身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第14章 羨望

第202話 別に怒ってませんよ。

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「それじゃ、頼むよ」
「はい。……あとでご褒美くださいよ?」

 夜、家を出る前にエミリスに声をかけると、少し目を細めた。

「わかってるって」
「ふふ、多少離れてても大丈夫ですから、ご安心ください」
「ああ。一応、剣も持っておくよ。……ウィルセア、行くぞ」

 言いながら、アティアスは自分の剣を手にした。
 少し緊張した様子で頷くウィルセアを連れてふたりが家を出るのを、エミリスは見送る。

「それじゃ、ご褒美のためにお仕事しますか……」

 目立たぬよう黒い服を纏ったエミリスは、ひとり2階のベランダに立ち、いつも以上に周りに意識を集中させる。
 怪しい動きをする者がいれば、確実に見つけ出すために。

(そろそろ行きますか……)

 徐々に離れていくアティアス達から離れすぎないよう、周りに人がいないタイミングで、ふわりと闇夜に紛れて飛び上がった。

(……今のところ、何もなし……と)

 ふたりが家を出ても、特に人の動きに異常はなかった。

 夜目の効く彼女からは、通りを歩くふたりがはっきりと見える。
 逆に下からは彼女の姿は誰にも見えないだろう。
 ましてや、夜空に人が浮かんでいるなどとは、想像すらしない。

 これは何も起こらないかなぁ……と思いながらも、エミリスは監視を続けた。

 ◆

「アティアス様は、今日なにか起こると思いますか?」
「……わからない。ただ、できることをやるだけだよ。ウィルセアは?」

 並んで歩きながらウィルセアが尋ねると、少し考えてアティアスは答えた。
 エミリス以上に幼いウィルセアだが、夜ということと彼女がエミリスより背が高いからか、それほど違和感なく並んでいた。

「どうでしょうか。早く解決したい思いもありますけど、そのことが怖いって気持ちもありますわ」
「そうだな……」

 まだ誰が事を起こしているのか、何もわからない。
 しかし、どんな結末だろうといずれはわかることだ。ただ、自分たちにとって嬉しくない結末かもしれない。

 ――くぅん。

 そのとき、道端で犬の声が聞こえて、その方に視線が向く。
 見れば、黒っぽい子犬が反対側の塀際を歩いていた。

「……犬は珍しいですわね」
「そうだな。捨てられたばかりかな?」

 ゼバーシュに限らず、街中を犬がうろついていることはあまりない。
 それは、大きくなると当然危険を伴うことと、病気を持っている可能性もあるからだ。だから、基本的に野良犬はすぐに確保される。

 子犬がふたりの方を向くと、その両目が街灯の光を浴びて碧く光って見えた。

 それが、とても不気味で。
 全身の毛が逆立つような、そんな感覚がアティアスを襲った――。

(なんだ……⁉︎)

 ただの子犬のはずなのに、慌ててウィルセアを背後にして身構える。

 ――その瞬間、視界が白く光る。

 バリバリバリ――!!

 雷鳴のような轟音が耳をつんざく。

「くっ……!」

 アティアスは何もできず、目を閉じて、ウィルセアを護るようにその細身を抱きしめる。
 そのとき、『死んだ』と思った。

 しかし――。

「……大丈夫ですよ」

 すぐ上から、聞き慣れた声が聞こえて、アティアスはゆっくり目を開けた。
 まだ目が眩んでいて視界がぼやけるが、側にエミリスが来ていることは間違いなく、落ち着いたその声に安心する。

「なんだったんだ……?」

 声だけでアティアスは聞く。

「たぶん……犬の中に魔法石が仕込まれてました」
「中に……?」
「ええ。中から魔力を感じたので、飲み込んでいたかなんかでしょうか。……にしても、威力は凄まじかったですね。焦りましたよ」

 地面に降り立ったのか、今度はすぐ真横から彼女の声がする。
 だんだんと感覚も戻ってきて、ようやくその顔が視界に入る。
 しかし、その表情は不機嫌そうで、アティアスを睨んでいるように見えた。

「……なんか怒ってないか?」
「別に怒ってませんよ。……ただ、そんなにウィルセアさんを抱きしめるのはちょっと……」

 その言葉にはっと気づいて、アティアスは強く抱いていたウィルセアを解放する。

「悪い……」
「い、いえ。助かりましたわ……」

 アティアスの陰になっていたからか、特に異常なさそうなウィルセアは、頬を染めて答えた。
 エミリスはそれを複雑そうな顔で見る。

「……コホン。まぁ、いいでしょう。とりあえず、もう危険はなさそうですし」

 周囲を見ると、建物など何も影響は無さそうだった。
 近くの家からは、何が起こったのからと窓から顔を出す人がちらほらと目に入る。

 光と音からすると、強力な雷撃魔法なのだろうと思えた。しかしその威力は、以前にファモス達と戦った際に受けたものに近いものがあったように感じた。

「よく防げたな……」
「はい。以前の私だと無理だったかもしれません。ただ、前に一度見てますし、雷撃用に防御魔法も構成を変えてますから。……いつも遊んでる訳じゃないんですよ?」

 エミリスは頬を緩ませて、得意げに胸を張った。
 普段のんびりしているように見えていたが、その間に構成の練習していたことが功を奏したらしい。

「そうか。すまないな」
「問題ないですよ。ご褒美のためですからね。ふふ……」
「わかったよ。……とりあえず今日は帰ろう」

 この場にいると人が増えて面倒なことになりそうで、早々に退散することにした。

「……でも、これじゃ結局何もわからないな」

 帰りながら、アティアスがそう呟く。
 しかし、意外にもエミリスは首を振った。

「いえ、なんとなーくですけど、手がかりはありましたよ。明日、確認してみましょうか。……もちろん、ご褒美が先ですけどね」
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