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44.αfter <龍二>
龍二が目覚めたのは、腕の中の温もりがなくなっていることに気付いたからだった。
龍二は高城の姿がないことを、寝起きの頭でぼんやりと認識した。
閉められた寝室のドアの向こうから、小さく物音がすることに気付く。体を覆っていた掛布団から抜け出すと、龍二は下着だけ穿いてリビングへと出た。
「先輩?」
キッチンに高城の姿を見つけ龍二が声をかけると、高城が振り向いた。
「昼飯食うだろ?」
「はい」
ダイニングテーブルの上には、すでに昼食の用意が整っている。高城が龍二の為に先に起きて準備している姿を想像すると、とても嬉しくなる。
ろくに家事ができない父親の代わりに、龍二は子供の頃から家事は大概こなせた。だから今でもあまり外食はせず、龍二の家の冷蔵庫の中は色んな食材で満たされている。
しかし、高城が作れる料理はたかが知れていた。
「今日は、オムそばにしてみたぞ。サラダ付だ」
前回は高城がうどんを持ち込み、焼きうどんを作ってくれたことを龍二は思い出した。今日は焼きそばを持ち込んだらしい。
テーブルに着いて龍二が笑うと、テーブル下で高城に足を軽く蹴られる。
「なんか、感じ悪」
レパートリーが少ないことに高城自身思うところがあったらしく、拗ねた表情を見せられた。
龍二にしてみれば例え毎食がおにぎりだろうと、高城が自分の為に作ってくれているのであれば嬉しい。こんなことを言えば高城は怒るだろうが、家事に不慣れな通い妻を得たような気持ちだ。
「先輩、可愛い……」
思わず頬を緩ませて龍二が呟くと、高城は黙り込む。その反応は恥ずかしがっているのか呆れているのか、龍二は高城の様子を窺った。
「いいから、とっとと食え。冷めちまうだろ」
「はい」
二人の関係が、ただの後輩と先輩でもなく、婚約者の弟と姉の婚約者でもなく、恋人と呼べるものになってからも、特に何が変わったということはなかった。
高城は付き合っていた彼女と別れてくれたし、何度もセックスをしている。確かに龍二と高城は、恋人になったはずなのだ。
しかし高城からは、まるで大学を卒業してからの二人のブランクを埋めるかのような、学生時代の延長のような雰囲気を感じていた。
まるで大学の頃のように、先輩と後輩という立場ながらも友達のような、その関係が嫌というわけではない。龍二も高城も、そんな関係を心地良く思っているのは確かだ。
恋人になってからも龍二は、高城のことを名前で呼ばずに未だに『先輩』と呼んでいた。それは、甘えられそうなその響きや、後輩というポジションが好きだったからでもある。もしかしたらそれが、今の恋人らしくない雰囲気を生んでいるのかもしれなかった。
しかし、それだけではないはずだ。今の二人には、恋人としての甘さが足りないのだ。
姉よりも彼女よりも龍二を選んで、男相手にその体も開いてくれる。十年も片想いをしていれば、そんな今の状況に至っただけで十分とも言える。だが理想としては、甘えてもらったりねだってもらったり、いちゃついたり、もっと恋人らしいことをしてもみたい。
そこまで考えて、自分に甘えたりねだったりする高城を想像し、そもそも高城はそういう性格ではないなと龍二は頭を横に振った。
この前みたいに、龍二を求めて子供みたいに駄々をこねて欲しいくらいだ。あんなに情熱的な高城は初めてだった。
高城が龍二のことを特別に可愛がってくれるのは分かっているが、そこにべったりとした甘ったるいものはない。
愛ある上下関係というべきか、他人に比べると深いが恋人としてはあっさりとしているというのが、龍二たちの恋人という関係なのかもしれない。
「何だよ。不味いのか?」
高城に声を掛けられて、龍二は顔を上げた。
思案につられて頭を振ったのが、オムそばの感想なのだと思わせてしまったようだ。龍二は慌てて頭を振る。
「う、美味いです」
龍二の返事に、高城は笑う。
「まぁ、粉末ソース入れただけだけどな。不味くなるほど冷めてもいないけど、何なら電子レンジで温めるか?」
「大丈夫。十分美味しいです。……そういえば、起こしてくれたら良かったのに。たまには俺も作りますよ」
「いいから、浅沼は寝てろって。朝まで働いてるんだから。特に週末は忙しいんだろ。でも昼と夕方で食べるよりは、時間空くように帰ってから朝に食べた方がいいんじゃないか?」
「先輩が来てくれたのに、ご飯食べてる場合じゃないですよ」
「……どういう意味だよ」
高城の頬が少し赤くなる。こういう瞬間は、ちゃんと意識されてるんだと実感できて、龍二はやけてしまいたいほど嬉しくなる。
やれやれという様子で高城が続けた。
「だいたい、夕方からまた仕事行くのに今昼飯食ってたら、あっという間に夕飯の時間だろ。時間も少ないし、どっか出かけたりもしづらいしさ。……やっぱ浅沼んとこ来るの、日曜のみにするかな。土曜に来ても慌しいもんな」
「え!? 先輩が休みの時は、土曜も会いたいです」
でも、と口先を尖らせながら、高城が焼きそばを箸にくるくると巻きつける。
龍二はイスに座ったまま、テーブルの上に身を乗り出した。
「じゃあ、今日はこのままここにいて泊まっていきませんか? そしたら、明日朝から一緒にいれるし」
「……。断る」
龍二が悲しそうな顔をすると、フォローするようにすぐ高城が言葉を続ける。
「だって、浅沼がいない家に俺一人でいたって仕方ないだろ。お前ん家、ゲームがあるわけでもないし一人で何してろって言うんだよ」
「ゲーム買います!」
龍二が即答すると、そういうことじゃない、と高城は溜め息をついた。
龍二は高城の姿がないことを、寝起きの頭でぼんやりと認識した。
閉められた寝室のドアの向こうから、小さく物音がすることに気付く。体を覆っていた掛布団から抜け出すと、龍二は下着だけ穿いてリビングへと出た。
「先輩?」
キッチンに高城の姿を見つけ龍二が声をかけると、高城が振り向いた。
「昼飯食うだろ?」
「はい」
ダイニングテーブルの上には、すでに昼食の用意が整っている。高城が龍二の為に先に起きて準備している姿を想像すると、とても嬉しくなる。
ろくに家事ができない父親の代わりに、龍二は子供の頃から家事は大概こなせた。だから今でもあまり外食はせず、龍二の家の冷蔵庫の中は色んな食材で満たされている。
しかし、高城が作れる料理はたかが知れていた。
「今日は、オムそばにしてみたぞ。サラダ付だ」
前回は高城がうどんを持ち込み、焼きうどんを作ってくれたことを龍二は思い出した。今日は焼きそばを持ち込んだらしい。
テーブルに着いて龍二が笑うと、テーブル下で高城に足を軽く蹴られる。
「なんか、感じ悪」
レパートリーが少ないことに高城自身思うところがあったらしく、拗ねた表情を見せられた。
龍二にしてみれば例え毎食がおにぎりだろうと、高城が自分の為に作ってくれているのであれば嬉しい。こんなことを言えば高城は怒るだろうが、家事に不慣れな通い妻を得たような気持ちだ。
「先輩、可愛い……」
思わず頬を緩ませて龍二が呟くと、高城は黙り込む。その反応は恥ずかしがっているのか呆れているのか、龍二は高城の様子を窺った。
「いいから、とっとと食え。冷めちまうだろ」
「はい」
二人の関係が、ただの後輩と先輩でもなく、婚約者の弟と姉の婚約者でもなく、恋人と呼べるものになってからも、特に何が変わったということはなかった。
高城は付き合っていた彼女と別れてくれたし、何度もセックスをしている。確かに龍二と高城は、恋人になったはずなのだ。
しかし高城からは、まるで大学を卒業してからの二人のブランクを埋めるかのような、学生時代の延長のような雰囲気を感じていた。
まるで大学の頃のように、先輩と後輩という立場ながらも友達のような、その関係が嫌というわけではない。龍二も高城も、そんな関係を心地良く思っているのは確かだ。
恋人になってからも龍二は、高城のことを名前で呼ばずに未だに『先輩』と呼んでいた。それは、甘えられそうなその響きや、後輩というポジションが好きだったからでもある。もしかしたらそれが、今の恋人らしくない雰囲気を生んでいるのかもしれなかった。
しかし、それだけではないはずだ。今の二人には、恋人としての甘さが足りないのだ。
姉よりも彼女よりも龍二を選んで、男相手にその体も開いてくれる。十年も片想いをしていれば、そんな今の状況に至っただけで十分とも言える。だが理想としては、甘えてもらったりねだってもらったり、いちゃついたり、もっと恋人らしいことをしてもみたい。
そこまで考えて、自分に甘えたりねだったりする高城を想像し、そもそも高城はそういう性格ではないなと龍二は頭を横に振った。
この前みたいに、龍二を求めて子供みたいに駄々をこねて欲しいくらいだ。あんなに情熱的な高城は初めてだった。
高城が龍二のことを特別に可愛がってくれるのは分かっているが、そこにべったりとした甘ったるいものはない。
愛ある上下関係というべきか、他人に比べると深いが恋人としてはあっさりとしているというのが、龍二たちの恋人という関係なのかもしれない。
「何だよ。不味いのか?」
高城に声を掛けられて、龍二は顔を上げた。
思案につられて頭を振ったのが、オムそばの感想なのだと思わせてしまったようだ。龍二は慌てて頭を振る。
「う、美味いです」
龍二の返事に、高城は笑う。
「まぁ、粉末ソース入れただけだけどな。不味くなるほど冷めてもいないけど、何なら電子レンジで温めるか?」
「大丈夫。十分美味しいです。……そういえば、起こしてくれたら良かったのに。たまには俺も作りますよ」
「いいから、浅沼は寝てろって。朝まで働いてるんだから。特に週末は忙しいんだろ。でも昼と夕方で食べるよりは、時間空くように帰ってから朝に食べた方がいいんじゃないか?」
「先輩が来てくれたのに、ご飯食べてる場合じゃないですよ」
「……どういう意味だよ」
高城の頬が少し赤くなる。こういう瞬間は、ちゃんと意識されてるんだと実感できて、龍二はやけてしまいたいほど嬉しくなる。
やれやれという様子で高城が続けた。
「だいたい、夕方からまた仕事行くのに今昼飯食ってたら、あっという間に夕飯の時間だろ。時間も少ないし、どっか出かけたりもしづらいしさ。……やっぱ浅沼んとこ来るの、日曜のみにするかな。土曜に来ても慌しいもんな」
「え!? 先輩が休みの時は、土曜も会いたいです」
でも、と口先を尖らせながら、高城が焼きそばを箸にくるくると巻きつける。
龍二はイスに座ったまま、テーブルの上に身を乗り出した。
「じゃあ、今日はこのままここにいて泊まっていきませんか? そしたら、明日朝から一緒にいれるし」
「……。断る」
龍二が悲しそうな顔をすると、フォローするようにすぐ高城が言葉を続ける。
「だって、浅沼がいない家に俺一人でいたって仕方ないだろ。お前ん家、ゲームがあるわけでもないし一人で何してろって言うんだよ」
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龍二が即答すると、そういうことじゃない、と高城は溜め息をついた。
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