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30 父と娘 ダナー子爵視点

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 王室主催のパーティー前日、我が家にタッナーカ公爵からドレスが届いた。
 幼女趣味の噂があるが、我が家で嫁いでいない娘といえば2歳になったばかりの孫娘…。
 のはずはなく、現在31歳の我が娘メィリィにだ。
 魔王討伐に同行したのをきっかけにレオンハルト様に忠誠を誓っている。
 私の婚外子ではあるが幼い頃から我が家の家業である「影」としての才能はずばぬけており、私は特別に目をかけていた。
 だが、幼かった娘にしたら厳しいだけの冷たい父としか映っていなかったのであろう。魔王討伐後も我が家には寄り付きもせず、どこにいるかも分からない状態だ。
 時折、情報収集の為、私の配下を利用することはあるようで、その時には一応「父上によろしく伝えて下さい。」とのことだ。
 そんな娘が一ヶ月ほど前突然帰ってきた。しばらく王都にいるので屋根裏でいいので、間借りしたいと。婚外子とはいえれっきとした私の娘だ、屋根裏などに住まわすわけにはいかない。大きくはないが来客用の離れを与えた。
 が、さすがに我が娘、住んでいる気配がまるでしない。
 そんなことより、あの娘に何があったのだ?
 あれは私に似て才能は有ったが、不憫なことに見た目も私にそっくりだった。
 つり上がった一重の目に薄い唇、痩せた体で手足だけが異様に長い。
 そんな事もあり、普通の女としての幸せを望むより、「影」として使命に生きる道を示してやらねばとよけいに厳しく接していたのに。
 それがなんという事だ、バサバサだったねずみ色の髪は艶やかなダークグレーに。目の下のくまは無くなり、こけた頬はふっくらと健康的になって。何より全体に漂っていた不気味さ(いや、娘に対して不気味とはあんまりだ)がなくなっていた。
 なんでも、しばらくノースエルデェルに滞在していた時、現地の子ども達が怖がるからと矯正させられたそうだ。 
 つまり!美しくなっていたのだ。
 美しくなった事で急に公爵が態度を変えたとなると父として許せる事ではないが。
 ドレスが届いたと離れに使いをやったからもうすぐ顔を出すはずだ、本人の気持ちを聞いてみようと思う。
 コンコン。
 どうやら来たようだ。
「入りなさい。公爵からドレスが…。」
 さすが我が娘だ。一瞬の風と共にドレスが消えた…。

 昨晩は結局居場所がつかめず何も聞き出せなかったが、公爵からの誘いを断ることは無いだろう。パーティー会場で待てばそのうち現れるであろう。すると会場がざわめいた、
「レオンハルト様の隣の、あれはどこのご令嬢だ?」
「ダナー子爵令嬢らしい。」
「ダナー家の令嬢は二人とも嫁がれたのではないか?」
「いや、あの、ほら…魔王討伐の英雄の。」
「ええ?だってあの方は…ダナー子爵そっくりで…その、言いにくいが…。」
 言いにくいがなんだと言うのだ。
「私に似て美しい娘であろう?」
 私がすぐ後ろにいるのも気づかず噂をしていたのか、
「こっ…これはダナー子爵。」
 まったく、ちょっと変わっただけで…っと、これはこれは。
 ご回復されてから公式の場でお目にかかるのは初めてだが、青みがかったプラチナの髪に隻眼となった黄金の瞳の公爵は30代後半とは思えない美貌。むしろ隻眼となった事でさらに怪しい美しさも備わったようだ。それに加え、我が娘のなんという美しさであろう。艶やかな髪に伏し目がちな切れ長の目、笑みを湛えた真っ赤な唇。なんともエキゾチックな美女ではないか。
 だが、私は知っている。メィリィは緊張すると口角が上がるのだ。
 二人揃いの黒の装いが華やかなパーティー会場でそこだけが異質だ。異質といっても悪い意味ではない。
 近ごろの淑女達の装いといえばウエストを細く絞りやたらと胸を強調するデザインが流行りだが少々目のやり場に困る事がある。髪は高く結い上げ華やかに花や羽を飾る、ドレスもそうだが、いい歳をしたご夫婦には少々無理があるのではないかと…。
 パーティー会場の中央に集まっているロズウェル侯爵夫人を中心とした「ローズマリー派」の方々は、社交界の流行を作っているのは自分達だと豪語しているらしいが、その装いにあわせるため、パートナーである我々男性の衣装も華やかな色合いにレースやフリルがふんだんにあしらわれているのだ。何をかくそう我が妻も情報収集の為ではあるが、ローズマリー派。よって私も不本意ながらこのようにひらひらしておる。正直いってもうやめたい。
 そんな中、公爵の装いは黒の伝統的な夜会用の正装ではあるが、我が娘の髪色のダークグレーで刺繍が施されている。一見分かりにくいがそれがまた上品でよい。
 娘のドレスといえばこれまで見たこともないデザインだ。喉元まで肌を隠したハイネック、肩から手首までは透けた布で袖が付けられている。近ごろ王都で出回り始めたシルクシフォンという素材だという。体の線にそったぴったりとしたデザインで膝の辺りから裾が広がっている。その裾には公爵の髪色で刺繍が施されている。黒地に青みがかったプラチナ色は夜空に星が散ったように美しい。ハイネックにした事で銀細工の首飾りもより映えるようだ。宝石はシトリンであろうか、公爵の瞳の色…。
 なんという事だ。お互いの色を身につけるということはもうすでに二人が付き合っているという事ではないか。
 いやしかし、その後に入場された上位貴族の片方も今までにはなかったシルエットのドレスをまとっていらっしゃる。聞いた所、すべてエレオノーラ・モントリオール公爵夫人が後ろ楯となって新しく立ち上げた仕立て屋の物だと。ならばあれはレオンハルト様の姉であるエレオノーラ様に頼まれた物かもしれない。
 ざわめき立つ会場の人波をすり抜け二人に近づくと、娘も気づいたようだ。軽く会釈をし、
「お父様。」
「レオンハルト様、お久しぶりでございます。」
「ダナー子爵、変わり無いようでなによりだ。」二人の関係について聞きたい所だが、当たり障りのない挨拶をかわす。
「つかぬことをお聞きいたしますが、我が娘にドレスを贈られた意味はいかなるものでございますか?」
「ああ、そなたに断りもなく悪かった。実は…」
「深い意味はございません。」
 メィリィが食いぎみに話しに割り込む。
「レオンハルト様の悪い噂を消す為にしばらくお付き合いのふりをいたします。」
 やはりそういう事か。ほっとしたような残念なような…。
「いや、正式にお付き合いを申し込みたいのだが。」
「「はぁ?」」
 娘も驚いたようだ。
「レオ様!初耳でございます。」
「メィリィ俺の話し聞かないからさぁ。」
 うむ、我が娘は任務は完璧にこなすがそれ以外は話す隙も聞く耳も持たぬからな。
「正直さぁ、もうメィリィしかいないと思うんだよね。思い出してみたら俺、初めて会った時からメィリィ好きだし。呪いで腐ってた時もずっと側にいてくれてたし。」
 娘の顔がどんどん真っ赤に染まっていく。報われたな。よかった。
 だが、相変わらずこのレオンハルト様は見た目と中身のギャップが著しい。そこがまた人々に好かれる要因なのだろうが。
「メィリィだって俺の事嫌いじゃないよね?じゃなきゃいつも背後に潜んでいたり、着替えや風呂覗いたり、近づく令嬢を排除したりしないよね?」
 む…娘よ…。 

 
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