お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第三十五話②『デートとして』

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 兜悟朗とうごろうに到着しましたと言われ、降車した場所は美術館だった。嶺歌れかは兜悟朗らしい選出に気持ちが高揚する。

 兜悟朗と二人で静かな空間を歩き回るというのは、まさに大人のデートといった印象を生み出してくれていた。

(うわあ……これから二人で入るのかあ……)

 そんな事を考えながら、考えただけでも顔が赤くなる嶺歌は今稽古をしているであろう形南あれなに感謝をしていた。形南には今度改めてお礼をしよう。

 そんな事を考えながら兜悟朗の方に目を向けると彼はこちらの視線に気付き、すぐに柔らかな笑みを返して「それではいきましょうか」と優しい声を出してくれた。

「はい。美術館久しぶりです」

「それは何よりです。僕も芸術を嗜むのは久方振りでございます。同じですね」

(うわっ同じですねって……微笑みがやば……)

 兜悟朗の一つ一つの動作に動揺してしまう嶺歌は、彼に悟られぬように無難な言葉を返して美術館の中へと入っていく。

 今回訪れた美術館は少し遠出したところにある場所で入場料は一切かからない有名な所だった。

 兜悟朗はもしかしたら気を遣ってこの場を選んでくれたのかもしれない。

 自分がお金を出すと言っても嶺歌は断りたい性格である為、その点を考慮してくれているようなそんな気がしていた。

 美術館の中は思っていた通りとても静かで、中にそれなりの人がいるにも関わらず、マナーを守って黙々と観賞している礼儀正しい客ばかりであった。

 嶺歌れか兜悟朗とうごろうと共に行動をしてはいたものの、決して私語は口に出さないよう注意していた。当然ながら兜悟朗も終始静かに芸術作品を目視していた。

 そんな彼の横顔も嶺歌にとっては心が弾む要因の一つとなっており、兜悟朗と二人で訪れた美術館はとてつもないほどの喜びを生み出してくれていた。

「お楽しみ頂けたでしょうか」

 美術館を全て回り終え、外に出たと同時に兜悟朗は柔らかく腰の低い調子でそう尋ねてくる。

 嶺歌は楽しかったですと素直な感想を口に出すと、兜悟朗も嬉しいのか柔らかな顔を更に和らげ、それは何よりですと答えてくれる。そうして自分も楽しかったのだと、彼自身の感想を教えてもらう事もできていた。

 それから具体的に印象に残ったものは何かを少しだけ話し合った。

 嶺歌はそこまで芸術に詳しくはないが、自分が直感でこれは好きだと思えた作品を彼に伝え、兜悟朗も彼なりに好ましいと思った作品を教えてくれる。

 その彼の好きだと言う作品を聞いてあの作品の事かと頭の中で思い出すと、嶺歌は兜悟朗らしいとそう思うのだった。

 こうして兜悟朗と芸術の感想を言い合うのは初めての経験であり、彼と初めて何かをしたという事実がとても嬉しかった。



 芸術鑑賞を終えると兜悟朗の提案で美術館の隣に隣接している喫茶店で昼食を摂る事になった。

 形南の稽古は夕方頃に終わる予定だそうで、まだそれまで時間がたっぷりある事を認識する。

 喫茶店の店員に案内された座席に腰を掛けると兜悟朗は穏やかな表情を保ったままメニューをこちらに渡してきた。

「お先にお選び下さい。本日は折半でいかがでしょう?」

 今日の外出はお礼やお詫びと言った類のものではない。

 単に時間と予定が合った二人が形南の後押しで一緒に出かける事になった、そんなお出掛けだ。ゆえに嶺歌が彼に奢られるといった状況にならぬよう兜悟朗なりに考慮してこのような提案をしてくれているのはすぐに理解できていた。

 嶺歌は自分の立場になって考えてくれる兜悟朗のこの気遣いが本当に大好きだ。

 彼に視線を返しながら「それでお願いします」と笑みを向けると兜悟朗も柔らかな笑顔で応えてくれる。とても和やかな休日だ。



 昼食を食べ終えると兜悟朗とうごろうに誘導され再びリムジンの中に乗り込む。

 彼は一度もエスコートを怠ることはなく、その一貫した姿勢にも嶺歌れかの心は高ぶりを感じていた。

 そうして兜悟朗が運転席についたところで車が発進すると次の行き先を彼の方から教えてくれた。

「この時期は猛暑ですから、涼しげな場所へご案内致します」

 兜悟朗は相変わらずつい先程まで暑い陽の下にいたとは思えない涼しげな顔をしながら嶺歌にそう告げる。

 涼しい場所といえばどこだろうと考えを巡らせていると、兜悟朗は嶺歌の思考を読み取っているのか「もし宜しければ、お当てになられますか?」とクイズのような展開になってくる。

 兜悟朗がこのような茶目っ気のある言葉を口にするとは思わず、嶺歌は新たな彼の一面にもまた心をときめかせるのであった。

 そうして小さなクイズタイムは始まった。

「風鈴が聞ける場所とかですか?」

「そちらも大変涼しげですね。ですが今回はハズレでございます」

「噴水が見える場所とかはどうですか?」

「真夏の噴水もとても風情があり良いですよね。しかし残念ながらハズレでございます」

「ええーハズレですか、じゃあ…………」

 案外当たらないものである。嶺歌はクイズを当てられずにいながらもしかしこの瞬間がとても楽しく感じられていた。

 兜悟朗とこのようなやり取りを交わした事はこれまでになかった上に、このようなやり取りをしている状況が、何だかいつも以上に親密度が増しているように思えて、本当にデートをしているようだ。いや、デートなのか。

 嶺歌はそこで自分が以前平尾に向けて放った台詞を綿密に脳内で思い出していた。

『男と女が二人で出かけてんだから歴としたデートでしょ』

 今思い返せばあそこでデートを否定しようとしていた平尾の気持ちも何となく分かる気がする。照れ臭いのだ。

 自分でもそうではないかと分かってはいても第三者にそう言われては余計に恥ずかしくなる。

 だから平尾はあの時デートではないと声を上げていたのだろう。

 そんな事を思い出しながらも嶺歌は兜悟朗のクイズに再び回答を繰り出す。

「あっもしかして水族館ですか!?」


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