セマイセカイ

藤沢ひろみ

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19.告白

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 金曜日の放課後、授業が終わり帰る準備をしていると、佐藤が大樹に声を掛けた。
「カラオケ行かね?」
「あ、悪い。俺ちょっと先生に呼ばれてんだ。時間かかるかもしれないから、また今度な」
「おう。頑張れよ」

 リュックを背負った大樹に、佐藤が手を振る。青木もとっとと帰り、残った二人でどこに行くかと話し合い始めたのを横目に、大樹は教室を出た。

 職員室のある棟へと向かう途中、時間潰し用に自動販売機でジュースを買った。
 向かう棟は同じだが、目的は職員室ではない。

 職員室のある棟の三階に、生徒会室はある。
 体育祭の打ち合わせの為に、最近生徒会役員が残っていることは、すでに調べてあった。



 二階から三階への階段の踊り場で、窓の外を眺めながら大樹は時間を潰した。
 梅雨に入り、連日の雨のせいで運動部も休んでいて、グラウンドには人影がない。

 衣替えで制服は半袖になったが、湿度が高いせいでまるで皮膚が汗ばんだようにしっとりしているような気がする。緊張しているせいで本当に汗ばんでいるのかもしれなかった。

 大樹が携帯電話を弄っていると、一時間半ほどして三階から生徒が喋りながら階段を下りてきた。生徒会の人間かもしれない。
 立ち去るのを見てから、大樹は三階へと上がった。

 少なくとも会長と副会長はまだ残っているようだ。大樹は少し離れた場所から様子を伺った。
 しばらくしてドアを開ける音がして、生徒会室から副会長が姿を現した。
「それではお先に。会長も早めに切り上げて下さいね」

 部屋の中に声を掛けて、副会長がドアを閉めた。階段とは逆方向に隠れていた大樹には気付くことなく、帰っていく。

 副会長が帰ったということは、生徒会室に残っているのは伊沢だけに違いない。
 ゆっくりと歩き、生徒会室の扉の前に立つ。ノックをしかけて、躊躇して手を引っ込めた。

 あれから、大樹は考えた。
 考えたが、余所の家庭の事情など大樹には分かるはずもなく、結局自分はあの姉弟に対し、何もどうしようもできないということが分かっただけだった。

 きっとまた次も、伊沢とのセックスをみどりに依頼されるに違いない。
 けれど、その前にちゃんと伊沢と話をしたかった。

 いつもは帰り際に少し伊沢と話すことがあったが、先週抱いた後は何も話をしていない。
 次に訪問した時の短い時間だけではなく、ちゃんと話をする時間が欲しかった。

 大樹はきっとまた伊沢を抱く。

 けれど、姉に言われてただ犯しているのだと思われたくなかった。
 伊沢にとっては無理矢理されている行為でしかなくとも、大樹が伊沢を抱く時は、伊沢を好きだから抱いているのだと知ってほしい。

 伊沢にしてみれば自分が受ける行為に変わりはないわけで、大樹の自己満足に過ぎない。

 ただイケメンを見るのが趣味なだけだったのに、恋愛対象として本気で好きになるなんて、本当にどうかしている。しかも、ゲイでもない普通の男だ。

 伊沢に告白する数多の女子のように振られるかもしれない。いや、普通に考えて男という時点で結果は見えている。

 それでも、今の大樹の気持ちは伝えておこうと思った。

 大樹は深呼吸をし、心を決めて今度こそ生徒会室のドアをノックした。
 伊沢の応答が聞こえ、ドアを開ける。

「忘れ物か?」
 大樹が室内に入りドアを閉めると、窓際の長机の前に座りパソコンのモニターを見ていた伊沢が顔を上げた。その顔がすぐに驚きに変わる。

「……! イツキ…」
 まるで幽霊でも見たかのように、伊沢は大樹を凝視した。

 学校では会わないように大樹は意識して行動していたし、伊沢も偽名を使っている大樹を探すことができなかった。まさか大樹の方から会いに来るなんて、思いもしなかったはずだ。

 伊沢は信じられない対面でも果たしたかのように、大樹から目を外さない。本当に西高の生徒だったのかとでも、思っているかもしれない。

 自宅ではいつも長袖を着ていたので、半袖を着ている伊沢を見るのは初めてで新鮮だ。やはり白いシャツを着ている伊沢は、清潔感が漂っている。

 傍の長机の上に背負っていたリュックを置き、ゆっくり近付いていく。
 大樹から目を逸らさず、伊沢はパイプ椅子から立ち上がる。

 大樹は伊沢の横に立った。


「二年四組、志賀大樹」
 突然名乗られ、えっと伊沢が驚く。

「伊沢会長が好きです」
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