身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

文字の大きさ
173 / 258
第12章 領主の日常

第168話 暴君エミリス

しおりを挟む
「こんなに人がいっぱいいるんですね……」

 買った水着を持った3人が砂浜に行くと、思った以上に遠くまで続く砂浜に、多くの人がいるのを目にしたエミリスが目を丸くする。
 もちろん、ほとんどの人が水着で、シートを敷いて寝転がっている者もいれば、浮き輪で波間に漂っている者もいた。

「夏の休みで一番人が多い時期だからな。……とりあえずパラソルを借りるか」
「そうですわね」

 大きめの貸しパラソルとシートを借りたあと、アティアスは荷物を置き2人に言った。

「俺が荷物見てるから、先に着替えてきたらいい。あそこの小屋が更衣室になってるみたいだから」
「いいんですか? アティアス様」
「ああ、俺はすぐ着替えられるからな」
「わかりました」

 彼に促されて、2人は水着と大きなタオルを持って更衣室に向かった。
 それを待っている間、アティアスはシートに座って海を眺める。

「……久しぶりだな」

 よく考えると、海で泳ぐのはもう7年ぶりくらいだった。
 そのときは長兄のレギウス、それとナターシャとで来たことを思い出した。

「あの頃の俺が今のウィルセアのちょっと上くらいで、姉さんがエミーくらいか。……落とし穴に落とされたんだったか」

 まだ子供といえる時期に、ナターシャと一緒に、成人したレギウスに連れてきてもらったのだ。
 そのとき、悪戯でナターシャが掘った落とし穴に、見事に落とされたことを思い出して、苦笑いをした。
 そんなことも今やいい思い出だ。

「おまたせしましたー」
「遅くなりました」

 ぼーっとしていると、2人が着替えてきたようで、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
 振り返ると、少し恥ずかしそうにしているエミリスと、あまりに気にしていなさそうなウィルセアが立っていた。

「へー、よく似合ってるじゃないか。ふたりとも可愛いな」

 アティアスは素直に感嘆の声を漏らした。
 エミリスは少し地味だが髪の色と同系色の色の水着が、日焼けしていない真っ白の肌によく映えていた。
 逆に、ウィルセアは健康そうな肌と、エミリスよりも凹凸のあるボディラインが、真っ赤な水着で強調されていた。
 正反対に近いが、どちらも人目を引くのは間違いない。

「ありがとうございます」

 それに先に反応したのはウィルセアだった。

「それじゃ、俺も着替えてくるよ。適当に遊んでても良いけど、エミーはウィルセアから目を離さないでくれよ?」
「はい。おまかせください」

 軽い調子で答えたエミリスは、シートの上にぺたんと座り込んだ。

「ウィルセアさんは泳いできてもいいですよ? 私、目は良いですから」
「いえ、アティアス様が戻られるまで、私も待ちますわ」
「……だ、そうですよ? アティアス様」

 エミリスに振られて、アティアスは頷いた。

「そうか、なら早めに着替えてくるよ」
「時間はありますから、ごゆっくりどうぞ」

 ウィルセアの言葉に頷きながらも、アティアスは早足で更衣室に向かった。
 それを見届けてから、エミリスはウィルセアに話しかけた。

「ウィルセアさん、泳げるんです?」
「……実は泳げないんです。以前来たときはまだ子供でしたし、浮き輪で浮かんでいただけで……」
「なるほど……。私も魔力使わないと泳げませんから、同じですね……」
「泳げてもほとんど意味ないですからね」

 そう言い訳をしながらウィルセアはエミリスの隣に座った。
 彼女の言う通りで、泳げることにほとんど意味はなく、こうして遊びに来た時にどうか、というところだけだった。
 ウィルセアの話にエミリスが頷いたときだった。

「――お嬢ちゃん達、可愛いね。暇なら俺らと遊ばない?」

 横から声を掛けられて、ふたりが振り向いた。
 そこにはアティアスよりは少し年下だろうか、若い3人組の男が水着で立っていた。

「お嬢ちゃんって、私たちのことですか?」
「そりゃそうさ。暇そうにしてるからさ。どう?」

 エミリスがキョトンとした顔で答えると、左端の男が言った。

「……連れ合いがいますので、すみません」
「そんなこと言わずにさ、俺たちの方がいい男だろ?」

 エミリスがやんわり断ったことに対して、男たちは食い下がってきた。
 夫のアティアスを常に第一に考えるエミリスは、少しむっとした顔でウィルセアに聞いた。

「――だ、そうですよ? ウィルセアさん」
「……遊んであげたらいかがでしょうか?」

 ウィルセアは少し含みのある言い方でそのまま返した。
 男達の言う『遊ぶ』とウィルセアの言う『遊ぶ』が違う意味を持っていることに、エミリスはすぐわかった。

「……えっと、はい。わかりました。それじゃ……あなた達の言う『遊び』にお付き合いしましょうか」

 そう言ってエミリスは口角を上げた。

 ◆

「……で、何遊んでるんだよ」

 着替えが終わって戻ってきたアティアスが、その惨状を見て呆れて呟いた。

「えー、暇だったのでちょっと……」

 そう言って口を尖らせたエミリスの前には大きな穴が空いていて、そこに男3人がすっぽり収まってもがいていた。
 アリ地獄のようにすり鉢状に空いた穴の壁を、男達は登ろうとするが、エミリスが魔力で砂を崩して登ることができないようにしている様子。
 そこから「くっそー!」や「なんだこりゃ!」といった声が聞こえていた。

「罪があるわけじゃないんだろ。出してやれって」
「……私たちに話しかけてきた罪は重いですー」
「んな訳ないだろ。エミーはどっかの暴君か」

 そう言って彼女の額を指で突く。

「あうぅ。……こ、この方達が遊びたいって言ってきたから、お付き合いしただけなんですっ」
「そうは言っても、こんな遊びのつもりはなかっただろ……」
「遊びの内容は私が決めますー」
「だから暴君かよって」

 アティアスが苦い顔をして言うと、エミリスは渋々魔力を緩めた。

「遊びはおしまいだそうです。アティアス様のご命令ですから……」

 その後、ようやく息も切れ切れに這い出てきた男達は、そのまま何も言わずにすごすごと立ち去った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...