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孝之介は、何の気なしにやってきたという風を装って、その男の隣の空間に腰を下ろした。隣の老夫婦との間はぎりぎり人1人分だけの空間が開けられていて助かった。普通ならば、暗黙の了解で開けている空間にどっかり座るなどということはしないが、今日の目的のためには致し方ない。
お市さんはまだよちよち歩きしはじめたばかりらしい長男の一彦を器用に背負いながら、忙しそうに客からの注文を取っている。お市さんが、孝之介の顔を見つけておや、という表情でこちらを見た。
目があった孝之介が客ではないという意思表示に軽く首を振ると、やれやれまたなにか余計なことをしてるのかと言った様子を見せてまた客に呼ばれて別の場所へと移動していった。
近くに座るとますます、男の造作が優れていないことを実感する。肌が全体的に油ぎっており、特に頬の部分はぶつぶつとした吹き出物の跡が多数ついている。
しかし着ている服の生地の素材からしてやはり金回りは良さそうだ。ともすればいいところの一人息子という線もある。そのわかりやすい長所を生かせばさほど嫁問題で困ることもないだろう。
男は右手に串を持ち、3つ連なっただんごにかぶりついている。歯は健康そうだが、多少黄ばんでいる。身なりは良いのになぜか不潔な印象を与える男だ。
左手は湯気の立ちのぼる湯呑みに手を伸ばしして、いつでも飲めるようにと準備している。
この男はみたらし団子が好物らしい。
皿の上には一玉一玉が大きなこの店自慢のみたらし団子がまだ3本重ねられている。
さてどのようにして話しかけようか。
いきなり知らない人間が話しかけても警戒されるだけだ。かといって、美知子の幼馴染だ、と公言して話しかければ嘘を付かれる可能性が高まる。
無邪気な子供のふりで見ない顔のですね、などと話しかけるか? それともここのみたらし美味しいですよね、などと話しかけるか?
……今の孝之介の年齢では「無邪気」というのはいささか不自然に思えるが、どうだろう。
持ち前の演技力で幼なげに見えるだろうか。
うーんと、考えていると、隣の男の手が湯呑みに当たり派手に倒れた。
湯気の立っていた中身の湯が溢れて、隣に座っていた孝之介の方に一気に流れてきた。
「あっつ!!!」
咄嗟に手を引いて、尻に湯が染み込まないように素早く立ち上がった。
「お、と」
幾分慌てた様子で男は倒れた湯呑みをさっと立て直し、店の店員であるお市を呼んだ。
お市さんはは孝之介の、大きめの声を聞いていたのか、さっと冷たい水の入った桶を持ってきた。
「湯がかかったのかい? ほら、これで冷やしておきな」
孝之介はお市さんから桶をうけとり、赤くなってしまった右手を水につけた。
ひんやりと気持ちがいいし、じわっとした傷みが引いていくのを感じる。
お市さんが、慣れた手つきで素早く湯を拭き取ってからっぽになった湯呑みを手にとった。
「新しいものをお持ちします」と言うと、それを持っていってしまった。
「……やけどしたか?」
お市さんが新しい湯呑みを持ってきて、男に手渡す。
男は「どうも、申し訳ない」とお市さんに声をかけている。
男は、しげしげと孝之介のいでたちを頭の中てっぺんこら雪駄の先までじっくりと見、こちらを値踏みするようないやな視線をよこしてくる。
孝之介の服装はごく一般的な装いといえる。
髷を結っているわけでもないし、一目見ただけでは武家道場の息子には見えないだろう。
この郷は圧倒的に商人が多い。
どこのものともわからない商人の餓鬼に見えたのか、黙って水に手をつける孝之介にようやく話しかけてきた。
お市さんはまだよちよち歩きしはじめたばかりらしい長男の一彦を器用に背負いながら、忙しそうに客からの注文を取っている。お市さんが、孝之介の顔を見つけておや、という表情でこちらを見た。
目があった孝之介が客ではないという意思表示に軽く首を振ると、やれやれまたなにか余計なことをしてるのかと言った様子を見せてまた客に呼ばれて別の場所へと移動していった。
近くに座るとますます、男の造作が優れていないことを実感する。肌が全体的に油ぎっており、特に頬の部分はぶつぶつとした吹き出物の跡が多数ついている。
しかし着ている服の生地の素材からしてやはり金回りは良さそうだ。ともすればいいところの一人息子という線もある。そのわかりやすい長所を生かせばさほど嫁問題で困ることもないだろう。
男は右手に串を持ち、3つ連なっただんごにかぶりついている。歯は健康そうだが、多少黄ばんでいる。身なりは良いのになぜか不潔な印象を与える男だ。
左手は湯気の立ちのぼる湯呑みに手を伸ばしして、いつでも飲めるようにと準備している。
この男はみたらし団子が好物らしい。
皿の上には一玉一玉が大きなこの店自慢のみたらし団子がまだ3本重ねられている。
さてどのようにして話しかけようか。
いきなり知らない人間が話しかけても警戒されるだけだ。かといって、美知子の幼馴染だ、と公言して話しかければ嘘を付かれる可能性が高まる。
無邪気な子供のふりで見ない顔のですね、などと話しかけるか? それともここのみたらし美味しいですよね、などと話しかけるか?
……今の孝之介の年齢では「無邪気」というのはいささか不自然に思えるが、どうだろう。
持ち前の演技力で幼なげに見えるだろうか。
うーんと、考えていると、隣の男の手が湯呑みに当たり派手に倒れた。
湯気の立っていた中身の湯が溢れて、隣に座っていた孝之介の方に一気に流れてきた。
「あっつ!!!」
咄嗟に手を引いて、尻に湯が染み込まないように素早く立ち上がった。
「お、と」
幾分慌てた様子で男は倒れた湯呑みをさっと立て直し、店の店員であるお市を呼んだ。
お市さんはは孝之介の、大きめの声を聞いていたのか、さっと冷たい水の入った桶を持ってきた。
「湯がかかったのかい? ほら、これで冷やしておきな」
孝之介はお市さんから桶をうけとり、赤くなってしまった右手を水につけた。
ひんやりと気持ちがいいし、じわっとした傷みが引いていくのを感じる。
お市さんが、慣れた手つきで素早く湯を拭き取ってからっぽになった湯呑みを手にとった。
「新しいものをお持ちします」と言うと、それを持っていってしまった。
「……やけどしたか?」
お市さんが新しい湯呑みを持ってきて、男に手渡す。
男は「どうも、申し訳ない」とお市さんに声をかけている。
男は、しげしげと孝之介のいでたちを頭の中てっぺんこら雪駄の先までじっくりと見、こちらを値踏みするようないやな視線をよこしてくる。
孝之介の服装はごく一般的な装いといえる。
髷を結っているわけでもないし、一目見ただけでは武家道場の息子には見えないだろう。
この郷は圧倒的に商人が多い。
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