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44 糸紡ぎのエルダばあさん

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 ノースエルデェルはここ数年でずいぶんと変わった。
 人口は20倍に、広さも同じくらいに。
 何の特産も産業もなかった町に絹織物という特産品が出来た。
 それも私なんかのよもやま話がきっかけで。
 救済院に通う領主様のお嬢ちゃんはこんな年寄りの話にも嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて。
 私もなんだか嬉しくて子供にはなんの面白みもない話までしてしまったのだが、お嬢ちゃんは熱心に聞き入り、その後はあれよあれよという間に撚糸工場が出来て、私はなんとその工場の責任者に。
 今では私は使用人つきの邸に住んでいる。
 信じられん事だ。
 隣の領地のブロッケンの農家に嫁いだ娘達も工場で働いている。
 なんでもブロッケンでは大変な目にあったのだと。
 農業は大型の機械を使い、とても楽になったと喜んでいた。
 機械は無料で貸し出しされ農家達は交代で使っていた。ありがたい事だとこれまた喜んだ。
 だが、燃料の魔石は自分で購入しなくてはならなかった。
 最初はよかったのだと、だが大型機械の普及で魔石の値段は値上がりするばかり。
 そのうち少しずつ借金をしなければならない生活に。
 だが人というものは一度楽を覚えてしまうともう元の暮らしには戻れんものだ。
 最後には土地を手放す羽目になってしまったそうな。
 そうしてこのノースエルデェルに移り住む人は少なくない。
 機織り職人達もこの地に集まってきた。
 領主様のお孫のユーリシャス様が新しい技術者をつれてきて、機織り機械も新しく変わった。
 産業だけではない。
 魔の森の手前にあるこの町は、魔石の高騰でハンター達も増えた。
 治安が悪化しないよう、王都からの衛兵も派遣されるようになった。
 少し前までのあの貧しく、難民と孤児が溢れていた町とは思えない。美しく整備された活気のあるまちだ。
 私と同じようにお嬢ちゃんに話をして、蚕の飼育を任されたアダムじいさん。
 あいつもたんまり稼いだはずなんじゃが、三回目の結婚も失敗のようだ。また若い嫁に金を持ち逃げされおった。馬鹿なじじいじゃ。
 私の世話をしてくれている使用人も、元のは孤児だった。
 一番最初に繭を湯に放り込む仕事を教えた子だ。すっかり私になついてしまった。
 その子は空の魔石に魔力を注ぎ、魔物避けを作る仕事もしている。
 私と同じで魔力は多くなったが石に魔力を注ぐ他には魔法は使えなかった。
 ならば私にも、もしかしたら魔物避けが作れるのではないかと、真似をしてみたが出来上がったのはただの魔石だった。がっかりしたが、このところの魔石の値上がりでこれまたいい小遣い稼ぎになった。
 なんの希望も無く、老いぼれて死んでいくのがわしら平民だと思っていたが、こんな老後ならば長生きもいいもんだねぇ。
 
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