イクメン召喚士の手記

まぽわぽん

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38『解決、未解決?ご褒美を』の書

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「お前はわかっているのか?いいや、その顔は絶対にわかってない!!"勇者候補"を辞めるというのはな、つまり、お前が世界からゴミ扱いされるんだぞ!?
即ち、存在価値なしだ!奴隷にされたり世界から追放されたり…もはや散々な将来しか用意されないのだぞ!?」

沙羅は両手で握り拳を作る。

「ゴミでも塵でもいいよ!万が一"勇者"になったら背負い切れない『期待』で散々な目に遭うんだ。奴隷になったところで、ただの目立たない気楽なモブ!それがいい!」
「馬鹿タレーッ!ワシはお前とずーっと一緒に仲良くしたいんだッ!」
「もう仲良しなんだからいいじゃんかー!」

ガシャーン…
テーブルからティーカップがふたつ、振動ですっ飛んで割れた。

* * *

『"勇者候補"神隠し事件』は無事に解決。
現在は調査院と管理院で事後処理に大忙しとなっている。
誘拐された"勇者候補"は世界管理院から新しいアンクレットが渡されることになり、再び"勇者候補"として世界に属すことを約束されたわけだが…

解決してから1時間後。

親子喧嘩ならぬ初老の召喚士とその転生者は大喧嘩の火花を切っていた。

渋々と帰宅した沙羅とドンッと待ち構えていた初老の召喚士の『これから』が衝突したバトルであり、2人の解決には暫し時間が掛かりそうな雲行き。
新しいアンクレットは未装着なまま木箱にしまわれていた。

2人の喧嘩から少し離れたキッチン付けのテーブルで、私は沙羅が淹れてくれた温かいカカオ茶を飲む。
「ご褒美はいつです?」隣りから目で訴える千手に苦笑していた。

「褒美はキスでよかったか?」
「はい、そうですよぉ♡」

ツンツンと自身の唇に指をあてる千手に戸惑う。

未来と同じキスをして欲しいとねだられているが、口に直接したことは無い。口は、どうにも気後れするものだが…。約束…か。
頬が熱を帯びる。
そこでふと、悪党の住処で千手が目隠しした手のひらを思い出した。
先端恐怖症で気絶しなかった方法だ。視界は怖さも恥ずかしさも感じるが、それらは隠せば済む。

「千手様、失礼する。10秒ほど目隠しをさせて欲しい」
「え?え?なんすか~?」

ワクワクしている様子の千手の目線を自身の手のひらで隠すと、数を声に。

「1、2、3、4、5…」

心の準備が整った6からは無言。

他人の唇に触れるというのは緊張するものだな。大変に恥ずかしい褒美を要求されたものだ…。
数センチの距離を空けて、目隠しを外す。

「褒美になっただろうか。私からの感謝は伝わっているか?」

今さっきの唇を指で触り、千手はふるふる震えながらコクコクと頷いた。

「最高です…!オレ、死んでも悔いないくらい幸せっす。うあぁぁ次も是非に!次は加護様のキス顔も拝見したいっす~」

興奮冷めやらず、は同感だった。
誤魔化すようにカカオ茶を飲み直すと、私の"転生者"である未来が自分もして欲しいと見上げていたので、そっと両脇に手を入れた。
少し重くなった未来を優しく抱き上げる。僅かな緊張が解け、自然と笑みが溢れた。

君にキスするときは緊張すらしないのにおかしなものだ。
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