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23.生徒会室④
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「……両親が海外に行き、姉さんと二人きりになった」
小さく、ぽつりと伊沢が声を発した。
伊沢は曲げた膝をひたすら見つめ、ゆっくりと言葉にする。
「俺は………」
言いかけて、伊沢はまた口を閉ざしてしまった。抱えた膝を少し体の方に寄せる。
「ね、姉さんを………。レ……レイプ…しようと、して……」
伊沢の声は震えていた。
聞き捨てならない言葉に、大樹は伊沢を凝視する。
「逃げた姉さんは……。家から飛び出した時に、車に………。俺があんなことしなければ……。俺の、せいなんだ」
「………」
大樹は言葉が出てこなかった。
事態は想像以上にヘビーだった。
膝を抱いた伊沢の手は自分の罪に震えている。
これを告げるのは、相当な勇気がいったはずだ。
だが、みどりの行動にすべて納得がいった。
伊沢を男にレイプさせるのは、みどりの復讐だったのだ。
きっと元は仲の良い姉弟だったのだろう。普段はにこやかにしていても、心の中では弟を許せない気持ちが渦巻いていたに違いない。
十代の一番楽しい時期に、みどりは多くのものを失ってしまった。
みどりのことを考えれば、復讐したくなる気持ちも分からなくはない。
伊沢も、自分の犯した罪を分かっているからこそ、みどりに言われるがまま従っているのだ。
隣に座る伊沢を見つめた。
大樹よりも背が高いはずなのに、膝を抱えて俯く様はそうは見えない。
伊沢の行動にも問題はあるが、それでも可哀想に思えてしまう。
大樹は小さく溜め息をついた。
「正直、引きました」
大樹の言葉に、びくっと伊沢の体が震える。顔を上げ、大樹の方を向く。
「いや、そうじゃなくて、違うだろ…」
「最低な奴って罵って欲しいんですか?」
目が合うと、伊沢は少し視線を下げた。
伊沢は誰にも言えずに、ずっと一人で罪を抱えていた。
もしかしたら、酷い言葉で詰って欲しかったのかもしれない。みどりにも、あんな態度ではなく言葉で、自分を責めて欲しいと感じていたのだろう。
人は時として責められた方が楽なこともある。
それよりも、そんな欲望に負けてしまうただの男という一面が伊沢にもあることの方が、意外で驚いたという気持ちの方が大きい。
いや、周りの人間が勝手に理想を加味して伊沢が完璧な人間だと決めつけていただけで、本当の伊沢はまったくそうじゃないのかもしれない。
それほどにみどりを好きで、好きな女と二人きりで過ごすという状況は、あの伊沢の正常さをも失わせてしまうには十分だったということだ。
「お姉さんの足ってもしかして……」
一生歩けないのかと、目で訊ねたのが伝わったのか、伊沢はこくりと頷いた。
「……男として、人としてダメですね。ドン引きです」
当事者ではない大樹に、伊沢を非難することはできない。
伊沢を追いつめないよう、雰囲気を変えようとわざと呆れたように大樹が繰り返すと、何度も言うなと言わんばかりに伊沢に睨まれる。
「お前、仮にも年上に対して、途中から態度が生意気じゃないか? いや、初めて来た日の帰りから、すでにふてぶてしかったな」
上下関係をうるさく言うような性格には見えないので、それほど大樹の態度は失礼だったのだろう。
初めてというと、援助交際について説教をされた時のことだ。
正論で返したつもりだったが、姉が第一の伊沢には、その指摘も不満だったようだ。
みどりを大事にしすぎて、嫉妬と同時に呆れてしまう。
しかし、どうにも憧れの生徒会長と一致しなくなってから、確かに大樹の態度が変わってしまったのも事実だ。
「お姉さんにいいようにされてる情けない姿見てたら、敬う気持ちもなくなりますって」
最初に玄関で迎えてくれた伊沢を見た時は、眩しすぎるほどにカッコいいあの生徒会長がいると、そわそわふわふわと舞い上がってしまった。
しかし、みどりにいいようにされる伊沢は、普段の完璧なオーラを失った、ただ顔がいいだけの男だった。
大樹が惹かれたのはそんなただ顔がいいだけの男ではないので、つい尊敬する要素がなく遠慮がなくなっていたようだ。
元々歯に衣着せぬ物言いのせいもあるが、みどりにまったく歯向かわないことへの苛立ちが、伊沢への態度に出ていたのかもしれない。
情けないと言われ、伊沢はその通りだと苦い笑みを浮かべた。
大樹は憂いの表情で伊沢を見る。
「また来週、会長のこと抱くことになると思います」
「……そうだな」
仕方ないというように、伊沢が呟く。自分には抗う権利はないと、すっかり諦めている。
「こんなこと、いつまで続けるつもりですか?」
さぁな、とだけ伊沢が投げやりに返した。
みどりは、一度では終わらせるつもりはないようだ。何度、伊沢をレイプさせれば、みどりは気が済むのか。
夏には母が帰国すると言っていた。そうすれば、伊沢は解放されるのだろうか。
「会長」
床を見つめる伊沢を、大樹は呼んだ。
伊沢は視線だけを大樹に向ける。
「これだけは、知っていてほしいです。お姉さんに言われての強制的な行為になるけど、俺は会長を想いながら抱くってことを」
「………」
伊沢は目を見開き、ゆっくりと大樹に顔を向ける。
「心を傷つけたくないから、大事に抱きます。そういう気持ちで俺が接してると、知っていて下さい」
「イツキ……」
「志賀大樹です」
忘れられないように、もう一度名前を告げる。
無理矢理の行為ではあるが、伊沢を抱く大樹自身にはそんなつもりがないことを分かって欲しい。
犯すのではなく、抱くのだと。
そこに愛情があることで、伊沢の気持ちの負担が少しでも楽になればいい。そう願わずにはいられない。
伊沢は何も答えず、そっと顔を逸らした。そして、ゆっくりと立ち上がる。大樹は座ったままで伊沢を見上げた。
伊沢はパイプ椅子に座り直し、パソコンに向かった。壁に凭れて座ったままの大樹からは、顔が見えなくなった。
「本当は……。今はもう、姉さんへの気持ちが、好きなのか贖罪なのか分からないんだ」
伊沢は静かに告げた。
「それでも俺は、姉さんから離れることはできない」
小さく、ぽつりと伊沢が声を発した。
伊沢は曲げた膝をひたすら見つめ、ゆっくりと言葉にする。
「俺は………」
言いかけて、伊沢はまた口を閉ざしてしまった。抱えた膝を少し体の方に寄せる。
「ね、姉さんを………。レ……レイプ…しようと、して……」
伊沢の声は震えていた。
聞き捨てならない言葉に、大樹は伊沢を凝視する。
「逃げた姉さんは……。家から飛び出した時に、車に………。俺があんなことしなければ……。俺の、せいなんだ」
「………」
大樹は言葉が出てこなかった。
事態は想像以上にヘビーだった。
膝を抱いた伊沢の手は自分の罪に震えている。
これを告げるのは、相当な勇気がいったはずだ。
だが、みどりの行動にすべて納得がいった。
伊沢を男にレイプさせるのは、みどりの復讐だったのだ。
きっと元は仲の良い姉弟だったのだろう。普段はにこやかにしていても、心の中では弟を許せない気持ちが渦巻いていたに違いない。
十代の一番楽しい時期に、みどりは多くのものを失ってしまった。
みどりのことを考えれば、復讐したくなる気持ちも分からなくはない。
伊沢も、自分の犯した罪を分かっているからこそ、みどりに言われるがまま従っているのだ。
隣に座る伊沢を見つめた。
大樹よりも背が高いはずなのに、膝を抱えて俯く様はそうは見えない。
伊沢の行動にも問題はあるが、それでも可哀想に思えてしまう。
大樹は小さく溜め息をついた。
「正直、引きました」
大樹の言葉に、びくっと伊沢の体が震える。顔を上げ、大樹の方を向く。
「いや、そうじゃなくて、違うだろ…」
「最低な奴って罵って欲しいんですか?」
目が合うと、伊沢は少し視線を下げた。
伊沢は誰にも言えずに、ずっと一人で罪を抱えていた。
もしかしたら、酷い言葉で詰って欲しかったのかもしれない。みどりにも、あんな態度ではなく言葉で、自分を責めて欲しいと感じていたのだろう。
人は時として責められた方が楽なこともある。
それよりも、そんな欲望に負けてしまうただの男という一面が伊沢にもあることの方が、意外で驚いたという気持ちの方が大きい。
いや、周りの人間が勝手に理想を加味して伊沢が完璧な人間だと決めつけていただけで、本当の伊沢はまったくそうじゃないのかもしれない。
それほどにみどりを好きで、好きな女と二人きりで過ごすという状況は、あの伊沢の正常さをも失わせてしまうには十分だったということだ。
「お姉さんの足ってもしかして……」
一生歩けないのかと、目で訊ねたのが伝わったのか、伊沢はこくりと頷いた。
「……男として、人としてダメですね。ドン引きです」
当事者ではない大樹に、伊沢を非難することはできない。
伊沢を追いつめないよう、雰囲気を変えようとわざと呆れたように大樹が繰り返すと、何度も言うなと言わんばかりに伊沢に睨まれる。
「お前、仮にも年上に対して、途中から態度が生意気じゃないか? いや、初めて来た日の帰りから、すでにふてぶてしかったな」
上下関係をうるさく言うような性格には見えないので、それほど大樹の態度は失礼だったのだろう。
初めてというと、援助交際について説教をされた時のことだ。
正論で返したつもりだったが、姉が第一の伊沢には、その指摘も不満だったようだ。
みどりを大事にしすぎて、嫉妬と同時に呆れてしまう。
しかし、どうにも憧れの生徒会長と一致しなくなってから、確かに大樹の態度が変わってしまったのも事実だ。
「お姉さんにいいようにされてる情けない姿見てたら、敬う気持ちもなくなりますって」
最初に玄関で迎えてくれた伊沢を見た時は、眩しすぎるほどにカッコいいあの生徒会長がいると、そわそわふわふわと舞い上がってしまった。
しかし、みどりにいいようにされる伊沢は、普段の完璧なオーラを失った、ただ顔がいいだけの男だった。
大樹が惹かれたのはそんなただ顔がいいだけの男ではないので、つい尊敬する要素がなく遠慮がなくなっていたようだ。
元々歯に衣着せぬ物言いのせいもあるが、みどりにまったく歯向かわないことへの苛立ちが、伊沢への態度に出ていたのかもしれない。
情けないと言われ、伊沢はその通りだと苦い笑みを浮かべた。
大樹は憂いの表情で伊沢を見る。
「また来週、会長のこと抱くことになると思います」
「……そうだな」
仕方ないというように、伊沢が呟く。自分には抗う権利はないと、すっかり諦めている。
「こんなこと、いつまで続けるつもりですか?」
さぁな、とだけ伊沢が投げやりに返した。
みどりは、一度では終わらせるつもりはないようだ。何度、伊沢をレイプさせれば、みどりは気が済むのか。
夏には母が帰国すると言っていた。そうすれば、伊沢は解放されるのだろうか。
「会長」
床を見つめる伊沢を、大樹は呼んだ。
伊沢は視線だけを大樹に向ける。
「これだけは、知っていてほしいです。お姉さんに言われての強制的な行為になるけど、俺は会長を想いながら抱くってことを」
「………」
伊沢は目を見開き、ゆっくりと大樹に顔を向ける。
「心を傷つけたくないから、大事に抱きます。そういう気持ちで俺が接してると、知っていて下さい」
「イツキ……」
「志賀大樹です」
忘れられないように、もう一度名前を告げる。
無理矢理の行為ではあるが、伊沢を抱く大樹自身にはそんなつもりがないことを分かって欲しい。
犯すのではなく、抱くのだと。
そこに愛情があることで、伊沢の気持ちの負担が少しでも楽になればいい。そう願わずにはいられない。
伊沢は何も答えず、そっと顔を逸らした。そして、ゆっくりと立ち上がる。大樹は座ったままで伊沢を見上げた。
伊沢はパイプ椅子に座り直し、パソコンに向かった。壁に凭れて座ったままの大樹からは、顔が見えなくなった。
「本当は……。今はもう、姉さんへの気持ちが、好きなのか贖罪なのか分からないんだ」
伊沢は静かに告げた。
「それでも俺は、姉さんから離れることはできない」
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