刃はオレンジ色に光り出した。シャープネスは、魔法の力で剣の切れ味を何倍にもする補助魔法だ。ーさらに。
「・・・の者の魔の清浄・・・テリジェンス」
次いで唱えたその魔法はルインに元素フィーアが入り込んだようにユーガには見えた。テリジェンスは唱えた術者の魔法の威力を上昇させる補助魔法である。
「・・・行きましょう」
シノは淡々とそう言って、ユーガとルインにそう告げた。ユーガとルインはその言葉に頷いて、シャドウの姿こそ見えないものの、精霊の力を解放させる。
「焔に飲まれろ!熱風裂旋牙!」
ユーガは焔を剣に纏って両手で剣を握り、その場でぐるぐると大回転して焔を周囲へと巻き上げた。その焔でシャドウの発生させた闇が少し消滅し、その中でユーガの手には一撃だけだが手応えはあった。
「ユーガ、お前のその技は広範囲の技だ。恐らくその中に、シャドウはいる」
トビの言葉に回転を止めたユーガは頷いてー少し目が回ってしまい頭がくらくらするがー、素早く周囲に視線を巡らせ、そしてユーガはその周囲に満ちている闇の中に、何かが蠢くのをはっきりと見た。
「ルイン!」
「ええ。ー世界を廻る安寧の疾風、大地を揺るがす風となれ」
ルインの詠唱を聞きながらユーガとシノは闇の中に蠢く物へ向かって走り、そこへ攻撃を叩き込んだ。そこには確かにシャドウがいて、ユーガとシノの攻撃を受けたシャドウは闇に紛れて逃げようとしてー。
「・・・そこでストップだ。アクエドーム」
シャドウの周囲に元素フィーアで作られたドーム状になった水が発生し、シャドウの動きは一瞬だけ止まった。ーが鋭い爪の付いた右手でそれを振り払うように払いのけてトビを睨み、トビに向かって小さく呻き声を上げた。恐らくそれは、トビに襲いかかる、という合図。ーだが。
「そうだ。それでいい」
トビはそう呟いてホルダーに銃をしまい、シャドウに背中を向けた。戦闘に参加していなかったネロが驚愕の表情を浮かべてトビに向かって叫ぶが、トビは一向にシャドウの方を見ようとはしなかった。
「トビ‼︎何してんだ⁉︎シャドウが来るぞ!」
「来ねぇよ」
「は・・・⁉︎」
ネロはトビが何を言っているのか分からず、思わず剣を握ってトビの背中に立ってシャドウの攻撃を防ぐために駆け出ようとしてーリフィアがそれをネロの肩に手を置いて、止めた。
「リフィア・・・⁉︎」
「いーからいーから。見てなって」
リフィアにそう諭され、ネロは唇を噛んで小さく頷いた。
「・・・わかったよ・・・」
ネロの言葉を聞いて、トビはコートのポケットに手を突っ込んで頭を掻いた。その背中にシャドウの気配が迫ってくるのを感じるが、それでもトビはやはり戦闘体制を取らない。シャドウはトビの背中に鋭い爪を突き立てようと右手を振りかぶりー。
「・・・残念だったな」
トビはそう呟いて、振り返ってシャドウの足元に光る『罠』を指差した。その輝きにシャドウは腕を振りかぶったまま動きを止めており、それは動きたくても動けないように、ネロ達には見えた。
「グラビティ」
トビがぽつりと呟くと同時に、シャドウの周囲に今度は水ではなく紫色の上半球が現れ、シャドウを包み込むようにそれは広がった。その中でシャドウは起こしていた上体が地面に伏していて、ブルブルと痙攣を起こしているようであった。
「てめぇはこっち側に来ると思ったぜ。俺が先に張っていた罠に気付かずにな」
トビの言葉が終わると同時にようやくルインの魔法が完成しトビは、おせぇよ、とルインに呆れたように呟いて少しその場から離れた。
「サイクロン!」
ルインの魔法はまるで台風のような暴風を巻き起こし、グラビティの魔法が切れて地面から起き上がったシャドウを空高くへ打ち上げた。そこへ、シノが高く跳躍してシャドウを目前に捉えー風の元素フィーアを纏った拳を握り締める。
「・・・秋雨連破」
シノはそう呟き、拳と足によって空中でシャドウに激しい連撃を入れ、最後にかかと落としを入れてシャドウを地面へと突き落としてから空中で魔法を唱えー。
「貫け、氷の閃光・・・クリスタルソウル」
氷のレーザー状の魔法がシノの手から発射され、シャドウの体に直撃し、シャドウは苦しげな呻き声をあげながら、がくん、と脱力したように倒れた。
「・・・やった・・・!」
ユーガは仲間達に駆け寄りながら、笑顔を向けて仲間達を見た。どうやらルインの先程の魔法はかなり消耗が激しかったらしく、かなり息切れをしてしまっている。ユーガはルインに肩を貸して、ルインが落ち着くのを待つとーゆっくりとシャドウは起き上がり、ユーガ達に視線を向けた。
『・・・見事・・・』
『シャドウはあなた達を認めてくれたようです』
シルフがそう告げてくれて、ユーガ達はホッと安心した。すると、辺りに満ちていた闇がだんだんと薄くなっていき、十秒程も待てば真っ暗だった遺跡内がはっきりと見えるようになっていた。恐らく、シャドウが闇を解除してくれたのだろう、とわかる。
『・・・汝』
ーと、起き上がったシャドウがトビに向かって指を向けていて、シャドウから視線を逸らしていたトビは、あ?とぶっきらぼうに言った。シャドウは並行移動するかのようにトビに向かって移動し、トビの前で佇むようにその動きを止めた。
『・・・我が主・・・契約・・・』
「もしかして、トビの事をシャドウは認めてくれたんじゃないか?」
「恐らくそうですね」
ユーガの言葉にミナも頷き、良かったですね、とトビに笑顔を向けた。トビはそれを無視してシャドウに向き直り、てめぇ、と指を突きつけた。
「役に立たなければ契約は破棄するからな」
『・・・御意』
シャドウはそう呟くと、ミナに向かってシャドウ自身を解放するよう促し、ミナがシャドウを解放するといつものようにシャドウの体に幾つもの魔法陣が現れ、その内の一つが、ぱきん、と音を立てて割れた。その姿はだんだんと薄れて元素フィーアとなって、トビの元素フィーアと一体化していった。完全にその姿が消えると同時に、リフィアがいつもの様な明るい口調で、さて、と言った。
「これで世界の元素フィーアは元通り・・・だね!」
そう言った直後。ユーガ達は地響きが鳴るほどの激しい地震に襲われ、遺跡内の建造物が倒れてくるのを見て、周囲に視線を配らせた。ユーガは仲間達に怪我がない事を確認し、辺りを見渡しながら叫んだ。
「な、何だ⁉︎」
「わかりません・・・が、ここにいるのは危険です!急いで脱出しましょう!」
ルインの言葉にユーガ達は頷き、遺跡内のレンガが崩落してくるのをかわしながら、出口への通路を駆け抜けた。その途中、いまだに続く地震にユーガは眉を顰めて、何なんだろう、と考えを巡らせたが、いくら考えても答えは出なかった。外への出口が見えたユーガ達はその光に向かって突っ込み、久しぶりの眩しいほどの日光に眼を細めた。シェイド遺跡から脱出はしたものの、まだ続いている地震に、ミナは不安そうに眉を顰めて落ち着かない様子で、あの、とユーガ達に視線を向けた。
「地震の原因がわからない以上、無闇に動いても危険ではないでしょうか・・・?なので、ここは一度メレドルに向かいましょう。もしかしたら、ミヨジネア軍の対策本部で何かわかる事があるかもしれませんから・・・」
「わかりました。そうしましょう」
ルインがそう頷いてポケットから卵状のエアボードを取り出して地面に叩きつけてエアボードを出し、ユーガ達も同様にエアボードを出して乗り込み、メレドルへと急いだ。

メレドルヘ辿り着いたユーガ達は街中を見渡して、家のレンガや瓦礫が崩れてしまっていたり、人々が慌てふためいていたりしているのを見て、おいおい、とネロが呟いた。
「・・・さっきの地震、街にも甚大な被害を及ぼしてるのか・・・‼︎」
「まぁ」とトビも腕を組んで落ち着いた様子で告げる。「どう考えてもあれほどの地震が起こるなんておかしいからな」
「・・・ミナ!」
トビが言い終えた直後に、メレドル城の方から見慣れない男性がミナの名を呼びながら駆けてくるのが見えて、ユーガは首を傾げた。しかし、ミナの名を知っている以上、ミナの知り合いである事は確かなのだから、変に警戒することも無いだろう。
「この人達がミナの同行者か、ちょうど良かった。あなた達も話を聞いていただけますか?」
「彼は、軍本部の支部長のモートさんです」
ミナがそう紹介してくれて、ユーガ達は軽く挨拶を交わした。歳は恐らく、もう六十は近いだろうが、彼には年相応の貫禄や威厳がありそうだ、とトビは思ってー正直、こういうタイプの男がいればクィーリアの軍本部も多少はマシになるだろう、とトビは半ば呆れたように眼を細めた。全く役に立たないというわけでもないが、トビから見ればクィーリアの兵士達には欠点がありすぎるのだ。
「それで、話と言うのは」
シノがそう尋ね、トビは意識と視線をモートに戻すと、彼はどこか困ったように頷いてその口を開いた。
「・・・実は先程の地震についてだが、あれは『制上の門』が発生源らしい。しかも、地震は世界全域に達していたそうだ」
「『制上の門』が発生源・・・⁉︎って事は、もしかして・・・‼︎」
「・・・ああ」トビは頷いて、ユーガに視線のみを向ける。「恐らく、スウォーだろうな」
ユーガはその言葉に驚きを隠せず、息が詰まった。精霊を解放して世界の元素フィーアの均衡バランスを戻し、後はスウォーを倒すだけだというのに、世界に起こったこの異変はスウォーが何をしたというのだろうか?ユーガには見当も付かなかった。
「それと、もう一つ。元素フィーアの地属性の観測値が先程の地震の直前で跳ね上がったのだが・・・その原因は不明だ」
そのモートの言葉に、ルインはハッとして眼を瞑った。恐らく、固有能力スキル元素フィーアを感知しているのだろう。しばらくするとルインはゆっくりとその瞼を開き、その顔を蒼白にしてユーガ達に向き直った。
「・・・これは推測ですが・・・地の精霊が解放されているのではないか、と思います・・・」
ルインの言葉にユーガ達は眼を見開き、そうか、とトビは腕を組んで何かに納得したように頷いた。
「だから、さっきの地震・・・か。地属性の精霊をスウォーが身に纏っているのだとすれば、世界全域を揺るがすほどの地震を発生させれるのも頷ける」
「じゃあ、早くスウォーを倒さないと・・・!」
「おいおい、ユーガ・・・ちょっと落ち着け。ルインだって疲れてんだし、今日は一日休もうぜ?」
ネロの言葉にユーガは、けど、と言った瞬間、モートに声をかけられてそれ以上の言葉を継げなかった。
「恐らく、今日一日くらいの猶予はあるでしょう。あなた達も準備する期間ができたと思って、今日くらいはゆっくり休んでください。宿は取っておきますから」
「わかった。ユーガ、それでいいな?」
モートとトビの言葉に、ユーガは不安を胸に抱えながらも頷いて、わかった、と呟いた。正直を言えば、今すぐに制上の門へ向かいたい気持ちは大きいが、確かに仲間達ももちろん、ユーガ自身も疲れが溜まってしまっている。トビとモートの言葉がなければ、また暴走してしまっていただろう。ユーガは胸に渦巻く不安を消すためにも一度深呼吸をし、よし、と小さく呟いた。
「では、出発は明日の朝。私は念には念を、という事でカヴィス王とログシオン陛下にもしもの危機を伝える速達の手紙を出しておきます」
「・・・危機?何の?」
リフィアはルインの言葉に首を傾げ、それにはルインは答えずにシノが答えた。
「・・・最悪、私達がスウォーさんに殺された場合の事・・・ですね」
「ええ。私達には必ず勝てる、という保証はどこにもありません。もし私達が負けてしまえば、スウォーに私達の精霊も、ミナの固有能力スキルの『絶対神』すらもスウォーに奪われ、間違いなく今ある世界は滅ぶでしょうね」
ルインはそう言ったが、ユーガは仲間達を一瞥して、それでも、と拳を胸の前で握り締めた。
「俺達は負けるわけにはいかない。必ず、俺達は勝たなきゃいけないんだ」
ユーガのその言葉に仲間達全員が頷いて、その中でネロが引き締めていた表情を柔らかいものにしてから口を開いた。
「・・・ま、決戦は明日だ。それまではここでゆっくりしようや」
「そうですね」ルインはネロに笑顔を向けて、次に仲間達一人一人を見回した。「街から出るのは構いませんが、あまり遠くまで行かないようにしてくださいね。・・・それでは、明日の朝まで解散にしましょうか」

「・・・へぇ、地属性の精霊ってのはこんな便利な能力もあるってのか」
その頃、制上の門の最深部ではー、スウォーは満足気に開いた両手を見つめていて、にやり、と悪魔のような笑みをその顔に浮かべた。たった一撃で、世界を揺るがす程の地震を起こす事ができるこの力ならー。
「・・・被験者オリジナル・・・あいつらを殺して・・・俺は模造品クローンの世界を作る・・・」
スウォーは両手を握って、ふん、と鼻を鳴らし、自身の中に確かに存在している『者』へ向かって、心の中で問いかけた。
(・・・お前は俺の役に立ってくれるよな・・・?期待してるぜ、『ノーム』さんよ)
(・・・・・・・・・)
スウォーのその言葉に返答はなく、まぁいいか、とスウォーは笑って、その部屋に唯一ある階段に向かって、血のような色をした瞳を向けた。
「・・・来れるもんなら来いよ、被験者オリジナルさんよ・・・!」
その言葉は部屋の中で何度か反響したが、その言葉が誰の耳に入るわけでもなく、ただ怪しく何度も反響して、いつしか消えていた。
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