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勾玉の姫(一)
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一
邪馬台国の女王、卑弥呼が没して数十年――
高志の奴奈川国(現在の新潟県糸魚川市)に奴奈川姫という美しい女性がいた。姫は父の跡を継いで女王の座に就いたばかりだった。
この時代の王や女王は政治を行うとともに巫者の役割も兼ねている。
自らの肉体を神霊や自然の精霊、祖先の霊に差し出して、「ことば」つまり神託を受ける儀式を司るのである。
ただし姫が神の依代として肉体を捧げているあいだ、当人に意識はない。周りの者がそれを聞き取るのである。
祈りの内容は政治や祭事、戦争や他国との外交、天候や安産・病気平癒の祈願、建物の造営、種蒔きから収穫の時期まで、尋ねることは限りなくある。
奴奈川姫の巫術はよく当たると評判で、民は良き王を戴ける喜びを味わっていた。
奴奈川姫の評判を聞きつけて、ヤマト王ニギハヤヒが重臣や多くの兵士を従え、山を越えてはるばるやってきた。
ヤマトとは、西日本に勢力を持つクニ(村落)の連合体の総称である。
はじめは近畿地方の小さな部族集団だったが、卑弥呼亡き後は、豊かな農業生産力と鉄資源の確保により、じわじわと勢力を広げていた。
しかしニギハヤヒが王に冊立されてからは、クニ同士の利害関係が複雑に絡み、政権運営は未だ安定していなかった。
そこで高志のクニグニと同盟を結びたい、というのが奴奈川国訪問の目的である。
奴奈川の王宮は姫川沿いに建っていた。王宮といっても切妻屋根が載っている高床式の小さな小屋で、せいぜい十五、六畳ほどの広さである。
朝堂だけでも優に五十畳はある壮麗なヤマトの王宮とは比べ物にならない。ニギハヤヒは心の内に浮かんだ嘲りを隠さなかった。
ところが、王宮に通されたニギハヤヒは姫を一目見るなり息を呑んだ。
あまりに美しかったからである。
くっきりした目にすっと通った鼻、かたちのよい赤い唇。肌理きめこまやかな白い肌と薄絹の衣に沿って美しい曲線を描く身体からは、匂い立つような気品が立ち昇っている。
ごくりと息を呑んだニギハヤヒは、熱にうかされたように言った。
「そなたを后として迎えたい」
居並ぶ奴奈川国の重臣たちがはっと息を呑む。
それには構わずニギハヤヒは言葉を継いだ。
「もし応じていただけるなら、奴奈川の臣民を決して粗略には扱わぬことを約束しよう」
ニギハヤヒが満面の笑みを浮かべて言うと、奴奈川国の重臣たちは安堵したように奴奈川姫を見た。
しかし奴奈川姫はきっぱりと言った。
「わが奴奈川は出雲国の属国にすぎません。ヤマトに嫁ぐとしても、まずは本国である出雲に話を通すのが筋ではありませんか」
国の大小にかかわらず、神の「ことば」を受け取る巫女としての誇りが、奴奈川姫を強くしていた。
するとニギハヤヒは皮肉な笑みを浮かべて言った。
「出雲は近いうちに我がヤマトの支配下に入ることになる。ゆえに姫はもはや出雲に何の遠慮もいらぬのだ」
古代倭国(日本)において、出雲とヤマトは激しい勢力争いを繰り広げてきた。しかし近年、ヤマトの勢いに押され、出雲が屈服するだろうという噂はこの地にも伝わっている。
弱小の奴奈川国は、父祖の代から大国出雲に臣下の礼をとってきた。
仮にその相手がヤマトに代わっても、戦いが避けられ、民に幸せをもたらせるなら歓迎すべきことである。
クニ同士の結びつきを強めるために婚姻はきわめて有効である。
しかし、奴奈川姫はなんとなくこの男、ニギハヤヒが好きになれなかった。
ニギハヤヒは整った顔立ちの青年で、立ち居振る舞いや言葉使いも威厳に満ちている。
金銀の刺繍を施した絹の衣装や、宝玉を散りばめた豪華な飾りに身を包み、倭国最大の王の地位にふさわしい身なりをしている。
だが、三日月のような目をいっそう細めて微笑む中に、ときおり冷たい光が宿る。
まるで蛇のようだと奴奈川姫は思った。尖った顎に薄い唇が、酷薄さをいっそう際立たせている。
そう気づいてみると、笑顔も明らかに作り笑いである。張り付けたような笑みの裏で、何を考えているか分からない男だ。
こんな男の言葉を真に受けると、私ばかりか奴奈川の民までが辛い思いをするのではないか、と奴奈川姫は考えた。
強国が弱い国を従える場合、はじめは決まって丁重に迎える。だが次第にさまざまな要求を突きつけ、ずるずると力を吸い取っていく。
弱い国はますます弱り、抵抗する力も失せてやがて消滅する。奴奈川国の周りでも、そうした悲劇をたびたび見て来た。
さいわい奴奈川国にはまだ翡翠がある。翡翠の経済的価値、霊力を存分に使えば、この動乱の時代もくぐり抜けることができるはずだ。
奴奈川姫は伏し目がちにしていた目をきっと上げて言った。
「まことに良きお申し出なれど、返事はやはり神託を受けてからにします。今日のところはお引き取りください」
意思の強さがみなぎる目の輝きに圧倒されて、ニギハヤヒは頷くよりなかった。
神託に従うと言われれば、たとえ王といえども反対するのは難しい。お告げに逆らえば祟りが起きるかもしれないのだ。
「ますます気に入った。思慮深さも后として大事な資質じゃ」
と名残惜しそうに言って、ニギハヤヒはヤマトに帰って行った。
たとえ政略結婚でも、好もしい相手なら応じよう。だが一人の人間として自分に釣り合わない相手なら、たとえ大国の王といえどもこの身を捧げる気にはなれない。
なによりもまず民の幸せを考えるなら、神の「ことば」を聞かねばならない。
奴奈川姫の決意はいささかも揺るがなかった。
四日後の新月の夜、奴奈川姫は斎宮に籠った。
斎宮は神霊や精霊の言葉を聞く神聖な場所で、巫女である奴奈川姫と楽器の奏者、「ことば」を聞き取る長老だけが立ち入ることを許されている。
奴奈川姫は斎戒沐浴したのち、白と赤の装束に着替え、翡翠の勾玉を首に掛けた。
翡翠は平和と安寧をもたらす宝玉であるとともに、神の通り道の役目をする呪具でもある。
斎宮の中は香が焚きしめてある。脇に控えた二人の侍女が琴と笛を奏でると、奴奈川姫が立ち上がって静かに舞いを始める。
右手に鐸(鈴)、左手には榊を持ちながら一心に舞うのだ。
こうして神が舞い降りるのを促す。神が降りてきて姫の中に入り、神の「ことば」つまり神託を伝える。
一種の憑依現象で、巫女のことを「御言葉持」と呼ぶのはそうした特殊な力を持っているからである。
神に身を委ねている間、奴奈川姫は陶酔状態となり、何も覚えていない。まったくの「神の話者」となり、周りにいる者がその霊示を聴くのである。
巫女は神懸りしやすいだけではなることができない。
尊い家柄に生まれ、なおかつ美しい乙女でなければならない。神と契るためである。
その点、奴奈川姫は高志でもっとも神と結ばれるのにふさわしい存在だった。その証拠に姫の霊示は的確だった。悪霊が取り憑いて災いをもたらすこともなかった。
これは奴奈川姫の魂が清浄であるからに違いない、と長老たちも固く信じている。
奴奈川姫の舞いが激しさを増し、額から汗がにじむ。姫は必死で神に念じ続けた。
だがこの日、神はついに降りてこなかった。
首に掛けた翡翠の勾玉は、その時々の心の向きによって澄んだ碧や、青みを帯びた鮮やかな萌黄色に変わる。
いつもなら澄んで美しく輝いているのに、心なしか僅かに濁っているように見えた。
「やはり自分の身を守るようなことでは、神は答えてくれないのか?」
――それとも、ヤマトに嫁げというのか?
それは決して喜ばしい選択ではなかった。
奴奈川姫はニギハヤヒの笑みの内に隠れた、黒く濁った欲を思った。
その夜、奴奈川姫は夢を見た。
乳白色の霧がかかり、目の前には二筋の道が延びている。右手の道はまっすぐで歩きやすく、道端に野の花が咲き、よく稔った稲穂を手にした男が背を向けて立っている。
輪郭に覚えがある。ニギハヤヒだろう。
しかしそのすぐ先は黒い雲がかかってよく見えない。
それに比べ左手の道は草ぼうぼうで大きな石が転がり、鬱蒼と茂る木々が行く手を阻んでいる。すぐ先は激しい雷雨だ。
だがその先には虹が見える。
――私が行くべき道はどちらでしょう?
目が覚めると奴奈川姫は答えを出した。
「つまり自分の意思で決めよ、ということですね」
奴奈川姫は神に向かってそう呟いた。
(つづく)
邪馬台国の女王、卑弥呼が没して数十年――
高志の奴奈川国(現在の新潟県糸魚川市)に奴奈川姫という美しい女性がいた。姫は父の跡を継いで女王の座に就いたばかりだった。
この時代の王や女王は政治を行うとともに巫者の役割も兼ねている。
自らの肉体を神霊や自然の精霊、祖先の霊に差し出して、「ことば」つまり神託を受ける儀式を司るのである。
ただし姫が神の依代として肉体を捧げているあいだ、当人に意識はない。周りの者がそれを聞き取るのである。
祈りの内容は政治や祭事、戦争や他国との外交、天候や安産・病気平癒の祈願、建物の造営、種蒔きから収穫の時期まで、尋ねることは限りなくある。
奴奈川姫の巫術はよく当たると評判で、民は良き王を戴ける喜びを味わっていた。
奴奈川姫の評判を聞きつけて、ヤマト王ニギハヤヒが重臣や多くの兵士を従え、山を越えてはるばるやってきた。
ヤマトとは、西日本に勢力を持つクニ(村落)の連合体の総称である。
はじめは近畿地方の小さな部族集団だったが、卑弥呼亡き後は、豊かな農業生産力と鉄資源の確保により、じわじわと勢力を広げていた。
しかしニギハヤヒが王に冊立されてからは、クニ同士の利害関係が複雑に絡み、政権運営は未だ安定していなかった。
そこで高志のクニグニと同盟を結びたい、というのが奴奈川国訪問の目的である。
奴奈川の王宮は姫川沿いに建っていた。王宮といっても切妻屋根が載っている高床式の小さな小屋で、せいぜい十五、六畳ほどの広さである。
朝堂だけでも優に五十畳はある壮麗なヤマトの王宮とは比べ物にならない。ニギハヤヒは心の内に浮かんだ嘲りを隠さなかった。
ところが、王宮に通されたニギハヤヒは姫を一目見るなり息を呑んだ。
あまりに美しかったからである。
くっきりした目にすっと通った鼻、かたちのよい赤い唇。肌理きめこまやかな白い肌と薄絹の衣に沿って美しい曲線を描く身体からは、匂い立つような気品が立ち昇っている。
ごくりと息を呑んだニギハヤヒは、熱にうかされたように言った。
「そなたを后として迎えたい」
居並ぶ奴奈川国の重臣たちがはっと息を呑む。
それには構わずニギハヤヒは言葉を継いだ。
「もし応じていただけるなら、奴奈川の臣民を決して粗略には扱わぬことを約束しよう」
ニギハヤヒが満面の笑みを浮かべて言うと、奴奈川国の重臣たちは安堵したように奴奈川姫を見た。
しかし奴奈川姫はきっぱりと言った。
「わが奴奈川は出雲国の属国にすぎません。ヤマトに嫁ぐとしても、まずは本国である出雲に話を通すのが筋ではありませんか」
国の大小にかかわらず、神の「ことば」を受け取る巫女としての誇りが、奴奈川姫を強くしていた。
するとニギハヤヒは皮肉な笑みを浮かべて言った。
「出雲は近いうちに我がヤマトの支配下に入ることになる。ゆえに姫はもはや出雲に何の遠慮もいらぬのだ」
古代倭国(日本)において、出雲とヤマトは激しい勢力争いを繰り広げてきた。しかし近年、ヤマトの勢いに押され、出雲が屈服するだろうという噂はこの地にも伝わっている。
弱小の奴奈川国は、父祖の代から大国出雲に臣下の礼をとってきた。
仮にその相手がヤマトに代わっても、戦いが避けられ、民に幸せをもたらせるなら歓迎すべきことである。
クニ同士の結びつきを強めるために婚姻はきわめて有効である。
しかし、奴奈川姫はなんとなくこの男、ニギハヤヒが好きになれなかった。
ニギハヤヒは整った顔立ちの青年で、立ち居振る舞いや言葉使いも威厳に満ちている。
金銀の刺繍を施した絹の衣装や、宝玉を散りばめた豪華な飾りに身を包み、倭国最大の王の地位にふさわしい身なりをしている。
だが、三日月のような目をいっそう細めて微笑む中に、ときおり冷たい光が宿る。
まるで蛇のようだと奴奈川姫は思った。尖った顎に薄い唇が、酷薄さをいっそう際立たせている。
そう気づいてみると、笑顔も明らかに作り笑いである。張り付けたような笑みの裏で、何を考えているか分からない男だ。
こんな男の言葉を真に受けると、私ばかりか奴奈川の民までが辛い思いをするのではないか、と奴奈川姫は考えた。
強国が弱い国を従える場合、はじめは決まって丁重に迎える。だが次第にさまざまな要求を突きつけ、ずるずると力を吸い取っていく。
弱い国はますます弱り、抵抗する力も失せてやがて消滅する。奴奈川国の周りでも、そうした悲劇をたびたび見て来た。
さいわい奴奈川国にはまだ翡翠がある。翡翠の経済的価値、霊力を存分に使えば、この動乱の時代もくぐり抜けることができるはずだ。
奴奈川姫は伏し目がちにしていた目をきっと上げて言った。
「まことに良きお申し出なれど、返事はやはり神託を受けてからにします。今日のところはお引き取りください」
意思の強さがみなぎる目の輝きに圧倒されて、ニギハヤヒは頷くよりなかった。
神託に従うと言われれば、たとえ王といえども反対するのは難しい。お告げに逆らえば祟りが起きるかもしれないのだ。
「ますます気に入った。思慮深さも后として大事な資質じゃ」
と名残惜しそうに言って、ニギハヤヒはヤマトに帰って行った。
たとえ政略結婚でも、好もしい相手なら応じよう。だが一人の人間として自分に釣り合わない相手なら、たとえ大国の王といえどもこの身を捧げる気にはなれない。
なによりもまず民の幸せを考えるなら、神の「ことば」を聞かねばならない。
奴奈川姫の決意はいささかも揺るがなかった。
四日後の新月の夜、奴奈川姫は斎宮に籠った。
斎宮は神霊や精霊の言葉を聞く神聖な場所で、巫女である奴奈川姫と楽器の奏者、「ことば」を聞き取る長老だけが立ち入ることを許されている。
奴奈川姫は斎戒沐浴したのち、白と赤の装束に着替え、翡翠の勾玉を首に掛けた。
翡翠は平和と安寧をもたらす宝玉であるとともに、神の通り道の役目をする呪具でもある。
斎宮の中は香が焚きしめてある。脇に控えた二人の侍女が琴と笛を奏でると、奴奈川姫が立ち上がって静かに舞いを始める。
右手に鐸(鈴)、左手には榊を持ちながら一心に舞うのだ。
こうして神が舞い降りるのを促す。神が降りてきて姫の中に入り、神の「ことば」つまり神託を伝える。
一種の憑依現象で、巫女のことを「御言葉持」と呼ぶのはそうした特殊な力を持っているからである。
神に身を委ねている間、奴奈川姫は陶酔状態となり、何も覚えていない。まったくの「神の話者」となり、周りにいる者がその霊示を聴くのである。
巫女は神懸りしやすいだけではなることができない。
尊い家柄に生まれ、なおかつ美しい乙女でなければならない。神と契るためである。
その点、奴奈川姫は高志でもっとも神と結ばれるのにふさわしい存在だった。その証拠に姫の霊示は的確だった。悪霊が取り憑いて災いをもたらすこともなかった。
これは奴奈川姫の魂が清浄であるからに違いない、と長老たちも固く信じている。
奴奈川姫の舞いが激しさを増し、額から汗がにじむ。姫は必死で神に念じ続けた。
だがこの日、神はついに降りてこなかった。
首に掛けた翡翠の勾玉は、その時々の心の向きによって澄んだ碧や、青みを帯びた鮮やかな萌黄色に変わる。
いつもなら澄んで美しく輝いているのに、心なしか僅かに濁っているように見えた。
「やはり自分の身を守るようなことでは、神は答えてくれないのか?」
――それとも、ヤマトに嫁げというのか?
それは決して喜ばしい選択ではなかった。
奴奈川姫はニギハヤヒの笑みの内に隠れた、黒く濁った欲を思った。
その夜、奴奈川姫は夢を見た。
乳白色の霧がかかり、目の前には二筋の道が延びている。右手の道はまっすぐで歩きやすく、道端に野の花が咲き、よく稔った稲穂を手にした男が背を向けて立っている。
輪郭に覚えがある。ニギハヤヒだろう。
しかしそのすぐ先は黒い雲がかかってよく見えない。
それに比べ左手の道は草ぼうぼうで大きな石が転がり、鬱蒼と茂る木々が行く手を阻んでいる。すぐ先は激しい雷雨だ。
だがその先には虹が見える。
――私が行くべき道はどちらでしょう?
目が覚めると奴奈川姫は答えを出した。
「つまり自分の意思で決めよ、ということですね」
奴奈川姫は神に向かってそう呟いた。
(つづく)
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