上 下
17 / 30
第一章

第16話

しおりを挟む
「武器を持たないのか?」


 何も装備していない俺に対してメルは確認してくる。
 俺は武器を持つことをあまり好まない。
 その方が戦いが楽しめるからだ。
 鬼に金棒ということわざがこれほどまでに当てはまることはないだろうと自分でも思っている。


「大丈夫だ。それよりもこの第4訓練場はどれぐらいの魔法まで耐えられるんだ?」


 訓練場の周りには魔法結界が張ってある。
 魔法の訓練もここで出来るようにするためだろう。
 魔法を使う気はなかったが、一応確認することにした。


「第4、5級魔法までは耐えられる」


 王城が管理する訓練場なだけあって、高レベルの魔法でも耐えられるように出来ているようだ。
 

「ルールはどうする?」


 俺は歩き出しながらたんたんと会話を進めていく。
 メルもそれに合わせて俺から距離を取っていく。


「ルールは相手を再起不能か降参させた方の勝ち。制限は――」


 俺は足を止めてメルの方を向いた。


「制限無しでいい。さっきも言ったが本気で来い」

 
 そして唇を緩ませ、挑発する。


「わかった。クレイ殿の実力は私よりも上だからな。本気で行かせてもらおう」


 メルはクナイを構えながら言った。
 そして真剣な目で俺を凝視する。
 心なしか喜んでいる印象を受けた。


「いつでも来いよ」


 先手は譲ってやるから来い。そういう意味を込めて言った。
 するとメルは詠唱を始め、いくつかの自己強化魔法を自分にかけていった。

 そして詠唱を唱えながらこちらに向かってきた。
 俺は魔力の色で分析する、おそらく風系統の魔法だ。


「ウィンドカッター!」


 メルの手から風の刃が飛んでくる。
 俺はその魔法を危なげなくかわす。


「はぁ!」


 距離を一気に詰めてきたメルがクナイで切りつけてくる。
 俺は少し集中した。すると目に映るものがスローモーションのようになり、メルのクナイの軌道を見切ってギリギリでかわしていく。


 合計9回のクナイの連撃は全て空を斬る。
 自分に出来る最速の動きを選択しているように見えた。


「やはりかわされるか!」


 そしてまた連撃。
 次は靴に仕込まれたクナイも出てきて合計4刀。
 その連撃は踊り子が『舞い』を踊るような印象を受ける、非常に洗礼された綺麗な動きであった。

 だけど遅いんだよね。
 俺はその4刀のクナイをかわしながら、メルの手首を掴み、力の流れを利用して投げ飛ばした。


「なにっ!?」


 空中でなんとかバランスを取り戻したメルは、どうにか足から着地をしたようだ。
 そして目を見開いて俺に問いかけてきた。


「今のが全部見えているのか?」

「素晴らしい舞だった。だけど惜しい、まだ遅すぎる」


 俺はそう言って左手に持つクナイを自慢げに見せた。


「なっ!」


 慌ててメルは自分の足を確認する。
 右足に装備されていたはずのクナイがないことに気づき、再び目を見開く。


「殺すつもりで来いと言うのは本気で言ってたのだな」


 笑顔で言ったメルは先程とは別の構えをして詠唱を始めた。
 うっすらと見える魔力の色、風と水系魔法のようだ。


「ミストシャドウ!からの乱舞!!」


 俺の周りを薄い霧がおおっていく。視界を奪う作戦だろう。
 霧を一掃いっそうしようか、霧から抜けるか、このまま攻撃を受けるか考えていると、目の前からクナイが4本現れた。


 4本のクナイは的確に両腕と両足に軌道をあわせている。

 俺はそれをかわそうとしたが、手に持っているクナイで弾く選択に変えた。
 クナイには風魔法のエンチャントがかかっていて、クナイの軌道きどうはギリギリ変わると判断したからだ。


 すると左右、頭上、きわめつけに後ろからもエンチャントされた無数のクナイの気配を感じた。
 エンチャントにより軌道もタイミングもバラバラ、まさに乱舞だった。

 俺に向かってきているクナイを数えるだけでも32本。そしてメルは追加でまだ投げ続けている。


「面白い!」


 俺は気持ちが高まり、口を緩ませた。
 やっぱり戦いが好きだと改めて気づかされた。



<――――――――――――――――――――!>



 俺は自分に向かっている無数のクナイを順当に持っているクナイで弾いていく。
 何も持っていない左手でクナイの柄の部分をいななし、無効化していく。



<――――――――――――――――――――!>


 霧の中でクナイを弾く音だけが響き渡る。
 この乱舞の厄介なところは、クナイ同士がぶつかり合い軌道を変えて飛んでくることにある。
 メルはそれをしっかり計算して投げているようだ。
 俺の死角や急所を的確に狙い続けている。


<―――――――――――――――!>


 俺は最後のクナイを弾いたとき、背後から魔力を宿らせた人の気配を感じた。
 それを振り向きながら、かわわした。

 そして腕を掴み、背負投げのように地面に叩きつけて、関節技をキメる。
 最後にクナイを首に突きつけた。


「勝負ありか?」


 メルは驚くように目を見開いて――


「降参よ」


 諦めたように目をつぶる。
 スッキリしたような表情でどこか嬉しそうに言った。


 関節技を解いて、俺は手を差し出した。
 先ほどの戦いへの敬意だ。


「……ありがとう、意外と紳士なのだな」


 俺の手に触れるか一瞬躊躇したが、手を取り照れながらメルは言った。
 男への免疫がないのだろうか。


「私の乱舞を全て弾くとは思わなかった。軌道がわかっていたのか?」


 普段の表情に戻ったメルが問いかけてきた。


「軌道を計算しただけだ。魔力で場所と軌道が丸分かりだからな」

「あの一瞬で計算して捌いてたとでも言うの?」

「そうだ。計算ぐらいなら誰でも出来るだろう。メルも計算して投げていたじゃないか」

「私は普段から練習しているからだ、それにあの反射速度はなんだ?」


 驚きを通り越してやや呆れてるメル。
 俺の反射速度の速さは前世と同じで変わっていない。
 人間の限界と言われている0.1秒の約100倍、0.001秒で反射出来るのである。


「訓練の差だな」


 説明したくなかったので適当なことを言っておくにした。


「どんな訓練をしたらあそこまでかわせるようになるんだ……」


 メルはやや呆れ顔で頭に手を置き首を振った。


「乱舞の軌道はよかったぞ。それに最初の連撃は踊り子が舞っているようで綺麗だったよ。相当鍛錬したのがわかる」


 俺はこれ以上あれこれと詮索されるのもめんどくさいと思ったので、先程の戦いを思い出しながらメルを褒めることにした。


「そ、そうか?」


 メルは少し照れながら言った。


「あぁ、綺麗だったよ」

「き、綺麗か、ははっ――リンシア様を守るために毎日訓練はしているからな!」


 メルはリンゴのように顔を赤くして言った。
 あれっどこかでフラグ立ててたの?
 疑問に思いながらも考えたがわからない。
 とりあえずここから立ち去るという選択をすることにした。


「俺はそろそろ用事があるからこれで」

「あの……クレイ殿さえよければ、また訓練に付き合ってくれないか?」


 メルは少し恥ずかしそうに言った。


「俺は1人で鍛錬する方が好きなんだ、他を当たってくれ」


「私は事情があって他の騎士と手合わせできないんだ――お願いだ、頼むクレイ殿」


 王族同士の派閥の問題だろうと俺は考えた。
 そして、メルの目からは本気で強くなりたいという意思も伝わってくる。
 なので俺がこの城にいる間だったらいいか、と思うことにした。


「わかった。時間が合う時は付き合ってやる」

「ありがとう」


メルの言葉を聞き、俺は訓練場を出ることにした。
しおりを挟む

処理中です...