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25 ぶたれた 

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 今日は後宮のほうへ出向いてみよう。
 王太后様が心配だ。
 初めて城へ来た時からおかしいと感じていた王太后様とクロッカス夫人。
 後宮のメイドだったエミリはもうすっかりこちらの見方だ。他にも身分が低いため嫌でも従わなければならなかった侍女は少なくなかった。その娘達に聞き込みをしたところクロッカス夫人はとんでもない女だった。
 後宮の主のように振舞い王太后様への暴力、そして公費を私的に使いこんでいる。さらには下級の若いイケメン騎士をはべらし、よからぬお楽しみにふけっているという。
 万が一の時、後宮の衛兵は信用できないから王都に来るとき護衛してもらった、クラウス様とエドガー様を借りた。
 運良く王太后様がお庭に出ていらっしゃる。
 よし、王様の元気な所を見せて驚かせよう。
 手を繋いで走って見せたが王太后様の反応よりも…。
 怖っ、クロッカス夫人が鬼の形相で近寄ってきていきなり打たれた。
「この無礼者!その薄汚い手を離しなさい!」
 これは、もうあのセリフを言うしかないね、
「打ったね。」
「それがどうした!そのお手はそなたのような下賎な者が触れてよいものではないわ!」
 仕組まれたようにもう一発打たれた。
 ふん、伊達に歳はとってないからね。こう見えて修羅場くらい経験してんだよ。これしきで怯むと思うなよ、ばばぁなめんな。
「二度もぶったね!お兄様にもぶたれたことないのに!」
 ふー、言いきった。あたしの心中知らず、王様が心配そうに、
「レ…レティシア、大丈夫?」
「さあ王様、こちらへ。お手が穢れます。」
 クロッカス夫人が王様を抱き寄せるように手をまわす。
「だめ!臭い手で王様に触らないで!」
 今、手を離せば王様は息切れで大変な事になる。
「王様は私とクロッカス夫人どっちがいいの?」
「えっと、レティシアかな。」
 クロッカス夫人の顔がみるみる赤くなり、わなわなと震えながら、
「このっ!王様の寵愛があるからと頭にのりおって!」
 また手を振り上げる、
「まだ打つ気?あんた王様の寵愛の恐ろしさを知らないようね?」
「なんだと?」
 ふん、思い知らせてやるわ。
 甘えた声で、
「ねぇ~王様ぁ。この国で一番偉いのは誰?」
「…僕だと思う。」
「じゃあ~その次は?」
「?母上か叔父上?」
「そうよね。で、その次くらいに偉いのはこの私よ。」
 ふふん、どうよ?ふんぞり返って睨む。
「この女は王様の大事なものを傷つけたのよ?罰を受けるべきじゃない?」
 やだ、だんだん楽しくなってきた。
 王様ったら状況が飲み込めずおろおろしてるわ、かわいそうに。
「この城の賓客である私を打ったのよ?王様として威厳を見せなきゃ!捕らえる?百叩き?それとも首をはねる?」
 あれ?あたしヒロインよね?悪役っぽくない?
「なっ、なんとゆう横暴!このような卑しい者の言う事に耳をかされてはなりません!」
「どっちが横暴よ!あんたのやってること全部知ってるのよ?」
 もうっ、離しなさいよ。
 王様を引っ張りあってると、突然王太后様が笑いだした。
「ぷっ、あははは!あーはははははっ!」
「なっ!王太后様、気でもふれたのですかっ!」
「黙りなさい。もうあなたの思い通りになんてならない!衛兵、この者を捕らえなさい。」
 後宮の衛兵は動かない。
「何をしているの?私の命令が聞けないの?」
 ああ、まったく。
「その者達はクロッカス夫人の下僕です。クラウス様、エドガー様、お願いします。」
 控えていた二人がクロッカス夫人を取り押さえようとすると、後宮の衛兵が剣を抜いた。が、ハルトから借りた騎士達には敵わず痛い目にあわされた。
 取り押さえられたクロッカス夫人は王太后様とあたしを交互に睨みながら、
「私にこのような仕打ちをして、只では済みませんよ。」
「只では済まないのはあなたよ、調べはついてます。そこのロゼッタとメルローズも覚悟しなさい。」
 二人は何が起こっているのかわからないという顔をしている。
「あなた達の悪行はエミリや他の侍女達に聞いたわ。自分達が一番よくわかっているわよね?死は免れないわねぇ、後はどれくらい苦しめて死なすか…。」
「そ、そんな…お許し下さい。」
「許される事だと思ってやってたの?でも…まあ、正直にこのクロッカス夫人がやった事を証言したらあるいわ…。」
「お話いたします。ですから、どうか!」
 膝まづき懇願する。
 これでクロッカス夫人はおしまいね。
 他の侍女達から証言はとれていると言っても身分の低い彼女達の言うことはもみ消されるかもしれない。だけどロゼッタとメルローズは共に男爵令嬢で、クロッカス夫人に一番加担していた者だ。いい証言が得られるだろう。
 王太后様が歩み寄り、そっと手を取り、
「レティシア、礼を申します。」
「いいえ、王太后様が勇気をお出しになったからですよ。」
 王太后様の境遇についても聞いた。状況からしておそらく、とても長い間虐待されて洗脳もされていたと思われる。お気の毒に。回復魔法かけておこう。
「気づくのがずいぶん遅くなりましたが、私は強くならなくてはなりません。王様とこの国の母なのですもの。そして、今後は取る手を間違えたりしませんわ。」

 その後、後宮の侍女達はロゼッタとメルローズを除いては軽い処分ですませた。後宮の醜聞を広めることは誰の得にもならないから。
 ロゼッタとメルローズは王都から追放となった。身分証には罪人の印が付けられたのでもう、まともな令嬢の生活は出来ないだろう。それでも極刑を免れただけ良かっと思うべきだ。
 驚いたのはクロッカス夫人だ。極刑は免れない事をしたのに、私財の没収と王都追放、罪人の印、他の二人と同じ処分で済まされた。それには納得いかないけどロズウェル侯爵家の力が働いたようだ。
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