【短編集】

染西 乱

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雑貨店主には親孝行する子供が眩しくて眩しくて仕方ない

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 母に感謝する日が今週末にあるため、店内は母の日にいい感じのプレゼントを探す若者であふれている。
 学生自分からちゃんと母の日にプレゼントを見つくろって渡せる人間というのはとても素晴らしいと思う。人間がデキている。
 かくいう自分も昔は母親に感謝を伝えることなんて全くしなかったし、母の日にしたプレゼントと言えばその辺でつんできた綺麗な雑草であったり、よくて肩たたき券、綺麗な石ころといった小さなころにあげたプレゼントだけだった。
 社会人になってから親のありがたみがわかるとはよく言ったもので、どれだけ自分が親に守られていたのかを実感するのはその庇護下から抜け出た時が顕著だ。
 だから初任給で親にプレゼントを買うぞ! という気持ちになるのは良くわかる。
 自分もやった。
 親が欲しいって言っていた最新式のドライヤーを買い求めた。
 と、そんなことは今はどうでもよかった。
 とにかく盛況な店内だ。
 店の従業員は自分一人のため、ラッピングまで気が回らないので忙しい時期には妹に手伝いに来てもらっている。店主の自分の結婚よりも早く他家に嫁に行った妹ではあるが、家事ばかりで暇してるし、たまにくるだけの小遣い稼ぎは責任感がなくて楽、などと供述している。

「すいません」

 かわいらしい声がかかる。
 ちら、と店の奥を見ればレジはいま妹が捌いてくれている。

「はい、なんでしょう!?」

 声の下方向に振り向いたが、あると思った位置に顔はない。
 大人の半分ほどの高さにある、少女の顔へ行きつくと店主はやや相好を崩した。
 左右二つに綺麗に編み込まれた髪の先には真っ赤なイチゴの飾りがついたかわいらしいゴムをしている。
 手間暇かけてもらっていると一目でわかる。

「母にプレゼントを探してるん、です」

「そうなんだね、どんなものを探してるのかな?」

 プレゼントに関しての相談だろうと当たりをつけてやんわりと誘導を試みる。

「……違うの。……あんまりお金ないから、これで買えるもの、どれか教えてほしい、です」

 シンプルなワンピースだと思っていたが、結構高めのブランドものだ。いいところの子かもしれないなと思う。
 そうして小さな手に握られていた丸い硬貨を数え終わると、店主は店の中を見回した。

「こちらにどうぞ」

 比較的人の少ないルートで、左側の壁にたくさんかかっている商品を案内する。

「ここからここまでの髪ゴムを買えますよ」

 このゾーンはかなり品ぞろえが良いと自分でも思っている店主は、ニッコリほほ笑む。

「ママが好きそうなのを選んであそこに持ってきてね。今はラッピング無料だからね」

 少女は、目の前にあるゴムをじっとりと眺め、ふと思い出したように再度口を開いた。

「ママは男の人なんだけど、これあげても大丈夫かな?」

 女の子はちょっと不安そうな顔をしている。

「……へぇ、ママは男の人なんだね」

 なんだか複雑な事情のある家庭なのかもしれない。しかし深く踏み込む必要はない。
 驚いたことを隠して、店主は鷹揚にみえるようにゆっくりを頷気を返した。

「ママは髪の毛長いかな?」

「うん、とっても長い。背中の半分ぐらいまであるの」

 それは普通の女の人よりも長いかもしれないなぁと店主は想像する。目の前の少女を男にして大きくして、髪をうんと長くした男の人。

「それじゃぁ、このプレゼントはぴったりだと思うよ。女の人でも男の人でも、髪が長い人は髪をくくる人が多いからね」

「そういえばママ家では髪の毛くくってる!」

 外ではくくらないのだろうか? という疑問は浮かんできたが、店主はその疑問を口にすることはない。

「ママの好きそうなのありそうかな?」

「うん。でももうちょっと見てみる!」

 元気に返事してくれた女の子の足元に、踏み台を置いてやる。
 そのままでは上のほうまで手が届きそうになかったからだ。

「ありがとうございました!」

 ふんふんと鼻息荒くお礼をいった女の子はいい商品を見つけようと意気込んでいる。
 やがて彼女がレジに持ってきたのは、黒いゴムにベルベット調のリボンが蝶々結びについているものだ。
 主役の水色のリボンはその存在を強く主張していた。 
 
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