お嬢様と魔法少女と執事

星分芋

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最終話①『特別』

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 兜悟朗とうごろうに連れられ、マンションのエントランスを後にした嶺歌れか達は二人で近場のベンチに座っていた。

 自動販売機があり、ブランコだけが設置されているその小さな公園には兜悟朗と嶺歌以外に人はいない。

 対照的に向かい側にある大きな公園には多くの小学生達が遊び回っており、遠くから賑やかな声が終始聞こえている。

 そんな彼らの声を他所に、兜悟朗はゆっくりと言葉を紡ぎ出していた。数時間前に起こっていた魔法協会との出来事の全てを――――。

 丁寧に分かりやすく、しかし簡潔に事の顛末を話してくれた兜悟朗は、最後まで話を終えると隣に座る嶺歌を見て小さく笑みを溢す。

 そのような彼を前にして、話を聞き終えた嶺歌はただ驚きで言葉を失っていた。

 魔法協会が唐突に嶺歌の罰をなかった事にした件も、魔法少女の活動に前例のない給与制度が導入された件も、全てが彼の影響だったのだ。

 驚きと共に本当だろうかという疑問も少なからず持ち得ていた嶺歌であったが、これまでの兜悟朗との付き合いで彼が冗談を言うような人物ではない事は誰よりも分かっている。

 それほどまでにこの数ヶ月間、嶺歌は兜悟朗の事を見て、理解していたからだ。

(兜悟朗さんが全部……本当に…………)

 兜悟朗は沈黙したままの嶺歌を急かす事なく、静かにこちらの様子を窺ってくれていた。嶺歌の頭の整理がつくまでそっとしてくれるつもりなのだろう。本当に気の利いた人だ。

 そんな彼の優しさを再び実感しながら、嶺歌はゆっくりと、しかし確実に頭の整理をまとめるべく思考を働かせる。

 兜悟朗とうごろうは深夜に魔法協会の元へ訪れ、嶺歌れかの罪の撤回と魔法少女に給料を出すことを提案し、そんな無茶振りな要求にあの頭の硬い仙堂を頷かせる事が出来たという。これは本当に驚き以外の言葉が見つからなかった。

 仙堂は物腰柔らかそうに見えながらも異質な威圧感を持っており、彼に意見をする者はこれまで誰一人としていなかった。

 怖い物知らずな嶺歌でさえ、決定された事で仙堂に意見を述べた事はない。それは怖いからという理由ではなかったが、仙堂が絶対にこちらの意見を汲み取る事がないと経験で理解していたからだ。

 だからこそ今回の件も頷く他ないと覚悟していた。

 魔法少女の罰も受けるつもりであったし給料制度なんて、夢のまた夢だった。しかし数時間前まで予想も出来なかった事が今は現実となっている。

(あたしの為に動いてくれたんだ)

 嶺歌が驚いているのはその点だけではなかった。それは彼の迅速な行動力だ。昨日の今日で解決にまで持ち込んでしまっている兜悟朗の行動の早さにも驚愕していた。

 事を起こすとしても何もそこまで迅速に対応しなくても良かっただろうに。

 そうは思うものの、彼としては嶺歌が少しでも早く罰を受けずに済むよう行動を起こしてくれたのだという意向が伝わり、それが嬉しかった。

 嶺歌は頭を整理すると、途端にじんわりと胸が熱くなるのを感じる。

 兜悟朗が、嶺歌の為に時間と労力を費やして魔法協会に乗り込んでくれた事実が、言葉で言い表せない程に嬉しかったのだ。それを今、実感している。

「兜悟朗さん、ありがとうございます」

 嶺歌はベンチから立ち上がると彼に向かい合う形で身体を向けて深くお辞儀をした。彼は嶺歌のこれから起こる避けられなかった筈の苦労を全て薙ぎ払ってくれたのだ。

 好きな人だからこそその嬉しさは増していたが、それを抜きにしても彼の気持ちが素直に喜ばしい。

 嶺歌が心から感じた本音を彼にまっすぐ伝えると、兜悟朗は柔らかく口元を緩ませながらしかしこのような言葉を返してくる。

「ご迷惑ではありませんでしたか?」

「まさか! 驚きましたけど、迷惑どころか、凄く嬉しいです。あたしにとっていい事しか起こってないんですからそんな事は一ミリも思いませんよ」

 嶺歌れかが彼の発言に両手を出して全力でそう否定してみせると、兜悟朗とうごろうは嬉しそうに笑みを向けてから「そのように思っていただけて嬉しい限りです」と本当に喜ばしそうに言葉を残した。彼の温かなその微笑みに嶺歌は頬が赤くなる。

「でも兜悟朗さんがそこまでしてくれるとは、正直想像もつかなかったです。ここまでの事をしてくれるなんて、本当に頭が上がりません」

 兜悟朗の人の良さは何度も目の前で見ており、その彼の優しい行動にはどれほど嶺歌の心を温めてもらえたか分からない。

 しかしそれでも、嶺歌の為にここまでの事を成し遂げてくれるとは本当に思ってもいなかった。嬉しい以外の感想が思い浮かばない。

 だがそうは言ってもあの仙堂を説得し、この短時間で新たな風を巻き起こさせたこの男性の行動力には未だに実感が湧かないでいる。

 嶺歌はそんな不思議な思いを抱きながら兜悟朗に言葉を発すると、兜悟朗はゆっくりとベンチから立ち上がり、嶺歌に向き合う。

 その動作に一瞬胸が高鳴りながらも嶺歌は彼の視線に自身の目を合わせた。胸の高鳴りはもう一度ゆっくりと高鳴りを始め出す。

 すると兜悟朗は丁寧にはっきりと、こう口にしたのだ。

「貴女のお力になりたいのです」

「……え?」

「今回の件に関して、形南あれなお嬢様とお話をした事は事実です。嶺歌さんをお救いするようにとお嬢様からの強い要望もありました。ですが…………」

 兜悟朗はそう言うと先程よりも目を細めてこちらを見据える。

「形南お嬢様からのご命令だからおこなったのだと、そう申し上げるのには虚偽が含まれてしまいます。僕は、それ以上に私的な理由で貴女様のお力になりたかった」


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