桜井兄弟のばあい

染西 乱

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シュウジの場合②

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「ごめんねぇ。ほんとに助かったよぉ」

 逢坂エイミと名乗った女のひとは先程まで泣いていたのが嘘のように、にこにこと笑顔を浮かべている。

「千円だけでいいからお金をかしてください……!」

 シュウジはなるほど、これは美人局のような詐欺だったのだな、と思い「いや、無理です」と即座に断った。

 いくら女の人が泣いていても知らない人にいきなりお金を貸すほどリッチでも立派でもない。

「あっ、あっ、そうだよねぇぇえ」

取り付く島もないシュウジのきっぱりとしたことわり文句にしょんぼり肩を落としたエイミがまた、表情を曇らせ下唇を軽く噛んだ。泣くのを我慢しているのかもしれない。
 いや、すでに顔がめちゃくちゃだから泣いていたことなど一目瞭然ではあるが、一応年下のシュウジの手前強がっているのかもしれない。

「……俺が貸すのは無理だけど、交番いけば緊急時はお金かしてくれるらしいですよ」

エイミがかわいそうになり、SNS経由で知ったら知識を口にする。
エイミはわかりやすかった。
ぱぁ、と表情が明るくなり、心なしか話し方まで元気になった。

「えっ、そうなの?」

 そうか、警察かぁ。全然知らなかったな。などとブツブツ言ってから、ちら、と縁が赤くなってしまっている大きな瞳でシュウジを見た。

「……この辺に交番ってある?」

ものは試しにという感じの雰囲気で聞かれて、シュウジは軽く頷く。

「ちょっと遠いけど、駅前にあります」

「駅前かぁ」

 エイミさんはちょっと遠い目をした。
 ヒールの高い、見るからに歩きにくそうな靴を履いている。

「自転車で良ければ送りますけど。通り道なんで」

「ほ、ほんとぉ!?」

 エイミさんの顔がわかりやすくぱぁっと表情が明るくなった。

「いつのまにか財布無くしてて、携帯も充電切れちゃって、靴擦れもめちゃくちゃ痛いし迷子だし! もうどうしようかと思ったよ!!」

 後ろの荷台に乗ったエイミさんは、痛いからと靴を脱いで手に持っている。その足の踵の近くが血で赤くなっている。

「はぁ、よかったスね」

「ほんとに助かったよありがとう。きみめちゃくちゃ優しいね!」

 気のない返事をしたシュウジの腰にぎゅう、と細い腕が巻き付く。
汗くさくないのかな、とシュウジは気にしながら自転車をこいだ。
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