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第六十話②『違和感』
しおりを挟む嶺歌が魔法少女になったのはまだ知能が発達していない零歳の時のことだ。
魔法少女になれるのは魔法協会に所属する魔女に選ばれた女の子のみである。
魔法少女になれるタイミングは人によって異なる。
嶺歌のように零歳から選ばれる者もいれば、最大六歳まで選ばれる可能性は出てくる。
七年間の間に選ばれなければ魔法少女になれる事は決してない。そういう仕組みで魔法少女は存在していた。
嶺歌は生まれてすぐに選ばれた。
『和泉嶺歌。貴女を魔法少女として迎え入れます。今後の余生を、正義を愛する魔法少女として生きていくのです。それが貴女の運命』
そう言われた事を今でもよく覚えている。
本来覚えていない筈である年齢の時の記憶が残っているのは、魔法少女に選ばれていたからだ。
それからすぐに魔法少女に欠かせない透明ステッキと通信具を与えられ、嶺歌には不思議な力が宿った。
零歳の時には流石に身体が発達しておらず、魔法少女として活動する事は出来なかったが、己の果たすべき役割を赤ん坊なりに理解していた。
そうして歩行が可能になり、言葉もそれなりに話せるようになり始めた二歳の頃、嶺歌は初めて魔法少女として活動を始めた。
活動を始めて嶺歌は自分が魔法少女である事実を再認識し、この先一生こうして人々の生活を守っていくのだと、誇らしい思いで初活動をやり遂げた事を昨日の事のように思い出せる。
それから今日この時まで、一度も魔法少女である事を嘆いた事や、不満に思った事などない。魔法少女の自分が大好きだ。
それは今も同じである。だが――――――今回の処遇には、違和感が拭いきれないのも事実だ。
魔法協会の対応はいつも完璧だった。
嶺歌が大きな功績を残せばきちんと評価され、魔法少女としてのステータスがまた一歩進んだと好評される度に歓喜していた。
魔法少女として魔法協会の存在は絶対だ。魔法協会なくして魔法少女は存在しない。
だからこそ、親のような存在でもあるのだと、協会の事をそう認識して過ごしてもいた。しかし今回の一件を得て、嶺歌の心境は変化していた。
平尾に魔法少女の姿を見られてしまった事は確かに嶺歌の失態だ。それを言い訳する事は出来ない。
だが見られてしまった状況自体は、どの魔法少女にも該当する。
どんなに優秀で、大きな功績を残し続ける魔法少女だとしても、一度も人間に姿を見られず活動をやり続けることには限度があるからだ。多少のリスクはつきもので、そのための記憶消去だった筈だ。
もし今回平尾の記憶が無事に消去されており、嶺歌が魔法少女である事を彼が忘れていたならば、魔法協会は嶺歌を呼び出し、このような処罰を口にする事は決してなかっただろう。これだけは断言できる。
流石に人間に姿が露見する事態が立て続けに起こればお咎めも増えるだろうが、嶺歌はそのようなミスを起こした事はこれまでにない。いわば優等生のような行動をこれまで行い続けていたのだ。
それは、嶺歌自身がよく理解しており、魔法協会もそう認知してくれていると思っていた。だがそうではなかったのだ。
平尾が記憶消去を免れてしまった事で、嶺歌の処罰は酷なものとなっている。
魔法協会が一体何を考えているのか、嶺歌には理解が及ばずにいた。
(けど、考えても変わらないしな)
嶺歌は小さくため息を吐きながら足を進め、自宅に戻っていく。
明日から忙しくなる。三ヶ月間はこれまでのようにはいかない。
そう考えて、そこですぐに思い浮かんだのは兜悟朗と形南の顔だった。
(二人に会えない)
嶺歌はそう思った瞬間、寂しい感情が心中を駆け巡っていくのを感じた。いつも定期的に顔を合わせられていた二人に暫く会うことが難しくなる。
二人は、きっと自分たちの所為だとこちらに謝罪をしてくるだろう。
しかしそれは嶺歌の本意ではなかった。
今回の件で悪いのは完全に油断していた自分であり、兜悟朗にも形南にも、平尾にだって非はない。魔法少女としての自覚が抜け落ちてしまっていた嶺歌の責任だ。
(兜悟朗さん、三ヶ月経ったらまた出掛けてくれるかな)
考えても仕方ない事をずるずる考えるのは好きではない。
嶺歌は素早く事態を受け入れると、兜悟朗の顔を最後に思い浮かべ、進めていた足の速度を速めるのであった。
本当は形南に事態の状況を話す事は躊躇っていた。だが本人から聞かれては話を逸らす事は出来ず、ましてや嘘などつける筈もない。
嶺歌は帰宅して数分後に形南から唐突な連絡が来ると、そのまま彼女と通話をして状況の説明を包み隠さず話す事にした。
平尾とデートの予定だった形南はあの後すぐにデートをキャンセルし、平尾もそれを進んで受け入れてくれていたらしい。
何だか大事にさせてしまった事に申し訳ない思いを抱きながら、嶺歌は形南に説明を続けた。
素直な形南の事であるから、もしかしたら泣き出してしまうかもしれない。
そう思ってそれとなくオブラートに話したつもりなのだが、全てを聞いた形南は声の調子を落として『そうなのですね』と声を漏らすとそのまま沈黙を続けた。
嶺歌は彼女の顔が見えない中、想像上で悲しんだ姿の形南を思い浮かべると「ホント気にしないでね」と言葉を付け加える。すると形南は再び口を開き始めた。
『嶺歌、私をお気遣いくださり有難う御座いますの』
形南はそうお礼を述べてからもう一度言葉を続けていく。
『本日は魔法少女の活動を強いられてはいませんのよね? どうか、本日はゆっくりお休みなさいな』
そう言ってこちらを案じる言葉を掛けてくれていた。
「ありがとあれな。そうだね、今日は休んどくよ」
心配してくれる形南にそう言葉を返すと嶺歌は「じゃあ今日はもう切るね。また落ち着いたら連絡する」と告げて自ら電話を切った。
あまり長電話をしていると、形南がこちらへの罪悪感を増幅させてしまうのではないかと懸念しての判断だった。友達思いの形南であるからこそ、この状況ではそっとしておくのが一番な気がする。
(さて、明日から気合い入れますかっと)
嶺歌は未だに理不尽な対応をする魔法協会への不満を抱きながらも、避ける術がない為現実を受け入れていた。
三ヶ月間魔法少女活動を毎日行えば、協会は今回の件を許してくれるという訳だ。
正直言うと気乗りはしないが、こうして悩んでいたところで結局はやるしかないのだ。それならば、気持ちを切り替えて任務をこなそう。
「計画でも練っておくか」
嶺歌はそう呟くと私物のノートを開き、一日の流れのスケジュールを組み始める。
休日であれば問題のない依頼数も、平日はまた勝手が違ってくる。嶺歌は自身の睡眠時間を減らす事を念頭に置きながら計画を立て始めていった。
第六十話『違和感』終
next→第六十一話
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