彼女と結婚するまでに

藤沢ひろみ

文字の大きさ
46 / 48

45.αfter <龍二>

「とにかく、浅沼が出勤する時に、俺も帰るから」

 高城の後輩であるということが身に染み付いている龍二には、高城が最終決断を下したと思ったら基本的に反論が出来なくなる。龍二はそんな自分の性分にも、高城の言葉にも肩を落とした。その様子に高城からも呆れられる。

「それくらいで何なんだよ。男らしくないな」
「一分一秒でも会いたいと思うじゃないですか」
「俺はそこまでじゃなくてもいいけど」
 オーバーな奴だなと言わんばかりの眼差しで、高城が龍二を見た。

 蓄積された龍二の想いと、つい最近好きになってくれた高城を同等に考えてしまうこと自体が間違いかもしれないが、こういうところに二人の温度差を感じてしまうのだ。

 自分は本当に愛されているのだろうか。高城はただ特別な後輩としての龍二を、傍に置いておきたいだけなのではないだろうか。そんな考えが時折浮かび、龍二は切なくなる。

「そもそも、先輩は俺が女といちゃいちゃしてて、嫉妬とかしないんですか?」
 訊いても無駄だとは思ったが、つい本音が出てしまう。高城はきょとんとした顔で龍二を見た。
「嫉妬も何も、それが仕事なんだろ」

「仕事だろうと、恋人が女といちゃいちゃベタベタくっついたり迫られたりしてたら、普通は妬いたりしませんか?」

 龍二の言葉に、うーんと声を出して高城が考え込む。しかしそれは十秒もかからなかった。

「全然。浅沼と俺の関係って、一般的なそういうのとは違うって感じがするし。相手が女じゃなく男でも、俺そういうのよく分からないかも」

 高城以外の男を相手にいちゃつくなんて一切お断りだと、龍二は箸をぐっと握った。そんな龍二に気付かず、高城はへらっと笑う。
「まあ、浅沼は俺のだからな。どこで何をしてようと、心は俺にあるって分かってるから安心してるってことかな」

 所有物扱いされたのは嬉しいが、どこか軽々しく思えるのは何故だろうか。高城を見ていると、それは恋人ではなく後輩なのではと、龍二は疑心暗鬼になりそうだ。

 あんなに必死になって龍二を求めてくれたのが夢のようだ。ベタベタな甘さを求めているわけではないが、恋人になった途端に大学の頃のような態度に戻るなんて、それが高城らしいといえばそうなのだが正直残念な気持ちにはなった。

 高城は焼きそばを口に放り込みながら、ついでのように付け加えた。
「ま、仕事終わったら、一分一秒でも早く俺ん家来たらいいだろ。早起きして待っててやるから」
「……」
「それで、昼飯食べに行こう。あと、久々に買い物」

 高城は、飴と鞭の使い方が上手い。龍二を残念な気持ちにさせておいて、ちょっとした言葉で嬉しくさせる。高城にはいつもと変わらなくても、高城のことを好きでたまらない龍二には一喜一憂だ。

 以前、龍二がホストをしていることについて高城に訊ねたら、問題ないとさらりと返されたことがある。しかも、給料がいいのだから勿体無いとまで言われてしまった。偏見どころか嫉妬すら、持ち合わせていなかった。

 龍二はオーナーに声を掛けられて、今のホストという仕事を始めた。オーナーには特に若い頃、色々と面倒も見てもらった恩もある。
 今さら普通のサラリーマンというのも、龍二には似合わないと思う。だが、これだけ生活リズムが合わないと好きな人との逢瀬の時間も限られてしまい、ホストの仕事を続けていくことについて考えさせられる。そんなことを高城に言えば、現状のままでも問題ないなどと言われることは予想できた。

 龍二の住む部屋は、高城の部屋よりも広い。欲を言えば、高城が龍二の部屋に引っ越してきて同棲ができたらという願望がある。

 だが、長年の片想いの末やっと付き合い始めてまだ一ヶ月で、それを言うにはがっつきすぎていると思われてしまいそうだった。ただでさえ今までの想いを埋めたくて、がっつきたくて仕方がないのを我慢しているくらいだ。

 今まで高城は、婚約をしていた姉とすら同棲をしたことがない。もしかしてそういった生活スタイルまでを変えるということが好きではないのかもしれない。
 言うにしても、一ヶ月目で焦って欲を出してしまうのもいけないと、龍二は自分の中の葛藤と闘っていた。

「俺、先輩の寝顔見たことないんですよね」
 龍二はキャベツを箸で摘みながらぽつりと呟いた。

 初めて抱き合った日は高城に背中を向けられていた。それ以降は、アルコールと仕事の疲れのせいで激しい行為の後はぐっすりと寝ている為、龍二が目覚めるとすでに高城はベッドの中にすらいない。せっかく泊まっていくことを勧めても、あっさりと断られてしまった。

「何だよ、いきなり。別に寝顔なんてどうでもいいだろ」
「よくないですよ。朝起きてベッドでおはようのキスとか、男のロマンじゃないですか」
「そんなの全然ロマンじゃねーよ。変な奴」

 よほど可笑しかったのか、高城が吹き出した。
 密かに憧れていたことを笑われたのは恥ずかしいが、高城が笑ってくれるならそれはそれで嬉しくもある。龍二は高城に関しては、色んな面でマゾっ気があるのかもしれない。

「浅沼とこうなってから分かることが、色々とあるもんだな。ただの先輩後輩のままだったら、こんな意外にロマンチストなことも知らなかったし」
「別にロマンチストというわけじゃないですよ」

「そういえば初めて寝た時も、起きた時キスしてきてたな。あと、写真展の時。もしかして浅沼って、寝込み襲いキス魔?」

 にやにやとする高城に、龍二はギクリとした。
「写真展……て」

 そういえば初めて高城を抱いた翌朝、寝たふりをしていた高城にキスをしたら妙なことを言っていた。その時は気持ちが舞い上がっていたので、龍二もその意味を深く考えていなかった。

 まるで視界に入った龍二の顔を箸の先でつつくように、高城が宙で箸先を動かした。
「大学の写真展だよ。俺が卒業する前の最後の。俺が居眠りしてたら、浅沼キスしてきただろ」

「……!」
 龍二は箸で掴んでいた焼きそばを皿の上に落とした。あまりに動揺しすぎて声が出なかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔性の男

久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。 最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。 そう、思っていた。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。