セマイセカイ

藤沢ひろみ

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【おまけ】セマイセカイノナカ③

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「……っ……ん」
 動かしやすいように膝を立てた。

 後を追うように熱の塊を大樹のものに触れさせると、大樹の腰の動きが止まる。
 ようやく動かなくなった大樹にほっとして、昂ぶりをすり寄せるように腰を動かした。

 手で支えられないので安定せず、追えば逃げるように弾かれてしまう。
 もどかしくて腰を上下に揺らすと、協力するように大樹が腰を近付けてくれたので、触れられやすくなった。

「は……っ、ん」
 もう意識は完全に胸よりも下腹部へと移動していた。
 早く熱を吐き出したくて仕方がない。
 解放したくて、大樹の昂ぶりに押し付ける。自然と腰の動きが早くなった。

「ど……しよ……。こ、腰が……」

 もう自分でも腰が揺れるのが止められなかった。
 大樹の性器に自分のものをぐりぐりと擦りつける、こんなはしたないことをするなんて嫌だと思いながら、勝手に腰が揺れてしまう。自分の体なのに制御が出来ない。

「んっ……ん、あっ」

 射精感が高まり、熱を吐き出した。
 ようやく暴走していた腰の動きが止まる。
 ただ、強い刺激ではなかった為、まだ熱が体に残ったような感覚だった。

「あ……」
 達したのにじんわりとした熱が内部が燻っているようで、もっと強い刺激を求めてまた腰を動かしたくなる。

 自分は何て恥ずかしい行動をしたのだろう。
 しかも自分一人だけイッてしまった。

 ちらりと大樹を見ると、いつから見られていたのか目が合った。にやにやと口元を緩ませている。
「思いがけず、凄い卒業祝いもらっちゃった」
 伊沢のとった行為のことを言われているのだと分かり、顔から火が出そうになった。
 今まであんなことをしたことがない。揶揄られているのかとも思ったが、大樹は嬉しそうだ。

「……恥ずかしい」
 何と返せばいいか分からず、伊沢はぽつりと零した。

 性欲は強い方ではなく、自分でする時はそんなに昂ぶる方ではない。それなのに、大樹とセックスをする時だけは、普段隠れている性欲が目覚めるかのように快楽に溺れてしまう。

 自分がこんな人間だと、あまり認めたくはない。
 大樹に、知らなかった自分を暴かれていくようで怖かった。



 もしかして、与えられる快楽に溺れてこの関係に嵌ってしまっているだけだったら―――。
 ふいにそんな疑問が浮かんだ。

 ベッドの上で向かい合い伊沢に抱き付きながら、行為の後の余韻を味わっている大樹の頭頂部を見る。

 少し前まで、伊沢は実の姉を好きだった。
 大樹はその姉とはまったくの正反対だと言える。

 年下のくせにずけずけとした物言いに、図々しさすらある。そして、生意気だ。雑なところもあるし、拗ねるし子供っぽい。何から何まで姉とは正反対だ。しかも性別まで逆ときている。


 姉に、大樹と付き合ってもいいと言われた時、大樹に気持ちが揺らいでしまっていることを見透かされたかと、ドキリとした。
 姉に酷いことをしたくせに、簡単に心移りできるのだと暴かれたような気がした。

 そして、何故か勘違いをした大樹が、付き合うことになったのだと思い込んだ。
 間違いを指摘するべきか少し迷ったが、あえて口にしなかった。

 辛い状況で優しくされたらぐらついてしまう、そういうことだろうかとも思えた。

 それに、何故か大樹相手だと、身を委ねられる相手と判断しているからか、本来抵抗すべきようなことなのに体が抵抗しなくなってしまう。イツキにそうされることに馴染んでる自分がいた。

 大樹に対して感じている気持ちが何なのかを、確かめたい。
 だから、思い切って大樹の勘違いに乗った。


 伊沢はそっと大樹の後頭部を撫でた。
 大樹は伊沢の鎖骨に顔を埋めるように抱き付いていたが、撫でられて顔を上げた。その表情が、何?と問いかける。
 上目遣いの眼差しに、胸が高鳴った。

 快楽に溺れているというだけなら、大樹に対して感じるこの気持ちは何なのだろう。

 大樹といると、心が温かくなる。大樹に振り回されることも、嬉しさすら感じる。
 そして、愛されていることに幸せを感じる。それだけで、満たされた気持ちになる。

 姉を好きだった時とは違う感覚だが、不思議なことに確かに自分は大樹を好きなのだ。
 男相手にそんな気持ちになるなんて、以前の自分なら信じられないことだった。

「よしよし」
 ただ触れたくなっただけなので、誤魔化すように大樹の後頭部をさらに撫でた。
「何だよ。子供扱いかよ」
「子供みたいに抱き付いてるからだ」

 大樹が唇を尖らせる。しかし、すぐに満足そうにまた伊沢の鎖骨に顔を埋めた。
「でも、まぁいっか」
 呟いてから、思い出したように顔を上げる。
「春休みの間に、水族館行こ」

 大樹の表情は、まるで遠足前の子供のようにわくわくしていた。
「そうだな。楽しみにしてる」

 男同士だから堂々と外で手を繋げなくとも、伊沢の世界で一番心が繋がっている―――。

 大樹を見つめ、伊沢は静かに笑みを零した。
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