お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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第五十八話③『衣装』

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 何度訪れても慣れない大規模な屋敷の中に迎え入れられると、形南あれなの私室へ案内され、嶺歌れかは早速彼女の前でステッキを手に取り始める。するとそこで形南はこのような言葉を発してきた。

「ねえ嶺歌、貴女が持っているように見えるそちらは、嶺歌にしか見えない代物ですの?」

 形南はそう言って嶺歌の手に持つ透明ステッキを手のひらで上品に差してきた。これまでも形南の前では何度かステッキを持った事がある。

 しかしそれが第三者には見えないため、何かを持っているような手元しか視認する事はできない。不自然に見えてしまうのは当然の事だった。嶺歌は形南の言葉に頷くと口を開いて透明ステッキの説明をする。

「うん、透明ステッキって言ってあたし以外の人は見えないし触れない。本当はあれなにも見せたいんだけど、その方法がなくてさ」

 そう言って苦笑いすると形南はまあ! と両手で口元を覆いながら先程よりも一段階、表情を明るいものへと変える。

「なんて神秘的なのでしょう! ご自分にしか触れられないお品だなんて、気持ちが高鳴ってしまいますの!!」

 形南はステッキを視認できない事への悲しさよりも透明ステッキの存在そのものに興奮した様子を見せる。

 そんな形南の姿を見て嶺歌は彼女らしいと笑みが溢れた。今度、絵に起こしてどのような形をしているか見せてあげよう。

 そう思いながら形南を見ていると子気味のいいノック音が鳴り響き「失礼致します」という言葉と共に兜悟朗とうごろうが中へ入ってきた。彼の持つトレーには美しい花柄のグラスが二つ乗せられており、飲み物を持ってきてくれている事が分かった。

(兜悟朗さんも見てくれるかな)

 嶺歌は兜悟朗の姿を目にして一気に緊張感が襲ってくるのを体感していた。兜悟朗に新しい衣装を見せたいという気持ちはもちろん持っているものの、やはりいざ見せるとなると気恥ずかしい思いが先に出てくる。

 嶺歌はテーブルの上に丁重な仕草でグラスを置き始める兜悟朗にありがとうございますと言葉を述べると、彼は和やかに笑みを向けてとんでも御座いませんと声を返してくれた。

(かっこいい……)

 何度思ったか分からない兜悟朗への愛を再確認していると形南が「それでは嶺歌」と声を発してきた。

「楽しみで仕方がありませんでしたの。是非、貴女の新しいお衣装、見せて頂戴な」

 形南は両手を合わせながら上品にそう告げて、小首をわずかに傾け上目遣いでこちらを見てくる。

 彼女の瞳はキラキラと眩い光を映し出し、本心で嶺歌の新衣装を楽しみにしていたのだという思いが身に染みるほど伝わってきていた。

「うん、じゃあ」

 嶺歌れかは照れ臭い思いを抱きながらも、同時に感じている見てほしいという気持ちを前面に出し、手に持ったままの透明ステッキを上に持ち上げくるくると回し始めた。

 そうすると嶺歌の全身は変化していき、数秒とたたない内に魔法少女の姿を現す。

 そんな嶺歌の新しい装いを間近で目にした形南あれなは感動の余りか目を更に輝かせて自身の両手を絡めると嶺歌に詰め寄ってきた。

「素敵ですの!! なんてお美しいのでしょう……!!! 嶺歌、貴女本当に魔法少女の鑑ですのっ!!!!!!!」

 形南は嬉しそうにそう言葉を並べ立てながら嶺歌の両手を掴んできた。物凄い興奮ぶりである。想像以上に良い形南のその反応に嶺歌は嬉しい思いが湧き起こる。

「ありがとあれな。あたしも昨日いいの思いついたなって一人でテンション上がってた」

 そう言ってニカッと歯を見せて笑うと、形南も同調するように更に笑みを浮かばせて嬉しそうに微笑む。興奮した様子でも、形南の高貴さは失われていない。本当に形南の上品さは見事なものだ。

「思いついたと仰っているけれど、魔法少女の衣装はどのようにして作られるのですの? 聞いても宜しいかしら」

「勿論。衣装はね……」

 嶺歌は形南からの質問を嬉しいと感じながら彼女の疑問に答えていく。魔法少女の衣装は自身で想像したデザインをそのまま具現化するのだと、形南に詳細な説明をした。

 形南は瞼を大きく広げたり、口元に手を当てながら嬉しそうに笑ったりと、驚いた表情も時々見せながら話を聞いてくれていた。

 衣装に関する説明が終わると形南は口角を上げながら再び口を開き始める。

「素敵な衣装は全て、嶺歌の想像を映し出したものでしたのね。衣装センスも素晴らしいだなんて、本当に嶺歌には感服いたしますの!!」

「ありがと。なんか照れるけど、そう言ってくれると嬉しいよ」

 そんな会話をしながら嶺歌は視線だけをチラリと向けて兜悟朗とうごろうの方を見た。

 彼は先程から静かに微笑んでこちらの様子を見守ってくれている。きっと形南の興奮ぶりを妨げないようにと、自ら声を発さないでいるのだろう。そんなところも紳士的で、兜悟朗らしい。

(どう、思ってくれてるかな)

 しかし自分から「どうですか?」などと聞く勇気は今の嶺歌れかにはない。

 意識しない相手にならいくらでも尋ねる事が出来るが、兜悟朗とうごろうにだけはそのような質問を投げかける事が出来そうになかった。意中の相手というのは、本当に不思議なものだ。

「嶺歌さん、とてもお似合いで御座います」

(……えっ!!?!?!??)

 だが途端に兜悟朗の声が嶺歌の耳に響いてくる。そして直球的なその言葉に嶺歌の心臓は一気に跳ね上がっていた。

「お嬢様と同じ感想にはなってしまうのですが、麗しくも美しい、素敵なお姿だと感じられます」

「あ、りがとうございます……」

 嶺歌は顔を真っ赤に染めると瞬時に顔を下に向けた。自分が顔を俯かせることなんて、本当に数える程しかないだろう。だがこの状況で、顔の熱をどうにかするのにはこれしか思い付かなかったのだ。余りにも嬉しすぎる兜悟朗の言葉は、嶺歌の気持ちをこれでもかという程高まらせ、こちらの嬉しさを促進させてくる。

 以前、兜悟朗に魔法少女の姿を褒められた時の事を思い出す。あの時こそ期待せず、彼からお世辞の言葉をもらうのは嫌だと感じていた嶺歌だったが、あの時の嬉しさと今の嬉しさはどうしようもなく、似通っていた。

 一つ違うと言うのならば、それは賛美の言葉を向けてくれる相手が『一人の男性』から『大好きな異性』に変わっている点だ。

(麗しいとか美しいって……)

 そうだ。もう一つ違うところがあった。彼は今確かに嶺歌のこの姿に、女性に向けられるような言葉を発していた。以前は逞しくも勇ましいという言葉だったのだ。

 その違いがどういった意味であるのかは分からなくとも、嬉しいという思いだけは変わらない。

(前より女として見てくれてるって事……?)

 両手を覆って首を振り、喜びのあまり叫び出したい思いに駆られる。兜悟朗とうごろうからの嬉しすぎる賛美の言葉に酔いしれたい心境に襲われながらも嶺歌れかは平常心を保った。

「魔法少女の新衣装にそんな感想を貰えて、嬉しいです」

 照れた頬を隠すことは出来なかったがそれでもいつも通りの嶺歌を演出できたはずだ。

 嶺歌はそう言葉を続けると兜悟朗はにこやかに笑みを向けながら、胸元に手を添え再び口を開く。

「はい。貴重なお姿をお嬢様だけでなく、わたくしにもお見せいただき有難う御座います」

(わ、わあ…………)

 にこりと笑みを向ける兜悟朗の視線は本当に純真で誠実で紳士的だ。彼の瞳には一点の曇りもなく、本心からそう告げてくれているという事が伝わってくる。

 それがまたこれ以上ないほどに嬉しく、嶺歌の平常心は壊れそうになっていた。そんな時だった。

「え……魔法少女?」

(?)

 聞き慣れない声が嶺歌の鼓膜を刺激する。

 途端に振り返ると、そこには形南の私室の扉前で呆然と立ち尽くしている平尾の姿が、あった――――。


第五十八話『衣装』終

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