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第四十六話①『一喝』
しおりを挟む『嶺歌さん、ご無沙汰しております。宜しければ明日、ご予定が空いておりましたらお時間いただけないでしょうか』
「お、お、お誘いキタ…………」
嶺歌は早朝にレインの通知を確認すると、兜悟朗からお誘いの連絡が来ている事に一瞬で頭が持っていかれていた。
嬉しすぎるが故にすぐ返事を返そうと思ったものの、しかしそこで嶺歌は迷い始める。
(いや、待って。これ……返事早すぎてもどうなの?)
今までこのような事を誰かとのやりとりで考えた事はなかった。
返事を返そうと思えばすぐに返し、後でにしようと思えば後で送る。そんな単純なものだった。
決してこの人にはもう少し時間をあけてから、などという考えを働かせた事は一度もなかったのである。
それが兜悟朗にはこのように悩んでしまう。嶺歌は何て小さな悩みなのだろうと思いながらもしかし真剣に悩んでいた。
(とりあえずご飯食べてから送ろう。うん)
そう結論を導き出し、一分としない内に大丈夫ですと打ちかけていたメッセージを一旦閉じる。
一呼吸してからペットボトルの水を飲むと台所まで足を動かすのであった。
学校に到着すると何やら騒々しい。
嶺歌は不思議に思いながらも自身の教室に足を運ぶと嶺歌の姿を見たクラスメイト達がこちらに駆け寄ってくる。
「ねえねえ嶺歌ちゃん! 平尾と付き合ってるって本当!?」
「れかまじなのっ!?」
「夏休みからってこと!?」
「はい? ちょっと落ち着いてよ」
次々と放たれる友人達の尋問のようなその問い掛けに嶺歌は眉根を寄せながら彼女らを見やった。
一体何故そのような馬鹿げた噂ができたのだろうか。
嶺歌は自身の周りにいつも以上に集まるクラスメイトにちょいどいてと声を上げながら自席に到着し、鞄を机に置くと平尾からレインが届き始める。
『和泉さんと噂になってるんだけど助けて』
「マジか……」
嶺歌は顔を顰めるとワラワラと群がるクラスメイトにどこからきた情報なのかと尋ねてみる。
すると心乃が大きく手を上げて答え始めた。
「れかちゃんが平尾と親しげに話してる事が最近多いって聞いて、確かにそれは私もよく見るな~と思ったんだよ!」
「親しげにって……別に話してるだけじゃん」
嶺歌はそうぼやくがここまで広がった噂はそう簡単には収まりそうにない。
とりあえず平尾のいる一組まで足を運ぶ事にした。
「平尾、ちょい来て」
一組の教室まで足を動かした嶺歌は、声を出したと同時に複数の一組の生徒から目線を向けられていた。
視線を浴びるのはいいのだが、このような不名誉な噂の的になるのは嶺歌も好きではない。
見てくる生徒らに呆れた顔で視線を返していると平尾はノロノロとこちらにやってきた。何だか疲れ切ったような顔をしている。
「め、目立つの勘弁なんだけど……」
「そりゃあたしもこれは嫌だって。とりあえず状況整理したいからこっち来て」
そう言って平尾を人の少ない裏庭まで連れ出した。平尾は終始顔を俯かせながら嶺歌についてきていた。
二人が歩いているところを目にした生徒達は先程と同様にこちらへ視線を向けてくる事が多かった。一体どこまで噂が広がっているのだろう。
嶺歌は好奇な目で見てくる生徒らに呆れ返りながらも足を進めていた。
「な、なんか、呼び方が逆効果だったぽい」
平尾はそう言って顔を青ざめさせながら困り果てたように口にする。
これまで平尾を君付けしていた嶺歌が唐突に呼び捨てに変えた事が決定打となっていたようだ。
更に普段は異性を呼び捨てでしか呼称しない嶺歌が、平尾にだけは君付けをしており、それをまた急に変えたからというのも勘違いの原因の一つに含まれているらしい。
それを本気で交際に発展した証拠だと思ったのかは分からないが、それらが大きな要因として噂の元になっているのは間違いないようだった。
「ほんと暇人だよね」
嶺歌は深くため息を吐いた。
互いがそのような対象でない事は嶺歌と平尾自身がよく分かっている。それぞれ意中の相手がいるというのにこのような噂はただの害にしかならない。
嶺歌は額に手を当てながら平尾に言葉を発した。
「否定すればするほど多分悪化すると思う。耳障りだけど噂が収まるのを待つしかないよ」
嶺歌が思いつく最善の方法を平尾に伝えると彼は「だ、だよね……」と心底残念そうに声の調子を落とした。
「あれなにはあたしが言っとくよ」
最近はそのような話を聞いていないが、用心深い形南の事だからまた平尾を狙うライバルが現れないかをチェックしている可能性はあった。
そこで今回の噂を知ってしまうよりも嶺歌の口から伝えておいた方が無難であろう。そう思って口にした。しかし平尾は形南の名を耳にした途端に表情が変わる。
「そ、れは……あれちゃんに和泉さんと噂になってる事がバレちゃうの?」
「バレちゃうっていうか言っておいた方が無難だと思うけど。変に隠してたら余計怪しくない?」
嶺歌がそう言うと平尾は唇を噛んでから拳をギュッと握り、何を思ったのか裏庭を出て行こうとする。そして嶺歌にもう一度言葉を向けた。
「悪いけど、あれちゃんに言わないで。俺、誤解とか嫌だ」
next→第四十六話②
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